第十四話
開かれた紙は、どうやら周辺の地図のようだった。
所々空白になっていたり粗いのは、彼らが自ら調べて記入したからかもしれない。
作戦会議の内容も至って真面目で、真剣に魔物の巣を討伐したいと考えていることが見て取れた。
だが、彼らの話し合っていることは、俺が前世で話していたこととほとんど同じ。
それでは俺のときと同じように全滅してしまうことだろう。
討伐を経験し転生した俺じゃないと分からないことが一つだけある。
そしてこれは、知らなければ最悪の事態を招きかねない重大なことだ。
作戦会議を邪魔しないよう大人しく聞いていたが、ここは口を出させて貰う。
「一つ質問しても良いかしら?」
「―――なんだ?」
ウィルが面倒くさそうに返してきた。
「現在傭兵はどのくらい集まっているの?」
「およそ一万人程だな」
なるほど、俺が集めた傭兵はおよそ二万。
それから僅か十年で、そこまで数を増やしていたんだな。
「なるほど、それだけいれば巣の討伐自体は成功するわね」
「そうか、貴族様のお墨付きが出るなら嬉しいね」
ウィルが挑発するようにこちらを睨んでくる。
「―――ただ、近隣の町や村は蹂躙されるわ」
「なんだと……?」
「ウィルは魔物については知っているわよね?」
「勿論だ。魔物は巣の核と呼ばれる場所から現れ、一日から三日ほどで自然に消滅する」
この性質が魔物の厄介さを表している。
普通の動物なら、肉や骨などを加工して有効利用出来なくもない。
しかし、魔物は倒しても数日で消えてしまうのだ。
ただ、その性質のお陰で、倒さずとも守っているだけで勝手に消滅してくれる。
今まで生き残って来れたのはこの性質に助けられた部分もある。
「ええ、より正確に言うなら、魔物はその力の源となる魔力を基にしてこの世界に現れる。この世界にいる間は生物として振舞い、怪我をすれば痛がるし血も噴き出る。そして近くにいる魔物以外の生物を無差別に狙う。しかし、しばらく経つと黒い霧のように消えてしまう」
「それくらい知ってる。それがどうしたって言うんだ」
ウィルが苛立ったようにこちらを睨みつけて来た。
「大事なのはここからよ。魔力があれば魔物が生み出されるとすれば、魔力の塊である核を壊したらどうなるか、分かるわよね?」
「ああ、解き放たれた魔力が、大量の魔物になって襲い掛かってくる」
「ここまでは合っているわ。でもここからが大事なことよ」
「なんだ?」
「その地に存在する魔力が霧散してしまうまで、魔物は無限に湧き続ける―――」
「無限……だと?」
そう、無限に湧き続けるのだ。
今まで魔物の巣の討伐はいくつか報告がある。
しかし、そこから生きて帰った者は一人としていない。
だから今までこんな重大なことが伝わってこなかった。
「漂う魔力が全て魔物になれば霧散するまでそれ以上は増えないから、正確には無限とは言えないかもね」
「ふむ―――」
「でも、一度に出現する魔物の数は数万から、放っておけば数十万にも及ぶわ。それだけの大軍勢が核を壊した者たちに襲い掛かるの」
それだけの大軍勢ともなれば、ぶつかり合うのは一握りだけだ。
だから一度に討伐するのは難しい。
どうせ放っておいても消えるのだから守りを優先した陣を作るのも一つの手だが、魔力さえあれば出現してしまうので、突然隣に出現することもある。
「つまり、魔物の死体が魔力に戻って、その何割かがまた魔物として復活しちまうってわけか」
「ええ、だからどうあっても数日間は耐える必要があるわ」
「その間に全滅してしまえば、残った魔物が近くの町や村を襲うわけだな?」
「そう、ただ幸いなことに魔物の性質上、近くに一人でも生き残っていればそこを狙い続ける」
前世での討伐のとき、ルーティがそれにいち早く気付いたお陰でかなり善戦することが出来た。
突然隣に現れることにさえ対処出来れば、敵の真っ只中ではあるものの、多少の休息も取れる。
そういった様々な要素が奇跡的に噛み合って、相打ちまで持って行けた。
最後の一匹が霧散するのを、俺自身が見届けたからこれは確実だ。
「良いことを聞けた。だが、何故お前がそれを知っている?」
「さて、何故でしょうね?」
正直に答えても信じて貰えないだろう。
コルツは兎も角、ウィルはどこかで会ったとしか思い出せない間柄だ。
「そこまで知っていて、何故貴族は傭兵に協力しなかった……?」
「えっ―――?」
「その情報があればエクレールさんは生きて帰って来れたんじゃないのか!?」
ウィルの声が店に木霊する。
そうか、思い出した―――。
俺はまだ若い傭兵を死なせる決断が出来ず、討伐には連れて行かなかった。
数百人を集め、連れて行かないと宣言したとき、それでも食らいついて来たのがウィルだった。
「―――そうね。そうかも知れないわ」
「だったら、何故!」
今の俺は貴族の事情も分かっている。
これまで魔物の巣の討伐で生き残った者はいない。
そんな死地へ、貴族を向かわせるわけには行かなかったのだ。
でも今ならもっと決定的な、どうしようもなく足りなかったものが分かる。
「それは―――、貴族に英雄がいなかったからよ」
「!!!」
貴族にだって行きたかった者は大勢いた筈だ。
だが、誰が何と言おうと曲げる気はない。
その意思を持って貴族を強引に説き伏せ、仲間を引き連れて無理矢理成功に導いてしまう―――。
そんな目的と覚悟を持った者がいなかったのだ。
「……お前は英雄になれるか?」
「さぁ?分からないわ」
俺は絶対に成功させるつもりだ。
だが、俺が英雄である必要はないと思っている。
「―――お前がなれ。それならば俺たち傭兵は協力しよう」
「ウィルさん!?」「兄貴!?」
ウィルの突然の申し出に俺も困惑する。
傭兵が仲間になってくれるなら願ったり叶ったりだが、いくらなんでも都合が良すぎる。
「当然、お前の能力を見てから決めさせて貰う。お前が無能だと分かったらこの話はなしだ」
なるほど、つまり仲間になっても良いと思わせなければならないわけか。
それなら当初と何も変わっていない。目的を再確認しただけだ。
いや、頭から否定されることがなくなった分くらいは前進している。
「兄貴、言っちゃあなんですが、こいつに出来ますかい?」
「お前らもこいつの話を聞いただろ。それが本当なら俺たちだけでの討伐は難しい。―――貴族だって取り込まなきゃならない」
「そのために貴族に頭を下げるのか?」
「討伐が達成されるなら何だって良い。エクレールさんの覚悟を引き継ぐのが俺の矜持だ」
エクレールは俺なんだが……まぁ良い。
それよりも、俺の口癖を皆が真似してるとなると複雑な気持ちになる。
いや、良いことを言ってるんだ。真面目に聞かなきゃ失礼だ。
「お前に死ぬ覚悟はあるか?」
「無いわよ。だって生きて帰るつもりだもの」
「……」
「あなたたちだって、英雄が死んだら嫌でしょ?」
「―――そうだな」
ウィルは自嘲するように笑った。
ウィルにだって死ねば悲しむ人がいるだろう。
―――今度は間違わない。
誰も悲しませることなく、魔物の巣を討伐してみせる。
「お前の名前はなんだ?」
「ルーティアよ」
「今日、ルーティアに会えた幸運に感謝を―――」
神への祈りか。
俺は前世の頃から信仰心はあまりなかった。
でも、今日の出会いは神がやったとしてもおかしくないと思う。
「私もあなたに会えて良かったわ」
神も俺を完全に見放したってわけではなさそうだ。
……試練ってやつなのかもな。
この体でも達成して見せろと―――。
それでこそ願いを叶えるに相応しいとでも言いたいのだろう。
「食べ終わったのでそろそろ行きますね」
「この出会いが運命なら、また必ず会えるだろう」
「ええ、その日を楽しみにしています」
信仰心の強いやつは、相変わらず突拍子もないことを言うね。
同じ目標を持って同じところへ向かってるんだ。
嫌でもまた会うことになるだろ。
俺とミーティアはウィルたちと分かれて帰路に着く。
「ミーティアには悪いことをしたわ」
「大丈夫です。気にしてません」
そういうミーティアの顔は少し暗い。
そんなに気にしていたんだろうか?
「今度また連れて行くから、それで許して?」
ミーティアが突然俺に抱き着いてきた。
「ルーティア様……」
「何かしら?」
「どこかへ消えたりしないでください」
「突然どうしたの?そんなつもりは無いわ」
本当にどうしたのだろう?
何か不安にさせることでもしたのだろうか。
「今日のルーティア様は、いつもと全然違って見えました」
「そうかしら?」
「このまま私の知らないどこかへ行ってしまいそうで……」
俺を抱きしめる力が強くなる。
今までミーティアには多くの心配を掛けてしまったからな。
突然、大人みたいに振舞う俺を見て不安になってしまったのだろう。
「―――どこへも行かないわ」
「お願いします」
「仮に戦場へ行くことになっても、ミーティアにはきちんと伝えるわ」
「約束ですよ?」
「ええ、約束するわ」
俺からもミーティアを抱き返した。
これで俺が本気で思っているってことが伝わっただろうか?
「でも突然襲撃されたときは探してる暇なんてないかも知れないから、ちゃんと近くにいてね?」
「はい、ずっとお側にいます」
後は行動で示していくしかない。
今は近くに迫った顔見世へ全力で望もう。
誤字報告ありがとうございます!