第十三話
顔見世まで後十日になった。
毎日の運動は続けているし、ドレスも数日後には完成する。
準備は着々と進んでいた。
「今日はコルツは来ないのよね」
「はい、そのようですね」
「じゃあ、ミーティアと二人で運動しましょう」
「―――本日はお休みになられては如何でしょうか?」
えっと―――。
いや、ミーティアは俺が成功するために協力してくれていると思う。
そのミーティアが休めというんだ。
俺が気付かないだけで、疲労が蓄積しているかも知れない。
「それなら、少し出かけましょうか」
「どちらへお出かけになりたいのでしょうか?」
「どこか食事に行きたいの。私が休むなら、ミーティアにもたまには休んで欲しいわ」
王城のカフェテラスでも良いけど、そこだとミーティアは気が休まらないだろう。
どこか良いところは無いだろうか。
「恐れ入りますが、あまりお勧めは出来ません」
「え、どうして?」
「貴族が利用出来る場所が無いのです」
えっ、無いの?
傭兵だったときは夕食は店で食べるのが普通だったんだが……。
いや、貴族はお抱えのコックが作ってしまうから必要ないってことか。
―――盲点だった。
「無いのなら仕方がないわね。家で休みましょうか」
「―――いえ、一つだけあるかも知れません。それでも貴族がご利用になるには物足りない店ですが」
「あるの!?」
「はい」
「ミーティアが構わないなら、そこへ行くわよ」
早速準備して貰い、そこへ出かける。
馬車の中でミーティアに話しかけた。
「そう言えば、どういう店なの?」
「あの、私が貴族の出身なことは知っていますよね?」
「え、そうなの!?」
こんなに献身的に仕えてくれるから、貴族ではないと思ってた。
でも、考えてみれば王族に貴族出身の者が仕えるならば、公爵令嬢に仕えるのも貴族出身だよな。
ミーティアの両手を取り、顔の前へ持って来る。
「ミーティア。あなたは貴族の希望だわ!」
俺の周りには変な貴族しかいないと思っていたけど、こんなに近くにいたんだ。
それだけでも大きな希望になる。
「ありがとうございます。それで、私の実家が出資する店があるのです」
「あら、そうなの?」
「私の義姉に当たる人なのですが、少々変わり者でして―――」
ま、まぁ、変な貴族が増えることは、この際どうでも良い。
「そうなんだ。でも、ミーティアの家族が関わっているなら安心できるわ」
「いえ、期待するほどでは―――」
「良いの。私が勝手に期待しているだけよ」
そんなことを話していると、馬車がゆっくりと止まった。
「着いたようね。さぁ、行くわよ」
「―――こちらへどうぞ」
ミーティアの手を取って馬車を降りると、そこは何の変哲もない居酒屋だった。
中からは昼間から酒でも飲んでるのか、騒ぐ声が外まで響いている。
お世辞にも貴族が訪れる場所とは思えない。
こんなところに出資しているミーティアの義姉は相当な変わり者だろう。
「ルーティア様。やはり―――」
「どうしたの?入るわよ」
ミーティアの手を引っ張って、ドアを開けた。
中には丸テーブルがいくつも置かれ、それぞれの席には傭兵たちが酒を飲んで大騒ぎをしている。
「いらっしゃ、いま―――」
ウェイトレスは元気よく挨拶をしようとしたが、俺の顔を見て停止する。
そりゃまぁメイドを引き連れたようなやつが来る場所じゃないもんな。
「どうしたのかしら?」
「あのー、お店を間違えてませんか?」
「ここで合ってるわよ」
「はー、そうでしたか、では気を取り直して。―――こちらへどうぞ!」
「お願いするわ」
ウェイトレスに案内されたのは奥のテーブルだった。
もしかしたら気を使ってくれたのかも知れない。
「ご注文が決まりましたら、お呼びください」
「それなら、軽食と紅茶を二人分お願いするわ」
「ご注文ありがとうございます!」
適当に頼んじゃったけど、多分大丈夫だろう。
出てくるのは定番のパンとスープとサラダ。たまにベーコンが出てくることもある。
注文を終えて隣を見ると、ミーティアが恥ずかしそうにもじもじしていた。
「どうしたの?」
「い、いえ、義姉が出資する店がこんなところだとは知りませんでした」
「そうね、かなり意外だったわ」
これだったらその辺にある喫茶店にでも行った方がまだ良かったかも知れない。
でもまぁどこへ行ってもそこまで料理に差があるわけじゃないからな。
食事を専門にする店であれば、どこでもオーブンくらいはある筈だ。
しかし、薪を燃やして長時間同じ温度に保つのは大変だし費用も掛かる。
それ以外は竃で調理することになるが、それはそれで火加減を調節するのが難しい。
だから火を使った料理は夜の数時間くらいしか出せないのが普通だ。
もしくは朝準備すれば一日中提供出来る料理が中心になる。
「お待たせしました―――」
そう言ってウェイトレスが料理を置いていく。
「えっ、卵料理?」
そこには普通はあり得ない卵料理があった。
今調理したとしたら、ずっと火をつけっぱなしということだろうか。
いや、まぁ貴族が出資する店ならばそのくらいは出来るだろうが、採算が取れるのだろうか?
「これですか?どこかのお偉いさんが変わった竃を提供してくれたんですよ」
「へぇ、そうなの」
「それを使うと簡単に火を熾せるんで、いつでも提供出来るってわけです」
なるほど、ミーティアの義姉は技術者なのだろう。
今はまだ一般的ではないかも知れないが、この先王都中に広がってくれると嬉しい。
「では、ごゆっくり~」
「ありがとう」
ウェイトレスに手を振って返すと、ミーティアに話しかける。
「ミーティアのお義姉さんって凄いのね!」
「はい、私もそう思います」
あら、あんまり嬉しそうじゃない?
でもそれは仕方ないのかも知れない。
公爵家に来たってことはミーティアも正式な子供としては認められなかったってことだもんな。
それでもここへ紹介したってことは、嫌いではないと思うんだけど―――。
「あ、いえ、嫌いというわけでは無いのですが、その―――」
「今日は時間があるからゆっくり聞けるわよ?」
「義姉は私が子供の頃からずっと忙しくしていて、あまり会える機会が無かったのです」
そんなに昔から技術者をやっていたのか。
「変わった義姉でしたが、でも、優しい義姉でもありました」
「たまには会いたいかしら?」
「い、いえ、公爵家へ来てからはずっと屋敷で過ごしていましたから」
ってことは屋敷に来た七年前から一度も会ってないってことか。
それだけ会っていなければ気まずくもなる。
「そう、それなら仕方がないわね。でもミーティアはもう私の家族みたいなものよ」
「はい」
「だから気にすることはないわ」
「はい、公爵家には大変良くして貰い、感謝しています」
そう言ってミーティアは微笑む。
―――なるほど、複雑な思いはあるけど、そこまで気にしてるってわけでもないわけか。
それならこの話はここまでにしておこう。
「ところでミーティアは―――」
そのとき、ドアが大きな音を立てて開かれた。
そちらへ振り向くと、傭兵が数人入店したようだ。
そのままドスドスと床を踏み鳴らし、こちらへと歩いて来た。
ミーティアが立ち上がって俺を庇う。
「おい、貴族様が何でこんなところにいやがんだ?」
「ここはウィルさんの席だぞ。お前らが居て良い場所じゃねぇ」
はぁ、誰々さん専用ってやつね。
そういうことをして幅を聞かせる傭兵は前世にもいた。
だが、そんなことをしても店の迷惑になるだけだ。
俺も立ち上がり、ミーティアの横へ立つ。
「何故、私があなたたちの言い分を聞かないといけないのかしら?」
「貴族様の居て良い場所じゃねぇって言ってるだろ!」
「別に私が貴族だから言ってるわけではないわ。私が先に居たから言っているの」
この席はお前らが金を払って買っているわけじゃないんだろ?
それなら、先に座っていた者が優先に決まってるだろ。
「あぁ!?何を生意気な―――」
「―――おい、お前ら何を喧嘩している」
「あっ、ウィルさん」
いつの間に入って来たのか、後ろに男が立っていた。
ウィルと呼ばれた男は、額から頬に書けて大きく傷の入っている。
肩口で切られた髪は手入れをしていないのかぼさっとして、如何にも傭兵といった感じだ。
それにしてもウィルと呼ばれた男、見覚えがある。
どこで見たんだったか―――。
「あなた、この人たちの面倒を見ているのかしら?」
「―――勝手に慕って来るだけだ」
「そう、でもあなたがちゃんと手綱を引かないと店が迷惑するわ」
「それは悪かった」
―――すぐ謝ったな。
傭兵たちに挨拶などを教えて回ったのはルーティだ。
あの頃は王国中の傭兵が俺の元に集まっていた。
恐らくその中の一人だったのだろう。
だが、それだけだと俺の記憶にあるのはおかしい。
どこかで―――、一度は会ったことがある筈だ。
「で、ウィルはこいつらと同じ考えなのかしら」
「いや、そんなことない。なんなら同席しても良い」
ふむ、現在の傭兵を知るのも良いかもな。
「良いわよ。じゃあ、ご一緒しましょ」
そうすると傭兵たちは、テーブルの周りに座って行った。
俺も椅子に座る。
座ったところをウィルが話しかけてきた。
「ここへは何しに来た?」
「見れば分かる通り食事よ」
「ここの飯は美味いからな。気持ちは分かる」
―――ウィル、ウィル。
うーん、もう喉の奥まで出て来てるんだがなぁ。
「あなたたちは昼間から飲みに来たってわけ?」
「いや、これから作戦会議をする」
「何の作戦会議よ」
「魔物の巣の討伐だ」
なるほど、それは興味深い。
この先、傭兵を引き込めれば大きな戦力になる。
いつかはやるつもりだったが、思ったより早くチャンスが巡って来た。
「折角だから私たちも混ぜてくれないかしら?」
傭兵たちは驚くが、ウィルは興味の無さそうな顔で、
「ああ、良いぞ」
と言いながら、大きな紙を広げた。




