第十二話
「では、採寸しますね」
「ええ、お願い」
はぁ、何とか誤魔化すことが出来た。
前世でそういう経験がなかったわけではないんだが……。
俺は女の体になってしまった。
だから……正直、怖い。
「ルーティアさんは、エクレアさんと仲良いですね」
「あれはちょっと行き過ぎなような……」
「あのくらいのじゃれ合いなら、たまーにする子もいますよ」
マジか、男同士でそんなこと―――いや、無いとも言えないか。
ヘッドロックしたり筋肉を自慢し合ったりするのも、一応はじゃれ合いの一つだろう。
それの女版ってところか?
エクレアも王子に対する鬱憤のせいでやり過ぎてしまった部分もあると思う。―――思いたい。
だけど、もうちょっと大人になるまで待って欲しい。
「サーシャはそういうことしないでね?」
「奥手なんですね」
「流石に十歳でなんて早すぎるわ」
「ふふふっ、早い子はもっと早くからしてますよ?」
ええー、そんなに早くから……?
女性は成長が早いというけど、こういう部分もそうなのか。
いやいやいや、俺はまだ成長期が来てないんだからまだ早い!
「や、やっぱりこんなの駄目よ!」
「全員がするわけではありませんから、そこまで気にする必要ないと思います」
「―――そう?」
そうだと助かるんだが、エクレアは完全に俺へ的を絞っているみたいだからな。
俺の力じゃエクレアには絶対叶わない。
もうエクレアが酷いことをしないよう願うだけだな。
「はい、採寸終わりました」
「ありがとう」
「エクレアさんを呼んで来てください」
「わかったわ」
部屋を出ると、エクレアがお茶を飲みながら待っていた。
出てきた俺を見て、にこりと笑う。
―――さっきとは雰囲気が違う。これなら大丈夫そうだ。
「エクレア、入って良いそうよ」
「そう、行って来るわね」
そう言うとエクレアは立ち上がり、颯爽とは部屋に入って行く。
その椅子に座ると、ミーティアが新しいカップにお茶を入れてくれた。
「ルーティア様、お疲れのようですが大丈夫ですか?」
「ええ、少し休めば大丈夫よ」
口には出さないけどエクレアのことを良く思ってないんだろうなぁ。
俺はどうなんだろう?
エクレアのことは愛している。
でも俺は女性の体になってしまったから、彼女を幸せには出来ない。
それに―――、多くの命を犠牲にした俺に幸せになる権利などあるのだろうか。
だからこそ、神は俺を女性の体に転生させたのではないのか?
「やはり、体調が優れないのでは―――」
「えっ?ううん、少し考え事をしてただけだから」
エクレアとの関係は問題が山積みだ。
前世と違い過ぎてどうして良いか分からない。
でも、ミーティアを心配させちゃいけないよな。
「ミーティアはあのドレスを見てどう思った?」
「ええっと―――」
「思った通りに答えて良いわよ」
「素晴らしいと思います。ですが、笑われてしまうとも思います」
「ふふっ、そうよね。貴族はマナーとかうるさいもの」
前世のときからそう思っていた。
貴族は良く分からないマナーを他人にまで押し付けてくる。
だからずっと貴族は苦手だった。
でも、王はそんな俺をずっと支援してくれた。
コルツは俺の死を悲しんでくれていた。
だから、認めてくれる貴族が少しくらいはいるかも知れない。
今出来ることは、そんな人を大事にすることなんだと思う。
「でも、頑張れば認めてくれる貴族もいる筈よね?」
「はい、きっといる筈です」
そうだ、両親は俺が死んだ後だったけど、「認めねばなるまい」と言ってくれた。
今度はちゃんと生きて、その言葉を聞かなきゃな。
傭兵は一人―――。
だから死ぬ場所も自分で決めて良いものだと思っていた。
だが、それは違うんだってことがコルツと話して分かった。
「ねぇ、ミーティア。例えばだけど、魔物の討伐で私が死んだら嫌よね?」
「そんなこと、当たり前です」
「―――そうよね。私も生き残れる道を探すわ」
他の貴族は分からないけど、少なくともここに一人いる。
今は一人でもいることが分かれば十分だ。
「だから、頑張ったと思ったときは、私が行くのを認めてね?」
「それは―――」
「今は答えを出さなくて良い。そのときが来たら教えて?」
「……はい、畏まりました」
―――後はミーティアに認められるよう頑張らないとな。
「ルーティア、終わったわよ」
「お疲れ様」
「それでは、一週間ほど後にまた来て貰えますか?」
「ええ、分かったわ。エクレアも一緒に来る?」
「いいえ、遠慮しておくわ。いつ面倒ごとがやって来るか分からないもの」
それはもうどうしようもない。
でも、今は気まずいから少し、ほんの少しだけ助かった。
「それじゃあ、戻りましょうか」
「ええ、分かったわ」
「ルーティア様は先に屋敷に戻られますか?」
「―――いいえ、少し休めたから、もう大丈夫よ」
そういえば戻るのは王城だった。
余裕があればコルツの様子を見たいし、頻繁に王城へ訪れているのを誰かに見られれば、少しは良い方向に思って貰えるかもしれない。
絶対に成功させるって決めたんだ。出来ることは何でもやろう。
「ご来店ありがとうございました」
「よろしくお願いするわ」
エクレアが店員に挨拶を返した。
相変わらずマメだな。
俺は貴族になってからめっきりしなくなっていたけど―――。
「サーシャ、よろしくね」
「は、はいっ!頑張ります!」
うん、やっぱり挨拶した方が気分が良い。
俺は俺、貴族の変なマナーに縛られる必要はない。
◇
王城へと戻った俺は、何故か王城のカフェテラスに連行されていた。
「お昼まだなんでしょ?」というエクレアの申し出にあれこれと悩んでいる内に引っ張って来られた。
俺は普段お昼は食べていないんだが―――。
ミーティアに「少しくらい食べた方が健康に良いです」と言われては納得せざるを得なかった。
先ほどいた伯爵夫人たちは既に帰ったようで誰もいない。
王子が帰ればそこに取られていた人の目が増えるから、誰かに注意されたのかもな。
「申し訳ありません。お待たせしてしまいましたか?」
「なんでコルツ様までお越しになったんです?」
「王女様に誘われたのであれば勿論参ります」
「―――あなたたち」
エクレアがジト目でこちらを見てくる。
「二人とも、そんな言葉遣いする人じゃないでしょう?―――普通にしなさい、普通に」
「ん、良いのか?―――ああ、そういえばそうだっけか」
エクレアがこちらをチラと見てくる。
俺はコクリと軽く頷いた。
多分これで、俺が正体を明かしたことは伝わっただろう。
「私はこれが普通ですよ?」
「お前っ―――」
「……」
分かったよ。
まぁこれは前世の同窓会みたいなものだしな。
でも、俺は男の口調は使えないから大して変わらんぞ?
「どうして二人して私を睨むのですか。―――もう、分かったってば!」
「それで良いわ」
そう言えば、エクレアもルーティのときとは言葉遣いが違う。
まぁ気軽な仲ってのが大事なのかも知れない。
「結局コルツにお願いしたのね?」
「えーっと、それは―――」
「こいつ、エクレアが婚約してるって聞いてすっ飛んで来やがったのよ」
「ちょっと、コルツ!」
何で言うんだよ!
「へぇ~、そうだったんだぁ」
エクレアがニヤニヤとこちらを見てくる。
あれ、でも仕立て屋のときのように挑発的な目ではない。純粋に嬉しそうだ。
―――これなら大丈夫。
「そ、それはね?勢いというかなんというか―――」
「このちっさい体とは思えない迫力だったぞっ」
「ふふふっ、そんなに私のこと思ってくれていたの?」
「それはまぁ、そうだけど―――」
二人の圧力にしどろもどろになってしまう。
「ねぇ、コルツ」
「なんだ?」
「ルーティアって可愛いと思わない?」
エクレアの目が少しずつ鋭くなっていく。
あ、これはさっきと同じ―――。
「―――まぁそうだな」
「この小動物みたいな感じ。なんだか燃えてきちゃうわ」
「あー、お前はそういうところがあったな」
なんだそれ?―――もしかして、庇護欲ってやつか?
そう言えば、エクレアは俺の面倒を見るとき異常に喜んでいたっけ。
つまり、か弱い俺を見て、それが暴走してるってことか?
「わ、私たちは十歳よ!そういうのはまだ早いわ!」
「……そうね」
エクレアはじっくり考えて、そう答えた。
明らかに不満げな表情をしている。
サッと椅子をこちらに動かし、俺を抱きしめる。
「こういうのなら大丈夫でしょ?」
「えっと、ええ、まぁ―――」
「あぁ、でも燃えてきちゃうかも……」
「だ、駄目よ!」
俺は腕の中で藻掻いたが、がっしりと抱きしめるエクレアは全く引き剥がすことが出来ない。
助けを求めてコルツを見ると呆れた顔をしていた。
「お前ら―――、仲良いな」
その目は「相変わらず」と言っている。
そんなことない。前世ではこんな風にされたことはなかった。
きっと俺と同じように、王女の経験と混ざりあった結果な筈だ。
「このくらい普通よ」
「まぁこれだけ生きていれば、女を愛人にする夫人の話も一つや二つは聞いたことあるが……、普通ではないだろ」
「そ、そうよね!普通ではないわよ!」
「そう?―――仕方がないわね」
そう言うと、エクレアは名残惜しそうに離れて行った。
解放された俺は、お茶を飲んで何とか気持ちを落ち着ける。
「それでお前らはこの後どうするんだ?ルーティアは大分お疲れのようだが……」
確かにかなり疲れてしまったかもしれない。
出来れば少しでも訓練を見ていきたいところだが―――。
「ルーティア様、お倒れになる前に戻られるよう、お願い致します」
「―――そうね、そうするわ」
ミーティアが少し強い口調でそう言った。
少し厳しい感じがするのは、きっとこの前のことが原因だろう。
認めなければならない日が来るならば、それまでにきちんと育てようとしている。
それはきっと、頼りない子供から、大人になろうとしている子供に変わった証だろう。
少し寂しい気持ちもあるが、喜ばしいことだ。
「それじゃあ、帰るわ。またね」
「ええ、また来なさい」
「俺は明日も行くから、しっかり体調良くしとけよ」
皆に手を振って、屋敷へと帰った。
誤字報告ありがとうございます!
現在100%名前のミス。うーん、流石に似すぎていたかも知れません。
今作はもうこのまま行きますが、次作からはもう少しちゃんと考えます。