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第九話


 準備を済ませた俺は屋敷の外に出ていた。

 着替えて見れば何のことはない、普通のシャツとズボンだ。

 一応俺の体を気遣ってくれたのか、上下ともに長い。


 こんな服をいつの間に用意したのか不思議だったが、多分少し動けるようになったと聞いて大急ぎで用意してくれたのだろう。

 寸法は大分前に測っているから、作ることに問題はない。

 いや、数年前からサイズが変わっていないことを嘆くべきか?


 さて、そんなことよりも。


「「……」」


 さっきから疲れた顔をしてる二人をどうしてくれようか。

 二人がこんな調子じゃ、怒ることも拗ねることも出来ない。


 放っておいて始めてしまっても良いと思うが、原因が俺自身だからな。

 まぁ考え様によっては、勝手に気を遣って疲れただけとも言えるが。

 ……いや、やっぱり放っておこう。

 動いてる俺を見せることで、二人とも元気になってくれる筈だ。


 と言ってもやれることは、屋敷の周りを回るくらいだけどね。

 今日は少しだけ走ってみよう。

 疲れてきたらまた歩けば良い。


「ほっ、ほっ、ほっ」


 はぁぁあああ~。

 軽快に呼吸をしながら走りたいのだが、この体ではすぐに息が切れてしまう。

 頭の中では上手く行ってるんだけどなぁ。

 こうなってくると前世の記憶があるってのも考え物だ。

 この体で初めてやることは、どうしても前の感覚に引っ張られてしまう。


 その結果がエクレアとの対戦だ。

 ただ駆け寄って剣を振り下ろすだけの動作に、限界以上の力を使ってしまった。

 思うように体がついて来ず、エクレアとの距離がもう少し離れていたら転んでいたかも知れない。


 そのまま走ったり歩いたりを繰り返しながら屋敷を一周してくると、二人がこちらを向く。

 よしよし、予想通り元気が戻ったようだ。

 休憩を兼ねて二人に近づく。


「ルーティア様、お加減はよろしいですか?」

「ええ、まだ大丈夫よ」


 一度全力で動かしたお陰で、加減も大分測れるようになって来ている。

 効率良く動かすことを意識すれば、それほど疲れは溜まらない。

 その代わり、コルツが歩くより遅いかも知れないが。


「予想より動けてるな」

「ここ数日は毎日体力を限界近くまで使っていたから、鍛えられたんじゃないかしら?」


 体は弱くとも、若い体なのだというのを実感している。

 すぐに疲れてしまうだけで、三十歳近かった前世の俺より回復は早い。

 この分なら毎日トレーニングをすれば、普通に顔見世出来るんじゃないか?


 ―――いや、そこまでは高望みし過ぎか。

 少しの間動く体力と、長く動く体力は別だからな。

 後者は鍛えるのに長い時間が掛かる。


「この分なら剣を握っても大丈夫そうだ」

「―――ルーティア様に剣術を教えるのですか?」


 ミーティアが心配そうな声を上げる。


「おいおい、剣術を教えないんじゃ俺が来た意味が無いだろ?」

「そうかも知れませんが……」

「それに、魔物の討伐をしたいなら覚えて損はない。仮に全く使わなかったとしても、全身を鍛えられるしな」


 そうだな。全身を一度に鍛えられる運動は意外と少ない。


「そうね。顔見世のみを見据えるとしても、時間が少ないから是非取り入れたいわ」

「ルーティア様……私には何が出来るのでしょうか?」


 ミーティアは剣術など止めさせたいのだろう。

 しかし一度協力すると言った手前、頭から否定はしづらい。

 だから何か出来ることを探しているのだ。


「それならミーティアは私を見ていて。どうやら私は加減が下手で頑張り過ぎてしまうみたいだから」

「―――わかりました。誠心誠意努めさせていただきます」

「ミーティアが見ていてくれるなら心強いわ。お願いね?」


 ミーティアが少し物足りなさそうにしていたので少し念押しする。

 これは俺にとってかなり重要なことだ

 昨日はコルツに指摘されるまで、気付くことが出来なかった。


「はい、おまかせください」


 ミーティアもやる気を出して貰えたようだ。

 これで今日の運動が捗る。


「ミーティアも来なさい」

「はい」


 ミーティアは走る俺に小走りで付いてくる。

 息が切れるとゆっくり歩く、ミーティアに追い付かれる。

 また俺は走る、ミーティアは小走りで付いてくる。

 この繰り返しだ。


 気が付けば、屋敷の周りをすーっと一周できてしまっていた。


「どう?前は半周しか出来なかったけど、成長しているでしょ?」

「はい、以前よりずっと早く回れていますよ」


 うん、一緒に来てくれる人がいるってのも精神的には良いよなー。

 一人だけだとどうしても自分との戦いになっちゃうから。


 二人で一緒に走る方が楽しい。


「もう一周行くならこれを持って行け」


 コルツが木剣を俺に渡してきた。

 高く放られたその木剣を何とか受け止めると柄を握る。


「ミーティア、もう一周行くわよ」

「はい、ルーティア様」


 俺はゆっくり走りながら剣を縦に振ったり、横へ振ったりした。

 目指すはルーティの剣筋。ルーティは武器を中段に構え、攻撃の捌きと鋭い突きが中心だった筈。

 すぐにルーティと同じように出来るとは思わないが、少しでもコツを掴もうと剣を振るった。

 そんな感じで一周してくる。


「それはルーティの剣か」

「ええ、そうよ。私の知っている剣術はこれしかありませんから」

「ルーティの剣は強かった。男の騎士にも負けることはそうそうないくらいにな」


 コルツは懐かしむように言った。


「だが、攻めるだけではルーティの剣に追い付くのは無理だぞ」


 そりゃあ、俺だって分かってる。

 ルーティの剣は守りの剣だ。相手の攻撃を誘ってそこからカウンターを叩き込む。

 でも受けの訓練は相手がいなければ出来ない。


「俺が指導してやろう」

「コルツにも出来るの?」

「まぁある程度はな。ルーティほどではないが」

「それならお願いします」


 俺とコルツが対峙する。

 両方とも木剣を持ち、一歩歩けば剣が届く距離……。

 

「これでどうするの?」

「俺が一撃振り下ろすからそれを受けてくれ」


 俺とエクレアがやった対戦と同じ形式だ。

 今度は俺が耐える側をやれってわけね。


「準備が出来たら言え」

「ええ、いつでも良いわよ」


 上段に構えたコルツと視線が交叉する。

 俺は中断に構え、いつ来ても守れるように固める。


 コルツの威圧感が肌を乱暴に撫でていく。

 ふん、俺はエクレールだ。こんなの慣れている。


 コルツが大上段から一太刀、こちらへ木剣を振り下ろしてきた。

 あの剣を受けるには真正直に受けては駄目だ。

 ルーティが言っていた。綿のように受けろと。

 言ってる意味は分からなかったが、何度もルーティの受けを見てきた俺なら分かる。

 

 ガンッッという音と共に剣が交叉した。


「なるほどな、受けもそれなりに出来るってわけか」

「真似事よ」

「いきなりでそれだけ出来るなら十分だ」

「そう、それは良かったわ」

「今後は様子を見つつ少しずつ威力を上げて行く。俺は説明が下手だから、なんとなく理解してくれ」


 コルツはガハハッと笑う。


「ルーティア様、大丈夫ですか?」

「ええ、思ったよりは大丈夫よ。負担が結構掛かったから少し休みたいけど」

「わかりました。ではこちらへ」


 俺はミーティアにベンチへと連れられて行く。

 そこで、腕を出して軽くマッサージをして貰った。


「もう、そんなに気を遣わなくても大丈夫よ?」

「いえ、これは私が好きでやっていることですから」


 んー、まぁ好きでやってることなら仕方がない。

 コルツは手加減してくれていたと思うが、それでも結構な衝撃だったからな。

 毎回こうだとその度に休憩することになって、時間が物凄く持って行かれそうだが。


 その後も数回剣を受ける訓練を行った。

 まだコツを掴むなんて遠い先の話だが、これも一歩一歩だな。

 最後にミーティアとゆっくり一周回って、本日の運動を終わりにした。


「よし、今日はここまでだ。明日も来るからな」

「ええ、お願いするわ」


 それだけ言うと、コルツはいつの間にか着ていた馬車に乗って颯爽と返っていた。

 俺はミーティアに振り返る。


「どう?私の顔、青くなってないかしら?」

「少し青くなっていますね。おつらいのですか?」

「いいえ、全然。私の感覚ではまだ調子が良いくらいよ」

「それは……私が見ていないと駄目ですね」


 俺はミーティアに強引に抱っこされて自分の部屋へと向かう。


「もう、本当に大丈夫なのに―――」

「ルーティア様はもっと甘やかされて良い筈です」

「良いのよ。私はやりたいことをやらせて貰えているのだから、十分甘えてるわよ」


 そう言いつつも、ミーティアにぎゅっとしがみ付く。

 俺の記憶が戻りきる前は、こうして抱かれると安心出来た。

 そのせいか、後から入ってきたエクレールの感情よりも優先されている。

 エクレールの記憶と、ルーティアの経験が入り混じったのが今の俺なのだと改めて実感した。


 ルーティアには目標が無かったから、エクレールの目的が優先されている。

 今エクレールに思考が寄っているのも、その方が有利だと思うからだ。

 では、目的を達成したとき、俺はどうなってしまうのだろう?


 ……いや、今は想像出来ないだろう。

 俺はもうエクレールであり、ルーティアでもあるのだ。

 今の俺としての選択が出来るようになったとき、どちらでもない新たな答えを出すような気がする。


「どうかなされましたか?」

「―――少し眠くなってしまいました」

「はい、後はお任せください」

「後はお願いね」

「おやすみなさいませ」


 ミーティアが更にぎゅっと強く抱きしめる感覚に、俺の意識は急速に離れていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] (・_・D フムフム、上手く行ってるようですな。 体もだんだん強くなってきたような 綿のようにうけろ、、が何気にかっこよかった(`・ω・´) [気になる点] どうなってしまふのだろう…
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