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Silver Sisters 2 ~HARUNA~  作者: 瑞城弥生
第二章 戦乙女
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月形幹夫は軍人だった。高校を卒業してすぐ軍隊に入った。理由は簡単だ、代々軍人の家系だった。ただそれだけだ、

 旧王国軍は規模も権限も殆どなかったけれど、それでも年に数人の新人を採用するという作業は続けていて、連邦もそれは認めていた。いざとなったら盾にでもするつもりだったのだろう。

 入隊三年目の月形は、その日、重要な業務を命じられた。王国復活後最初の任務だ。


「輸送ですか?」


 運転手としては普通の任務である。別に珍しいことではない。


「ああ、北の国境まで運んでもらいたい」

「えと、一体何を」

「メイドだよ、メイド」


 この国においてメイドとは特別な存在だ。超難関と言われる試験に合格し、更に厳格な審査を突破して初めてメイドになる資格が得られる。その人気はとてつもなく高く、女性なら誰もが憧れた。メイド服も国に認められた本物のメイドにしか着用する事は許されていないため、メイド服を着ていると言うだけで、その身分は保証される。王家のメイドに至っては、軍ですら命令に従わなければならないという、絶大な権力を所持していた。


「メイドですか」


 その任務が重要である理由は理解した。


「ああ、最上級のメイドさんだ」


 そして最上級と言えば、王家のメイドで間違いない。

 王家のメイドは全部で二百五十六名いるが、そのうち上位十六名は礼儀作法、語学、知識はもとより各種格闘技においても国内有数の実力者と言われている。一般市民には禁止されている銃火器の所持さえ認められていた。

 それ故、メイドに関わるのは、名誉の仕事だ。

 月形は喜んでその仕事を引き受けた。


 軍用車に乗り合同庁舎の地下駐車場へ向かう。月形が到着したのは、約束の時間よし少し早いくらいだった。遅れることは許されない。そこは十分に注意した。

 メイドは、一秒の狂いもなく、時間通りに現れた。

 タイプ・ゼロと呼ばれる特別なメイド服は、王家のメイドである以上必須である。そして彼女は美しかった。目を見張るほどに。この世の者とは思えぬほどに。

 月形は、メイドの美しさに見とれて、一瞬動くのを忘れたが、慌てた動きを悟られないように素早く車を降りて敬礼をした。


「おつかれさまです。月形軍曹であります」


 月形が顔を見せたとたん、驚きを表したメイドの顔は、知り合いにでも会ったかのような表情へと変わっていく。メイドと会うのは初めてだから、月形は不思議に思った。


「あの」


 動かないメイドに、月形は声をかけた。


「ああ、よろしくな」


メイドは、思い出したように返事をしてから助手席に座った。


 榛名桜子。

 メイドはそう名乗った。

 着ているメイド服はタイプ・ゼロ。それは国民であれば誰もが知っていたし、誰もが憧れた。女の子であればその美しさに、男の子であればその強さに。もちろん月形も例外ではない。

 メイドは胸元のブローチの形状と、衿元につけている番号で区別する。助手席のメイドは雪の結晶を模したブローチを付けていた。つまり王家のメイドである。しかし襟に番号はついてない。そもそも髪の色からして普通のメイドとは違っていた。見事なまでの青色だった。それの意味することは簡単だ。戦闘メイドと呼ばれる特別なメイドである。


「榛名様は、もともとどちらの生まれなんですか」


 高速に入ってから、月形は、初対面お相手に対する一般的な話題を持ち出した。目的地まで五時間は掛かる。無言で過ごすにはいささか長い。それに、戦闘メイドと二人っきりになれる機会など二度と無いだろう。できればすこしでも交友を深めたかった。


「もともとシスカの生まれよ」


 北部の第五行政区の中心都市がシスカである。人口は百九十万人と、それなりに大きな街だ。西岡と呼ばれる巨大な屋敷を構える吉野家が、管理、運営する第五行政区の区都として栄え、如月女学院を筆頭に学術都市として有名だった。


「そうなんですか。僕もです。榛名様は西岡のご出身なんですか」


 西岡とは、吉野家の屋敷とは別に、如月女学院の事も指す。どちらを意味するかは話の流れで理解するしか無い。そしてメイドという職業を考えると、王家のメイドという地位を考えると、如月女学院大学部、いや大学院を出ていても驚く事ではない。

 この国において、大半の国民は大学に進学することなく高校を卒業したら就職する。月形も例外ではない。大学へ進学するのは、公務員や学者、そしてメイドになるような特殊な人間だけである。

 そして月形の隣にいる女性こそ、この国で最も上位に位置する存在だ。

 まさに神といえるほどだ。


「いや、あそこには行ってないんだよね」

「え? そうなんですか」


 それは、ちょっとばかり意外だった。

 メイドの必要条件を思えば想定外だ。それとも戦闘メイドは、戦闘力こそが全てなのだろうか。その考えは、次の榛名の言葉で打ち砕かれる。


「ツアコンだっんだよ。国内旅行のね」


 ツアコンとはツアーコンダクターのことであり、つまるところ団体旅行の添乗員だ。そんな普通の社会人がどうしてメイドに、しかも最強の戦闘メイドになったのか。それはとても興味深い話だった。 

けれどその話を続けることはできなかった。

 榛名が視線を外したからである。

 たぶん話したくないことなのだろう。

 それくらい空気は、月形にもなんとか読めた。


 それからしばらくは、一般的な世間話をして過ごした。月形は特に話術に長けていたわけでは無かったが、それでも人並みなコミュニケーションは可能である。

 榛名は興味なさげに、それでも丁寧に返事をする。それもメイドゆえだろう。しかしその知識の多さには閉口するしか無かった。それこそメイドだと感心する。

 二時間ぐらい走り、サービスエリアで休息を取った。

 高速道路は混んでいなかったし、天候も良かったから特に疲れてはいなかった。そのままぶっ通しで飛ばしても問題は無かったが、月形には、ここで休む必要があった。

 車で待つと言う春名を残して、月形は売店へと向かう。

 ここで荷物を受け取るのも、重要な仕事の一つだった。


「やあ、きみが月形くんかい」


 指示通り、スナックコーナーに向かうと、少女というか幼女に声をかけられた。見た目はそのまんま小学生だけれど、その態度は横柄だ。如月女学院初等部の黒いブレザーに身を包んだ幼女は、月形に対して不気味にわらう。その表情に、月形は身震いした。


「荷物はこれさ」


 名刺大の情報端末を取り出して、幼女は月形に前にあるテーブルに、画面を下にしてそっと置いた。全体が真っ白で、中央に桜の花びらが描かれている。

 それは、吉野家の紋章によく似ていた。月形もそこの出身だから見覚えがあった。


「コレを何処へ」


 出発する時、受取場所は聞いていたが、届け先までの指示はなかった。

 ここで教えてもらえると思っていた。

 けれど予想は裏切られる。


「しばらくきみが持っていてよ、きっと役に立つからね」


 月形は、目の前の端末を取り上げた。

 再び幼女へと視線を戻すが、彼女はもうその場にはいなかった。

 慌てて売店内を見渡すが、やはり見つける事は出来なかった。


 売店で缶コーヒーを買って車に戻ると、榛名は椅子を倒して休んでいた。起こさないように運転席座ってエンジンをかける。


「おかえり」


 榛名が気付いて目を開ける。眠っていたわけではなさそうだった。


「どうぞ」


 買ってきた缶コーヒーを一つ榛名に渡す。


「ありがとう」


 普通に、礼を言って、榛名はそのコーヒーを一口のんだ。

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