四
これで何人目だろう。
榛名は、さっきまで比叡と戦っていた少女が、女王陛下となった瞬間に立ち会った。
それこそ何度目だろう。
金剛のあとを追って、榛名は比叡の戦ってる場所に来た。比叡が相手にしている魔法少女は二人いたが、二人とも素人ではないかと思うほどの実力だった。相手は気づいていなかったようであるが、比叡は完全に手を抜いていた。やる気がなかった。一応黒い甲冑姿にはなっているけれど、この二人が相手なら、メイド服のままでも余裕だろう。
すぐに倒してしまわないあたりは、やはり戦闘メイドの一人なんだと思う。戦うのが面倒だと思うほど、戦うことを嫌ってはいないのだ。
けれど、魔法少女の一人を討ち取ったのは、そんな比叡でも、しびれを切らした金剛でもなく、後から現れた別の魔法少女だった。別に裏切った訳ではない。元から彼女は、魔法少女では無かっただけだ。
「戦乙女か」
戦闘メイドは女王陛下の護衛が任務である。国防に関わる案件には、かかわらないのが取り決めだった。榛名よりも数倍、いや数十倍の力を持つ秘密兵器がいるからだ。
彼女たちは戦乙女と呼ばれていた。
戦乙女とほぼ同時に現れた霧島柊樹はとても爽快な顔つきをしている。
何かいい事でもあったのだろうか。
こうして魔法少女は降伏した。
そうして魔法少女は戴冠した。
女王陛下となった魔法少女は、これと言って特徴など無い顔つきだ。ただオリジナルにはよく似ていた。だからこの新しい女王陛下に仕える事に違和感などない。
いや、誰が、どんな人間が女王陛下になろうとも、それは――。
「ではお願いします」
メイド長の言葉に頷いて、新たな女王陛下は広場へと向かう。榛名も、他の戦闘メイドも、女王の護衛問立場上、彼女に付き従った。
ユキが自らの依代としてクローンを使うのはいつもの事だ。クローンでないのは初代と先代だけである。今回依代として選ばれた南郷奈々子も、そのために作られた数あるクローンのうちの一人である。とは言え、女王陛下のクローンであるにも関わらず、魔法少女になる道を選ぶとは驚きだった。
そんなことは初めてだった。
広場で行われる戴冠式のために合同庁舎を出たところで、女が一人フラフラと近づいてきた。
「ななちゃん」
変身してはいないが魔法少女である。榛名にも見覚えがあった。霧島にぼろぼろにされて地下牢屋に拘束されていた本通紗英という魔法少女だ。霧島は、見え見えながら気づかぬふりを通している。他の二人は感心すら示していない。だから榛名も傍観することに決めた。あの程度の魔法少女が、女王陛下に害をおよぼせるとも思えなかった。
「ああ、さっちゃん、生きていたんだ」
南郷奈々子が紗英に話しかける。
依代としてユキの記憶を受付られたとは言え、奈々子の本来の記憶をすべて消去したわけではない。ところどころ不整合に悩むことはあるだろうが、それは些細な事だ。
だから、奈々子が紗英のことを憶えていても不思議ではなかった。
「おめでとう」
紗英は笑顔のまま菜々子へと近づいていく。
「ありがとう」
魔法少女であれば、ここで何か仕掛けてくるのはわかっていた。しかし、霧島が動かない以上榛名に出番はない。何かあれば、あの戦闘狂がまず飛び出すはずである。
いつものことだ。
それにユキとなった奈々子であれば、その程度で倒れたりはしないだろう。
紗英は、菜々子を自らの攻撃範囲取り込むと、予想どおり呪文を唱えた。
「マギーヤ・オトクリーティエン」
薄緑色を基調としたワンピース姿の魔法少女が現れる。それでもまだ、霧島は動こうともしなかった。ただ、笑っていた。
「ミスティーマイス」
さらなる呪文で魔力と武器を強化して、紗英は一撃必殺のわざを菜々子に繰り出す。紗英は強力な武器へと変化した右の拳を、奈々子の左胸に撃ち込んだ。
人間相手なら、いや魔法少女相手でも、その威力は絶大だ。
「ぐはっ」
奈々子はその衝撃を受け、ダメージを受けたかのようにうつむいた。
しかし奈々子は倒れない。
既にユキの恩恵を受けた奈々子に対し、その程度の攻撃では力不足だ。それが分かっているから、霧島も金剛も手を出さない。
紗英は心臓を撃ち抜こうと力を加えるが、それ以上はびくともしなかった。
「ふふふふ」
菜々子の口から不気味な笑い声が聞こえてきた。顔を上げた奈々子は、不敵な笑みを浮かべている。
「さっちゃん。私はね、知ってしまったの。魔法少女の秘密も、その存在理由も」
それは、ユキの記憶を受け継げばわかることだ。
ユキの歴史は、魔女の歴史と等しく古い。
魔女と契約せし乙女――魔法少女についてもすべて、奈々子は理解したのだろう。
「でも安心して、わたしはあなたを殺しはしない」
中指と人差し指を揃えた奈々子の右手が、紗英の額にそっと触れる。
「さよなら、さっちゃん」
奈々子に突き立ていた右腕は、力を失い、重力に従って降ろされた。
その瞬間、榛名の心に、恐怖に似た感情が襲ってきた。
紗英の中にある魔法少女の記憶が奈々子によって消された時、何かが紗英の記憶の奥底から顔を出した。
奈々子はそれに気づいていないようだった。他の戦闘メイドも同様である。
榛名だけが気づいてしまった。
「さて、道を開けてくれるかな」
奈々子が紗英に声をかける。
「あ、はい」
紗英自信も気づいていない。なんとも言えない違和感を感じているだけのようだ。
「ありがとう」
奈々子が紗英に礼を言い、広場へと向かっていく。その後を榛名も追った。
紗英はやはり困惑しているようだ。
だがすぐに思いだすだろう。
自分自身の正体に。
榛名は、去っていく紗英の後ろ姿を見送ってから、遅れて女王陛下の後を追い、舞台へと乗り上げた。