二
前線司令部の建屋の中に吉野瑞希はいなかった。連絡係の兵士に所在を聞くと、少し離れた小高い丘にいると教えられた。
それほど遠くはないから、榛名は瑞希のもとまで歩いて向かった。
「あれれ、忘れ物かな」
榛名が近づくと、瑞希はすぐに気づいて、いかにも幼女っぽく笑った。実年齢はともかく、外見は小学五年生ぐらいである。卑怯ではあるが、見た目に反して、その戦闘力は規格外だ。
そしてその立場も、戦時下においては榛名より上である。
「ああ、忘れ物だ」
それでもタメ口が許されるのは、戦乙女と戦闘メイドとの間で、そういう取り決めがあるからである。命令形態とは別の次元での約束事だ。
「悪いけど少し力を貸してくれないか」
榛名は、前置きもなく本題に入った。戦乙女の中では、吉野瑞希が一番短気だ。余計な言い回しとかをしたら気分を害する。今は機嫌を損ねるわけには行かなかった。
瑞希は、別に驚くこともなく、予想していたかのような反応をした。
珍しく機嫌がいい。
「蘭が指定してきた総攻撃の時間まで、まだ四十二時間はあるからね。それまでの間だったら、少しくらいのリソースは使ってもいいっすよ」
瑞希は簡単にそう答えた。
その余裕な態度に少しばかり榛名は苛ついた。
戦乙女はいつでもそうだった。
「助かる」
とは言え、とてもありがたいことである。
素直に頭を下げる榛名に、瑞希は軽く手を降ってそれに答えた。
それから瑞希は小さくため息をつく。
「実際面倒くさいよね、専守防衛ってやつ」
それは、他国へ攻撃をしかけることなく、攻撃を受けたときにのみ武力を行使して、自国を防衛することだ。瑞希たち戦乙女は、その強大な力が原因で、専守防衛以外は出来ないよう、力が制限されている。
だから今回も、連邦の前線基地を壊滅したらそれで終わりだ。相手を追い返せば、戦乙女は国境まで後退し、また国土の防衛に専念するだろう。
そして連邦が新しい戦力を整えるまで、平和な日々が続くのだ。
「たまにはさ、敵国の首都とか攻めてみたくなるじゃん」
不穏にも瑞希はそうつぶやいた。
戦闘狂の霧島であれば、あるいは同意したかもしれない。けれど榛名は防御がメインの戦闘タイプである。その辺の想いはあまり理解出来なかった。
もちろん、反撃するのは吝かではないが。
「ご冗談を」
だから榛名はそう答えて静かに笑った。