二
物心ついたときから、北山成子は浮間桜子に嫉妬してた。
桜子は同じ魔法少女となった十三人の中でも上位四人に入る力を持っていた。
そして上位四人は、他の七人とはかなり力の差があった。
いや、魔法少女になる前から、四人には特別な何かがあった。それが生まれついた性質のものであったとしても、成子はそれをうらやまずにはいられなかった。
高校に入ったあたりから、そういった気持は随分と和らいだけれど、桜子に対する嫉妬のような感情は、ずっと成子の心の中にくすぶっていた。
だから、桜子が反旗を翻したと聞いたとき、成子は決心した。
喜んだ。
この手で彼女を、桜子を何とかする。
いや倒すのだ、と。
成子は高校を卒業してからすぐ新興貴族に雇われ、必死に腕を鍛えてきた。
それに対して、桜子は普通の会社員として、人間らしく生きていた。
それならば、成子と櫻子との力の差は縮まり、いい勝負ができると思っていた。
信じていた。
そんな当たり前の理論に捕らわれていた。
けれど、そうはならなかった。
才能は、努力など簡単に凌駕するのだ。
必死に剣を繰り出す成子に対して、桜子は、簡単にあしらっているようであった。
本気を出している風には見えなかった。
片手間でさえなかった。
いつの間にか、涼子が成子に支援魔法をかけ始めていた。打ち合わせ通りである。
けれどそれの意味することは、成子が劣勢であることの証明だった。
桜子は最初から、目の前にいる成子ではなく、その後ろから支援魔法をかけている涼子に注意を向けていた。
敵意を向けていた。
成子の心に怒りが湧き上がってくる。
相手をしているのは自分であるべきだと。
なぜよそ見をしているのかと。
「マギーヤ・オトクリーティエン」
だから成子は呪文を唱える。
魔法少女になれば、その差が少しは縮まるはずだと信じていた。
実際、力は桁違いに強くなり、成子は余裕で桜子の刀を弾き返した。
それでも変身前の桜子に対しても、絶対優位とは言え無かった。
「ナルちゃん」
桜子は、成子のことをいつもそう呼んでいた。
こんな時にそんな呼び方をされて、成子は更に気分を害した。
だから成子は返事をしないで剣を振り続ける。
桜子はそれを気にしている風でもなかった。
変身する気配のない桜子は、成子の剣をかろうじて弾きながら後退して行く。
「私ね、魔法少女は辞めたのよ」
その言葉に、成子の剣が一瞬止まる。
「どういう事?」
このまま変身しないで戦うつもりなのか。
それでは意味がない。
本気の桜子と戦わなくては、そして倒さなければ意味はない。
しかし、ならばどうして此処に来た。
絵付きとは言え、変身した魔法少女には勝てないとわかっているはずだ。
けれど桜子は、予想外の言葉を発した。
「魔法少女は辞めて、メイドになったのよ」
その場で一回転した桜子は、スーツ姿からメイド服へと早替えした。
「メイド?」
正直意味がわからなかった。
いや、メイドがどういうものか、成子は知っている。北山家にも数名いた。
そしてその仕事も、大体は理解しているつもりだった。
けれど、魔法少女を辞めてメイドに成るとか、まったく意味がわからない。
桜子はそんな事を行って、成子を混乱させたいのだろうか。
それとも……。
「そう。次にこの国を統治される女王陛下の直属のメイドなのよ。すごいでしょう」
桜子が嬉しそうに微笑んだ、
そんな感情豊かな桜子を、成子は初めて見た。
けれど話にはついていけない。
桜子の目は、何かに陶酔しているような、危ないものへと変わっていた。
「どっちにしても、此処であなたを倒すだけよ、桜子」
剣に魔力を込めて、成子は攻撃を再開する。
桜子が魔法少女に変身しなければ、簡単に倒せると思ったが、そうは行かなかった。
絵付きとの差は簡単には埋まらないらしい。
桜子は変身しなくても十分に強かった。
「涼子!」
成子は、後方で支援魔法に専念している涼子の参戦を指示した。
本当なら一人で倒したい。
けれど、力の差が大きすぎて、それはかなわないとわかっていた。
涼子も魔力を込めた剣を振り上げ、前方に踊りでた。
とは言え桜子の目標は涼子である。あまり前に出られても困るから、あくまでも補助的な役割に徹してもらう気でいた。
実際に涼子はうまく立ち回ってくれた。
「チッ」
涼子を倒すのが目的の桜子は、うまく涼子を捉えられず舌打ちをした。
成子が桜子に対処し、涼子はサポートに回っている。それでいい。
二人の息の合った攻撃を受け、ついに桜子は後方に飛んでいった。
なんとか踏ん張って身構える桜子は、大きく息を吸ってから、刀を下段で構え直す。
「やっぱ、これじゃ勝てませんね」
桜子は刀から離した右手を正面に向けた。
そして呪文を唱える。
「ダーレ=フォルザ」
手の平より一回り大きい円状の紋章が左手の正面に現れる。桜色の円の内側には複雑な模様が描かれていた。中央に雪の結晶があり、それを囲むように五種類の華――撫子、紫苑、水無月、楓、桜のイラストが円状に描かれていた。
成子にとっては初めて見る模様だった。
桜子のメイドの服が、戦闘に特化した形状に変わっていた。見るからに甲冑と言うべきデザインだ。真っ黒いその姿からは、闇落ちのオーラが放たれている。
「この姿は初めてだけれど。素晴らしいわね。力がみなぎってくる」
成子には理解できた。
理解できてしまった。
これはヤバイ。
こいつはヤバイ。
勝てない。
勝てるはずがない。
涼子の心が恐怖を感じて、攻撃が一瞬止まった。
次の瞬間、成子の右腕は、剣とともにどこかへ飛んでいった。
慌てて、ひだり手に剣を具現化する。
しかし、それも長くは存在しなかった。
左手もすぐに無くなった。
「悪いわね。あなたには恨みなんてこれっぽっちもないのだけれど」
桜子が刀を振り上げた。
「さようなら、ナルちゃん」
笑った。
笑っていた。
そして、成子の意識はそこで途絶えた。




