三
空軍の駐屯地に姿を現すとすぐに、榛名は思わずため息を付いてしまった。
そこの状況も散々だった。滑走路のあちこちに航空機の残骸が散らばっていたし、兵士の死体が重なり合うように転がっている。
相変わらず容赦がないと榛名は思った。
その榛名の目の前では、真っ黒い戦闘メイドと、双子の魔法少女が戦っている。
「まだ終わってないのか」
メイドの方は金剛紅葉だ。
序列のない戦闘メイドの中でも、一応リーダー的な役割をしている。立場上彼女の命令に従う必要はないのだけれど、面倒くさいと言う理由だけで、榛名は金剛の指示に従うことに決めていた。彼女は無謀なことは言わないし、無茶なことをやらせたりはしない。
冷静沈着であり、理性的であった。
その金剛にしては珍しく楽しそうに戦っている。
いや、力の差を考えれば、じゃれているというのが正しいだろう。
だからこそ、榛名はため息をついてしまったのだ。
とは言え、相手の魔法少女もかなり強い。特に二人の連携はさすが双子であるとしか言えない完成度である。榛名も思わず見とれてしまうほどに素晴らしかった。
「あ、もう時間ですか。陸軍の方は終わったようですね」
金剛がやっと榛名に気づいて話しかけてきた。
「問題なく」
簡単に報告をする。それ以上の言葉は必要なかった。
二人の魔法少女の動揺が、榛名にも感じ取れた。
陸軍基地に誰が行っているのか彼女たちは知っている。
そして、榛名がこの場に来たことの意味も理解しているはずだった。
「では、こちらも、もう終わりにしましょうか」
金剛は持っていた日本刀を滑走路のアスファルトの地面に突き刺した。
「ベルシオーネ=レミタータ」
金剛が呪文を唱えると、頭上に国章が現れ、次第に黒い甲冑が銀色に輝き始める。
完全に銀色に変化した金剛は、地面に突き刺さった日本刀を引き抜いて、橙色の魔法少女に狙いを定めた。次の瞬間、その魔法少女の左腕が宙に待った。
「だいだい!」
さすが魔法少女である。最終形に移行した金剛の一撃を腕一本だけで済ますとは、賞賛に値した。しかし、この状態の金剛から逃げられるはずなど無い。
仲間の負傷に動揺した紫色の魔法少女は、腰のあたりで真っ二つにされていた。
「むらさき! 畜生め」
片腕の魔法少女が、叫びながら金剛に突進する。
それは特攻というのにふさわしい。
けれど、それは無謀だった。
「ありがとう。楽しかったですよ」
金剛は魔法少女の攻撃をわざと紙一重でかわした後に、日本刀で串刺しにした。
あっけのない決着だった。
「ちく、しょう」
魔法少女は最後にそう言って息絶えた。
金剛の日本刀が砕け散り、魔法少女が地面に落ちる。同時に変身も解除された。金剛も普段のメイド服に戻っている。
「お待たせしました」
魔法少女の死体を一瞥してから、金剛は榛名に向き直る。
双子の魔法少女である半田姉妹も、親の顔など知らないはずだ。こちらの二人は月寒と違って、合祀されるに違いない。それでも二人一緒だから寂しくもないだろう。
安らかに眠ってほしいと、榛名は形式上で祈っていた。
後片付けに来たのは、フェアリーズ第十三席の亜来美南だ。北山家の家紋である水無月の花を付けた四番と十二番のメイドも一緒である。
「お疲れさまっす」
没個性が売りのメイドにしては珍しいことに、美南は口調が軽く、わりかし個性が強かった。そのことでいつもメイド長に注意されていたが、一向に治らない。戦闘力を中心とした彼女の能力の高さを知っていれば、第十三席という席次は不可思議だ。しかしたぶん彼女は、その個性とやらが理由で、下位に甘んじているのだと思う。
「あとは頼みますよ」
「かしこまっ」
美南は金剛に対しても軽口だった。
不敬だと注意する必要はないだろう。
一人ぐらい毛並みが違うのがいてもいいと、榛名は思った。
「では行きましょうか、榛名さん。比叡を待たせると怒られますから」
「そうだな。しかし戦闘メイドのくせに戦闘嫌いとか、笑えない冗談だな」
戦闘メイドという名前の通り、その能力はかなり戦闘に特化されている。しかし霧島と対を成すように、比叡は戦闘に参加するのを嫌がる傾向があった。
「それは言わないの」
「でも、本当は強いんだよね、あの娘」
一番戦闘をしたがらない戦闘メイド。しかし比叡の戦闘センスは、主に戦略面に於いてずば抜けている。その効率の良さは折り紙付きだ。戦闘メイド四人が殺し合えば、彼女だけが生き残る。戦闘狂と恐れられている霧島さえも認めるほどに、比叡は強かった。
「そうですね」
金剛は曖昧に返事をした。
実質的なまとめ役である金剛にとっては、思うことがあったのだろう。
けれど榛名は、そんな金剛に気を使うほど、気が利く性格ではなかった。
金剛はそれ以上何も言わずに姿を消した。先に比叡のもとに向かったのだろう。
榛名もすぐに後を追った。