二
魔法少女とは、天涯孤独の身の上だ。
結婚して家族を持つような奇跡にでも恵まれない限り、たとえ戦いに敗れて死んだとしても、その亡骸を引き取っる人などいなかった。家族のいるものなど希少である。最後には無縁仏と同様に、魔法少女として合祀される。
月寒杏子にも親戚縁者はいなかった。遺体の引き取り手はいなかった。
いや、正確に言えば、彼女には姉がいた。
連邦が侵略してきた時に、その先陣を切って戦った魔法少女だ。
榛名が殺した魔法少女だ。
別に悪いとは思っていない。
戦争だから仕方が無い。
いや、今更そんなあまい感情など持ち合わせていなかった。無縁だった。
榛名は持っていた血だらけの日本刀を放り投げる。それは空中で粉々に砕け散り、それを合図に榛名も元の姿へ戻っていた。
タイプ・ゼロのメイド服へと。
「お待たせしました」
榛名がメイド服に戻るのを見計らったかのように、王家のメイド第十四席である後星アイカが現れた。
王家直属メイドの本来の定数は二百五十六名である。その内の上位四名が榛名と同じ戦闘メイドの席次となっている。順番は付いていない。誰が一番であるか、実力だけでは決められ無いという事もあるし、決めるべきではないと言う事情もあった。
第五席はメイド長であり、第六席から第十六席までが副メイド長との位置づけだ。この十二人を合わせてフェアリーズと呼ばれていた。礼儀作法学術戦闘力などあらゆる面で秀でた存在であり、国内全メイドの頂点だ。第十七席から下は一般メイドである。しかし今は空席で、欠員のままだった。連邦が侵略してきた時にすべて抹殺されたからだ。
罪もないのに、王家のメイドであるというだけで殺された。
とても残念なことである。
「忙しのに悪いね。それ、運んでおいてくれるかな」
アイカは、二人のメイドを従えていた。共にタイプ・ゼロのメイド服を着ている。
没個性で、見た目も大差のないメイドではあるが、襟元にあるアクセサリーでメイドの所属は確認できた。榛名とアイカは王家のメイドなので雪の結晶だ。アイカが連れてきたメイドは、桜の花びらを付けているから吉野家のメイドで間違いない。七番と八番であれば、それなりの席順だった。
「かしこまりました」
アイカと二人のメイドがうやうやしく頭を下げる。榛名はメイドの中でも特別な存在だった。一般のメイドとは立場が違う。
「では、運びましょう」
吉野家のメイドが一人、榛名の目の前で動かなくなった月寒杏子を持ち上げた。決して小さくはない杏子の体を、お姫様抱っこできる程度にメイドとは力持ちである。
いや、本当はそれ以上に力はある。
タイプ・ゼロの着用を許されている一般貴族のメイドでも一桁番台であれば、素手で軍隊と戦えるほどの力はある。だからこそ、王国にはまともな軍隊が存在しないのだ。
「よろしく頼むよ」
杏子が埋葬されるのは魔法少女がまとめて祀られている墓ではなく、彼女の姉が眠る場所だ。月寒姉が死んだ時、その亡骸は杏子が引き取った可能性が高い。多分合祀はされていないはずだった。
それぐらいの慈悲はあってもいいだろう。
死んでしまえば同じだけれど。
「死んでしまえば、か……」
榛名は、静かになりつつある駐屯地を見渡した。
王国陸軍の兵士が、転がっている敵兵士を袋に詰めはじめていた。
殺したのは榛名である。
けれど何の感情も湧いてこない。
そんな思いは、とうの昔に捨ててきた。
「さて、つぎに行こうか」
榛名は意識を集中すると、その場から姿を消した。