五
王国の前線司令部では、やや重苦しい雰囲気のまま、みな押し黙っていた。
連邦軍が一時撤退してから三日。再度侵攻して来る気配は今のところなかったが、その程度で彼らが諦めるはずはない。それに連邦には強力な魔法少女も混じっている。
「登録番号が一桁台の魔法少女とか、おとぎ話ですかね」
瑞樹が小声で榛名に問いかける。
「貴方が言うのも、おかしな話でしょう」
軍隊的な序列で言えば、瑞樹は榛名にとって上司である。つまり、瑞樹はこの場で一番強い権限を持っていた。だから彼女は上座に座っていたし、榛名はメイドという立場上瑞樹の横に立ったまま控えていた。
ほかの将校が居心地悪そうにしているのは、ほとんどそれが原因だった。
場の空気が重いのもそのためだ。
「あの子一人なら余裕なんだけど、これだけ時間を置くってことは、もしかしたらお仲間を連れてくるんっじゃないかなぁ」
最初に魔法少女となった十三人、つまりカーズが複数人集まれば、瑞樹とも互角に戦うことが出来るだろう。戦乙女は、個人と対峙する場合は、特別な場合を除いて、リミッターがかかる仕様だ。
魔法少女の存在意義を考えれば、連邦に味方する魔法少女は、そう多くはいないだろうけれど、協会自体が連邦の手先になっていた事実を考えれば、楽観視は出来ないはずだ。
最悪の事態は考えておいたほうが良い。
「カーズってまだ全員生きているんだっけ」
瑞樹が自分のところのメイドに問いかける。
「一部代替わりしてますけど、一応全員存命です」
前にも同じことを聞いたような気がするが、そんな事は聞いてなかったようなふりをして、メイドは答える。さすがメイドだ。
榛名は自分がメイドであることも忘れて感心した。
カーズと呼ばれる魔法少女のうち居場所が完全に分かっているのは、引退を表明したエースの番号を持つアイだけだ。女王陛下も彼女の抹殺について認めなかった。そもそも、魔女と同じほどに、エースの存在は巨大すぎる。もはやアイ自体が魔女といいってもいいほどの存在である。
キングとジャックも国内にいることは分かっているけれど、女王陛下も、彼女らを探して始末するようなことはしなかった。クイーンは行方不明扱いであり、他のカーズの居場所も、よくわかってはいなかった。
いずれにしても、こちらから攻め込む必要はない。王国としては、連邦の侵略を阻止すればいいだけだ。
だから相手が動くのを待つしか無い。
それが少しばかり辛かった。
こちらから攻め込めれば楽なのに。
そんな考えが頭をよぎった。
「来たな」
このまま永遠に来なければいいのにと言う思いとは裏腹に、前線基地内にサイレンが鳴り響き、ほぼ同時に伝令が飛び込んできた。
「連邦軍が進軍を再開しました」
聞きたくない言葉だった。
「規模は」
将校の誰かが問いかける。
「戦車隊が三十台」
「三十だと。やけに少ないな」
前回の百台ほどいた敵の戦車体も、瑞樹がかなり殲滅したせいで、在庫はかなり少なくなったのだろう。けれどそれ以上に厄介なものがいた。
「中央には軍人が三人。たぶん魔法少女です」
「やはり増えたか」
司令部の中がざわめく。
予想はしていたけれど、覚悟はできていなかったらしい。
「それじゃ、僕が二人を相手するので、榛名ちゃんは例の一人を。残りの人たちは戦車への対応をよろしくね」
簡単な作戦を伝えると、瑞樹はすぐに部屋を出ていった。榛名と二人のメイドは慌てその後を追う。
前線に並ぶと、たしかに相手の戦力は異常だった。
軍服を着た少女が三人、戦車を従えて歩いてくる。
向かって左にいるのは、前回戦った魔法少女だ。
ほかの二人に視線を移す。
「ジル」
榛名は真ん中の少女の顔に見覚えがあった。
だから思わず口を付いて名前が出た。
「ジル? 誰ですかそれ」
瑞樹が不思議そうに訪ねてくる。
「カーズのイレブンです。つまりジャックですね。絵付きと呼ばれる魔法少女で、オリジナルですね」
瑞樹のメイドが即答する。
随分と丁寧に調べてくれたようで感心した。
「そうですか。それは楽しみです」
瑞樹はそれを聞いて楽しそうに笑っていた。
正直、榛名の知っているジルであれば、カーズである他の魔法少女の援護があったとしても、戦乙女である瑞樹が相手では、足止めが精一杯のはずだ。リアが榛名よりやや強いことを考えれば、戦局は互角というべき状況か。であればもう一人フェアリーズを召喚すべきか、あるいは……。
目には目を。
魔法少女には、魔法少女を。
そうならないことを祈りながら、榛名は日本刀を具現化する。
「さて行きましょうか」
瑞樹が号令をかけた。
残った六台の戦車を二つにわけ、それぞれにメイドを配置した。中央にいる三人の魔法少女は、榛名と瑞樹が相手をする。
シンプルというより、ほかには考えられない作戦だった。それしか無かった。
瑞樹は力いっぱい踏み込んで走り出す。そして走りながら変身した。真っ黒いゴシックロリータのワンピースに。
相手の魔法少女も微笑みとともに、軍服からカラフルなワンピースへ姿を変える。
端から見たら、とても戦争とは思えない、シュールな絵ヅラだ。
ゴスロリとワンピースが戦っているなんて、まるでアニメの世界だった。
人のことは言えないけれど。
巨大な日本刀を振り回す瑞樹と対象的に、ジルは細長いレイピアで応戦する。時々、サポートの魔法少女が支援魔法を放っている。彼女だけが純粋な魔法少女らしかった。
榛名はリアと向かい合ったまま動かなかった。いや、動けなかった。
リアの目は、憎悪と言っていいほどに燃えていた。
「貴方が殺した魔法少女の無念を受け取りなさい。マギーヤ・オトクリーティエン」
そう言って、リアが魔法少女に変身する。
「ダーレ=フォルザ」
榛名も続いて呪文を唱える。
「三十年前の仇討ちです」
月寒姉妹の姉の方と戦った時、その場にはほかにも魔法少女が沢山いた。あの時はその半数ほどしか倒せなかった。だが、あの中にカーズはいなかった。いたらもっと苦戦していたはずである。
「おまえ、何時からリアになった」
たぶん、あのあと其の名を引き継いだのだろう。
「五年前よ。それがなにか」
カーズの名を冠しているが、榛名が目の前のリアを知らないのはそれが理由だ。あの日生き残った魔法少女の誰かだろう。あの場には三十人ほどの魔法少女がいた。覚える必要もなかったから殺した魔法少女しか記録していなかった。
しかし、リアが引き継いだ力は、初代と比べても、遜色ない。
いやむしろ、強くなっている気さえした。
首都から離れすぎているから、演算の力の関係で榛名は最終形態に変身出来ない。変身自体は出来なくないが、戦闘力の向上は全く期待できなかった。むしろ弱くなる。それは前回実感した。
取り乱していたとは言え、馬鹿なことをしたものだと反省していた。
間違いを繰り返すほど、榛名は愚かではない。
「ミスティーマイス」
そんな榛名の苦悩を余所に、リアはさらなる強化の呪文を唱える。
その直後、強い衝撃が榛名を襲う。踏ん張りきれずに、榛名は後方に飛ばされた。
魔法少女ごときに何度も飛ばされるなど屈辱だった。
榛名はすぐに立ち上がり、リアの攻撃を迎え撃つ。しかしリアの攻撃は容赦がなく、榛名は何度も地面に転がった。
リアの強力な攻撃で再び大きく飛ばされた榛名は、地面に倒れこむと同時に甲冑姿の変身が解けた。いつものメイド服に戻っていた。
「わたしの勝ちですね」
リアが斧を巨大化し、振り上げる。
「やっと、みんなの敵討ちが出来ますよ」
たとえここで倒されたとしても、榛名は消滅したりなどしない。けれど、他の王家のメイドであるフェアリーズとは異なり、復活には何年もの時間がかかる。それだけは避けたかった。
このピンチに霧島あたりが助けに来てくれたりしないだろうかと、希望をもつほど甘くはない。彼女も同じような状況だと理解していた。伝わってきていた。
振り下ろされる巨大化した斧を見つめながら榛名は考える。
榛名にはまだ、奥の手があった。
ほかの戦闘メイドにはない奥の手である。
できれば使いたくない。
だが、それを使わなければいけない状況だと、榛名にはわかっていた。
だから覚悟を決めた。
「まだだ、まだ終わらんよ」
榛名は、リアの攻撃をすり抜けて立ち上げる。
それから左手を持ち上げた。
人差し指と中指だけを揃えて、自分の額に軽く当てる。
「マギーヤ・オトクリーティエン」
榛名は、魔法少女の呪文を唱えた。