四
魔法少女とともに残りの敵兵は、国境から敵陣奥まで撤退した。
戦力差と被害状況を考えれば、善戦したと言うべきだろうか。
「遅かったわね。戦乙女」
「その呼び方は、あんま好きじゃないんだよね」
瑞希は日本刀を砕け散らせると、一瞬でブレザー姿の小学生に変身した。如月女学院初等部の制服だった。榛名もそれに合わせて変身を解き、メイド服へと姿を戻す。
「お疲れさまでした、姫様」
「お待ちしておりました、姫様」
吉野家のメイドが瑞樹に対して深々と頭を下げる。
瑞希は可愛らしい笑顔でそれに答える。その仕草は小学生そのものだ。
けれど彼女は吉野家の当主であり、戦乙女と呼ばれる王国が誇る戦闘兵器だ。
建国当初に介入してきた帝国艦隊をたった三体で壊滅に追い込んだ当事者である。
しかし、三十年前の連邦軍侵攻時には姿を見せなかった。
その理由を榛名はよく知っていた。
「ねぇ、さっきの魔法少女は何者なのかな」
瑞樹が吉野家のメイドに尋ねる。
「少々お待ち下さい」
第六席のメイドが情報端末を取り出し調べ始めた。魔法少女であれば、協会のデータベースに乗っている。協会が解散した今、それは王家が管理していた。
「協会の登録番号だと五番ですね」
「五番ってカーズなの?。それは厄介ね」
瑞樹がため息をつく。
カーズとは、魔女と契約した最初の十三人の総称である。十三枚のカードになぞらえてそう呼ばれている。ポーカーと同様にエースが最も強い。もちろんジョーカーは魔女そのものだと言われている。
「まだ生きているんですか」
第五席のメイドが、不思議そうに聞いてきた。
「いや、最初の連中はほとんど死んだよ」
榛名が横から口を挟む。
初代のカーズはほとんどこの世に存在しない。それは公式な見解だ。しかし、その契約を引き継いでいるものは残っている。
リア。
それが代々カーズの五番を引き継いでいる魔法少女の名前だった。代々その名前を引き継いでいる。彼女が何代目かは解らない。
だから見覚えがないのだと、榛名は納得する。
「また魔法少女とか、勘弁してほしいなぁ」
榛名は、つい先日戦った月寒杏子の事を思い出した。
魔法少女は始まりのその時から王家のメイドにとっては敵だった。
国内の魔法少女は、身を隠している活動実績のないノラを除けば、すべて排除済みのはずだった。しかし連邦に協力している魔法少女が、まだ残っているとは思わなかった。
もしかしたら帝国や皇国にもいるかもしれない。
そう思うとうんざりした。
「カーズの皆さんは、全員まだご健在のようです」
六番メイドが、データを見ながら、そう言った。
瑞樹はちらりと榛名を見る。
知っていて黙っていた事はバレていた。
「つまり、敵はまだたくさんいるのですね。楽な戦いではなさそうです」
五番が神妙な顔で呟いた。
「侮りがたしですね」
六番も言葉をつなぐ。
「面倒くさいな」
瑞樹は、最期にそう言葉を漏らした。
瑞樹とメイドが司令部に引き返すのを見送ってから、榛名は月形の死体を回収した。
「ごめんね」
動かなくなった月形に、榛名はそう告げる。
その言葉はたぶん月形にではなく、その面影の向こうにある、榛名の古い想い人に対してだ。
榛名自身それは良くわかっていた。
そしてまだ、その呪縛から解かれていなことに気付かされた。