一
【再掲載】Silver Sisters ~メイド狩りの魔法少女~
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の続編になますが、未読でも問題ありません。
お時間がありましたら、よろしくお願いします。
「やりすぎたかな」
正直そう思った。
目の前には、真っ二つにされた戦車と、動かなくなった沢山の兵隊が転がっている。
現れた敵を、何も考えずに撃ち倒し続けた結果である。が、それを一人でやってしまった事について、榛名桜子はちょっとばかり反省していた。同行していた王国陸軍の兵士はよいとして、もう一人の少女にはすこし配慮すべきだったろう。
その少女は、『もう帰っていいですか』的な雰囲気をかもし出し、携帯端末でメールをチェックしている。余計な気遣いだったかもしれないと榛名は気を取り直した。
「榛名様。もう、よろしいでしょうか」
連邦軍駐屯地の防衛隊がある程度排除されたのを確認して、王国軍の軍隊長が榛名に突撃の許可を求めてきた。彼らにはやる気があった。攻撃の巻き添えを食わないように、榛名は彼らの行動を抑えていたのだ。
それももういいだろう。
後は彼らに任せるのが筋である。
「ああ、構わんよ」
敵の戦力は大半を無力化した。不慣れで、十分な訓練をしていない歩兵による人海戦術でも、味方にほとんど被害は出ないだろう。
それほどまでに圧倒的な戦果だった。
「了解です。全員突撃!」
隊長の号令を合図に、王国兵士は全員で連邦軍の駐屯地になだれ込んで行った。味方の兵士は殆どが老兵であり、彼らにとって今回の戦いは三十年来の悲願である。我先にと走り出したのも無理はない。もちろん若い新兵も負けてはいない。
戦闘メイドである榛名桜子は、黒い甲冑姿のまま、少し離れた位置でそれを見ていた。
自分が行けば、残りの敵兵力も簡単に無効化できるだろう。けれど、ここでは国民が自らの手で掴み取るべきことだと、榛名は理解していた。そしてそれが推奨されていた。
程なくして、ピンクの眼鏡を掛けたOL風の女性が、司令部のある建物から現れた。頼んであった仕事は終わったのだろう。最後の簡単な仕事を押し付けて、すまなかったと思わなくもない。けれど司令官の排除を彼女に頼んだ事は間違っていないはずだと榛名は確信している。その司令官が、たとえ彼女の恩師だとしても、だ。
作戦は完了した。
言うまでもなく大勝である。圧勝である。当然だ。それ以外の結果など期待されていないし、想定すらされていない。
しかしまだ、最期の仕事が残っていた。
それを片付けなければ帰れない。
「さて、始めますか」
榛名は気を取りなおし、日本刀を実体化させる。
眼鏡の女は、うつむきながら榛名へ向かってきた。さっきまでのやる気の無さも、親しげな雰囲気も消えていた。
彼女は、榛名が自らの攻撃範囲に入るとすぐに呪文を唱えた。
「マギーヤ・オトクリーティエン」
足元に絵文字の書かれた円状のもの――魔法陣が現れる。その上で、彼女は水色を基調としたワンピース姿で、見た目も十代の少女へと変身した。
魔法少女だ。
変身した月寒杏子は、魔法のステッキでも、空飛ぶ箒でもなく、鉈を握っていた。子供に夢を与えるべき魔法少女にしてはあまりにも物騒な得物である。
いや、魔法少女が正義と言うのは、一昔前の幻想だろう。アニメの世界とは言え、世の中の理をひっくり返す悪魔のような魔法少女もいたのだから。
杏子は飛び上がると、持っていた鉈を榛名に向かって振り下ろす。榛名のほうは意識することもなく、右手の日本刀で軽々とその攻撃を受け止めた。
「まあ、それも想定の範囲内だよ」
京子の行動は、予想通りの展開だった。
魔法少女と戦闘メイドは戦うのが運命であり宿命だ。
榛名に与えられた最後の仕事は、その魔法少女の排除である。もちろん、相手にその気がなければ、そんな無駄なことなどしなくていい。けれど杏子は、敵意を持って、榛名に向かってきたのである。
仕方がない。
やるしか無いのだ。
「さあ、戦争の時間だ」
榛名は一歩踏み込んで刀を振る。杏子は鉈でそれを弾きつつ攻撃する。力は互角にも思えるが、僅かに榛名の方が優勢だった。
「なぜ、そこまで憎む」
さっきまでの杏子は、ともすれば友好的だった。しかし今は、異なる感情をむき出しにしている。明らかに敵対していた。
いや、それは憎悪だった。
「別に、あんたが憎いわけじゃない。でも、あなた達は許さない」
杏子の言い分もわからないわけではない。その思いも理解できる。
そしてそのむき出しの感情を受けて、榛名は、自分が忘れていた物に思い当たる。
復讐。
なんと無意味な響きだろう。
「ミスティーマイス」
ジリ貧だと感じた杏子が、さらなる呪文を唱えた。
杏子の能力が格段に向上する。それは榛名にも感じられた。
このままであれば、榛名の敗北は確定だ。その程度に力の差が生じていた。さすがは魔法少女渉外部ナンバー三の実力者である。歴代の一般魔法少女の中でも、十本の指に入るだろう。それは才能なのだろうか、それとも努力の賜物なのだろうか。
その時、榛名は既視感を感じた。
三十年前に連邦と戦った時、その時の感覚がよみがえる。
ある魔法少女との戦いを。
「ああ、そう言えば」
当時苦戦した相手が月寒と言う名前だったことに榛名は思い当たる。彼女は、自らの身を囮とし、仲間との連携を持って榛名討伐を成し遂げた。その少女が絶命する瞬間、榛名へ流れ込んできた妹への想いは、今もまだ榛名の記憶に残っている。
愛あるいは後悔。
「まさか、妹も同じ運命をたどるとはね」
榛名のその言葉を聞いて、明らかに杏子が動揺している。
「あなた、姉さんの事を知っているの?」
真実に、その事実に気づいたのだろう。
一度攻撃止めて、杏子は榛名を睨みつける。
言いたいことが、聞きたいことがその目を通して伝わってくる。
それでも言葉にだすのをためらっている。
当然だ。
認めたくない。
「ああ、君の想像通りだよ。君の姉はわたしが殺した」
だから、榛名はあえて言葉にした。
怒りの感情が爆発し、杏子から吹き出してくる。
今の杏子は、理論値以上の力を出せるはずだ。
実力以上の力が見れる。
それでなくては、楽しくない。
「ふっ」
杏子が笑った。
もちろん、顔は笑っていなかった。
「まさか敵討ちが出来るとは、夢にも思っていなかった。本当に」
人間とは、感情に生きるものだと、榛名はよく知ってる。
いや、知っていた。
敵討ちなど、全く正しく人間らしい。
しかし榛名も負けるわけには行かないのだ。王家のメイド、しかもその上位四人に位置する戦闘メイドの一人である榛名にとって、魔法少女相手に負けることは認められない。
許されない。
二度目などない。
「ベルシオーネ=レミタータ」
だから榛名も呪文を唱えた。
真上に差し出した手の平から、青白い光が現れる。その内側には複雑な模様が描かれていた。中央には雪の結晶があり、それを囲むように六種類の華――撫子、紫苑、水無月、楓、桜、露草のイラストが円状に並んでいる。
国民ならばよく見慣れたものだった。
嫌でも目にするマークだった。
国章だ。
それは白銀に輝きながら、徐々に榛名の頭に降りてくる。その国章の動きに合わせて、黒い甲冑が白銀に染まっていった。
その姿こそ、戦闘メイドが『白銀の四姉妹』と呼ばれる所以だった。
「シルバーシスターズ!」
杏子が叫んだ。
彼女はそれを知っている、だが杏子は、自分の姉が白銀の四姉妹に破れたとは知らなかったようである。確かにあの時は、この最終形にはならなかった。
ならないよに命じられていた。
榛名の力が、手に届かないほど高まったのを感じた杏子は、その場で固まる。
手足がかすかに震えている。
恐怖が杏子を支配していた。
「安心しなさい。いま、お姉さんのところに送ってあげる」
絶望に歪む杏子の表情を見て、榛名は不用意に笑ってしまう。
自分に力があることが嬉しかった。楽しかった。
そして寂しかった。
すべての感情を飲み込んでから、榛名は恐怖で動けなくなった杏子の眉間に、右手の日本刀を突き刺した。