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HEY!字ャっ部  作者: コダーマ
8月『HELP』

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9/24

8月〈前編〉首から上の汗

 早く夏休みになってほしい。そしたらこの人たちと顔合わせなくていいんだもん──そう思っていた。


 ハーイ。例によって僕が甘かったです。ハイハーイ。


「はぁ……」


 僕は溜め息をついた。最近、溜め息多い。


 刺激ある料理対決の後、すぐ夏休みに入って良かった。あの醜態……。恥ずかしさのあまり、クラスのみんなと顔なんか合わせられない。


 夏休みが明けたら、その頃にはきっとみんな忘れてる筈だ。そう願いつつ、何故か僕は毎日のようにこうやって学校に来ている。


 暑い中、汗ダラダラかいて用もないのに字ャっ部の部室へ。字の練習なんて大してしないし、他の奴なんてどうでもいい。ただ一人──トリ先生に会う為に。




 うん、我ながら健気だ。そんな一途な思いは、しかし報われることはない。トリ先生は部室に姿を現さなかった。えてして僕が居る時は。


 ポツーンと1人でお土産のバームクーヘン1枚1枚はがしていると現れるのは、大抵下らない奴なんだ。


「ちょっ……ちょっと、タローくん! タローくんっ!」


 けたたましい感じで入ってきたのはホラ、下らなさ代表・曽良竜也だ。


「今そこでっ……! み、見たんだ!」


 ハァハァいってる。


「どうしたんだよ。病み上がり(プール熱)なんだろ。ムリすんなよ」


 一応気を遣ってやるが、このピンク作務衣は息を切らしながらもニターッと得意の微笑を僕に向けただけだった。


「大丈夫。兄ちゃんのおかげで竜也の病気、治ったよ」


「ああ、そう」


 麗しい兄弟愛だこと。


「うちの兄ちゃんは無敵だよ。悪霊をやっつけてくれたんだ」


 竜也は実に気持ち悪く頬を赤らめた。


「竜也には夢があって……。兄ちゃんと2人で超能力兄弟になりたいんだ。2人で霊的事件の数々を解決するの。治癒能力とかも完備してるの。女っ気は無論、抜きでね。当然ね」


「ちゆのうりょ……? あー、分かった分かった。ハイハイ」


 コイツ、ヘンタイの上に海外ドラマの見すぎだ。


「は、恥ずかしいなぁ。何言わせるんだよ、タローくん! それよりも」


 ニタニタが消えて真剣な目になる。奴は珍しく声をひそめた。まるで何かに怯えるかのように。


「ト、トリちゃんの左手、見た?」


「え?」


 左手っていつも手袋してる方の手か?


「それがどうし……? いや、それより今日トリ先生に会ったのか? いいなぁ。どこで?」


「ゆ、ゆびがろっ……ろっ…………」


「竜也?」


 何だか様子がおかしい。カタカタ震えて、目玉があちこちさ迷っている。


「ゆびがろっぽんあった」


「は?」


「トリちゃん、指が6本あったんだ!」


 指が6本? ゆびがろっぽん……?


「竜也、さっき見たんだ。トリちゃんが手洗ってるトコ。左手の指がろ、6本なんだよ! だから……だからいつも手袋してるんだよ、あの人!」


「ゆびがろっぽん……?」


「本当だよ! 確かに6本あったんだ」


「ろっぽん? そんなの俄かには信じ難いもののトリ先生、いや、トリ先生ッ! 指が6本あったってそれがあの魅力を損なうことはなくて……。僕はトリ先生が好きだッ! 何て言うか、指が多い人が好きなんだッ!」


 勢いに乗じておかしな感じの宣言をしてしまった。竜也は憐れむように僕を見る。


「そ、そうなんだ……」


 それより聞いてくれよ、と僕は奴の隣りに移動する。


「最近、トリ先生に会ってないんだ」


「え? 二人とも、夏休みってのに毎日のように学校来てるのに?」


「うん……」


 それよりも、僕は何で恋愛相談をこの不気味君相手にしてるんだか。


「見下されたり、蔑まれたりするのは構わないんだ。ただ、避けられるのだけは辛くて……」


 そうなんだぁ、と竜也は僕の肩を3回叩いた。


「竜也の日記に付けといてあげるよ」


 は?


「イヤな奴とか、イヤな事を細かくつけてるんだ。復讐日記、みたいな?」


「へ、へぇ」


 大変だ。トリ先生が復讐される。


「最初の頃はタローくんの名前も随分書いてたけど、最近は友達になったからね。うん、せいぜい週1のペースかな」


 怖いこと言ってる。ヒィ。僕も週一のペースで復讐される。


 2人の間に過ぎる一瞬の沈黙。ズン……と重いそれを打ち破ってくれたのは、馬鹿馬鹿しい一行だった。


「上手いです。上手いです。そうそう。ホレホレ」


 水口楓の手拍子に合わせて赤作務衣が千鳥足で入ってきた。頭に茶碗を乗せている。


「お茶漬けを乗せてます。日本文化に嗜む企画です」


「熱ッ、熱々ッ!」


 先月以降、頭に何かを乗せるイジメが部内で流行っているらしい。結局、熱湯に近い熱いお茶をかぶって顔面真っ赤にしながら、鴨はじめも楽しそうに笑ってる。


「鴨先輩、最近おとなしいよな。てかマジメ? この暑いのに毎日部活にも顔出すようになったし」


 コソッと耳打ちすると竜也、得意気に頷いた。


「何でも刺激ある料理対決の後でまた吊るされたらしいよ、うちの兄ちゃんに」


「へぇ、そうなんだ……」


 あんたの兄ちゃん、怖ッ!


「原田君、冷たいジュースを出して下さい。3人分で結構です」


「はい、水口先輩。え、3人分……?」


 この場合、迫害されてるのは鴨はじめと見て大丈夫だよな?


 書道準備室には幸いなことに冷蔵庫が置いてある。他に使う人もいない為、この時期それは字ャっ部の飲み物で占領されるのだ。


「あれ? だ、誰だよ。こんなことしたの」


 部屋に入って僕は焦った。ペットボトルが冷蔵庫前に散乱しているのだ。2リットルのクソ重いお茶とジュースが数本。昨日、僕が買いに行かされたものだ。新品のまま蓋は閉まっている。


「温くなっちゃうじゃないか」


 急いで冷蔵庫ドアを開けて、そして僕は硬直した。


「な、なにしてるんですか……?」


 冷蔵庫の棚を全部取って、中に人が入っていたのだ。す、住んでいるのか? 手足を折り曲げて丸くなった体勢。閉じられていた目が、ゆっくりと開かれる。


「うわ、ビックリした!」


 曽良三々だった。ピョンとこっちに飛び出してくる。


「ビ、ビ、ビックリしたのは、こっちですよぅ!」


 いつから入ってたんだ、この人。人の話を聞きゃしない彼は、肩をコキコキ鳴らしながら地上(?)でフラフラしている。


「失敗した。狭いし、閉めると暗いし、じっと入ってるとかなり寒いし。失敗した」


 それに、入ってる間はジュースを冷やせないしなぁ、なんて言ってる。


「何この人。信じられない。信じられない……」


 子供の頃、夏になると冗談で冷蔵庫に住みたいと言ったりしたものだが実行した人、初めて見た! しかも水口楓らが騒がないところを見ると、どうやらこれが初めてではないようだ。


「暑い。暑い。暑いッ!」


 冷蔵庫から出てきた人、そう言って喚いてる。水口楓も自然な様子で頷いた。


「我が校は私立なのに、今時何故クーラーが付いてないんでしょうね」


 そこで竜也、兄ちゃんに向かって媚びた笑顔を作る。


「ねぇ、クーラー購買運動をしようよ」


 その瞬間、3年の3人が「んんー」と遠くを見やった。


「クーラーか。そりゃ欲しいけど」


「全校生徒に訴えて、教師に交渉して、校長に直訴する……。実現までは遠い道のりですね」


「もういいや。私たちは3年生だし」


 あっさり却下されたし。後輩の為とか、そういう意識はないんだな。キレイごと言うけど、そうやって問題を先送りするんだ。そんなの日本の政治家と変わらないよ?


 結局ジュースは冷えず、僕達はぬるい炭酸を啜る。活動するでもなく何だかダラダラ部室にいる。いつものことだが勿体ない時間の使い方だ。


「家に帰ってもすることないしなぁ」


「だよねー、兄ちゃん。無駄毛を抜くくらいだよね」


「夕方になったら僕は帰りますよ。アニメの再放送があるので」


「俺様はここに住んでもいいくらいだ。家に帰っても居場所がない」


 何だかこの集団、悲しいんですけど?


「そうだ!」


 突然、曽良三々が叫んだ。きっとどうでもいいこと思い付いたんだろうな。奴は机の上に下敷きと半紙を広げた。


「紙の上にこうやって顔つき出してじーっと1時間。汗が流れ落ちるがままに書を画かないか」


 タイトル『首から上の汗』


 すごい断りたかったけど、暇を持て余している皆は乗り気だ。「そりゃいい」とか言ってる。どこがいいんだよ?


 みんな半紙にポトポト汗を垂らしながら──異様な光景。


「その曲線、いいね。滲みも味が出てる」


「狙い通りの線が出ないって所が、逆に面白いな」


 ……分かんないです、その会話。大体、汗なんて透明だから乾いたらお終いじゃないのか? それはそれでいいのか? それこそが芸術なのか?


 怪談でもする? 会話が途切れ、汗がポトポト落ちる音だけを聞いてる時に誰かが言った。


 夏に高校生が集まりゃ、大抵こういうパターンで怪談話が出て来るんだ。実に馬鹿馬鹿しい。忘れかけてたけど、僕はエリートだぞ?


「迷信で涼はとれませんよ。非科学的ですしね」


 曽良兄弟がシラーッとするのが分かった。そりゃ、この人たちは悪霊祓いとか超能力兄弟がえらく身近にあるみたいだからな。僕とはそもそもウマが合わないのは分かっている。


「暑さがやわらぐ方法を遂に発見したぞ!」


 今度は鴨はじめだ。また下らないことを言い出したじゃないか。どうせロクなもんじゃないのは分かっていたが「何ですか?」と聞いてやる。


「ビニール被って踊る。激しく踊る。そしたらビニール取った時にスーッと……冷たい空気が。ああ、いい風が流れてるって思えるだろ」


「ソレ、本気で言ってるならかなり頭悪いですよ。それに運動部をバカにできないストイックぶりですよ」


 どうやら本格的に頭の悪い鴨は、僕の言葉にそれなりにショックを受けた様子。


「部活モノならもっとこう……運動部なら全国大会目指すとか。いや、ウチは文化部なんでアレですけど」


 いい機会なので、日頃からの疑問と不満を僕は一気にぶちまけた。


「でも、もっとちゃんと活動しましょうよ! このところ僕ら、この部屋でバームクーヘン食べてるだけじゃないですか。何か目指しましょうよ! 書の甲子園とかあるじゃないですか。ギャグにしたってマンネリですよ。ストーリー展開が欲しいんですよ。できればラブ系の!」


 まくし立てると、みんなポカーンと口開けてこっち見てる。ああ、ダメだ。ものすごくアホっぽい。ゼェゼェ息切らして怒鳴ってる自分が何だか恥ずかしい。


「そ、そうだ、副部長。その後、迷惑メールはどうですか?」


 話題を変えたくて僕は曽良三々の携帯を指差した。フィルタをかけて1ヶ月近く経ったもんな。


「来なくなったよ。ありがとう。でも……」


「でも?」


「そうするとメールそのものが来なくなった。たまに鳴ったら100パー、弟」


 ちょっと悲しそうな曽良三々。


「いや、それでいいんじゃないですかね……?」


「うん、まぁ……いいんだけど?」


 黒作務衣、浮かぬ顔して黙ってる。そんな彼の前にズイッと顔を突き出したのは赤作務衣だ。


「副部長、いいっすか」


 なんて言ってる。すっかり子飼いの手下みたいになってるし。


「来週の合宿っすけど、そろそろオヤツ系の分担を決めとかないと」


「ああ、そうだった」


 オヤツという言葉で曽良三々、立ち直ったみたいだ。高校生男子がオヤツって……。いや、ちょっと待て!


「合宿? 来週? 何です、ソレ。聞いてませんって!」


 不思議そうにみんなが僕をチラ見する。いつの間にやってきたのか、さり気なく居るトリ先生までもが! 何? 知らないの、僕だけかよ。


「が、合宿なんて行きませんよ。予備校あるんだから。あんたらこそ勉強は? 受験生なんでしょ! 夏休みって言ったらたら、苦手の数学を何とかするいい機会じゃないですか! (イヤ、既に3年生にとっちゃそういうレベルでもないんだが)ちょっと、副部長! 数学って聞いただけでポーっとするの、やめてもらえます?」


 もういい加減、分かってる。僕がどんなに怒鳴ろうとも奴等、全く聞いちゃいない。


「百歩譲って合宿するにしろ、ここでしましょうよ」


 曽良三々が「ム!」と唸る。そこだけでも奴の琴線に触れたようで良かった。


「確かに。山とかにわざわざ出かけるの、すごく面倒臭い」


「違うでしょう、曽良君。大自然の中で筆を走らせるという行為によって、雄大な書の極意に近付こうという崇高なる企画が台無しです!」


 悪役みたいなセリフで水口楓が反対する。


 何も大自然の中で書道しなくても……僕はそう思うんですけど。


「今度の日曜出発ですからね! 2泊3日の予定です」


 いいですね、と水口楓が念押しした。むしろこの人のが副部長気質だよな。そのまま緑作務衣は宙に視線を這わせる。


「ということは帰りは火曜。アニメの録画予約を忘れないようにしなくては」


 真っ先に考えるポイントがそこかい。


「え? オヤツはさすがにチョコ系はダメだろ。溶けるし」


「俺様はチョコが大好きなんだ!……です」


「どうしてもって言うなら保冷パックにアイスノン付きで持ってこいよ」


「よし、がんばるぞ!」


 お菓子の分担を考えているらしい曽良三々と鴨はじめ。何やかやと合宿を楽しみにしているみたい。僕も(色々と疎ましいんだけど)トリ先生とお出かけ(しかも泊まり)と思えば……うん、思えば。


「……心、沸き立つじゃないか。うん」


 鼻の奥が熱くなってきた。鼻血だけは……ここで鼻血だけは噴くまい。そんなことしたら、僕は立派なヘンタイさんだ。


 合宿ってどこに行くんだろう。


 海かなぁ。


 トリ先生が体操服姿で海辺を走るんだ。キャッキャッ言いながら。体操服に波飛沫がかかってヌレヌレのスケスケに……。


 それとも山かなぁ。


 トリ先生が体操服姿でせせらぎで遊んでるんだ。キャッキャッ言いながら。体操服に水飛沫がかかってヌレヌレのスケスケに……。


「オイ、オマエ!」


 突然の高い声に僕はビクリと全身を震わせる。反射的にその場に土下座した。


「スミマセン。どこまでもベタな妄想してスミマセン」


「な、何を言っておる」


 トリ先生、ギョッとしたように僕を見下ろした。みくだした、じゃない。普通にみおろした、だけ。


「オマエは合宿から帰ったら、残りの夏休みはどうするのじゃ?」


「あ、僕は予備校の夏期講習が……」


「フンッ!」


 トリ先生、偉そうに鼻を鳴らす。


「勉強もいいがな、せっかくの1ヵ月半の夏休み。何かをしなくちゃ!」


「そ、そうですね。社会人になったらできないような思い切ったこと……例えば、自転車で日本一周とか? ベタでスミマセン」


 思いつくままに適当に答えたところ、何故か曽良三々が食いついてきた。


「ソレ、去年考えた。リアカーに乗って、引っ張ってもらって日本一周の旅」


 引っ張ってもらうの? 何様なの?


「でも、暑いからやめた」


 ……賢明な選択ですよ。


 ドキリとかポロリなんて全く、一切、ホントに期待しちゃいない。でもトリ先生(+数人のバカ共)と初のお泊りってことで、僕は珍しく浮き足立っていたんだ。


 まさかそれが、僕の貴重な夏休みを丸々ブッ潰す最悪な旅になるとも知らずに……。

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