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HEY!字ャっ部  作者: コダーマ
6月『はじめての書類送検』

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6/24

6月〈後編〉連行された、一日に二度も

「何か連行されたらしい、トリちゃん」


 はぁ?


 部室には一時、爆笑の渦が沸き起こった。


「ちょ、ちょっと待ってください。連行って……警察に? ト、トリ先生に何が?」


 焦っているのは僕だけだ。みんな大概、薄情だ。曽良三々が口元を押さえながらこっちを見る。でも、目が笑ってるのが分かる。


「駅前に停めてある自転車のカゴ盗もうとして捕まったって」


「な、何でそんなことを……!」


 僕は絶句した。


「何をやってるんでしょう、あの人は」


「♪トリちゃんの脳味噌はやっぱりトリ並み~ おっと、鳥に対して失礼だったかな~♪」


 竜也が腹立たしい歌を口ずさむ。


 皆には勉強を続けるように言って、曽良三々が立ち上がった。トリ先生を引き取りに向かうと言う。彼女が警察で曽良三々の電話番号を教えたらしい。


「何でトリちゃん、僕の番号知ってんだろ。盗んだのかな」


 なんて言いながらも意外とこの人、面倒見がいいのかと思ったが違った。勉強の場から抜け出したい──ただその思いだけだ。


 テスト勉強をしなきゃいけない時に限って掃除にハマるとか、そういう心境か? いや、どうでもいい。


「どうして生徒の兄ちゃんが迎えに行くのさ。先生に頼みなよ」


「そもそもあの人の身元はどうなっているのでしょうね」


 好き勝手言う緑とピンクは付いてくる気はなさそうだ。僕は手ぶらで出て行く曽良三々を急いで追った。


 タクシーを使って急行するのかと思いきや、初夏の陽射しに目を細めながらも住宅地をテクテク歩くつもりのようだ。この辺りを管轄する警察署は、電車にして二駅は先なのに。


「この辺も拓けてきたなぁ」


 なんてノンキに言ってる。花粉症、サヨウナラ~なんて叫んで深呼吸したりしてる。何の話だよ。花粉症治ったのかよ、そりゃ良かったな!


「こんなに家が沢山並んでると、ひょっとしたらこの中の一つくらい、自分の家なんじゃないかと思えてくる。勝手に住んでも咎められたりしないんじゃないかって」


 何その危険な発想?


「絶対に実行しないでくださいよ」


 それより早く! とタクシーを停めたところで曽良三々は足を止めた。小さな交番の前だ。


 そこじゃないですよ、と言い掛けた僕の耳に「キシャーーーッ!」と聞き覚えのある物凄い絶叫が響き渡る。


 まさかと思って覗き込むと──居た。


「キレイごと言うなら、ワシの自転車のカゴ返してから言えーッ!」


 キョロキョロしてるかと思えば、突然「ギャーーーッ!」と叫んで周囲を威嚇する。その独特の挙動不審ポーズ。


 体操服とブルマー姿。左手の手袋と軍用ブーツ。その姿はまさしくトリ先生。顔を真っ赤に染め、両手を振り上げて怒っている。


「そのモンスター、引き取りにきました」


 一瞬引いた僕を尻目に、曽良三々は堂々と中に入っていく。


 警官二人が、明かにほっとしたようにこっちを向いた。そして再び顔を引き攣らせる。


 ゾッとしたに違いない。トリ先生本人もアレだけど、その迎えに来た高校生がまたこんな格好してるもんだから。


「ほ、本当なら署に引き渡すとこなんだけどねぇ」


「未遂だし。注意だけして返してあげようと思ってたら暴れだしてね」


 何でもトリ先生、駅前に停めてた自転車のカゴを盗まれたらしい。それで腹を立てて隣りの自転車のカゴを盗み返そうと……。


 そこをパトロール中の警官に捕まったという顛末。


 チラリと書類を見ると『自称・トリ。国籍不明、住所不定、無職』と書いてある。うわ……ヒドイ。改めて文字にするとキツイ。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。以後、注意します」


 信じられないことに曽良三々が深々と頭を下げている。住所不定、無職の部分を追求しようと思っていた僕もつられて頭をさげた。


「気をつけます。もうしません」


 そこでトリ先生も涙を浮かべたので、警官は顔を見合わせた。


 不審者には違いない。でもこれ以上係わり合いになりたくないというのが本音のようで書類は破棄され、僕たちは解放されたのだ。


 助かった。しかし、これでいいのか、日本の警察?


 ポンと放り出され、僕達はトボトボ道を歩く。よほど悔しかったのか、トリ先生は泣きながらも物凄く怒っていた。


「ワ、ワジのカゴぉ、盗られた。えらぐヒドイ話じゃ」


 国籍不明、住所不定、無職──そういやトリ先生ってどこの国の人なんだろうか。見た目はヨーロッパ系で間違いないんだけど、言動が……。


 何人っていうか、何種? っていうか。


 つまり人間というより、むしろ巨大鳥類とか怪獣系とか。一言で表現すると挙動不審って言葉でいいんだけど。


「ワジのカゴぉ、もう返っぢゃこんかのぅ」


「………………」


 ダメだ。我慢しようと思ったけど、ツッこまずにはいられない。


「トリ先生、何でそんなに訛ってるんですか?」


 彼女は僕をジロリと睨んだ。意外と鋭い視線が、怖いんだか嬉しいんだか。


「実はのぅ」


 トリ先生は僕にじゃなくて曽良三々の方を向いて事情を語り始めた。え? 僕は無視ですか? 未だに何なんですか、僕のその扱いは?


「ワシに説教したおまわりざんがまた、えらぐ訛っででの。しがも長ぃんだな。聞いでるうちに伝染っちゃって」


 しかし曽良三々、例によって人の話を聞いちゃいない。ポーっとしてるのかと思いきや、いつになく辛そうに目を伏せていた。


「思い出した。僕にも経験がある。停めてた自転車のサドルを盗まれて。盗み返したら捕まった……。中三の夏だった」


「ホ、本当か!」


 何だ、その可哀相な共通点。二人の間に芽生えた奇妙な一体感に僕は焦る。


「ぼ、僕もあります! 駅前に置いてた自転車を丸々盗まれました。忘れもしない中学の卒業式の日です」


 トリ先生、こちらを見ようともせずこう言った。


「ああ、うんうん。よくある話じゃ」


 何ですか、僕に対してだけそのシラッとした反応は。


 そこへ曽良三々、とんでもないことを言い出した。


「盗まれただけじゃ損だ。盗み返そう」


 凛々しい感じで言ってるけど、ソレすごく間違ってる。


「曽良ちゃんはワシの味方なんじゃな!」


 パッと顔を輝かせたトリ先生。いつの間にか訛りは消えている。


「味方? いや、別に」


 素っ気無く言われて、再びどんより頭を垂れた。


「いや、盗み返そうって……そりゃ犯罪ですよ。もう一回捕まったら、今度こそ犯罪者ですよ。だいたい……いや、確かに悔しいし理不尽ですよ。だからこそ……」


 正論ぶっ放すつもりが僕、曽良三々に対抗してしまった。


「トリ先生、一生カゴを買わなくていいくらい沢山盗りましょうね!」


 そうして僕たち三人は駅前にやって来た。


 駐輪禁止の看板なんて何のその。歩道は自転車に占拠されている。色んな種類のカゴがある。まさに盗り放題だ。


「待て。駅前でやったら捕まるだろ」


 そう言って曽良三々、ヘンなニット帽を目深に被った。


「あんた、そんなもん持ち歩いて……」


 それだけ目立つ格好してりゃ、顔隠す意味なんてないように思うけどな?


 変装した(?)曽良三々は、駅の裏手──人気のない大型駐輪場へとやって来た。


「ここの係員は4時には帰るから」


 しれっといた顔でそんなこと言う。この人、何故そんな細かい情報を? ひょっとして前科が?


 僕の疑惑を余所に、ニット帽とトリ先生は停めてある自転車のカゴを手当たり次第に揺すって回っている。


 この人たち、まったく物怖じしない様子だ。二十台くらい触ってから、トリ先生、その場に座り込んだ。


「ダメじゃ。みんなネジで留めてある。ビクともせん」


「トリちゃんはネジしてなかったの?」


「あー………………」


 トリ先生、いじけたように無言だ。確かに、自転車のカゴは太いネジ二本で固定されているものが多い。曽良三々、帽子をとって肩を竦めた。


「そりゃダメだ。ネジも付けてないなんて。それじゃ盗られる方が悪い」


「と、盗られる方が悪いってことはナイ! 盗る奴が悪いのじゃ!」


 うん、正論だ。ある意味、ハッとする。現代に生きる我々は防犯対策の甘さを理由に、盗られる方が悪いってよく言うもんな。


「何か面倒臭くなってきた」


 曽良三々の動きが徐々に緩慢になってきた。


 すっかり意欲をなくしたらしい彼を再びカゴ泥棒仲間に引き込もうと、トリ先生は必死の様子。


 帰宅途中の人たちに不審の目を向けられつつも、ひたすらカゴを揺するブルマーの女神。


「ほら、見よ。子供を乗せる椅子なら外せそうなのがあるよ」


「そんなの盗ってもしょうがない。トリちゃん、子供いないもん」


「……子供どころか、トモダチもおらぬ」


 トリ先生の頭がまたカックリ垂れた。


「トモダチがいない。物心ついた時からトモダチ、できたことない」


 何? 突然の悲しい告白。


「いいかげん やめて帰ろう 飽きてきた──曽良三々」


 容赦なく一句詠むと曽良三々、こっちを見ようともせずフイッと背を向ける。


「曽良ちゃん、ワシのカゴはっ!?」


 トリ先生の悲痛な叫びが空しく響き渡った。


「大丈夫ですよ、トリ先生。盗みには僕が付き合いますから」


 ……何言ってんだ、僕。


 しかし彼女はチラッと横目でこちらを見ただけで「ハァー」と溜め息をついた。


「しょうがない。ワシも帰るとしよう」


 えぇ? 僕のこと、見えてますよね。あからさまに無視するんですか?


「曽良ちゃん、待って! 共に帰ろう」


 自転車置き場から飛び出したトリ先生、しかしその場で動きを止める。急いで後を追った僕もギョッとして硬直した。


 さっきとは明かに違う強面警官が二人、トリ先生の前に立ちはだかっていたのだ。


 マズイ!


 カゴ泥棒がバレては今度こそ捕まる。未遂だからって、一日に二度は悪質だもん。


 冷たい汗が背を伝うのを自覚した時、強面警官がボソッと呟くのが聞こえた。


「コ、コスプレか? 何のコス?」


「むしろコスプレじゃなかったら変態の域だ」


 あらためて言われ、僕は何だか胸が痛んだ。


 もうすっかり慣れたもんだから気にも留めなかったけど、妙齢の女性がこの格好だもん。体操服にブルマー……痛イな。て言うか、いたたまれない感。


 公然わいせつ罪が適用するか否か、警官たちは議論を始めた。


 晒し者みたいにトリ先生、その間でうなだれてる。


 ゴメンナサイ。僕はそんな彼女を遠くから見守るだけ。何だか近付けなかった。僕にだってプライドがある。


「一日に二回も捕まっちゃった~。ブフフっ」


 低ッい笑い声に振り返ると、建物の影からこっち見てるニタニタ笑い。


 曽良竜也だ。気持ち悪ッ! 後付けてたのかよ! 僕に気付くとニタ~リと笑った。怖ッ!




 オチみたいな話をひとつ。


 各学年成績トップに誰かが入らなければ墨すり機は買ってもらえない←いや、僕は別にこんな物、特に必要としないんだけど。


 とは言え、書道部の中でその実力を持った人間って……僕しかいないじゃないか。


 曽良三々や水口楓は見掛け倒しだと気付いたからだ。竜也や赤作務衣なんて論外だし。


 そう悟った僕は必死になって勉強した。そこそこできたと思ってたんだけど…。


 結果発表。


 僕はクラスで6番だった。いや、悪くない。悪くはないけど……微妙なところだな。


 そして学年トップはノンキな顔した島田だった。あいつ、勉強してないって言ったじゃないか。クソッ。完全に騙されたよ。島田は陸上部の為にハードルを三個、買ってもらったらしい。




「よし、今月の課題は『はじめての書類送検』にしよう!」


 月末になってようやくトリ先生が課題を発表した。公然わいせつ罪で、結局書類送検されたらしい。


 トリ先生、ヤケクソにならないでください……。

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