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HEY!字ャっ部  作者: コダーマ
5月『孤独死』
3/24

5月〈前編〉エリートにとっての遠足とは

 授業が終わった。メン高にはいちいちHRがない。七時間目が終わったら、みんなさっさと出て行く。急いで部活に行く為だ。


 勿論、僕は家に帰る。部活に入る気なんてない。とっとと帰って今日の授業の復習だ。高校生活初の定期テスト対策もしっかりやっておかないと。早いとこ、いい予備校も見付けないとならないし。やることはたくさんある。


「原田。お前、何で字ャっ部なんて入ったんだよ」


 突然の大きな声。僕の前に立った女子は宮野だ。同じ中学だったからよく知っている。サバサバした性格の、話しやすい子だ。


「字ャっ部? いや、入ってない。僕はそんなの入ってないし」


「でも、原田くん。アレ……」


 やはり同じ中学だった男子、島田が僕の背をつつく。その声には僅かに怯えの色も混じっていた。奴の指差す方向──教室の入口付近に視線を転じて、僕も絶句する。


「いや、関係ない。僕には関係ないし」


 黒・緑・赤・ピンクの作務衣集団が僕をガン見してる。怖っ! お迎えか?


「関係なくない。明かに手招きしてるぞ、原田くん」


「うちの学校って私服だけど、あの作務衣はとんでもなく目立つな」


 宮野と島田、顔を見合わせて僕から一歩離れた。奴等に対して、自分たちは僕とは無関係だとアピールしているかのような態度だ。白々しく教科書を広げながら、宮野がこちらを見ずに囁く。


「メン高のおかしな作務衣集団ったら有名だろ」


「有名なのか? そんなの早く言ってくれよ」


「言われなくても普通、避けて通るだろ。何お前、思ッ切り関わってんだよ」


「は、早く行きなよ、原田くん。手招きが激しくなってるよ」


 言われなくても分かってる。視野の端で派手な色がビュンビュン揺れている。


「い、嫌だよ。一緒に帰ろう、宮野に島田」


「ダメだよ。あたしら、これから部活なんだ。あたしと島田、陸上部に入ったから。じゃあな」


 爽やかに言い捨てて、宮野と島田はうまい具合に作務衣集団の間をすり抜けて行ってしまった。


 ポツーンと、一人取り残された僕の前にニヤニヤしたピンクが近付いてくる。だから怖いって、この子!


「たすけ……あっ!」


 僕はまたもや引きずって行かれたのだった。有無を言わせず。


 こんな調子で地下一階の書道室に大体毎日連れて行かれる。最初は逃げ出したものだが、何かもう……。何かもう、最近は気力が……。


 奴等はその筋では「超イケメン書道家軍団」なんて呼ばれてたり、呼ばれてなかったり。一瞬、ナルホドと思いがちだが、結局ここはヘンな人の集まりだ。宮野が言うように校内のみんなは出来るだけ、こことは関わらないように生活しているらしい。


 僕だってそれが賢明な選択だと思う。字ャっ部と係わり合いになりたくなくて一ヶ月、逃げ回っていたけれど、ここに来ないとトリ先生に会えないと悟って激しく揺れてる今日このごろ。


 部室まで来ると作務衣集団、一斉に僕を取り囲んだ。目を背けたいのに場所がなくて、僕はただ無言で自分の足元を見つめる。


「これでちょうど五色になるし」


「キリもいいな」


「キリって何ですか。でも五人一組というのは良いまとまりですね」


「何とかレンジャーみたいな? プーッ!」


 ……好き勝手な会話が目の前で繰り広げられてる。何言ってんだ、この人たち。


 ポーッとゆっくり喋るのが黒作務衣──字ャっ部のリーダー、天然副部長・曽良三々。


 乱暴な口調なのが赤作務衣。字ャっ部の鼻つまみ者(←コレ、可哀相な呼び方だ)鴨はじめ。


 早口の敬語が時に辛辣な『字ャっ部の貴公子(自称)』水口楓──緑作務衣。


 そして陰気に笑うのが同級生の曽良竜也。曽良三々の弟であり、いつもピンク作務衣を着ている──クラスの日常にこんな格好したヤツがいるってのは、毎日すごく複雑な気分になるものだ。


「色的にはやっぱりコレ」


「そうだな」


「いいバランスですね」


「プククッ……ククッ」


 チラチラこっち見ながら一体何の相談かと思ったら奴等、一枚の布を広げてる。


「僕は絶対、作務衣は着ませんから!」


 奴等、チッと舌打ちする。どうやらこの人たち、僕に黄色作務衣を着させたいらしい。ちょうど五色になるし、キリもいいとか何とか。だからキリって何だよ! しかも黄色っていってもその作務衣、ピカッと光る蛍光黄色なんだ。そんなの着てたまるか。 絶対、イヤだ!


「こんなのどこに売ってるんです。作ったんですか、自分達で? 書道部じゃなくて、家庭科部名乗ったらどうですか!」


 一通りツッこんでから、ハッと気付く。僕、何かこの集団に馴染んでる……?


 衝撃的な自覚に、己が揺らぐ。


 絶対に関わらないようにと心に決めていた字ャっ部。いや、それでも(不本意ながらも)入ったからには、この部で高校生活を輝かせてみせようか──1ヶ月かかって、決意を固めたのも確かだ。


 まぁ、文化部だし。部活に時間とられて勉強の時間が削られたら元も子もないし。書道部なんて堅い部なら大学受験にもちょっと有利かな、なんて思惑もあったりして。


 うん、僕が甘かったようですが。


 ともあれ、この字ャっ部。ただの迷惑な作務衣集団ってだけではないらしい。


 僕を入れて部員は六人(顧問のトリ先生も数に入れて)の弱小部だが、意外なことに何やかんやとマトモな活動をしているらしい。みんなの書作品を集めて毎月手製の会報を作ったり。


 月ごとの課題があって、みんなでそれを練習しては自分達で表装する。そして部室や廊下を利用して、毎月プチ展覧会を開いている。これが校内外からもなかなか評判がいいらしい。


 イケメン集団というだけあって、女子の動員もかなりのものだと赤作務衣が自慢してた(ウソくさい)。


「めんどくさい 早くおうちに かえりたい──曽良三々」


 曽良三々の号令の元、みんな今月の課題の練習の為に筆をとった。


「号令? 今のが号令なのか?」


 誰も僕の疑問には答えちゃくれない。


「はて」字ャっ部の貴公子・水口楓が顔をあげる。「ところで曽良君、今月の課題って何でしたっけ?」


 他の人が指摘してくれて助かった。実は僕も何を書くか分からず、筆を持ったまま固まっていたのだ。


 曽良三々は呆れたように僕達を見回し、それから一瞬ポカーンと口を開けた。


「今月の課題、まだ決まってなかったね」


 ……成程。たしかにこの人、天然っぽい。て言うか、バカっぽい。


 その時だ。ガラリと扉が開いた。ド暗い空気を背負った女性がトボトボ入ってくる。


「ゴメン。ピザまんはもう残ってはいなかったのじゃ。かわりに餡まん買ってきた」


 コンビニ袋を差し出す体操服とブルマー姿。左手にはゴツイ手袋、足元は軍用ブーツといういでたちはいつの日も変わることないトリ先生。


「えーっ、あんまんー?」


「それだったらいらなかったー」


 一斉にブーイングが投げられる。パシリに失敗したトリ先生はメソメソ泣き出した。


「スマヌ。役立たずで申し訳ない。じゃあ、あんまんはワシが責任を持って一人で食す。こ、こんなことだからトモダチもできないんだ……」


 ハラハラと涙を零すトリ先生の袋からあんまんを取り出し、僕は百円玉を彼女の手に握らせた。どうせ奴等、金なんてマトモに払っちゃいないだろう。


「このあんまん、おいしいですね」


 最高の笑顔を作ってみせると今まで泣いてたトリ先生、急にシラッとした表情になった。


「まぁ、オイシイっちゃあオイシイけど?」


 ぐはァ、タイミングがつかめねぇ。


「ト、トリ先生、お話がッ!」


 僕は勇気を振り絞った。この人に彼氏が居ないのは分かった(友達も)。なのにともだち申請したいと勇気を持つまで1ヶ月かかった僕の純真。


「おともだち申請していいですか? あ、ガラケーですか。なら、メアド教えてください! 時々メールしていいですか? あ、ほら、部活の連絡事項とか。ぼ、僕のメアドはgogotaroゴーゴー・タロー@マーク……あれ、トリ先生?」


 プイッと横を向いてしまったトリ先生。何だか様子がおかしい。


「ワシは……今時、携帯電話すら持ってはいないのじゃ」


「あ……」


「トモダチと長電話とかしたいよぅ! デコメールとかしたいよぅ! でも、ワシにはトモダチがいないから……」


「でこめーる……?」


 すごい切なそうな顔してる。電話を持っても意味がないらしい。決してかかってこないらしい。


「そうだ、この涙で書をしたためよう」


 ヘンなこと言い出した。妙に達筆なかんじで筆を走らせる。


『孤独死』


「うん、今月の課題はコレで決まりじゃ」


「そんな語句、何枚も練習しないでください。悲しくなります!」


 そんなトリ先生をチラリと見やって、曽良三々が声をかけた。


「友達になってあげるよ、トリちゃん」


「ホ、ホントか。曽良ちゃん!」


「もちろん。なので、まずはコレを貼ってきて」


 字ャっ部の勧誘ポスターをドンと差し出した。かなりの分厚さだ。


「ひ、一人でか?」


「ウン。校内にくまなく」


「……うん」


 ズッシリ重たいポスターを抱えて、しょぼんと出て行くトリ先生。しかし、すぐに戻ってきた。


「ホントに、これ貼ったらトモダチになってくれるんじゃな。コンビニ行く時も同じこと言っておったぞ」


「約束だ きみと私はおともだち──曽良三々」


 すっかりくつろいでソファーにふんぞり返っている曽良三々、また一句詠んだ。約束だ、の部分で力を得たトリ先生「ガンバルぞー!」と体操服の乳を揺らして出て行く。


 不憫でならない、あの人……。


 そんなトリ先生をチラッと見送ると黒作務衣、当たり前みたいな感じで1年生を手招きした。つまり、僕と曽良竜也。


「貼ってきて 校内随所 くまなくね──曽良三々」


 僕達にもビラ貼り命令が下されたのだ。


「はぁい。分かったよ。兄ちゃん」


 兄の前では信じられないくらいにカワイイ笑顔を作った竜也。ビラを受け取って、それをそのまま僕に渡した。


「重ッ!」


「ほらほら、早く行くよ? タローくん」


 部室を出るなり陰気な含み笑い。不気味だ。渡り廊下の柱にビラを貼っていく地味な作業。無言である。このいたたまれない感。


 ──コイツと2人なんて嫌だな……。


 口に出しては言ってない筈なのに、竜也はスーッと目を細めた。


「そんなコト言ったら、日記に名前書いてやるから」


「え、日記?」


 日記って何? この子、怖くて嫌だ。


 更にこのポスターもバカっぽくて嫌だ。書道部なら作品を載せればいいのに、そこにあるのはズラッと並んだ作務衣集団の写真。


『みんなこい 字ャっ部にこなきゃ 銃撃だ──曽良三々』


 ──脅しじゃん!


 こんなポスター見て、誰が字ャっ部──いや、書道部に入るかよ。


「だいたい、部員を増やしたいならまずこの名称から何とかするべきだろ。字ャっ部って、ちょっとありえない……」


 ずり落ちた眼鏡を直しながら、思わず隣りのピンク作務衣に対して愚痴りもするだろう。


「この不快な通称のこと~?」


 意外なことにニタニタしながらもコイツ、人の話はちゃんと聞いてるようだ。曽良竜也は僕の前にズイッと顔を突き出してニタァ~リと不気味な笑みを作った。


「この不快な通称、案の定トリちゃんが付けたらしいよ~?」


「へ、へぇ。トリ先生が……」


 案の定、そうなんだ……。僕は一気に気力を失った。


 廊下のあちこちにその趣味の悪いポスターを貼りつつ、皮肉を吐くニタニタピンクの表情が不意に曇ったのは掲示板の予定表を見た時だ。


「明日、遠足なんだよね」


「ああ、そう言えば……」


 僕達は顔を見合わせた。同時に溜め息を吐く。


「面倒臭いなぁ」


 初めての共感。


「兄ちゃんも面倒臭がってたし、水口先輩も同じ意見だって」


「そうだろうな」


 この時点で既に字ャっ部の性格が決定されている。うちはみんな遠足(行事)=面倒臭い派か。僕自身もそっちに属するので偉そうには言えないが、普通の高校生って違うくない? 喜んだりしないのか? 少なくとももうちょっと可愛げない?


 と言っても実は明日がちょっとだけ楽しみだったりする、僕。


 中学までの僕なら、間違いなく遠足なんてサボって塾に行ってただろう。エリートとはそういうものだ。


 でも今年は違う。だってトリ先生がいるから……。一緒に遠出したいって思うのは、ごく自然な摂理だろう。ささやかな思い出を作りたいんだ。


「そもそも足動かしたりするのが既にめんどい。できればずーっとフトンでゴロゴロしてたいもんねぇ。ねぇ、タローくん」


 曽良竜也がブツブツ呟く。それはそれで末期の意見だよ?


「まぁ、気持ちは分からなくないけど」


 僕だって、どっちかって言うと(間違いなく)ヒッキータイプだし。日常と違う行動をとるというだけで、それはものすごいエネルギーを要するわけで。そう思うと急に気が重くなってきたな……。


 二人で溜め息をついた時だ。渡り廊下向こうから派手な赤と、外れた鼻歌が近付いて来た。


「明日はえんそくっ♪ たのしいえんそくっ♪ ヒョ~イ」


 周りに誰も居ないと思っているのだろう。その場でクルクル回転しながら歌ってる。


「うわ……」


 見てはいけないものを見てしまった。


 遠足を前に、ここに一人だけワクワクしてる奴を発見。赤作務衣──鴨はじめだ。満面の笑顔を見てると僕は寒気が走るのを感じた。


「嫌な予感がする……」


 呟くと隣りでピンク作務衣がニタニタ笑うのが分かった。

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