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引きこもりのα

部屋に入ったリューイは施設とあまりにも異なる様相に目を見開いた。

あのエレベーターを出た時点で彼の居住するフロアだったらしい。

靴のままでも脱いでも良いようで玄関からその先に段差は見られない。だがきれいに磨かれたフローリングを汚すのは忍びなくリューイは靴を脱いだ。

靴をもって移動する。

扉を抜けた先は左右に一つずつ扉があった。扉の前で足を止めて開けてみる。

どちらの部屋も何もなかった。ただ広いだけの部屋である。

入ってきた扉の正面にはガラス戸がある。そこを開いた。


「すごい…広い…!」


リューイは声をあげる。

大きな窓を備えたリビングであるらしい。窓際にはベルベッド地の敷布が敷かれローテーブルと二人掛けのソファが置かれている。大型のテレビやスピーカーもある。

入ってきた右手側には大型の冷蔵庫とアイランドキッチンがある。しかしシンクには使った皿がそのまま放り投げられている。

こんな広い場所にいるのに手伝いはいないのだろうか。

リビングから三部屋ほどに続いているらしい。一つはもしかしたら寝室かもしれない。

先ほどは何もない部屋だった。では残りは水回りだろう。

リューイは入って右手側のドアを開けた。そこには想像していた通り浴室とトイレがあった。浴室も広い。


「ねぇねぇウィリディス、ここに一人で住んでるの」

「だとしたらなんだ」

「誰が掃除してるの」

「ハウスキーパーをひとり雇っている」

「そっか」


リューイはリビングを横切りほかの部屋を覗く。

残る二つは大きなベッドのある寝室、もう一つは壁一面が本棚になっている書斎だった。

見たことのない本の壁にリューイは顔を輝かせた。

一冊手にすれば中身は医学書らしく文字の羅列が続く。たまに人体図も出てくるがなんの説明なのだろうか。

リューイは本を棚に戻せば書斎を出る。ウィリディスの姿を探せばキッチンに立っていた。

コーヒーを飲んでいるらしい。


「ねぇ、ウィリディス、俺どこで寝たらいい?布団とかある?」

「考えていなかったな…」

「ウィリディスのベッド広そうだからそこで一緒に寝る?」

「断る」


ウィリディスは即答すると手元の端末を操作してどこかに電話を掛ける。

その間にもリューイは冷蔵庫を開けて中を覗いたりウィリディスの寝室に入ってベッドに寝転んでみたりと自由にしていた。


「あぁ…布団を一式、一か月のレンタルで頼む。予期せぬ客だ…あぁ。支払いはいつものように」

「ねーえ、ウィリディス。今仕事なにしてんの?」

「……政府からの客人であれば一度は受け入れる。だが、一か月経てば施設に戻る」

「ねーえ、ウィリディスー?」


リューイの声にウィリディスは通話を切ってから振り向いた。不機嫌そのものといった顔を向けられてリューイは目を瞬きそして笑う。


「一応客人扱いしてくれるんだ?世話になるし家事ぐらいしようと思ったんだけど」

「できるのか」

「できるよ。施設は一応食事の提供もあったけど自分で食材使って作るやつのほうが多かったし。一応内職みたいな簡単な仕事してある程度は稼いだし…めっちゃ安いけど」

「そうか」


ウィリディスはそれしか言わない。あまりにも必要最低限過ぎてリューイとの会話が成り立たないように思える。

不満そうにしながらもリューイは小さな荷物をどこに置くべきだろうかと悩んだ。

ウィリディスは何も言ってくれない。


「なぁ、ウィリディス。俺一か月どこにいればいい?」

「……本気か?」

「本気も本気だよ。言ったじゃん、俺このあとウィリディスに拒否されたら行く場所ないもん。それに、俺ウィリディスと一緒にいたいって思った」


リューイの言葉にウィリディスは少し目を丸くした。

なぜそこまで言う必要があるのか。今まで自分のところに来たΩとは少し異なるリューイに驚きを隠せない。

何を求められているのだろうか。

言葉を失う様子にリューイは少し首を傾げた。


「玄関の通路に部屋が2つあっただろう。好きに使え」

「やったー!」


リューイはさっそく先ほどの空き部屋へと向かう。入ってきたドアに近いほうにした。

床に敷かれたカーペットはとても質がよく、ふかふかであった。そのまま寝転んでも体は痛くならなさそうだとリューイは考える。

ベッドやテレビなどはないが、クローゼットはある。窓もありそこには机もおかれていた。

リューイは机に鞄を置いてクローゼットを開く。中には何もない。少し手を止めてから数少ない服をそこにいれた。

部屋を出て元のリビングへと戻ればウィリディスの姿はなかった。

変わらずにシンクに皿は置かれっぱなしである。

ハウスキーパーを頼んであると言っていたが今日はこないのだろうか。

やることもないリューイは服が濡れないように袖をまくり上げた。


「世話になるわけだし、洗うか…」


誰も聞いているわけではないが一人つぶやけばスポンジに洗剤をしみこませてシンクの食器を洗い出す。

リビングから書斎に戻ったウィリディスはため息をこぼしていた。

政府から番を作るように要請があり、受け入れたわけでもないのにΩがやってきた。しかもすでに二十歳だというではないか。

その年まで番候補が出ないというのは珍しい。ウィリディスの周りでも聞いたことはない。

そもそもウィリディスは政府によって番を決められるのは好きではないのだ。

誰かと恋をして愛し合ってなどという幻想を持っているわけでは断じてないが、他人に押し付けられることほど嫌いなものもない。

それゆえに適正ありと判断されたΩが何度もやってきたがそのたびにウィリディスは追い返していた。

追い返すなと言われたこともあり、その場合には適当なαを見繕って追い出した。

今どうしているのか興味もなかった。

無理やりあがりこんだに等しいリューイのことを想いだす。


「……番なんていらない…一人で十分だ」


特区に住んではいるが、ウィリディスは何か偉業を成し遂げたわけではない。

血筋があまりにもほかと異なるためにここに押し込められたというほうが正しいかもしれない。

兄は実家を継ぐためにΩを番とすることはない。優秀なαの遺伝子とその遺伝子と相性のよりΩが番となって子供が生まれれば、遺伝子的により優秀な子供が生まれるはず、という根拠もない考えのせいでウィリディスのもとには追い出しても追い出してもΩがやってくる。

世の中には魂の番を求めて拒絶するαもいるらしい。そんなもの、いるとははなから信じていない。


「ウィリディス、片付けしたんだけど何かすることある?」

「片付け?」

「そう。食器がそのままだったから片付けた。何か問題あった?」

「何もない」


リューイが書斎の扉をノックして顔を出した。

リューイはウィリディスが何も言わない間にさっさと部屋の中に入ってきて本を手にした。


「ねぇウィリディスって何やってるの?研究?お医者さん?」


リューイは興味深そうに本のページをめくりながら問いかける。


「何もしていない」

「何もしてなくてこんなすごい家に住めるの?」

「ここは俺の持ち物ではない。俺の親のものだ」

「…本当にウィリディス、なにしてるの」

「俺自身は株と資産取引で利益を得ている」


ウィリディスの言葉にリューイは目をぱちくりとさせる。何のことだかわからないのだろうか。

ウィリディスは乱れた前髪の奥からリューイを見つめた。


「優秀な子供を残すために相性のいいΩが連れてこられるに過ぎない。しょせんここは俺にとっては牢獄でしかない」

「そっか。じゃぁ俺が牢獄からウィリディスにとって居心地のいい場所に変えてやるよ」


リューイの言葉にウィリディスの片眉が上がる。

本を胸に抱いてリューイは満面の笑みを浮かべていた。


「俺、ウィリディスを見たときに思ったんだ。ずっとこいつと一緒にいたいって。だから、俺は何をしてもウィリディスに番にしてもらうからそのつもりでいて」


リューイはウィリディスの腰かける机に近づいてくる。

わずかに身を引きつつもウィリディスはリューイから目が離せなかった。


「俺はきっとウィリディスが好きになる。ウィリディスから好きって言ってもらえるのが待ち遠しくてならないよ」

「俺はそんなことを言うつもりはないぞ」

「うん。今は、ね?でもきっと一か月後には言ってくれると思ってる。俺はそのためには努力は惜しむつもりないから」

「施設に戻りたくないだけだろう」


ウィリディスの言葉にリューイは少し悲し気な顔をした。

まずかったか、と思いながらも発してしまった言葉を取り消すことなどできるわけもない。


「…うん。それも多分ある。でも、俺の中にある気持ちは嘘じゃないよ。待ってて、俺だけのα。絶対に落として見せるから」


ウィリディスの背中を冷たいものが流れていく。

にこにこと笑顔のリューイは本を棚に戻して部屋を出ていった。


「なんなんだ、あいつは…」


これまでのΩとは異なるΩにウィリディスは戸惑いを隠せない。

それどころか、俺だけのα、と言われて胸の奥が熱くなった自分がいることにも気づいた。気づかなければよかった。


「俺が、あいつを好きになるはずなんてない」


ウィリディスは一語一語自分に刻み付けるようにつぶやいた。

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