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現実世界でチートを得てしまった俺とギャグマンガの住人

作者: 魅社和真




俺は化け物だ。




葉山はやま侑斗ゆうとという、どこから見ても平凡な名前をした化け物が俺だ。



俺が化け物だと周りが気付いたのは、俺が5歳の時の事だった。



何も特別でない日常。変わらぬ晴天に、少し暑くなってきた空気。…俺は、そんなありふれた時間を……今でも忘れられない。



いつも通り親に見送られて幼稚園バスに乗った俺は、いつも通り友達とお遊戯会の練習をして笑いあった。


お昼を食べたら縄跳びにするか、鬼ごっこにするかで揉めて……結局じゃんけんで鬼ごっこに決まって喜んだのを、確かに覚えている。



鬼ごっこは好きだった。俺は鬼ごっこが得意だったから。



足が速くて、父さんと母さんにも褒められたんだ。…だから、鬼ごっこは、好きだった。



俺から逃げる友達の背中。のんびり屋な友達は、この日もやっぱり遅かった。


だから、俺はこの日もすぐに追いついた。そして、いつものように友達の肩を叩いたんだ。




―――叩いただけだったんだ。




友達は、幼稚園の門を飛んでいくように通り抜けて……向かいのブロック塀に、ゴシャッ!…と、聞いた事も無い音を出してぶつかった。



俺は訳が分からなくて呆然と立ちすくんだ。友達がとても早く走ったのかと思った。


先生達もそう思ったのか、外に出て行った友達を連れ戻そうと門の外に出た瞬間……先生達から大きな悲鳴が上がった。



……その後すぐ、友達は救急車に乗って幼稚園を出て行った。……友達の体は、真っ赤だった。




――…それから間もなく、友達が幼稚園を転園すると聞いた。



小さすぎて理由なんて分からなかった俺は、友達に前に欲しがっていた俺のお気に入りのおもちゃをあげようと……ずっと友達だと言おうと幼稚園に行った。



…だけど…俺が幼稚園に行くと、友達は居なくて……見たことも無い大人が2人、俺を見つめていた。



俺は先生なら知っているかと、先生に友達はどうして来ていないのかと聞いた。


すると、さっきまで棒立ちしていた大人の、女の人の方が俺に大股で歩き寄って……俺の頬を叩いた。


何度も何度も。先生と男の人が止めようとしていたけれど、結局誰も止められず…俺は両頬が翌日青くなるまで叩かれた。



『お前のっ…!!お前のせいでっっ!!なんでっ…なんでよおおっっ!!!』


『落ち着け!相手は子供だぞ!?』



泣きじゃくり俺を叩く女の人を、宥めるように男の人が擦る。…けれど、その男の人も…女の人と同じ目で俺を睨んでいた。



…その後、両親を呼ばれて俺は病院に連れていかれた。



両親はその日から、何かに怯えるようになった。…そして、喧嘩も増えた。



『何で私がこんな目に遭わないといけないのよ!!』


『侑斗はお前が産んだんだろうがっ!!この欠陥品!!』



毎日毎日、俺の事で喧嘩をしていた。



…後から知ったけれど、友達はあの後からずっと目を覚まさないらしい。それによって、両親は多額の慰謝料を請求され亀裂が入ったようだ。



俺は自分の手を見つめた。俺の手が、何かきっとおかしいんだ。


自分で自分を叩いてみた。…けれど、友達のような事にはならなかった。



―でも、そのすぐ後にも悲劇は起こった。





母さんはあれから、俺に触るのを避けていた。手を繋ぐ代わりにバッグをつかまされた。



俺は寂しかったんだ。人の温もりが恋しくなった。



前は繋いでいたんだ。母さんの手を。それを思い出して、甘えるように母さんの手を気付かれないように握った。



『ぎぃゃああああっっ!!?手がッッ!!手があああああ!!!』



母さんは路上に蹲って叫んだ。


俺は少し握っただけだった。なのに……見えた母さんの右手は、ぐにゃぐにゃに変形していた。原型が分からない程に。



それからは早かった。俺はすぐに施設に入れられ、二度と両親に会う事は無かった。捨てられたのだ。



施設の家族も、俺を最初は受け入れてくれた。俺も力が強くて捨てられたんだ、と励ましてくれた奴も居た。



…だから、俺も普通なんじゃないかと思ったんだ。……でも、俺はそんな可愛い物ではなかった。



俺が触れると皆怪我するようになった。落とした鉛筆を拾って差し出すと、その子の手は貫通した。


俺より小さい子の頭を撫でると、その子の髪が全部引き千切れた。


俺の腹をふざけて殴るフリをした子の手を止めると、その子の手の骨が折れた。




俺が異常だと、俺が気付くと同時に周りも気付き……誰ももう俺に構う事は無くなった。




そんな俺に唯一優しく温かく接してくれるのが施設長の柳田やなぎださんだ。


柳田さんは俺を本当の息子のように可愛がって心配してくれた。俺も柳田さんを父のように思っている。

だからこそ、俺は柳田さんに触れない。怪我をさせてしまうから。



高校に上がる時に出て行こうとしていた俺を止めてくれたのは柳田さんだった。

柳田さんは俺をまだ子ども扱いして『高校を卒業するまでは居てくれないか』と言ってくれた。


…嬉しかった。居ていいと言ってくれて。寂しがってくれて。


触る事も、触られる事も嫌う俺を、柳田さんは一度も触れた事がない。だからか、最後の別れならばと柳田さんは俺を強く抱きしめてくれた。


温かい……懐かしい温かさに、涙が出た。柳田さんを早く離さなくてはいけないのに…心地よくて、離せなかった。



……でも、俺はこういう時にいつも失念する。いつも忘れてしまう。



自分が化け物だという事を。





無意識だった。きっと温かさをもっと感じたかったのだと思う。



俺は夜中剥げてしまった布団を引き寄せるように柳田さんの肩を自分の方へ引き寄せた。



……すると、鈍い音がして…………柳田さんの肩が脱臼した。



呻きを上げて柳田さんは脱臼した腕で俺に手を伸ばす。俺は、柳田さんの手を掴めずにバクバクと鳴り響く心音と、目の前に広がる砂嵐で何も考えられなくなった。



優しい柳田さんを怪我させた。俺が怪我させた。柳田さんにも嫌われた…!!



柳田さんの呻きを聞きつけてか、すぐに人が来た。


倒れる柳田さんと、俺の姿を確認してすぐ皆理解したように射殺しそうな目で俺を見た。





……俺は、逃げるようにその日……施設を去った。




―――……




学校は決めていた。全寮制の学校だ。


柳田さんが月の初めに皆に配るお小遣いを俺は使わずに貯めていたので少々だが蓄えはある。勉強も、柳田さんに迷惑をかけないように頑張ったおかげで奨学金免除が受けられる程の成績も取れる。


学校に入学が決まり寮に転がり込むと、すぐに柳田さんが俺に会いに来た。……けれど、俺は絶対に柳田さんに会わなかった。



もう人を傷つけるのは嫌だ。大切な人を傷つけるくらいなら、俺は1人で良い。



寮母さんに頼み追い返してもらった柳田さんの落ち込んだ背中を窓から見る。…俺の手が届かない所で元気でいてくれるなら、それで………いい。



俺は胸の苦しみを鎮めるように、自分の胸を拳で叩いた。…俺は……どこも痛くは無かった。





高校生活が始まった。



周りは高校デビューしたのだろう髪色の生徒が居たりと華やかだ。


そんな中で俺は新入生代表として挨拶をする。……背中に女子の視線が刺さる。


俺の挨拶が良かったからか、女子からよく声を掛けられた。ありがたいけれど……出来ればもう、近づいて来ないで欲しい。



それが原因だろうが、男子からの風当たりは強かった。ガリ勉、根暗、鈍感野郎…。


口で言う分には良い。殴りかかったりされるのが1番困る。



…そんな雑音を無視し朝の号令をかけようとしていた時、1人だけ入学初日から遅刻してきた女子が蹴破るようにドアを吹き飛ばして教室に滑り込んできた。



「セエェェ―――ッッフ!!ギリギリだ!!良くやったあたし!!」


「お前っ!出水!!何がセーフだっ!!遅刻だ馬鹿野郎!!」



ミディアムボブの栗色の髪の女子はやりきった顔で教室に入った途端、先生に叱られた。…しかし、まったく悪びれた様子がない。



「えー?だって先生、キャトルミューティレーションされてこの早さで学校に来れたのは奇跡ですよ?セーフで良くないですか?」


「そうか、キャトられたならしょうがない。席に着きなさい」


「わーい!ありがとう先生!!」



俺に理解できない会話を繰り広げて女子は開いてる席に着いた。…俺の隣だ。

……クラスは突然の女子の登場によって困惑に騒めいている。



「キャトられならしょうがないよね」


「キャトられてあの早さって、時速何キロで走ったんだろ?」


「ちょっ!怖ーい!!寒気したー!!」



……どうして皆普通に受け入れてるんだ……。



俺がおかしいのか?キャトルミューティレーションなんて嘘に決まってるだろう?何で誰も嘘だと思わないんだ?



俺の困惑をよそに、女子は俺の横にある花の咲いた机に腰掛けた。…………花の咲いたっ!?


思わず二度見する。だが幻ではなく本当に花が咲いている。チューリップだ。



「先生―!この机、チューリップが咲いてて邪魔ですー!」


「だったら自分で刈り取りなさい。何でも先生に頼らない!もう高校生なんだから」


「はぁーい……」



先生に的外れな返答をされた女子は気にする様子もなく、持参していた鎌でチューリップを刈ってゆく。



…どうなっている?さっきまでは普通の机だったじゃないか…。



幻以外の可能性を感じられない。なのに先生も周りのクラスメイトも普通の反応をして特に気にした様子がない。……俺が言うのも何だが異常だ。



もしかしたら幻覚かも知れない、と隣の席のチューリップに触れる。………触れてる……潤いがある、本物の花だ……。



尚更分からなくて頭が痛くなってきた。ちゃんと机に根を張っているようで軽く引っ張っても取れない!!何だこれ!?


俺が何度も引っ張ったりを繰り返していると、俺に気付いた女子が目をぱちくりさせながら不思議そうに俺を凝視する。



「……どうしたの?」


「えっ……あ、ああ…このチューリップは、どこから生えているのかと…」



言っていて自分で何を言っているのかと思った。だがそれ以前にどうしたの?とは何だ。こっちが聞きたい。どうして鎌を持参しているのかも分からない。


俺が言うと、ハッ!と気付いたように女子は真面目な顔で言った。



「あっ!えっと、あたしは出水いでみず輝和きわですっ!!12月生まれのいて座O型ですっ!」


「どうして今自己紹介をするんだ。チューリップを教えてくれ」



何故か今自己紹介し始めた女子…出水に頭を抱えた。どうしたのと聞いたからチューリップの事を尋ねたのに何故自分の名前を言うんだ…!?


そのままじっと返答を待つと、今度は頭にチューリップを咲かせ始めたので諦めて名を教えた。



「……葉山侑斗」


「!葉山君!!葉山君はチューリップが好きなんだねっ!!うふふ…乙女~!」



ぷぷぷ…と口を両手で押さえて出水は笑った。論点がおかしい。



「別に好きじゃない。何で机から生えてるんだ、答えろ」


「え~?そんな事言われても……生えたかったんじゃないかな?」



そんな訳ないだろう!どうして生えたかっただけで球根も無いのに机からいきなり数秒で生えるんだ!!



だが本当に分からないのか出水は首を傾げながら刈り取った後除草剤で枯らせて根っこごとチューリップを引っこ抜いた。……机は穴1つ開いていなかった……。



「……どうなってるんだ……」


「葉山君っておもしろいね~!!友達にしたげるっ!!」



…こうして俺と出水は出会った。…だけど、俺はまだ知らなかった。出水が俺とは別の意味でおかしいという事を…。








「葉山君おっはー!!今日は頭にカエルのっけるなんてお茶目だね~!」


「カエル……?うっうわ!?何だコイツ!!ヒキガエルじゃないか!!」



朝1番に学校に来て予習をしていた俺の頭からヒキガエルが落ちて来た。


一瞬嫌がらせを疑ったが、女子も悲鳴を上げる事も無く会話を続けている。…何故誰も疑問に思わないのだろうか…?



「あっ!このカエル、靴下履いてるよ!!やだぁ!左右違うの履いてる~!」


「これはこれはお恥ずかしい。レディに指摘されてしまうとは…葉山殿、言って下さらねば!恥をかいてしまったではないか」


「どうしてカエルが喋るんだよ!!喋んなよ!カエルなら!!」



おかしい。おかしい!!この教室!!



自分もおかしい自覚はあるが、それにしたってこれは別の意味でおかしい。カエルが喋るなんてニュースになる程の事に誰も疑問を抱かないなんて…!



「それより葉山君!教科書貸してよ!!歴史の教科書忘れちゃったんだー」


「あ、あぁ……良いが……その、おかしいとは思わないのか…?」


「え?葉山君の頭の良さが?」



特別疑問を抱いていない出水に、もしかしたらおかしいのは自分だけなのかも知れないと思い始めた。


俺も大概おかしい。俺を殴ってきた男が勝手に俺の胸板で拳を砕いて使い物にならなくなった事があったが、これも俺だってどうしてかは説明出来ない。



…俺がやはりおかしいのかも知れない。俺がこの意味の分からない現象を引き起こしているのかも知れない。



「……いや、いい。悪かった。…カエルも、悪いな」


「え?カエルならさっき紙飛行機に乗ってブラジルに行ったじゃん」



寝ぼけてるの?と出水は俺に体温計を差し出した。



……やっぱり、俺じゃなくてこのクラスがおかしい……!!





――――…………







「ねーねー!葉山君って出水さんと仲良いよねー!」


「そ、そうだろうか…?まぁ隣の席だしな……」



出水がトイレに消えると、女子がわらわらと俺に集まってきた。出水が居ると一定の距離から近づいて来ない女子は、こうやって出水がどこかへ行くといつも集まって来る。



「なーんだ!そっか!!てっきり付き合ってるのかと思った!」


「…いや、俺は誰とも付き合うつもりはないから」



付き合える訳がない。彼女を殺すつもりか。



これからもずっと、俺は1人で生きていく。大切な物は遠くで眺めるだけでいい。近くに置こうなんて…そんな事は思えない。



だが女子の大半は俺に興味を持ってくれているようで、ちらほらと言葉には出さないが自分はどうかと俺に勧めてくる。



「わ、私はっ、葉山君と居るの、楽しいけどな~!」


「そうか。ありがとう」



嘘つけ。俺が君の腕を砕いたら怖がって逃げるんだろう。


信じるな。楽しいなんて、俺をただの人間だと思ってるから言える言葉だ。俺という化け物に対しての言葉ではない。



傷付けないようにひっそりと断る。本当にありがたいが……俺にはもう、近付かないで欲しい。



―なのに、諦めきれないのか…その女子は俺の腕に自分の腕を絡めようとしたのか、あろうことか俺の腕を握った。



「私、葉山君ならー」


「俺に触るなっっ!!離せっっ!!!」



教室中に響く俺の怒声で、教室は水を打ったように静まり返った。



…俺に触ると、俺が身じろぎしただけで怪我をする。俺の馬鹿力の対象は、俺に触れた人物だ。



物には影響なんて無いのに、何故か人体にだけ影響がある。人をいとも容易く殺せる化け物……それが俺だ。


だから声だけで女子を遠ざけようと怒鳴った。

すると俺の目論見通り、女子は波が引くようにさあっと俺から離れた。



…………これで……いい……。



俺は罪悪感と何とも言えぬ悲壮感でチリチリと焼けるような胸の中を無視するように教科書を開く。

するとどたどたと忙しない足音が空気を読まず俺の教室の前で止まった。



「あれ~?何々?かごめかごめしてるの~?」



タイミング悪くトイレから帰ってきた出水が、俺を囲んで距離をとっているクラスメイトを見てそう比喩する。


気まずく思い上げた顔をまた教科書に向ける。……すると出水が「あたしもしたーい!」と、近くの女子の手を握った瞬間……それは起きた。



「か~ご~めか~ご~め~……か~ごのな~かのと~り~は~……」



何故かクラスの俺以外の全員が男女関係なく手を繋ぎ、俺を囲んでかごめかごめを始めた。




……嘘だろ…?何で…高校生にもなった男女が……何の疑問も持たずに普通にかごめかごめをしているんだ……?




「な、何をしてるんだ……?」



思わず先程怒鳴った女子に問うと、怖がる素振りも見せずに笑顔で「かごめかごめだよ!」と返されて放心する。



……やっぱり俺じゃない。俺がおかしい訳ではない。



俺は出水に目を向けた。出水はビブラートをきかせて楽しそうに歌っている。

……もしかして、出水……か…?


疑問を感じ始めた頃、ようやく歌が止んだ。すると、俺は自分の手に違和感がある事にやっと気付いた。



「…?…うわあああっっ!?な、なんだこの卵は!?」



俺の膝の上に、抱えられる程の大きさの卵があった。卵は孵るのか時折揺れている。



「おめでとう!葉山君!!あたしは感動したよっ!!」


「何故感動する!?この卵は一体なんなんだ出水!!どこから持ってきた!?」



すると、クラスの名も知らない生徒が俺と出水の間に立ち、真面目な顔で俺に告げた。



「それは、亡国のエナジーが詰まったエナジーエッグ。心優しきものの所に舞い降りると予言されていたが……まさかこの目で見られる時が来ようとは…!!」


「誰だよお前!!何の予言だ!!俺聞いた事無いけどっ!?」



いきなり出てきて眼鏡をクイっと上げた男子生徒に噛みつくように怒鳴る。絶対嘘じゃないか!!


出水と周りの生徒が感動して涙を流すのを気味悪く感じ俺は元凶である卵を割ってやろうと高く振り上げた!……が……その瞬間、卵が突如として割れた。



「ポンポポポ!!」


「わあっ!おめでとうっ葉山君!!葉山2号が孵ったよ!!」


「…………」



奇妙な鳴き声を上げて孵ったのは…俺を極限に不細工にしたような生き物だった。




…………訳が…………




俺の頭が情報を整理しようとしている間に、授業の開始を知らせるチャイムが鳴った。


ハッとして俺が手を見ると、俺に似た葉山2号の姿は無かった。…幻、だったのだろうか…。



勉強のし過ぎだったのかも知れない。とほっとした時、先生が教室に入ってきたので姿勢を正す。



……だが、何故か喪服で現れた先生の次の言葉で、俺は現実を知った。



「えー……葉山2号の訃報は、皆知ってるな…?これから、葉山2号の葬式を…っく……行う…!!」



そして、授業ではなく葬式が始まった。……何故か俺を含めた皆のブレザーも喪服に変わっていた。









校門で塩を踏まされて出水と並んで俺は学校を出た。



「勇敢な最期だったね、葉山2号。…きっと、今も帝王ポンポルドの脅威に脅かされないように……あたし達を見守ってくれてるんだと思うよ」


「出水、お前は何の話をしているんだ」



帰り道に出水に先程の話を聞くと、そんな事を言われた。


出水は葉山2号の事を思い出したのか時折泣きそうに顔を歪める。それを見て俺は何とも言えない気持ちで出水にハンカチを差し出した。



……やっぱり、おかしいのは出水だ。出水が現れると、皆おかしくなる。



あの後もクラスメイトは俺の事なんて無かったように平和に…いつも通り過ごし始めた。


俺が怒鳴った女子も、俺に怯えることなく空を見上げて「…葉山2号…」と呟いていた。完全にかごめかごめ以前の事を忘れている。



「……出水…お前は、何なんだ?」


「ほぁ?」



俺のハンカチで道端の子猫の排泄を促している出水に若干引きつつ問いただした。



「何って…何がかな?」


「出水が話し出すとおかしなことになるだろう!クラスが!それが何なのかと聞いてるんだ!!今だってどうして子猫に混じって虎の子が居るんだ!?」


「虎じゃないよ~!!これはサーベルタイガー!」


「それもおかしいだろうっ!?野生でサーベルタイガーなんて居たら危ないじゃないか!!」



会話が成立せずに苛立ち頭を掻きむしる。


だが俺の言葉を聞いた出水は驚いたように子猫を離して俺の肩を揺さぶり、逆に俺が驚いて固まった。



「な、何を…」


「葉山君!!あたしって変かなぁ!?」



出水にブロック塀と挟まれて慌てる。まずい!このままでは出水を怪我させてしまう!!



「離せ出水っ!!危ないだろう!?」


「あたしもねっ!何か変だなぁっていっつも思ってたの!!何かあたしだけ意味の分からない事件に巻き込まれるし、高確率で死にかけるし!!」



俺の制止も聞こえないようで切羽詰まった顔で俺に迫る出水。だが俺からは出水に触れない…!一体どうすれば……!!



…その時、また新たな不幸が笑いながら歩いて来た。



「ヒャッハァ!!お前あの葉山じゃねぇか?俺の後輩が世話になったみてぇだなぁ?」


「また湧いて来たのか…!!」



出水越しに俺の前に立ち塞がったのは、前に俺に殴りかかってきて勝手に自滅したヤンキーグループのトップだった。


ピアスをジャラジャラと音がする程顔に付けて俺と出水に近付く。仇として俺に報復するつもりのようだ。……でも今は…!



「出水どけっ!!すぐに逃げろ!!」


「葉山君みたいに言ってくれる人、初めて会ったの~!!あたしっ…!か、感動して…!!」



全然聞こえていない出水に俺は身動きが取れなくなった。


俺は構わない。殴られた時は痛くても相手が怪我をして終わるから。だけど出水は違う。

出水はただの女の子だ。変な言動だけど、それでも普通に痛みを感じて涙を流せる女の子だ。



どうすれば良い?どうすれば俺は出水を今、守る事が出来る?


俺が蒔いた種だ…俺が何とかしなければ…!!



「…おい、無視かぁ?ハハッ、良い度胸じゃねぇか!!離れたくねぇならその女ごとボコボコにしてやるよ葉山ああっっ!!」



痺れを切らしたヤンキーが出水もろとも俺を殴ろうと拳を振り上げる。俺はとっさに考えもせずに出水の肩を左に押し退け……



「うっ!?うわあああああっっっ!!!」


「!!?しまったッッ!!出水――――っっ!!」



出水は空の向こうにまで飛んで行ってしまった。俺はそれを見送ることなく出水を追いかけて走った。



あんな高さから落下したら死んでしまう!!どうして俺は出水を触ったんだ……っ!!



泣きそうになりながら出水が消えた方向をひたすら走った。



…いつもそうだ、俺は……結局強くたって傷つけるだけで何も守れない。悲しませる事しか出来ない。



…後悔に苛まれ、自己嫌悪に陥って走っている最中……不意に、とても懐かしい記憶を思い出した。



『早ーい!こんどの運動会も、ゆうとくんがきっと優勝だねー!』


『うん!とおさんとかあさんも見に来るから頑張るんだ!』



……懐かしい、もう…話すことも無い、友達の顔が……走馬灯のように俺の脳内を流れた。


優しい。優しい友達だった。



『おれ、おまえみたいに優しくなれたらいいのに。そしたらもっと、みんなとも仲良く出来たのに…』



俺は友達の優しさに憧れていた。全てを許せるような器の大きさに。

でもそんな友人は、俺に憧れていたらしい。



『えー?でもぼくはゆうとくんみたいになりたかったなー』


『おれ?』


『うん。ゆうとくんは気付いてないだろうけど、ぼくよりも優しくて…とっても強いから』



とっても強い。まるでヒーローみたいだ、と友達はよく言ってくれた。


友達は動きが遅いのでよく馬鹿にされた。そんな友達を庇う俺の強さが羨ましいと、目をキラキラさせて言っていた。


俺は嬉しかった。照れくさかった。…でも、嫌ではなくて。



『じゃあおれ、もっと強くなってやるよ!強くなって、おまえの事ずーっと守ってやるからなっ!!』


『うん!ぜったいなれるよ!!ゆうとくんなら!』



幼い頃、2人で交わした約束。



思い出した。俺は……守る為に強くなりたかったんだ。傷つけたかった訳じゃない。



でも俺は誰も守れない。守る為に欲した力だったはずなのに。


ごめん。あの時俺があんな事願わなければ、入院生活を強いる事も無かったのに。



無意識に涙が零れた。今でも足が速い俺にヤンキーも追いつけず、俺は落ちてくるであろう出水を受け止める為にひたすら走った。



「死なないでくれっ…!出水!!……出水!!」



願うように呟く。……すると、神社の池の前を通った瞬間、声が聞こえて来た。



「あなたが落としたのはこのセレブになった出水ですか?それとも、こちらの豊胸手術を施した出水ですか?」


「は……?」



声の方向に顔を向けると、俺は固まった。


池に浮いて、女神を挟むように並んだ2人の出水が俺を見ていた。



右の出水は札束を手でペシンペシン叩き音を立てながらサングラスをかけている。


左の出水はメロンのような胸を水着姿で晒してどや顔している。


俺はしばしそれを見つめた。……本物の出水は…元気なのか……?



「……出水は……もっと………貧相だ…」


「ちょーっと待った!俺は分かるぜ!!落としたのはその右の出水だ!!さぁ、出水を返すんだ!!」



俺が本物の出水を説明すると、俺を追って来ていたヤンキーがいきなり出水を選び始めた。


ヤンキーは俺の事など眼中にないらしく、セレブ出水の札束に目を奪われている。



「…ヤンキー。あなたは嘘つきですね。嘘つきなあなたにはこれを…」


「オラァ!!金払わんかいワレェ!!」


「キャアッッ!!美人局だ!!」



いきなり出てきたヤクザのような男に追いかけ回されてヤンキーは悲鳴を上げて逃げて行った。


俺はそれをボーっと見ながら、確信に似た何かを出水に感じた。……まさか……出水は…。



「あなたは正直ですね。あなたにはこの2人の出水を…」


「こらーッ!!本物の出水輝和はあたしだよ!!偽物は湖にお帰りっ!!」



女神が俺に2人の出水を渡そうとした瞬間、本物の出水が湖から飛び出した。

出水は俺の前で手を広げ犬のように威嚇している。



「出水!!お前無事だったのか!?」


「何が?あっ、空中浮遊の事?あれはよくある事だよ、いつも通り土に埋まって着地して無事だよ」


「無事じゃないじゃないか」



湖から出て来たのに何故か葉っぱまみれの泥まみれになっている出水のスカートを出水に触れないように軽く払うと、出水は頬を赤らめて照れ始めた。…羞恥心はちゃんとあるのか…。



「…すまない。俺のせいで危険な目に遭わせてしまって…」


「えー?どこがー?っていうか私はありがたいよ?葉山君の近くに居るとキャトルミューティレーションされにくいし、通り魔うんち太郎も出ないし」


「通り魔うんち太郎って何だ?」





それから出水は色んなことを話してくれた。



出水は生まれた時からこの現象に悩まされているらしい。


出水が何をしていても、していなくても勝手にギャグマンガのようにおかしな空間が出来上がるそうだ。


自分ではそれがおかしな自覚があるのに、周りが自覚してくれないので自分が疑問に思う方がおかしいのかと思っていたらしい。



「だから葉山君に言われた時ビックリしちゃったー!!やっぱりあたしっておかしいよね?もしかして普通の人は通り魔うんち太郎にビックリしないの?」


「そもそも通り魔うんち太郎を誰も知らないよ。何だその名前は。正式名か?」



出水と話していると不思議と落ち着いた。なんだ…おかしなのは俺だけではなかったのか…。


同じように感じているのか出水も俺の話に突っ込みを入れつつ笑ってくれた。それが俺はとても嬉しかった。



「ちょっと!それは葉山君勇者なんじゃない!?現実世界に使わされしヒーローだよ!!ここは葉山君の世界だったんだねっ!」


「いやどう考えても出水の世界だろう。俺は出水のように宇宙の争いを収めたりなんてした事がない。ただ体が丈夫で力が強くて争いごとに巻き込まれるだけだ」



出水とは面白い程話が合った。生まれて初めての感覚に、俺は次第に笑みが零れた。



「あーっ!!葉山君笑った!!レアだ!写真撮らせて!!」


「?俺はいつも笑ってるだろう?写真は撮るな。何でそんなプロ仕様のカメラを持ち歩いているんだ」



おかしくて笑いが止まらない。出水と居ると、俺は人を傷つけない普通の人間なような気がして肩が軽くなった。





それから俺達は親友ぐらいに仲良くなった。





「出水。このシャーペンはお前のだろう?どうして俺のペンケースに入っている」


「あっれー?何でだろう?もうっ!勝手に出て行ったらダメ!!」


「煩いやい!オイラは葉山君の所で暮らすんだいっ!!寝っ屁の輝和の所にはもう帰らないんだいっ!」


「ちょっと!!葉山君の前で暴露しないでよっ!?う、嘘だよ葉山君!!このシャーペン嘘ついてるの!!」



わたわたと手を振って否定する出水。寝っ屁を知られたくなかったらしい。



俺はこの生活にも随分慣れてきた。シャーペンが喋っても何とも思わなくなったのは進歩だと思う。


シャーペンは勝手に俺のペンケースのジッパーを開けると、出水に舌打ちをしてペンケースに引きこもった。



「まー!!ワガママ!誰が買ってくれたと思ってるのかな!?ねぇ葉山君!」



同意を求めるようにつり上がった目で俺の目を覗き込む出水に笑みが零れた。



出水と出会って、俺は変われた。



出水が近くに居ると、今までの恐れられる空気も…憎しみに似た感情も一瞬にして消え去った。

俺が誰かに絡まれても、出水が近くに居るとすぐにギャグマンガのような展開になる。


それに…俺が出水に触っても……他の人間と違って、大怪我をしない事が俺にとっては1番衝撃的だった。



出水の髪にトマトが付いていたので収穫してやろうと出水の頭に手をやった瞬間、出水は教室の窓から空に飛んで行って星になった。


俺はその時、過呼吸を起こした。出水の頭を叩いてしまったと。


グチャグチャになった出水を想像して体が震えた。出水が居なくなるのが怖いと思った。



…しかし、俺の恐れとは裏腹に出水はすぐに帰ってきた。無傷で。



『いっやぁ!参ったよ!!空を飛んでたら隕石が接近しててね!この葉山君の寝顔写真が無かったら地球は危なかったよ』



出水…俺の写真で一体何をしたんだ?



だが突っ込むよりも先に出水の体を確認した俺は驚愕した。……何処も怪我してない……!!


出水は本当にギャグマンガの世界の人間なのかも知れない。普通の人間なら空を飛んだ時点で死んでいる。


それが、とても安心した。出水に触れても死なない事が……とても幸せで……。




…あの日からずっと気になっていた。俺が普通に触っても、出水は大丈夫なのだろうかと。




シャーペンの態度に対する俺の同意が無くて心配そうに眉を下げる出水の手を、震える手でそっと握った。


……触れた出水の手は、俺の手よりも…記憶の底ある母さんの手よりも柔らかくて、少しドキッとした。



「……痛くないか?出水」



思わず聞いてしまった。出水の手は腫れる事も無く、悲鳴すら上げないので期待に鼓動が早くなる。



…痛いと言われたら…離さないといけないのだろう。分かっているけれど……この温かさが、懐かしくて…俺は……。



「はっ、っはははは!?葉山君っ!!?どうしたのかな!?あたしの手は今ベキベキだけどドキドキで何も感じないよっ!?むしろ葉山君の温もりを感じるっっ!?」


「ベキベキなのか……」



そっと名残惜しげに出水の手を解放する。見えないだけで出水も痛かったのだろう……。実験とは言え、悪い事をした。



俺が「すまなかった」と出水に謝ると、出水は慌てたように離した俺の手をベキベキの手で握った。



「いやいやっ!!もう治ったよ!!ほら見てこれっ!第4関節までしっかり回復して…!」


「出水、人間の指に第4関節は無い。病院に行け……。治ってるのか?」



思わず俺の手を握る出水の手を凝視する。……普通だ。関節が1つ多くなっている以外は。


俺の力が強すぎる事を知っている出水は、「あたし、5秒で完治するからすぐ痛くなくなるんだよっ!気にしない気にしない!!」と俺を元気づけてくれた。



……すぐに治っても、痛いだろう。



俺は痛かった。すぐに治っても、痛かった。人に殴られると。



出水だってそのはずなのに、俺の為を思って笑ってくれる。…どうして、俺にそんなに優しくしてくれるんだろうか。



「…出水は……どうして俺にそんなに優しくするんだ?」


「へええっ!!?聞きますっ!?それを聞いちゃいますか葉山君!!」


「ああ、聞きたい」


「正直者!!ピュアっ子だよ葉山君!!でもそこが好き!!」



大声で俺を好きだと叫んで、出水は固まった。そして俺も固まった。



出水の周りでテントウムシが口づけせよと囃し立てている。だがそのテントウムシにも負けない程の赤さで頬を染めあうあうと狼狽える出水に、俺はやっと察した。


俺が理解すると同時に、俺達の周りをピンク色の霧が広がり取り巻いた。



「よっ!熱いねぇお2人さん!まるで若ぇ時のオイラ達を見てるようだねぃ!!な、マイハニー?」


「…好きにして……シャーペンさん…」



野次を飛ばす出水のシャーペン。その横には俺の消しゴムがしなだれかかっている。一体俺のペンケースの中で何があったんだ……。


俺が白い眼をシャーペンに向けていると、出水が俺の手を強く握り大きな声で俺の名を呼んだ。



「葉山君っ!!いいい、言っても良いかな!?」


「俺を好きだという事か?」


「ええええっっ!!?ば、バレてるぅ!!?まだ何も言ってないのにっ!?」


「いや、だって…後ろに“葉山君に告白する会”って垂れ幕出てるし……。クラスメイト全員“頑張れ出水”って書いた鉢巻きしてるじゃないか」


「あたしの秘めたる思い凄い他人に暴露されてる!!」



俺が指差すと出水は真っ赤な顔でうなだれた。出水のギャグマンガパワーは本人の意思など関係ないようだ。


赤い顔でチラチラと俺の反応を窺う出水。返事を待っているのだろう。




……俺は、凄く複雑だ。……だって…きっと、出水はー……




「…出水は……俺が、出水の周りがおかしいと気付いた唯一の人間だから……俺が良いのか?」



自分で言って、胸が酷く痛んだ。




分かっている。俺が特別なんじゃない。出水のおかしさに気付いた事が特別なんだ。


だったらきっと俺じゃなくても出水は構わない。……俺じゃない…手をベキベキにしたりしない、まともな男が現れたら…それがきっと、出水にとっても



「違うよ!!だってあたしが好きになったのはっ……葉山君が通り魔うんち太郎からあたしを助けてくれた、あの時からだもんっ!!」


「………出水……記憶にないが……」



困惑する俺をよそに、出水は俺が通り魔うんち太郎から自分を助けてくれた時のエピソードを語ってくれた。




出水が入学式初日、玄関で暴走パンジーの群れから鳥の雛を救い出し、そのお礼として黄金のじょうろを貰った所で事件は起きたらしい。


黄金のじょうろを狙ってコングラッチュレイション武田が通り魔うんち太郎を出水にけしかけ、あわや大惨事となりかけたその時!俺が颯爽と現れたらしい。



「……記憶にない……」


「思い出して!葉山君!!ほらっ、あたしが校門で通り魔うんち太郎にうんちの責め苦を受けさせられそうになってた時に「何してるんだ」って言ってたすけてくれたじゃんっ!!」


「…何してるんだ……?」



言われてみれば言った覚えが無い訳ではない。確かに俺は初日の帰りに校門前でガタガタ震えて奇声を上げている女子にそう声を掛けた事があった。…………あれは出水だったのか?



「…通り魔うんち太郎は……見てないが……」


「通り魔うんち太郎は葉山君の「何している」が怖くてうんこ漏らして逃げたよ」


「!あれは犬の糞ではなかったのか!?」



震える女子の目の前に糞があって、それを見て震えるなんて温室育ちだと思った記憶がある。あの時から出水は俺が好きだったらしい。



「…尚更分からない。どうして俺なんだ?俺は……こんな……触った相手の手をベキベキにしてしまうような化け物なのに……」


「だから治るってば!……それに、その…葉山君の手って、凄く優しいんだよ?どうしてかあたしの手ベキベキになるけど、真綿で包もうとしてるみたいに優しいの」



気付いてないの?と言われて友達を思い出した。



『ぼくよりも優しくて…とっても強いから』



優しいと、友達は言った。



優しくなんてないのに。俺は、人を傷つけるのが怖いだけの…臆病者だ。



「…でも……俺は、この化け物みたいな力で……昔、友達まで…傷つけたんだ…」


「傷つけた気がしてるのは葉山君だけだよ!!その友達だって分かってるよ、きっと!!」


「うん、僕も侑斗君の優しさ知ってるよ。僕をタッチする時も、僕が痛くないようにブレーキかけてるんだよね、いつも」


「あぁ……けん君が痛くないように…………って健君!!?何でここに居るんだ!!??」



いつの間にか出水と一緒に俺の手を握っていた幼稚園の時の友達、健君に俺は驚き尻餅をついた。


幻覚なのかと目が腫れる程ごしごしと擦っても、健君は消えずに俺に当時と変わらない優しい笑みを浮かべてくれている。



「……健君?本当に……?」


「うん。久しぶりだね、侑斗君。かっこよくなったね」



健君だった。俺の目の前で嬉しそうに微笑むのは……あの頃の面影を残した、健君だった。



きっと出水のギャグマンガパワーが発動しているのだろう。……でも、この健君は本物だ。俺には分かる。



「……っ…!!ごめんっっ…!ごめん健君っ!!俺のせいでっ大怪我させて、寝たきりにさせて…っ!!ずっと、謝りたかった!!ごめん、健君っっ!!」



ずっと言いたかった。俺のせいでごめんね、と。



謝る事も出来ず、俺は施設に入れられ二度と健君に会う事は無くなった。


小さすぎて病院すら知らなかった俺は、お見舞いにも行けなかった。…けれど、ずっと言いたくて仕方がなかった。



俺の謝罪を聞いて、健君は笑った。のんびりした笑顔は、当時のままだ。



「謝らないで、侑斗君。あれから僕、結構すぐ退院したんだよ?でも……あれから侑斗君に会えなかったから、言えなかったんだ。……気にしないでって」


「……っ…!!」



優しい。優しい顔で健君はそう言った。


思わず健君を抱きしめたくなった。ありがとう、と…。



だけど俺の力ではまた健君に怪我をさせてしまうから……と俺が躊躇っていると、健君の方から俺を抱きしめてくれた。



「ほら、僕が侑斗君を抱きしめたらいいんだよ。怖くないよ、侑斗君の事。だって…侑斗君は僕のヒーローだから」


「…っ…健君…!」


「あ、あの~……あ、あたしの告白の返事は……?」



友情を確かめ合っていると、視界の端で出水が気まずそうに手を上げた。そうだ、出水に返事をしなければ。



「健君、ありがとう…ちょっと離してもらえるか?」


「えっ、せっかくの再会なのに?もうちょっと色々語り合おうよ」


「ちょっと葉山君を離してくれないかなぁ!?あたしの未来がかかってるんだけど!?」



出水に向き合おうにも健君が離してくれないと俺から出水の方に身じろぎ出来ないので、それとなく健君にお願いする。……が、やはり健君も積もる話があるようで承諾してくれない。


どうしようかと思っていると、出水が力技で健君を剥がしにかかった。



「ほらっ!健君?はあっちで鉢巻きつけて応援するのっ!!はいっ、これは葉山君の笑顔がプリントされた法被ね!」


「わぁ!良い笑顔!!鉢巻きはちゃんと“頑張れ侑斗”になってるんだね。持って帰っていいの?」


「おい、出水。いつの間に作ったんだ」



雑に健君を応援席に追いやって再び俺の前でもじもじしだした出水。……おい、だからいつの間に作ったんだ。



「えっと……すすす好きです!!通り魔うんち太郎から助けてくれた時からあなたの事しか見えません!!つ、付き合ってください!!」



ムードの欠片も無い単語を加えて出水は手を出して思いきり頭を下げた。



「……俺で良いのか?出水。俺はお前の手もベキベキに……」


「ベキベキにされてもいいですっ!!むしろベキベキになるまで触って欲しいというか…!!むしろあたしからベキベキされに行くんで!!」


「…………体は、大事にしろ……」


「やだ!!葉山君優しい!!好き!!」



感極まったように口を手で押さえて目を潤ませる出水。……本当に俺を好きなのか……。



俺は目を閉じて心を落ち着かせる。……俺は……出水が……。



「ヒュ~、青いねぇ…見てるこっちが火照って来ちまう。あんたもそう思うだろう?」


「静かにしてください。消しゴムさん。今侑斗君が良い所なんです。頑張れーっ、侑斗く―ん!!」


「クチヅケせよ!クチヅケせよ!クチヅケせよ!」


「葉山2号も空の上で見守ってるよ……」



…………煩いな……!!



雑音が邪魔で全然心が落ち着かなかったので、そのままの状態で俺は出水に告白した。



「出水輝和!!」


「ひっ!ひゃいぃ!!」



俺がカッと目を見開くと出水は薄目を開けて様子を見ていたのか、手を出したまま飛び上がった。



「俺は出水が好きだ!!俺を怖がらない出水が好きだ!!見ていると楽しくなるし温かくなる!俺が怪我をさせても自分の体よりも俺の気持ちを優先させて痛くないと言うのは不満だが、その綺麗な心が眩しくて好きだっ!!抱きしめる腕があるなら四六時中抱きしめたい程好きだ!!出水以外考えられない程好きだが、こんな俺でも良いのか出水!!!」


「いいいいいいですよおおおっっ!!!!あっあ、ああたし、そそそんな良い女じゃないけどもう良いよっっ!!好きに想像してくれたらっ!!もうっ、ベッキベキで粉々になるまで抱きしめてくれていいからっっ!!っていうかあたしから行くからっっ!!」


「おおおおおおおおおおっっっ!!!!」



俺と出水の告白が成立し、周りが歓喜に沸いた。健君は拳を上げて涙を流しているほどだ。



…こんな幸せがあって良いのだろうか?



俺に手を広げて走って来る出水を見て、幸せで視界が揺らいだ。


俺にはもったいないくらいの優しい子だ。こんな懐の大きな子はこの先も会える物ではないと思う。



それでも、そんな彼女は俺を選んでくれた。傷つける事しか知らなかった俺が良いと…言ってくれた。



きっと、この手は何度も出水をベキベキにするだろう。それでも良いと言ってくれる出水と出会える確率は、きっととても低かった。


こんな化け物に好かれた出水が不憫でしょうがない。……だけど、俺は嬉しくてしょうがない。



愛しい笑顔が近付く。そのこれからベキベキになる事を想像して歪むのではなく、まるで愛しい人の腕に飛び込むかのような幸せそうな笑顔に、俺は微笑み返した。



「葉山くーんっ!!侑斗って、呼んでもー……」



俺の懐に飛び込む出水を受け止めようとした瞬間、出水の体は宙に浮いた。


空を見上げると、UFOが出水をキャトルミューティレーションしている最中だった。



「オンナ!イデミズ、キワ!カクホ!!タダチニ、ワクセイ、ソバカスニ、キカンスル!」


「出水―――――――――!!!!」






俺の好きな人はギャグマンガから飛び出したような不思議な子だ。

俺は彼女と居る事でギャグマンガの住人になれる。



俺の理解不能な力は、出水の力で中和されて……出水と俺は、普通の人間になれる。



出水はこれからもUFOに攫われて、通り魔うんち太郎に追いかけ回され、オタマジャクシと一緒にオオスズメバチと戦ったりするのだろう。


考えると頭が痛くなるが……何だか、不思議と楽しい気持ちになった。



俺は出水に支えられて、俺が出水を支える。そんな未来が来ることが楽しくて…俺は、自分の化け物みたいな力も忘れて、笑いながらUFOにジャンプした。









「いやぁ参ったよ。あたしの背に堕天使の羽が生えなけりゃ死んでたね!」


「どうして人間に羽が生えるんだ。人間じゃないのか?出水は」


「輝和って呼んでよ侑斗君っ!…ってあたしより侑斗君の方が人間じゃないよね!?どうして空を飛んでるUFOにジャンプして届くのかな!?」





―君がいる不思議なこの世界が、俺は大好きだ。


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[気になる点] 多彩な絵柄で知られる漫画家の作品ですねきっと [一言] 最後まで走りきってイイゾー
[良い点] 訳わからん [気になる点] 訳わからん [一言] 訳わからんけどなんか面白い!!
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