食事と談笑
カメレオンでももっと落ち着いてるぞ! と思っていたら、彼が繰り返した。
『あなた方は、あの直後に、もうお食事ですか!
それもハンバーグ!』
「ハンバーグ、アカンかったみたいやで。なんか怒ってはる」
「だから、血の滴るステーキが食いてえったろ。ガハハハハハ」
『船長が飲まれているのはワインですか? それも赤!』
矛先がこちらを向いた。
むー。
船乗りにとって、食事の時間は、自分が今生きていることを実感できる、もっとも大切な時間だ。
それを難癖で台無しにされたら、さすがに機嫌も悪くなる。
けど、コロニーも壊れて、軍艦も事実上1つ潰されて、それでもケンカを売るメリットって何だろう?
私たちが木星紛争のどちらかの陣営に味方していて、彼のコロニーが別陣営というのなら、まだ筋が通るが、ただの民間トレインで、どちらの陣営にも属していない。
もっとも、相手の頭の中で勝手に妄想して、勝手に敵対視しているんなら……片道0.4光秒なら、黙らせる方法はいくつかある。
誤解や妄想を解こうとするから大変なんで、黙って欲しいと望むだけなら、そう難しくない。
いきなり、プツリと映像が消えた。
代わりに副長から、文字だけでメッセージが送られてきた。
『誤解があるようなので、こちらで対応します。
船長は食事をお楽しみください』
この文章にもなにか含みを感じるが、気にしても仕方ない。
副長なら言質をとられるようなヘマはしないだろうし……そもそも、初対面の人間は笑顔と物腰で騙されるが、彼が「副長」なのは、単に前職がエリートだったからだけではなく、いざというときの、肝の座り具合と凄みにある。
船務長をして、冷や汗をかかせるほどなのだから。
内部の役割分担としては、いざというときに相手を脅してカタにハメるのが副長。
それで身動きがとれなくなった相手が命乞いしてきても、ポテチを食べながら、自分の首の前で親指をたて、横に振るのが私。
その動作に躊躇なく手を下すのが船務長だ。
ついでに、それをニヤニヤとただ眺めているのが機関長で、その性格もあって、レーダーも主に見てもらっている。
トレインという船種は、多少の方向転換ならできるが止まるのは苦手で、その基準で乗組員を選んだんだから。
映像の消えた通信機から顔をあげると、船務長が深刻な顔を作っていた。
なに?
「嬢ちゃん。削岩機なぁ、ありゃあダメだ」
いいアイデアだと思ったけど、現場がそう言うんなら、尊重すべきだな。
神妙な顔をする私に、船務長が「ガハハハ」と、例の笑いを浴びせてきた。
「弾切れの心配もねえし、ハードスーツ相手にも申し分ねえ。
どこに当てようが、凹んだ外装が中のライトスーツも、肉も骨も砕いてくれる」
「したら、ええやん?」
「半殺しにするとか捕虜にするとか人質とか、そーいうのができねえんだよ、アレ」
むー。
「したら、自動小銃のがいい? 自動小銃ならできる?」
問う私に、船務長は珍しく難しい顔をして……笑った。
「それなんだがよう……そっちは俺が苦手なんだ」
なるほど。
そもそも生け捕りにするのが苦手な連中が、生け捕りにもっとも向かない道具を持たされたのか。
したら!
「この船は海賊船とちゃうから、人質はなし!
ややこしそうなんは、救出に間に合わなかったって方向で!」
そう言うと、船務長は破顔してパチンと指を鳴らした。
「だったら、アレほど向いてる道具はねえな!」
聞いていたほかの連中も、しめし合わしたかのように吹き出した。
笑いが食堂を満たす。
笑いながら食べるご飯は美味しい。
もっとも、食事向きの話題じゃない気もするけど。
ほどなく、副長からの通信が入った。
文字メッセージには『誤解は解けた』とある。
私は先ほどの対応を思い出して、少し頬を膨らませた。
その様子に、連絡艇乗組員の誰かが言った。
「何万人か……ちょっと手間だけど、やってみやしょうかい? 生死確認」
ふっ。
私は鼻で笑って、通信機を開いた。
カメレオン報道官は、真っ青な顔をしていた。
どんなやりとりがあったか知らないが、副長にそうとう締められたな。
船橋に残してきた連中の顔と性格から、おおよそのメドは立つけど。
『食事中ゆーてたやろ。食事は楽しく!
邪魔するつもりやってんなら、切るよ!』
私の第一声に、報道官の整った顔が崩れる。
パクパクと口を開くばかりで声の出ない報道官を押しのけて、初老の彼より若干年かさの、さらに整った顔の男が画面を占めた。
『このコロニーで大統領を務める、ホンプキンズです。
先ほどは報道官が感情に流され、失礼な態度を取ったことを、まずは謝罪します』
礼には礼で応えるべきだな。
『激務続きでお疲れのようでしたからね。
なんか食欲もないそうで……病院でちゃんと診てもらうことをオススメします』
『この通信が終わりましたら、至急入院を勧めましょう』
通り一遍の挨拶のあと、本題に切り込んできた。
『あなたの船は、我がコロニーへの衝突コース上にあります』
『デブリの直撃による損傷が観測されましたので、何かできることがあればと愚考しました』
彼が息をのむ。
そのデブリの元凶がこの船なのは、この船の乗組員も相手の政府も知っているはずなのに、しれっと言ったから。
が、すぐに呼吸と表情を整えようとつとめているのがわかる。
『外部装甲と装備の一部、それと港湾施設に若干の被害は出ましたが、自力で程なく復旧見込みです』
わざわざ港湾施設の損傷を口にしたと言うことは、つまりは「来るな」か。
『0.5光秒ほど先で、大型デブリの衝突があり、残念ですが我々の巡洋艦が大破して、乗組員のほとんどが絶命したと連絡がありました。
それで報道官が動揺し、特に『挽肉』に過剰に反応したようです。申し訳ありません』
『前後して、その巡洋艦から貴船へのミサイルの発射が確認されました。
我がコロニーには貴船を攻撃する理由がありませんし、デブリと艦の損傷が釣り合わないことを勘案すると、コンピュータが何らかの不具合を起こし、誤作動があったものと推測されます。
コンピュータの誤作動とはいえ当方の不始末ですし、貴船に対しては改めて謝罪します』
通信時差を勘案してか、一気に話しきった。
『巡洋艦の事故につきましては、心よりお悔やみ申し上げます。
船乗りの義務と人道により、救援を愚考したのですが、不要なんですね?』
会話に間が開くのは仕方ない。
1秒ちかいタイムラグは、どうしてもでる。
アインシュタインを心の中で罵倒しつつ、努めて深刻そうな顔を作って、私は告げた。
『では、あなた方の奮闘を信じ期待するにとどめるとしましょう。
ただ、本船はトレインで、軌道変更はどうしても緩慢になります。
ニアミスがあったとしても、それは不幸な結果であり、本船に害意は全くないと言うことを、ご理解ください』