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灰色の魔女  作者: 瀬戸 生駒
第3章 宴にて
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食事と談笑

 カメレオンでももっと落ち着いてるぞ! と思っていたら、彼が繰り返した。

『あなた方は、あの直後に、もうお食事ですか!

 それもハンバーグ!』

「ハンバーグ、アカンかったみたいやで。なんか怒ってはる」

「だから、血の滴るステーキが食いてえったろ。ガハハハハハ」

『船長が飲まれているのはワインですか? それも赤!』

 矛先がこちらを向いた。


 むー。

 船乗りにとって、食事の時間は、自分が今生きていることを実感できる、もっとも大切な時間だ。

 それを難癖で台無しにされたら、さすがに機嫌も悪くなる。

 けど、コロニーも壊れて、軍艦も事実上1つ潰されて、それでもケンカを売るメリットって何だろう?


 私たちが木星紛争のどちらかの陣営に味方していて、彼のコロニーが別陣営というのなら、まだ筋が通るが、ただの民間トレインで、どちらの陣営にも属していない。

 もっとも、相手の頭の中で勝手に妄想して、勝手に敵対視しているんなら……片道0.4光秒なら、黙らせる方法はいくつかある。

 誤解や妄想を解こうとするから大変なんで、黙って欲しいと望むだけなら、そう難しくない。


 いきなり、プツリと映像が消えた。

 代わりに副長から、文字だけでメッセージが送られてきた。

『誤解があるようなので、こちらで対応します。

 船長は食事をお楽しみください』

 この文章にもなにか含みを感じるが、気にしても仕方ない。

 副長なら言質をとられるようなヘマはしないだろうし……そもそも、初対面の人間は笑顔と物腰で騙されるが、彼が「副長」なのは、単に前職がエリートだったからだけではなく、いざというときの、肝の座り具合と凄みにある。

 船務長をして、冷や汗をかかせるほどなのだから。


 内部の役割分担としては、いざというときに相手を脅してカタにハメるのが副長。

 それで身動きがとれなくなった相手が命乞いしてきても、ポテチを食べながら、自分の首の前で親指をたて、横に振るのが私。

 その動作に躊躇なく手を下すのが船務長だ。

 ついでに、それをニヤニヤとただ眺めているのが機関長で、その性格もあって、レーダーも主に見てもらっている。

 トレインという船種は、多少の方向転換ならできるが止まるのは苦手で、その基準で乗組員を選んだんだから。


 映像の消えた通信機から顔をあげると、船務長が深刻な顔を作っていた。

 なに?

「嬢ちゃん。削岩機なぁ、ありゃあダメだ」

 いいアイデアだと思ったけど、現場がそう言うんなら、尊重すべきだな。

 神妙な顔をする私に、船務長が「ガハハハ」と、例の笑いを浴びせてきた。

「弾切れの心配もねえし、ハードスーツ相手にも申し分ねえ。

 どこに当てようが、凹んだ外装が中のライトスーツも、肉も骨も砕いてくれる」

「したら、ええやん?」

「半殺しにするとか捕虜にするとか人質とか、そーいうのができねえんだよ、アレ」

 むー。

「したら、自動小銃のがいい? 自動小銃ならできる?」

 問う私に、船務長は珍しく難しい顔をして……笑った。

「それなんだがよう……そっちは俺が苦手なんだ」

 なるほど。

 そもそも生け捕りにするのが苦手な連中が、生け捕りにもっとも向かない道具を持たされたのか。


 したら!

「この船は海賊船とちゃうから、人質はなし!

 ややこしそうなんは、救出に間に合わなかったって方向で!」

 そう言うと、船務長は破顔してパチンと指を鳴らした。

「だったら、アレほど向いてる道具はねえな!」


 聞いていたほかの連中も、しめし合わしたかのように吹き出した。

 笑いが食堂を満たす。

 笑いながら食べるご飯は美味しい。

 もっとも、食事向きの話題じゃない気もするけど。


 ほどなく、副長からの通信が入った。

 文字メッセージには『誤解は解けた』とある。

 私は先ほどの対応を思い出して、少し頬を膨らませた。

 その様子に、連絡艇乗組員の誰かが言った。

「何万人か……ちょっと手間だけど、やってみやしょうかい? 生死確認」

 ふっ。

 私は鼻で笑って、通信機を開いた。


 カメレオン報道官は、真っ青な顔をしていた。

 どんなやりとりがあったか知らないが、副長にそうとう締められたな。

 船橋に残してきた連中の顔と性格から、おおよそのメドは立つけど。


『食事中ゆーてたやろ。食事は楽しく! 

 邪魔するつもりやってんなら、切るよ!』

 私の第一声に、報道官の整った顔が崩れる。

 パクパクと口を開くばかりで声の出ない報道官を押しのけて、初老の彼より若干年かさの、さらに整った顔の男が画面を占めた。


『このコロニーで大統領を務める、ホンプキンズです。

 先ほどは報道官が感情に流され、失礼な態度を取ったことを、まずは謝罪します』

 礼には礼で応えるべきだな。

『激務続きでお疲れのようでしたからね。

 なんか食欲もないそうで……病院でちゃんと診てもらうことをオススメします』

『この通信が終わりましたら、至急入院を勧めましょう』


 通り一遍の挨拶のあと、本題に切り込んできた。

『あなたの船は、我がコロニーへの衝突コース上にあります』

『デブリの直撃による損傷が観測されましたので、何かできることがあればと愚考しました』

 彼が息をのむ。

 そのデブリの元凶がこの船なのは、この船の乗組員も相手の政府も知っているはずなのに、しれっと言ったから。

 が、すぐに呼吸と表情を整えようとつとめているのがわかる。


『外部装甲と装備の一部、それと港湾施設に若干の被害は出ましたが、自力で程なく復旧見込みです』

 わざわざ港湾施設の損傷を口にしたと言うことは、つまりは「来るな」か。

『0.5光秒ほど先で、大型デブリの衝突があり、残念ですが我々の巡洋艦が大破して、乗組員のほとんどが絶命したと連絡がありました。

 それで報道官が動揺し、特に『挽肉』に過剰に反応したようです。申し訳ありません』


『前後して、その巡洋艦から貴船へのミサイルの発射が確認されました。

 我がコロニーには貴船を攻撃する理由がありませんし、デブリと艦の損傷が釣り合わないことを勘案すると、コンピュータが何らかの不具合を起こし、誤作動があったものと推測されます。

 コンピュータの誤作動とはいえ当方の不始末ですし、貴船に対しては改めて謝罪します』

 通信時差を勘案してか、一気に話しきった。


『巡洋艦の事故につきましては、心よりお悔やみ申し上げます。

 船乗りの義務と人道により、救援を愚考したのですが、不要なんですね?』


 会話に間が開くのは仕方ない。

 1秒ちかいタイムラグは、どうしてもでる。

 アインシュタインを心の中で罵倒しつつ、努めて深刻そうな顔を作って、私は告げた。

『では、あなた方の奮闘を信じ期待するにとどめるとしましょう。

 ただ、本船はトレインで、軌道変更はどうしても緩慢になります。

 ニアミスがあったとしても、それは不幸な結果であり、本船に害意は全くないと言うことを、ご理解ください』

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