ビリヤード
先に放たれた岩石は、ミサイルに躱され、虚空を飛び続けている。
真空無重力の宇宙空間では、理論上は永久に飛び続ける。
「船を軍艦に正対させて!
真っ正面から距離を詰める」
どのスラスターをどのくらい噴くか、副長ならわざわざ命じるまでもない。
トレインの「しっぽ」の慣性まで計算して、船を回してくれるだろう。
実際、先ほどまでの強烈なGを逃がすように、緩慢とも思えるほどゆっくり、しかし確実にトレインを曲げてみせた。
「2発目の岩石……最初のとぶつかります」
レーダーを見ていた機関長が、ぼやくようにつぶやいた。
「ぶつかるんならミサイルにぶつかりやがれ! クソ!」
いあ。ミサイルにぶつかったら困るんだけど。
その言葉を飲み込んで、あえて陽気な口調で、ブリッジクルー全員に聞こえるように言った。
「天体ショーがリアルタイムで見られるよ~」
と。忘れていた。
「船務長、連絡艇の乗組員を選抜、すぐ出られるように待機して」
「じゃ、生死確認してくらあ。
と、その前に。
この船で今死んでるヤツ、手を上げて返事をしろ!」
「「「ぶっ!!」」」
緊張しているときほど、古典的なギャグが効果的だ。
「オヤジギャグ」と言われるベタなジョークが未だに残っているのは、おそらくそのためだろう。
ガツン!
音は聞こえないが、空気があったら、きっとそんな音がしたと思う。
2つの岩石がぶつかり、それぞれに方向を変えた。
岩石の質量差から、あとから放った方は若干だが、先にはなった方は大きく角度を変えた。
ここで少し蘊蓄を語らせてもらうなら、パージした岩石が何かに被害を与えれば、パージした側が無限責任を負う。
が、それ自体は何にも被害を出さずにデブリをはじいて、そのデブリが何かにぶつかったとしても、そこまでの責任は追及されない。
では、自分が放り投げた2つがぶつかり、それぞれがはじかれて軌道を変えて、さらに何かにぶつかったら?
じつは、明確な規定は一切ない。
そもそも天文学的な確率でしか起こりえないアクシデントで、それこそ天文学的な時間を要する天体ショーだ。
それから「加害者」を探そうにも、ヘタをすれば何万年というスパンを遡る羽目になりかねない。
そんな無駄な規定を作ってルールブックを分厚くしたところで、誰も得をしないのだから。
「船務長、聞こえる?
連絡艇を出して、頭の岩塊の陰で待機。
出発のタイミングは私が出す」
「リミットは?」
「連絡艇の速度とこの船の速度の差から、最大30分。
できたら20分で片付けて」
そう言うと、一言付け足した。
「こっちが追いつくから、帰りは心配しなくていい。
燃料を気にせず最大加速で。
早く着けばそれだけ、確実丁寧に仕事できるやろ?」
「確実丁寧、か。
この船に乗ってから、その言葉を聞くたび、身がすくむようになったぜ。
がはははは」
「Aの8番、角度を変えて軍艦に衝突コースです!
軍艦も回避行動を始めたようですが……角度が悪い!」
焦りを帯びた機関長の声に、私はレーダーではなく、天井のモニターを見た。
全周囲モニターを小さくして、相手軍艦を中央に大きく投影する。
タイムラグは0.1秒もない。まさにリアルタイムだ。
相手軍艦……なかば意地になって「敵」という単語を使わないのは、私たちは「敵対行動」をとっていないからだが、ソレはこちらに対して正対し、距離を詰めるために加速していた。
その近くで「たまたま」デブリ同士の接触が起き、はじかれたデブリが角度を変えて、ほぼ真横から飛んできている。
さらに加速してデブリの前に出るか、あるいは減速逆進してやり過ごすか、一瞬の躊躇が運命をひずませた。
「小型岩石」と言っても、それはこの船の頭に乗せているのが巨大なからで、600mクラスはある。
それが接触により軌道を変え……ただけならともかく、いくつにも分裂した。
最大のもので、相手軍艦と同サイズの200メートル。
数メートルから数十メートルのモノを含めば20を越えるだろう。
1メートルに届かないものまで含めれば、はたしていくつだろうか?
それらが真横から、拡散しつつ、相手軍艦に迫る。
もし相手が慣性航行していたのならば、デブリの奔流に乗ってやり過ごすという手もあっただろうが、加速中はニュートンの唱えた「慣性の法則」の呪いにより、エネルギーを逃がすこともできず、真横からもろに受ける形となった。
仮にも軍艦だ。
デブリの衝突で爆散するほど脆いはずもないが、自身と同じサイズのデブリ群を真横に受けて、まったく無傷でいられるはずもない。
ドガン! ダダダダダダ! ガンガン!
もちろん音が聞こえるはずもないが、モニターに映る様子に、コミック雑誌の効果音が見えた気がした。
「船務長、生死確認!
急いであげて!」
「がはははは。ちゃんと確認してくらあ、嬢ちゃん!」
待機させていた連絡艇が、最大加速で軍艦を目指す。
粉砕された微細デブリ群によって、レーダーは無効となっているはず。
対空機銃をオートにしていて、それぞれがAIの独自判断で対応するように設定していたとしても、救難艇を拒絶するような設定にしているはずがない。
彼らは決死隊でも特攻隊でもなく、つい6時間前までは、何事もなく生還するつもりでいただろうから。
人間、つまり兵士は?
艦の生存に関わるダメージを受けて、持ち場の対空機銃にしがみついているようなやつは、勇猛でも忠実でもなく、ただの「バカ」だ。
そんなバカを乗せる余裕は、船、特に軍艦にはない。
「連絡艇、接舷。抵抗なし」
「うあー」
思わず、気の抜けた声がもれた。
最大級の岩石塊は辛うじて躱したようだが、数十メートル級の岩の直撃を、横っ腹に受けたらしく、船全体が「く」の字に曲がっている。
同時に数メートル級のデブリ乱打を浴びたのだろう、そちら側は小惑星表面のように、無数のクレーターよろしくへこんでいる。
外部装甲があちこちで割れ、あるいは裂けて、めくれている。
大小の破片が拡散せず、人工衛星のように軍艦の周囲を回っていた。
いちおう軍艦の端くれと言うべきか、ミサイル発射、つまり戦闘開始と同時に艦内の与圧は抜いていたらしい。
うん。マニュアル通りだけど、もともとマニュアルを読まない船務長と彼の部下たちにとっては、絶好のシチュエーションだぞ。
連絡艇は軍艦の亀裂に寄せて、無造作にアンカーを打ち込み、自船を相対固定した。
これだけ傷だらけだ。
あといくつか穴が開いたところで、いちいち文句を言ってくることもないだろう。