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灰色の魔女  作者: 瀬戸 生駒
第2章 ご訪問
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ビリヤード

 先に放たれた岩石は、ミサイルに躱され、虚空を飛び続けている。

 真空無重力の宇宙空間では、理論上は永久に飛び続ける。


「船を軍艦に正対させて!

 真っ正面から距離を詰める」


 どのスラスターをどのくらい噴くか、副長ならわざわざ命じるまでもない。

 トレインの「しっぽ」の慣性まで計算して、船を回してくれるだろう。

 実際、先ほどまでの強烈なGを逃がすように、緩慢とも思えるほどゆっくり、しかし確実にトレインを曲げてみせた。


「2発目の岩石……最初のとぶつかります」

 レーダーを見ていた機関長が、ぼやくようにつぶやいた。

「ぶつかるんならミサイルにぶつかりやがれ! クソ!」


 いあ。ミサイルにぶつかったら困るんだけど。

 その言葉を飲み込んで、あえて陽気な口調で、ブリッジクルー全員に聞こえるように言った。

「天体ショーがリアルタイムで見られるよ~」

 と。忘れていた。

「船務長、連絡艇の乗組員を選抜、すぐ出られるように待機して」

「じゃ、生死確認してくらあ。

 と、その前に。

 この船で今死んでるヤツ、手を上げて返事をしろ!」

「「「ぶっ!!」」」

 緊張しているときほど、古典的なギャグが効果的だ。

「オヤジギャグ」と言われるベタなジョークが未だに残っているのは、おそらくそのためだろう。


 ガツン!


 音は聞こえないが、空気があったら、きっとそんな音がしたと思う。

 2つの岩石がぶつかり、それぞれに方向を変えた。

 岩石の質量差から、あとから放った方は若干だが、先にはなった方は大きく角度を変えた。


 ここで少し蘊蓄を語らせてもらうなら、パージした岩石が何かに被害を与えれば、パージした側が無限責任を負う。

 が、それ自体は何にも被害を出さずにデブリをはじいて、そのデブリが何かにぶつかったとしても、そこまでの責任は追及されない。

 では、自分が放り投げた2つがぶつかり、それぞれがはじかれて軌道を変えて、さらに何かにぶつかったら?

 じつは、明確な規定は一切ない。

 そもそも天文学的な確率でしか起こりえないアクシデントで、それこそ天文学的な時間を要する天体ショーだ。

 それから「加害者」を探そうにも、ヘタをすれば何万年というスパンを遡る羽目になりかねない。

 そんな無駄な規定を作ってルールブックを分厚くしたところで、誰も得をしないのだから。


「船務長、聞こえる?

 連絡艇を出して、頭の岩塊の陰で待機。

 出発のタイミングは私が出す」

「リミットは?」

「連絡艇の速度とこの船の速度の差から、最大30分。

 できたら20分で片付けて」

 そう言うと、一言付け足した。

「こっちが追いつくから、帰りは心配しなくていい。

 燃料を気にせず最大加速で。

 早く着けばそれだけ、確実丁寧に仕事できるやろ?」

「確実丁寧、か。

 この船に乗ってから、その言葉を聞くたび、身がすくむようになったぜ。

 がはははは」


「Aの8番、角度を変えて軍艦に衝突コースです!

 軍艦も回避行動を始めたようですが……角度が悪い!」

 焦りを帯びた機関長の声に、私はレーダーではなく、天井のモニターを見た。

 全周囲モニターを小さくして、相手軍艦を中央に大きく投影する。

 タイムラグは0.1秒もない。まさにリアルタイムだ。


 相手軍艦……なかば意地になって「敵」という単語を使わないのは、私たちは「敵対行動」をとっていないからだが、ソレはこちらに対して正対し、距離を詰めるために加速していた。

 その近くで「たまたま」デブリ同士の接触が起き、はじかれたデブリが角度を変えて、ほぼ真横から飛んできている。

 さらに加速してデブリの前に出るか、あるいは減速逆進してやり過ごすか、一瞬の躊躇が運命をひずませた。


「小型岩石」と言っても、それはこの船の頭に乗せているのが巨大なからで、600mクラスはある。

 それが接触により軌道を変え……ただけならともかく、いくつにも分裂した。

 最大のもので、相手軍艦と同サイズの200メートル。

 数メートルから数十メートルのモノを含めば20を越えるだろう。

 1メートルに届かないものまで含めれば、はたしていくつだろうか?

 それらが真横から、拡散しつつ、相手軍艦に迫る。


 もし相手が慣性航行していたのならば、デブリの奔流に乗ってやり過ごすという手もあっただろうが、加速中はニュートンの唱えた「慣性の法則」の呪いにより、エネルギーを逃がすこともできず、真横からもろに受ける形となった。

 仮にも軍艦だ。

 デブリの衝突で爆散するほど脆いはずもないが、自身と同じサイズのデブリ群を真横に受けて、まったく無傷でいられるはずもない。


 ドガン! ダダダダダダ! ガンガン!

 もちろん音が聞こえるはずもないが、モニターに映る様子に、コミック雑誌の効果音が見えた気がした。


「船務長、生死確認!

 急いであげて!」

「がはははは。ちゃんと確認してくらあ、嬢ちゃん!」


 待機させていた連絡艇が、最大加速で軍艦を目指す。

 粉砕された微細デブリ群によって、レーダーは無効となっているはず。

 対空機銃をオートにしていて、それぞれがAIの独自判断で対応するように設定していたとしても、救難艇を拒絶するような設定にしているはずがない。

 彼らは決死隊でも特攻隊でもなく、つい6時間前までは、何事もなく生還するつもりでいただろうから。

 人間、つまり兵士は?

 艦の生存に関わるダメージを受けて、持ち場の対空機銃にしがみついているようなやつは、勇猛でも忠実でもなく、ただの「バカ」だ。

 そんなバカを乗せる余裕は、船、特に軍艦にはない。


「連絡艇、接舷。抵抗なし」

「うあー」

 思わず、気の抜けた声がもれた。


 最大級の岩石塊は辛うじて躱したようだが、数十メートル級の岩の直撃を、横っ腹に受けたらしく、船全体が「く」の字に曲がっている。

 同時に数メートル級のデブリ乱打を浴びたのだろう、そちら側は小惑星表面のように、無数のクレーターよろしくへこんでいる。

 外部装甲があちこちで割れ、あるいは裂けて、めくれている。


 大小の破片が拡散せず、人工衛星のように軍艦の周囲を回っていた。

 いちおう軍艦の端くれと言うべきか、ミサイル発射、つまり戦闘開始と同時に艦内の与圧は抜いていたらしい。

 うん。マニュアル通りだけど、もともとマニュアルを読まない船務長と彼の部下たちにとっては、絶好のシチュエーションだぞ。


 連絡艇は軍艦の亀裂に寄せて、無造作にアンカーを打ち込み、自船を相対固定した。

 これだけ傷だらけだ。

 あといくつか穴が開いたところで、いちいち文句を言ってくることもないだろう。

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