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灰色の魔女  作者: 瀬戸 生駒
DDH-24 「カージマー18」
4/14

ノック

 ほかのブリッジクルーの緊張が、目に見えてほぐれる。

 ああ、私は何を勘違いしていたんだ。

 この船が相手の都合を考えたり、忖度してやるような船か?


「相手、確定できた?」

 問う私に、機関長が応えた。

「アクティブは1つ。こいつは確定できました。

 アンノウンが3つ。本命かデブリか、本当にアンノウン(未確認)です」


「じゃ、確定できたのに頭を向けて。

 と、副長、航海士席に座って。

 ちょっと忙しくなるから」

「レスキューは待機させますか?」

 副長に問われて、私は船務長を見た。

「行く?」

「怪我人がいるとは思えんぞ。

 盗ってナンボの海賊船じゃねえんだ。怪我人に用はない。

 ま。たまたま近くにいたのも何かの縁だ。

 生死確認くらいはしてやらねえとな」


「くくくく……」

 思わず苦笑を漏らす私に、船務長が駄目を押した。

「要は、怪我人がいなきゃいいんだろ?」

「あはははは。

 そやな。こっちは軍艦でも、まして海賊船ともちゃうんや。

 人道的に、船乗りの良心で生死確認、な」

 私たちの笑いは間を置かず、船橋を満たした。


 この船が軍艦なら、捕虜の協定とかで、いろいろな義務や責任があるが、残念ながら「民間船」だ。

 海賊が相手を皆殺しにしたら、逆に皆殺しにされるまで追われ続けるが、こちらも残念ながら「貨客船」だ。

 まして加速も減速も、方向転換も苦手なトレインなら、道義と現実をバーターにして、「精一杯」まででいい。


 船務長がしきりに「生死確認」を繰り返しているのは、これから起こるだろうアクシデントの後、怪我人が出ているようなら「助ける」ではなく、むしろ逆。

「怪我人」も、「まだ怪我をしていない怪我人」も、ほどなく「死人」になる。

 時間にリミットのあるトレインの連絡艇だ。

 遺体を回収してあげるほどのヨユーはないし、そんな義務もない。

 それがわかっていて笑いのもれる船橋は……たぶん情操教育に悪いぞ!


 この船、[カージマー18]は、一般に「トレイン」に分類されている。

 岩塊やコンテナを連ねて引っ張る様子が、かつての列車を彷彿させるためだ。

 実際には、平甲板に巨大な岩塊を乗せているというか、巨大な岩塊に張り付いているだけ。

 今回は、船の長さが248メートルしかないのに、載せている岩塊は10kmに近い。

 はみ出し部分が大きいため、そこから何本ものケーブルを伸ばし、それぞれに複数の、小ぶりな岩石を繋いである。

 スラスターは船ではなく、巨大な岩塊に何十本も打ち込んでいて、小さなトレインよりもむしろ機動性は高い。

 とはいえ、内戦中の木星に、わざわざ岩塊を届けたいという酔狂な「客」が果たしているのかとも思われるだろうが、現実にオーダーは無数に来る。


 そのオーダーを完遂するためには、無能な善人よりも、多少性格に難はあっても有能な連中が必要だし、それをまとめられる船と、ミスのない「船長」が求められる。

 船長が無能とばれればクルーは分裂するし、私は……まだ経験はないが、たぶん初めてでも2~3人くらいなら、正気を保っていられるようだが、100人の乗組員全員を相手にする自信はない。

 だからこそ、ハッタリでも凜として、的確な指示を出し続けなければならない。


 ビーーー!


「ロックオンレーダー照射されました!

 ミサイル来ます!」

「ちっ!」

 つい、舌打ちしてしまった。

 先ほどこちらが打ったアクティブレーダーは、「気がついているよ」という以上の意味は持たない。

 相手にしても、問い詰めれば「了解の返事をしただけ」と言い逃れの余地がある。

 まして、こちらは鈍重なトレインで、距離を取られれば追いつけない。


 が、ミサイルを撃つため、向こうからこちらに近づいてくるとなれば、話はまるっきり変わってくる。

 実際にミサイルを撃たなくても、ロックオンレーダーの照射は、全くの同義語だ。

「撃たれる前に対応した」という大義名分が立つ。

 たとえミサイルが現実に発射されても、アインシュタインの唱えた呪い「E=mc2」の応用で、巨大質量はエネルギーを相殺できる。


 お互いの船が正対した瞬間、私は声を強めた。

「Aの8番パージ!」

「パージ完了!」

「ミサイル発射確認。1発だけです!」

 次席航海士の声を遮って、レーダーを見ていた次席機関士が叫んだ。


「スラスター、8番9番10番全力!

 2番3番4番逆進全開! 回頭する!」


 トレインの常識を遙かに超えるGに身体を持って行かれそうになるが、深めに座ったシートに逃がして、姿勢をキープする。

「ミサイルは?」

「回避されました。その後、命中軌道に戻りました!」

 次席機関士の声に焦りがにじむが、そもそもミサイルに当てようなんて思っていない。


 ディスプレイの数字を頼りに、頭の中で計算を修正し、あるいは最初から計算し直す。

 相対位置は常に変わるが、私は1つの数字を凝視していた。

 私の発声と、各クルーの行動タイムラグを勘案して……今!

「2番3番4番、正進全開! 8番9番10番逆進全開!」

 さっきとは逆方向に、さっきに倍するGを浴びる。

 民間船ではあり得ないGで、ヘタをすれば機器が破損しかねないが、この船は元々、軍艦を想定して設計されている。

 許容範囲内だ。


 私は相変わらず1つの数字を凝視してタイミングを計り、短く告げた。

「Nの8番パージ!」

「……」

「復唱!」

「N8番パージ完了。

 が……完全に外れです」

 そりゃあそうだ。

 ミサイルを狙って放ったんじゃないのだから、当たったら逆に困る。


「姿勢制御。上の岩塊で受ける」

 それから程なく、鈍く長い振動が続いたが、それだけだった。

 その前に船を振り回したときのGの方が、よっぽどきつかった。

 そもそも、このサイズの岩塊をどうにかしようと思ったら、並の核弾頭でも手に余る。

 しかも、核弾頭は交戦国相手にも厳禁で、ましてや航路が交わっただけの民間船相手に発射したとなれば、軍艦だけでなく、所属するコロニー国家そのものへの、無差別無制限の攻撃を甘受する羽目になる。

 通常弾頭のミサイルでどうにかなるほど、質量という物理法則は優しくない。

 ノック代わりのつもりがどれほど高くついたか、彼らはもうじき知るだろう。

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