コンタクト
「データまわして!」
短く私が告げると、目の前のパーソナルモニターを数字が埋め尽くした。
もう一手間かけるというか、本来はこの数字を元にコンピュータが2Dや3Dの図表にしてくれるけれども、その変換にはプログラマーの「クセ」みたいなのがあって、同じデータをベースにしても微妙に違っていたりする。
会ったこともない、名前も知らないプログラマーのクセを覚えるよりも、数字を直接読んだ方が、手間も間違いもない。
さっきの「0600」というのは……めんどうくさい!
「06」時間「00」分、つまりは6時間だけども、船乗りは格好をつけて「0600」と言う方を好む。
まして、ブリッジクルーのほとんどが元軍人なので、「まる・ろく・まる・まる」と言い慣れてしまっている。
それに私も慣れてしまって、コロニーに降りたときについ「ひとごーさんまる、集合なー」などと口走ってしまい、軍人に誤認されたこともあるけれども、私は、私たちは立派な「民間人」だ!
この船の正面を映すディスプレイを左にスライドさせて、かわりに船の周囲を、天井と全壁面に投影した。
カージマー、つまりDDH-24型の姉妹艦にはDDH-22がいるが、そちらは木星のどこかのコロニーで、旗艦として奮戦しているらしい。
それをさらに改良改善したのがこの船で、武装を別にすれば、最新鋭の軍艦と言える。
後継の船を作ろうにも、その造船ドックは「木星紛争」の最初期に爆散してしまったから、しばらくはできないだろう。
ともあれ、軍艦が持っている武装以外のソフトとハードは、もれなく持っているといっていい。
私はペロリと唇をなめて、その投影映像とパーソナルディスプレイの数字を見比べた。
映像の小惑星やデブリと数字を見比べて、それぞれがどれに対応しているかをはじきだす。
さらに、それぞれが自転・公転している天体をどう避けるか、あるいはぶつかったとき、どう飛ぶかを計算する。
というと大変そうだけれども、チェスとビリヤードとテニスを一緒にプレイする、ゲームやパズルと大差ない。
一度ハマれば、結構面白いよ?
「0530です!」
報告に、私は違和感を覚えた。
映像では自転しているのに数字が動いていない天体や、逆に数字が動いているのに映像が動いていない天体がある。
私はそんな、映像と数字があっていない天体の1つに向けて、短く赤外線をとばしてみた。
すー……。
赤外線は映像の天体をすりぬけ、宇宙の虚空へ消えていった。
「ゴミゴミしてる思うたら、やっぱダミーや」
そう言って、チラリと副長を見た。
気がついた副長がこくんと頷く。
そして、彼が声を上げた。
「アクティブ1発、全周囲!」
向かう先のコロニーが、こつこつ時間をかけてダミー天体を打ち上げ続け、面倒くさい航路だと思わせるつもりならば、とがめるつもりは毛頭ない。
そうやって「自衛」するのは、古典的な政策だ。
が、この船に気がついてダミーをばらまいたのならば、それをした工作船、おそらくは「軍艦」がいる。
それも通信管制と灯火管制をして、こっそり隠れているのが。
レーダーは基本、パッシブレーダーという受信専用レーダーを使う。
それでも、近づけば推進器のノイズや電波の漏れを拾うことができるから。
対してアクティブレーダーは、こちらから探知波を放って、隠れている相手を探すのに使われる。
ちょうど、サーチライトを走らせるようなモノだ。
隠れている相手を見つけられる確率が増すが、こちらの所在もハッキリと相手に知らせてしまう。
外洋では海賊船を呼び寄せかねないし、相手が近くにいて敵意があれば、ドラマのサーチライトと同じ運命をたどる。
つまり、真っ先に銃撃を受けて、照明灯が割られるように……ドラマならばここからが活劇の始まりだが、船の場合は「終わり」、それもバッドエンドだ。
「機関長。アクティブと同時にスラスター10時、11時全開! トレインを曲げる!」
続けて言った。
「30度曲がったところで全スラスター、最大出力!」
わずかな加速でしかないが、アクティブレーダーを打ったらすぐ移動するのは、基本中の基本だ。
加速はわずかだが、発熱を伴わないスラスターの場合、案外気づかれずに移動できたりする。
「わずか」を積み上げて「確実」まで持っていくのが船長の仕事だ。
カーン!
実際に音はしないだろうが、相手のレーダー担当官には、確実に聞こえただろう。
間髪開けず、「カーン!」と打ち返してきた。
副長が手のひらを開いて上に向け、肩をすくめてみせた。
「わからない」と。
こちらの想像よりもはるかに秀でているか、あるいは単純なバカか。
アクティブレーダーは、自らの所在をハッキリさせる。
つまり、せっかく隠れていたのが、全くの無駄になるのだから。
「こちらが先にアクティブレーダーを打ったじゃないか?」と思われるかもしれないが、一瞬で、しかも全周囲に向けて打ったし、本当のデブリも実際に浮いている。
それに紛れてしまうのは雑作もないし、副長ならそうするだろう。
せっかく隠れていたのに、「ここにいるぞ~!」と手を振るに等しい行動なのだから。
が、バカを演じて、こちらを油断させるという手もある。
考えれば考えるほど、ドツボにはまる。
私は船務長に顔を向けた。
待ち構えていたかのように船務長が「ガハハハハ」と笑い、「いつでも行けるぜ、嬢ちゃん」と、腕を曲げて力こぶを作って見せた。
「機関長、距離わかる?」
「0020。ワンアクション行けます」
即答があって、船務長が再び高笑いをあげた。
「嬢ちゃんは船で寝ていてくれ。
教育に悪いって……怒られちまう」
「うっさいわ、ダボ!」