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灰色の魔女  作者: 瀬戸 生駒
第3章 宴にて
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魔女の一瞥

『もちろん、理解しています。

 同時にあなたの船が熟練で、ニアミスはあっても、実際に被害を出さないだろうことも、理解しています』

 こちらの予防線に釘を刺したか。


 政治にはあまり詳しくないけれども、表情がコロコロ変わり、人間味はあるが失言も多いヤツこそ「大統領」向きで、言質を取られないような言い回しができる彼を「報道官」にした方が、たぶんうまく回ると思うよ?

 もちろん、コロニー国家にはそれぞれの力学があるだろうし、たぶん人事バランスがそうさせたのだろう。

 知ったことじゃないけど。


『では、私は今から航路の修正に努めます。

 大統領閣下自らのご連絡、ありがとうございました。

 光栄です』

 そう言うと、通信を切った。


「で、嬢ちゃん。何がどうなったんだ?」

 船務長の問いに、私はカップに残ったワインを飲み干し、赤みを増した頬で、酔っ払いのような口調で応えた。

「デブリ衝突はどっちも事故。

 責任問題にしないから……絶対に責任は問わないから、コロニーまで軍艦? 巡洋艦のあとを追わせるようなハメになるのは勘弁して欲しいって」

「で、あのけんか腰の報道官は、クビか、最低でも入院休職やって」

「食欲がないって言ってたからな。

 それどころか、飯の邪魔をしたら命が危ないってえのは……船乗りじゃなくてコロニー育ちには、ちょっとわからねえか。

 ガハハハハハ!」


「コロニー育ち」か。

「死」がいつも近くにあって、ミンチや干物になった「元乗組員」を日頃から見慣れている私たちには「日常」だけど、コロニーで生まれ育った連中には、ドラマの中の縁遠い話なのかもしれない。

 しかも、ドラマの「死体」はたいていキレイで、最後に格好いい台詞を話して事切れるけど、私たちの「日常」では、ちょっとしたヘマどころか、単に運が悪かっただけで命を失うのが、半ば当然だったりする。

 そのたびに食欲をなくしたりしてたら……できるんなら、いいダイエットになるだろう。

 実際には、怪我をしたぶんを補うように、ご飯が進むんだけど。

 ドラマのフィクションで、自分の物差しで相手を計るな!


 おそらくだけど、あの報道官は、彼の常識と善悪で憤慨し、思わず怒りを爆発させたんだと思う。

 その結果、こちらが「反省」するどころか、せっかくの食事を台無しにされたと怒ると気づかずに。

 船務長が食べていたハンバーグは挽肉だし、私が飲んでいた赤ワインは「血」をイメージさせちゃったのかな?

 上司の大統領から休職か、あるいはそれは大統領の方便で、ただの叱責を受けただけかもしれないけれども、冷静になった今頃は、またまたカメレオンのように顔色を変えているかもしれない。

 たぶん、今は「青」か「白」だな。


「クククククク……」

「嬢ちゃん。思い出し笑いか? 何かいいことがあったのか?」

 船務長の言葉に小さく舌を出して、「もう一押しかなーって」と笑った。

 ああ。中途半端が一番駄目だ。

 二度と手を出したくなくなるようにダメを押すことが、これからの、この船の航路をより自由に、安全にする。


 私はワインを飲み干すと、船橋に戻った。

 副長が航海士長席にいて、副長席に戻ろうとするのを制した。

「もう1回船を回すから、副長はそのままそこにいて。

 機関士長。レーダーと観測を精密に。

 誤差は小さい方がいい」


 が、私の様子を見た副長は自分の仕事を次席航海士に丸投げして、副長席に戻ってきた。

「何をするつもりか知りませんけど、そんな酔いの回った頭じゃ、誤差を小さくできません。

 プランをください。計算と具体的指示は、私が出します」

 それもそうか。

「じゃあ、トレインの『しっぽ』の先が、あのコロニーをかすめるように船を振って。

 絶対にぶつけないように気をつけて、ギリギリで……できたらセンチレベルで!」

「それは、酔っ払いには絶対無理です!」

 ぶー!

 私は頬を膨らませた。


 なんだか、まぶたが重い。

 目を閉じて、飛び交う数字に聞き入った。

 船務長は食堂だし、私は目を閉じて、船長シートに身体を預けて、ついでに口も閉じている。

 いま残っているブリッジクルーは、全員が元軍人だ。

 口調は自然と鋭くなり、無駄口もなく、必要最低限の数字だけが行き交う。

 たぶん他人がみたら殺伐としてると思うけど、なぜか心地いい。


「回頭! ○番××パーセント!」

「相対距離○○。曲率××。回頭△△パーセント!」

 頬が緩むのは、夢見心地で頭がぼけているのか……そういえば数字もおぼろげにしかわからない。

 あるいは、回頭のため、かすかなGが発生しているのかもしれない。

 あー。私今、口をちゃんと閉じてるだろうか?

 よだれを垂らしていなければいいなー。


 薄目を開けて口元を拭って。

 ぼうっと目の前のディスプレイを見た。

 頭の巨大岩塊から何本もたらしたワイヤーの後端が、ゆっくり振られて、コロニーに近づく。

「スラスター、加速最大!」

「加速最大、了解!」

 クン! と軽いGを受け、また意識を失いそうになる。

 眠い。

 けど、とっておきの見せ場だ!

 見逃したらもったいない!


 ワイヤーの後端が、コロニーをかすめる。

「コロニー周辺に浮遊物多数。ただし、エネルギー反応なし。

 先に当たったデブリと、そのあおりで生まれたデブリと判断されます!」

「コロニー本体まで1.2メートルを維持!

 マージンは30センチ!」

 だんだん意識がハッキリしてきたが、寝たふりをして、機関長と副長のやりとりに聞き入る。

 次席航海士がモニターを見ながら、せわしなく、かすかに手首を動かし続けている。


 またクン! というGを感じた。

「コロニー回避完了。

 マージン1メートル以下でクリア!」

「「「ふー」」」

 ブリッジクルーが一斉に、大きく息を吐いた。


「船長……って、寝てるか。

 とりあえず、オーダーとミッションクリアです。

 コロニーの管制官も大統領も報道官も、しっかり肝を冷やしたでしょう」

 副長の言葉に、私は舌を出しそうになるのを、頑張ってこらえた。


 そう。カージマーの航路を変えるだけなら、もっと手前で船を動かせば、雑作もなかった。

 それを、あえてギリギリにまで寄せて、ギリギリでかすめた。

 誰が見ても嫌がらせ。

 あとでぐだぐだ文句を言うようなら、せっかくのマージンが「マイナス」もあるという警告だ。

 ついでに、そのことを躊躇するような船じゃないってことも学習しただろう。


「魔女め!」

 どこからか声が聞こえた気がしたが、きっと夢の中の幻聴だな。

 あのコロニーで叫んだとしても真空中は音が伝わらないし、わざわざ無線に載せるほどバカじゃないだろう。

 私は「幻聴」で片付けて、このまま熟睡することにした。

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