第九話:知らない間にうちに大量のメイドが住み着いている件について
「ねええええええええええ!?いつまで経っても髪の毛が生えてこないんだが!?」
「それはそうでしょう、この短い時間で元に戻る方が怖いわよ」
開闢の魔女ラピュセル。ひょんなことから彼女に命を救われた俺はとりあえず彼女に案内されるがまま彼女が住むという拠点へと向かっていた。--デザボーグに乗って。
「まあでも気にしないで、毛髪の有無なんて些細な事だから」
「俺にとって些細な事じゃないんだが!?あんたなんか凄いんだろ?何とかしてくれよ!」
「できなくはないわ……私は細かい作業は苦手だし相応のリスクは覚悟してもらうことになるけど」
「リスクって……?」
「例えばそうね……ほんの少しでも手元が狂って本来の毛穴の大きさよりも生やした毛が少しでも太くなってしまった場合、頭中の毛穴が裂けて爆発するわ」
「ア、遠慮シテオキマス……」
髪の毛の太さが何ミクロンだかは知らないがこの女は絶対そんな繊細な調整は得意じゃない。
それは先ほどの荒地の魔女との戦闘を見ただけでも十分すぎるほど伝わっていた。
「あ、そうだラピュセル様」
「何かしらヤマト君?」
「俺のこのチートギフトって能力、大体は分かるが正確に何が起こってるのか知りたい」
とりあえずこの辺りから聞いておくのが無難だろう。
これからこの世界で生きることについてのみ考えるならば一番大事な部分だ。
「まず人間の心の中に光る玉みたいなのが見えることがあるでしょう?」
ラピュセルはそう言うと自分の身体に手を突っ込むと淡く光る玉を取り出す。
「これは心核と言ってね、人の望みそのものなの。人の望みって言うのはね――欲望と言い換えてもいいけれど、半端じゃないエネルギーを持っているわ。それこそ大抵の望みを叶えてしまえる程度にはね。チートギフトは欲望から無理やりエネルギーを取り出して一時的に対象を強化し対象の望みを叶える力を与える能力」
「チート能力があっても叶えられないくらい難しい夢だったらどうするんだ?」
「叶えられない夢なんてないわ、夢の困難さに応じて欲望は強まっていくものだから――それに本人が絶対に無理と思ってたら……そもそも欲望は発生しないでしょうね」
「一時的にってことは……ずっと強いままってわけじゃないんだな」
「直ちになくなるわけじゃないけれど、望みを叶えたら欲望は薄まっていくでしょうね」
「それを聞いて少し安心した、この心核ってのは誰にでも見えてるもんなのか?」
「そんなわけないでしょ、見えるのはあなたと元々その能力を持ってた私だけよ」
「……ああ、なるほど。だから荒地の魔女はそのことを知ってたのか」
「一時期みんなに自慢しまくったのが裏目に出たわ」
「…………なあお前って実はめっちゃ子供ぶへぁ!?」
乗っていたデザボーグが急停止する。前方に俺は思い切り吹き飛ばされ地面を転がりまわる。
「ここから歩きよ」
対してラピュセルは飛び上がったのちに傘を差し優雅に上空からふわふわと落下していく。
「お前な……着きそうになったら言えよ!」
「ごめんなさい、子供がどうとか言っていたからそれに気を取られてしまっていたわ」
「……大人げない」
砂を払い正面を見据える。切り立った崖の上に城のようなものが見えた。
城すげえとか様になっているとかじゃなく、最初に感じた感想はというと
嘘でしょ?今からこれ登るの?だった
「いやこれ、絶対明日筋肉痛だろ……」
「何よりまず筋肉痛の心配する人間がどこにいるのよ、他に言うことがあるでしょう」
「ひと段落着いてからというもの体の節々が痛くなってきててそれどころじゃねーよ」
「そう、そんなに筋肉痛が心配だというのなら――」
ラピュセルは悪戯っぽく笑うと耳元でささやく。
「私が全身くまなく、ほぐしてあげようか?」
「ぜぜぜぜぜぜぜ全身ですかぁ!?」
「ええ、マッサージのテクニックには……自信があるのよ?」
そう言うと彼女は俺に向かって腕を伸ばす。
陶器のような細長い指を俺の額に当てるとそこから鼻、頬、首と輪郭を楽しむように焦らす。
そして顎に手を当てると遠慮がちに引っ張って俺に下へ向くよう促した。
背の低い彼女と目が合う。
その黒曜石のような瞳は俺と目が合うと柔和にほほ笑んだ。
「だからもう少しだけ、頑張れるわよね?」
「----はい!」
それだけのやりとりで先程まで感じていた疲労感はどこかへ消し飛び、あんなに傷んでいた節々が全く痛みを感じなくなっていることに気付く
――ああ、こんなにも力が溢れている俺は何て無力なのだろう。
「それにしても、転移魔法とかそういうのはないのかよ」
「あるにはあるのだけれど」
「……?なんだよ、歯切れが悪いな」
すたすたと歩いていくうちに、彼女とだいぶ距離が開いていることに気付く。
いくら化け物じみた力を持っているといっても背の小さい女の子なんだ。
普通に歩けば歩幅が狭いぶん遅れて当然だろう。立ち止まって彼女が追いつくのを待つ。
「あの……なんだ、お前は歩いてて辛くないのか?さっきまでボロボロだったろ?」
「どうしたのよ急に。……?飴ちゃんならあげないわよ?」
「いや子供か俺は!?」
彼女なりにちょっと考えて出た結論がそれなの悲しすぎないか!?
まあここまで憎まれ口をたたけるなら平気なんだろうけどさ!
「普通に心配してんだよ!」
「くくく、見てくれに騙されないことね」
「いや騙される余地ない暴れっぷりではあったが……」
「私はあと変身を二回残している」
「マジで!?」
「嘘よ」
歩幅を合わせて登ってゆく、彼女の棲み処であろう城までは随分遠くに感じていたものの彼女と話していたおかげか案外早く到着したように感じた。
「着いたわ、ようこそ私の城へ」
「うわ、本当の城を目の前にしてそれ言ってみてーな俺も」
「言ってもいいのよ?今日からあなたの城でもあるんだから」
「……そういやこれからどうするとか何も決めてねーな、まあ考えるのは明日だ明日……」
今何時かさっぱりわからないがおそらく深夜の2時とかそのあたりだろう。
「にしてもちゃんと手入れしてるんだな、お前ひとりで住んでるの?」
「私は一人で住んでいるけれど……出かける前より小奇麗になってるわね。」
あいつでも来たのかしら?と首をかしげながらラピュセルは扉を開ける。
ギィィィィィィ……
「「「「「「「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」」」」」」」
バターーーーン!
大きな音を立ててラピュセルは即座に扉を閉めた。
「……いやなんかすっごいメイドみたいな人達並んでいたけど?あれか?『自分は一人で住んでる』って奴隷は生物として見ていないみたいなそんなやつか?」
「あー……私の城ここじゃなかったかもしれない。ご近所さんかも」
「いやこの立地で間違えようがなくない!?」
ラピュセルの額にだらだらと汗が浮かんでるのがわかる。彼女はまさに混乱していた。
「……い、いやぁとりあえずここまで来て帰るわけにはいかないだろ?敵意もなさそうだし話だけでも聞いてみないか?」
「そ、そうね……」
ギィィィィィィ……
「「「「「「「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」」」」」」」
玄関ホールだろうか。床に赤いじゅうたんが敷かれている。
その両脇にメイドさんがずらりと並んでいた。
初めて見る本物のメイドさんにテンションも上がろうというものだ。
「……まあ幻術かもしれないし気にしないでおきましょう」
「いやどんな幻術だよ」
俺たちが中に足を踏み入れようとしたところで、
奥からゆっくりとした足取りで歩いてくる女性の存在に気付く。
「どう?私の歓待は気に入っていただけたかしら?」
「なっ----!?」
俺たちはその姿の女性にひどく見覚えがあった。
ラピュセルがボロボロになった原因。
死闘の末に自分の本来の願いを思い出し過去に飛んだ魔女。
ラピュセルは即座に俺を背後へ押し返すと、殺気を放つ。
「待ちわびたわよ、ラピュセル」
「シャルデンテ……!」
そこには他ならぬ荒地の魔女が立っていた。
――――何故かメイド姿で。
場所:龍鳴峡谷
S級モンスター:開闢の魔女(特記) 討伐を試みたものは死刑とする
A級モンスター:覇翼のグラニュート 250000000G
B級モンスター:該当なし
C級モンスター:ワイバーン(10体につき) 1000000G