第七話:少女たちのサバト
「お、お、お前が――――」
俺は自分の目の前に立つ少女を見る。
こいつが俺をこの世界に飛ばした張本人――ラピュセル。
「助けに来てくれてありがとう、なのか?いやそれよりもそもそも何で――いって!」
ピンヒールで思い切り足の甲を踏まれた。
「何しやがる――!」
「旧友と再会の時を楽しもうとしているの、邪魔をしないでね。――あと私にチートギフトを使ったら殺すわ」
「…………!」
彼女はにこやかに笑う。どうやら冗談ではなさそうだった。
彼女はゆっくりと荒地の魔女に向き直る。
「お久しぶりねシャルデンテ、こうして会うのはサバト以来かしら?」
「会えてよかったわラピュセル、暇を持て余しすぎて死ぬんじゃないかと心配だったの」
開闢の魔女と荒地の魔女。二人の間に流れる空気は険悪なものではなかった。
それは木漏れ日の下で語り合うかのように二人の口調は穏やかだった。
「荒地の魔女は『不動』を望むわ」
「開闢の魔女は『無法』を望むわ」
お互いに懐からコインのようなものを取り出すと彼女たちは指ではじき宙へと打ち上げる。
コインはくるくると宙を舞う。
それはまるでこれから遊戯でも始めようかという気楽さがあった。
コインはカラカラと乾いた音を立てて着地する。
荒地の魔女は表、開闢の魔女は裏。
「「砕地消滅魔法」」
最初の呪文の詠唱は二人とも同時だった。
耳をつんざく爆音と共に二人の魔女を爆発が包み込む。
「砕地消「砕地「砕地消滅魔法《カタス「砕地消滅魔法」トロフ》」消滅魔法」滅魔法」「砕「砕地消滅魔「砕地消滅魔法」法」地消滅魔法」「砕地消滅魔法「砕地消滅魔法」《カタストロフ》」
爆発の隙間を縫うようにして幾重にも重なった呪文の詠唱が耳に届く。
俺は魔法を使った戦いというのは、工夫を凝らしたお洒落なものだと勝手に思い込んでいた。
しかしそこにあるのはお互いに一歩も引かず行われる混じり気のない純粋な破壊の応酬。
彼女たちは一歩も動かないままお互いを殺すことに最も適した魔法をひたすら唱え続けていた。
壁は容易く吹き飛び、建物は軋み悲鳴を上げ傾く。外の光景を見て俺は絶句する。
彼女が立っている背後にあったはずの地面をすべて吹き飛ばし扇状に巨大な穴ができていた。
地平線が彼女たちの作った衝撃波の形に合わせて凹んでいる。
地図を変えるなんてレベルのものじゃない、これが破壊魔法の最上級--砕地級。
俺はここにきて、目の前で行われている戦いは並のものではなく神話級の争いであることを理解する。
しかしそこには明らかな違いがあった。
ラピュセルの背後にある壁は吹き飛んでいるが荒地の魔女の背後にある壁は吹き飛んでいない。
……
…………
最初の呪文の応酬が終わると破壊が吹き荒れる嵐が収まり互いの姿があらわになる。
そこには無傷の荒地の魔女と――傷だらけのラピュセルが立っていた。
「荒地喰――ごちそうさま」
「相変わらずふざけた能力してるわ。さすがは『最強の盾』と呼ばれるだけはあるわね」
ラピュセルは忌々しそうに舌打ちをする。結論から言うと荒地の魔女は一撃も食らうどころかラピュセルが放っていた全ての魔法を食らい己のエネルギーに変換していた。飛んできた魔法をそのまま跳ね返していればいいのだから彼女は消耗しようがない。
「前々から思ってたのよ。あんた相手の『不動』ルールがやってて一番面倒くさそうだって」
「ふふふ、誉め言葉として受け取っておくわね、ラピュセル?」
「まあでも……」
ラピュセルは右手に黒い光弾を出現させると荒地の魔女へ向けて投擲する。
「荒地喰からの――――荒地吐」
荒地の魔女は右掌に開いた口で光弾を食べると、左掌の口から同じものを吐き出す。
これを繰り返している限り彼女の負けはないだろう。
荒地の魔女は勝利を確信した風に笑みを浮かべる。
「ペナルティを受ける覚悟があるなら別に動いてもいいのよ?」
「はん!」
ラピュセルは自分のもとへ帰ってきた光弾を掴むとそのまま握りつぶすと不敵に笑う。
「むしろペナルティを受けるのはあなたよ、荒地の魔女」
ラピュセルは再び光弾を出現させると投擲する。
――しかしその軌道は荒地の魔女に向けたものではなく、背後の装置へ向けて伸びていた。
「なっ――!」
咄嗟に荒地の魔女は右手から触手のような舌を伸ばす。舌に接触した光弾は爆発を巻き起こし荒地の魔女の舌を切断し吹き飛ばした。
「がっ……!」
「確かに不動ルールのあなたは純粋な殺し合いにおいて無敵といってもいいわ……けれど」
ラピュセルは荒地の魔女を――いや、彼女の背後にある装置を指さす。
「私との勝負に拘るあまりそれを選んだのはミスだったわね?あなたの背後にある大切な装置、あなたはそれを動かずに守り切れるのかしら?」
そういえば荒地の魔女の本来の目的は時空操作装置であった。
戦いの結果ラピュセルを退けたとしてもそれが破壊されてしまえば何の意味もないだろう。
「不砕黒幕」
荒地の魔女を中心に真っ黒な煙幕が巻き起こる。すかさず追い打ちをかけるように彼女は自分の頭上に無数の光弾を出現させた。
「最強の盾と呼ばれる割に、あなたの能力は自分以外を守ることには向いていないようね」
「……!このクソガキ……!」
ラピュセルがぱちんと指を鳴らすと無数の光弾が背後の装置へと襲い掛かる。
――しかしその光弾はすべて撃ち落とされる
徐々に荒地の魔女を覆っていた煙幕が晴れていく。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
「百人魔女軍」
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
幾重にも重なった声が不気味に響く。
荒地の魔女――彼女の口はなにも掌だけにあるものではなかった。
そこには全身の至る所が裂け、禍々しい口が身体中に開いた荒地の魔女の姿があった。
百に近い全身に開いた口は、それぞれ個別に呪文の詠唱を開始する。
「――――っ!位置固定」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
「砕地消滅魔法」
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理を超越しつつある暴力的な一撃はラピュセルを周囲の空間ごと吹き飛ばした。
先ほどまで彼女が立っていた空間は歪み、ぽっかりと黒い穴が口を開けている。
荒地の魔女の口の一つが語りかける。
「――流石に自分の存在を保つので精一杯だったようねラピュセル?」
「が……!はぁっ!はぁっ!」
空間に開いた黒い穴が徐々に収まる。捻じれ歪んだ彼女の体もようやく元の形を取り戻す。
そこには血だらけになったラピュセルが立っていた。
「ペナルティを受けるとはいえ、これを避けないのは賢くないんじゃなくて?」
「うるさいわね、私は約束を違えるわけにはいかないの。これがあなたの全力ってわけ……」
ラピュセルはペッ、と口から血を吐き出すと、ズタボロになった傘を投げ捨てる。
「――いいわ、こっちも全力を出してあげる」
空気が澄み渡る。ラピュセルは自分の胸に手を突っ込み純白に光り輝く心核を取り出すとそれを天へ向けて高く掲げる。しかしそれを見逃すほど荒地の魔女も甘くはなかった。
「――私がそれを黙ってみているとでも?さようなら。――ラピュセル」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
「砕地消滅魔法」
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
百の口が破壊するためだけに生み出された魔法を紡ぐ。あまりの威力に周辺の空間を捻じ曲げ、歪み、吹き飛ばし『無』を生成する威力の魔法。――先ほどまで彼女がいた場所はぽっかりと黒い穴が口を開けているのみであった。
――しかしそこから白い光があふれだし。黒い無となったはずの穴を真っ白に染めた。
光はとめどなくあふれ出し、周囲を白に染めてゆく。
『開闢の祖の名において、星へと至る扉を開かん』
白い光が辺りを包む。この世の光を全て掌に集めたかのような何もかもを塗りつぶす暴力的な光。思わず地面に伏して目を瞑るがそれでもなお視界が真っ白に染まる。自分とその他の境界が曖昧になる。それはこの世の終わりを想起させるには十分な光景だった。
「――砕星魔法」
開闢の魔女ラピュセル、彼女は最強の矛と呼ばれていた。
場所:ノドカラ砂漠
A級モンスター:荒れ地の魔女 120000000G(生死問わず)
B級モンスター:デザボーグ(変異種) 50000000G(完品のみ)
C級モンスター:デザボーグ(成体) 1500000G(完品のみ)