第三十八話:少女たちのロンド
ぐらりと
首を失ったグラニュートの身体は制御を失い落下を始める。
俺はグラニュートの生首を追うようにして飛び降りる
それに向けて必死に手を伸ばす。
「あああああああああああ!」
「ご主人!?」
「あはは!気でも狂ったかな?」
グラニュートの生首に手が届く。
その瞬間だった。
「――空間転移!」
最期にラピュセルと目が合う。
彼女は俺ににこりと微笑んで見せた。
それはまるで、死にゆく母親が怯える子供を安心させようと向ける笑みのように。
強くて脆い、儚い笑みだった。
「……あれ」
たまに見る幼い日の夢を思い出す。
一面を真っ赤に染める鮮烈な夕焼けの中で
同じような微笑みを向ける女性を、俺は知っている
視界が揺らぐ
全てが遠くに感じる。
意識が捻じれる。
気付いたらラピュセルも、ワルプルギスも、グラニュートの胴体も消えていた。
テレポートというあまりにも聞きなれた単語が何が起こったのか教えてくれる。
そして相変わらず俺は地面に向けて落下していた。
地面は赤いままだ。恐らくここはレッドエリアの中ではあるのだろう。
地面には一面の砂虫。
先程の落下した羽アリクイの無残な姿が脳裏によぎる。
この上に落ちようものならたちまち全身を食われてしまうだろう。
「――ご主人!」
リリカは俺を抱えると靴を脱ぎ棄て赤い地面の上に着地する。
それは高所から落ちたとは思えない、そっと歩いているのかの如く静かな着地だった。
地面に広がる砂虫は俺たちに襲い掛かることはなく、静かなままだった。
「リリカ、お前――!」
「振動を起こさなければ砂虫は休眠状態のままなのでしょう?
うちは猫の獣人ですから、高い所からそっと降りる程度のことは朝飯前です」
「ああ、ありがとう。でもラピュセルが――!」
「降りないでください、このままの方が早く動けます」
そういうとリリカはすさまじい速度で赤い地面の上を駆け抜けていく。
しかし振動は一切起こさない、とても静かな走りだった。
「ご主人、あれを見てください」
リリカが言った方向を見ると、地平線にうっすらと森が見えていた。
「レッドエリアの、出口か……」
「はい、あそこをラピュセルさんは目指していたはずです」
「リリカ、命令していいか?」
「はい。うちはご主人の奴隷ですから。なんなりと」
…………
………………
レッドエリア。
人類の生存が許されないこの地の上で。
ラピュセルとワルプルギスは向かい合って立っていた。
「本当に見る影もないくらいボロボロなんだね、おねえさま」
「魔力がないことくらい最初に見れば分かる事じゃないの」
「ボクが言っているのは心の事だよ、おねえさま」
はあ、とワルプルギスはため息をつく。
「あの竜の死骸に残った全部の魔力を使ってすることがまさか雑魚を逃がす事だなんて」
「どう使おうが勝手でしょう」
「普段のおねえさまならそんな後ろ向きなことは絶対にしない。いつも前を向くのがあなただったのに」
「……背後から刺すような真似をしておいてよく言うわ」
「すっかり衰弱してるよおねえさま。心配しないでボクがちゃんと治してあげるから」
「奇遇ね、私もヤマトに余計なことを吹き込んだ病原菌を駆除しようと思っていたのよ」
しかし二人の間に流れる空気は険悪なものではなかった。
それは木漏れ日の下で語り合うかのように二人の口調は穏やかだった。
「開闢の魔女は『格闘』を望むわ」
「終焉の魔女は『無法』を望むよ」
ラピュセルとワルプルギスは懐から一枚ずつコインを取り出し上へと放り投げる。
それは魔女同士が殺し合いを始める合図だった。
コインはくるくると宙を舞う。
それはまるでこれから遊戯でも始めようかという気楽さがあった。
コインはカラカラと乾いた音を立てて着地する。
開闢の魔女は裏、終焉の魔女は――表でも裏でもなかった。
終焉の魔女のコインは開闢の魔女のコインの上に立つようにしてくるくると回っていた。
それはまるで運命をあざ笑うかのように。いくら待っても倒れる気配がない。
「ねえ、おねえさま」
ワルプルギスはラピュセルに笑いかける。
「表と裏どっちが良い?」
「……好きにしなさいよ」
「そ、じゃあ表にするね」
ワルプルギスがそう言うのと同時にカラカラと音を立ててコインが倒れる。
終焉の魔女は表。
無法。それは戦いにおいて何でもありを意味する。
それは本来、ラピュセルが最も得意であるはずのルールだった。
場所:レッドエリア
A級モンスター:砂虫(全域を駆除) 450000000G
B級モンスター:グリムジュ・イニエル 10400000G
C級モンスター:ワイバーン(10体につき) 1000000G




