第三十七話:バベル
漫画トークに華を咲かせたいところだがそれはやめておくべきだろう。
理解できてないウェイスとリリカが置いていかれてる。
リリカはまだまだ平気そうだがウェイスに至っては首ガックンガックンなってるし。
「ウェイス?」
「……むにゃばっ!?」
スパァン!と小気味の良い音が響いた。
ラピュセルがウェイスの頬をビンタしたのだ。
「ラピュセル!?」
「愛の鞭よ」
「……はっ!?私今寝てました!?ありがとうございます!」
「それもそうだな」
しかしまだまだ着きそうな気配はない。
この状況では疲労も溜まっていく一方だろう。
そんな中、俺たちは眠らず生き延びるため何としても会話を続けなければならない。
えっとウェイスが食いつきそうで俺が知りたいもの……
「ウェイス、俺に魔法を教えてくれ」
「ぶっ」
「ぶっ」
【ぶっ】
「ぶっ」
全員綺麗に噴き出した。
だがそこに込められた感情は全員異なるもののように思えた。
何か他愛もない会話で心覗きたくないし、わざわざ心核覗いたりはしないけど。
「あれ?俺またなんかやっちゃいました?」
「びっくりした、眠気が飛んじゃいました」
「やっちゃったわね、いや……ある意味でかしたわ」
【何だそのまるで魔法が使えないみたいな言い方は】
「え、ご主人?でも凄い魔法打ってませんでしたっけ……」
「ああ、俺はあれしか打てないんだ」
というかあれか?
そんなに変かな?
【やめておけ、魔法を覚えると馬鹿になるぞ】
「新しい娯楽が出てきた時の老人みたいなこと言うなよ……」
「いえ、まあ。そうね。魔法を求めるのは予想してたことだけれど……何でまた急に」
「そりゃ普通に暮らす分にはいらないけど、この状況じゃ守りたいもんも守れないからな」
「……まあいいわ。というか何で私じゃなくてウェイスなのよ」
「え?ほら、お前は天才型だけどウェイスは人間な分ちゃんと教えてくれそうだし」
【くくく、前にもヒトから聞いたことのあるような言葉だな。ラピュセル?】
「そこうるさい、黙ってて」
「ご主人……初級魔法も使えないだなんて」
「そんなに変なのか?」
「ええ、あなたのいた世界で例えるならばスマホが使えない若者みたいなものね」
「時代と共に色褪せるような例えをするんじゃねぇよお前は!」
「【あなたのいた世界?】」
「ああ、そこから説明しなくちゃな」
かくかくしかじか。
「ご主人はずっと遠くのイセカイって町から来たんですね!」
【巫女よ、ついにやりおったなお主】
「ええ、ついにやりおったわよ私」
人(竜)によってリアクションが違うもんなんだな。
何となくみんな同じ反応するもんだと思ってたからちょっと感心しちゃった。
「というわけで、こいつは元々魔法とかがないとこから来たのよ」
「改めて聞いても信じられませんね……」
【まあそれならその貧弱な体内魔素も納得がいくというものだ】
「え!増えるもんなのか!?」
【この世界の食べ物は多かれ少なかれ魔素が入っておる。そのうち馴染むだろうよ】
「……嬉しそうね」
「まあ才能ってのはあるに越したことないからな!」
「誰が才能あるって言ったのよ」
【猿真似といえ砕地爆破魔法は放てるのだから、無才ではなかろう】
「というか、才能の有無は関係ないのよ」
ラピュセルはこちらにずずいと近づくと、霧で曇った俺のゴーグルを拭く。
彼女とハッキリと目が合う。
「な、なんだよ……」
「あなたの場合、下手に力を与えたら余計なことにまで首を突っ込みかねないでしょ?
力を持つことで逆に危険になる事は、私の本意ではないのよ」
【いや、こやつは力がなくても余計なことに首を突っ込むタイプだぞ】
「グラニュート、それはフォローしてるつもりなのか……?」
「それでも、力を持つと景色が変わるわ」
ラピュセルはリリカを指さす。
「例えばリリカベルが目の前で酷い目にあっていて、あなたはそれを助けたわけだけれど
もしあなたにもっと力があればリリカだけでなく奴隷全員を助けようとしたでしょう」
「確かに目の前のリリカを助けるのに必死だったし、それは思いつかなかったな。
その可能性はまあ、否めないか……」
「結果的に奴隷としてでないと生きていけない命があるとあなたは知った
それを知る前に奴隷制度を潰していたらどうなっていたと思う?」
「それは……」
それはあまり考えたくない可能性だった。
グラニュートによるとラピュセルは相当衰弱しているらしい
それは彼女がリリカを蘇生させたことと無関係ではないだろう。
一人の奴隷を助けようとしてこの様なのだ
あの町にいた奴隷全員を助けようとしていた場合、どんなことになるか想像もつかない。
「……分かったよ、力が欲しけりゃまず知恵をつけろって事だろ」
「ええ、そうねぇ……」
ラピュセルは悪戯っぽく笑う。
「私を守りたいんだったら、私よりこの世界について知らないとね?」
「なんだ、結局教えなくていいんですか?」
「ああ、すまんなウェイス」
「いえいえ」
【…………む】
「どうしたの?グラニュート」
【前方のあれは何だ?】
レッドエリアは相変わらず真っ赤な砂地が広がっているだけで殺風景なものだったが
その中で一つだけ目を引く巨大なものがあった。
天までそびえる真っ白な塔が赤い大地に突き刺さるようにして立っているのだ。
「バベル……!この距離はいけない!」
ウェイスがそう叫ぶのと、甲高いラッパのような音が鳴り響くのは同時だった。
その塔からこちらへ向け、赤い氷塊と炎が放たれる。
「なっ……!?」
【ふん】
グラニュートは翼を大きく羽ばたかせた。
そこから生じた二つの巨大な竜巻は炎と氷塊を巻き込ながら白い塔へ激突する。
しかしその塔は無傷だった。
続けてその塔から無数の何かが放たれる。
それは木や魚や獣や人のような姿をした生き物に、翼が生えた異形の怪物達だった。
グラニュートは口を大きく広げる、そこに赤い稲妻が収束していく。
「っーー!防護魔法」
【ゴアアアアアアアアアアアアアアアア!】
グラニュートの口から放たれたブレスは、閃光と共に空気を切り裂いてゆく
衝撃波だけで大地を抉り、雲を裂く一撃はバベルに着弾すると共に大爆発を起こした。
「うわっ!?」
「きゃああ!?」
「っ!」
びりびりと大気が震え、空気中に赤い静電気のような稲妻の残滓がバチバチと音を立てる。
キーーーーーンと、激しい耳鳴りがする。
耳鳴りがおさまり、周囲の音を聞こえるようになったのは
無数の怪物たちと共にバベルと呼ばれた塔が跡形もなく消し飛んだのを確認した後だった。
ざわざわと音を立てて赤い大地がせりあがり小高い山のようになっている。
恐らくは先ほどのブレスに含まれた魔力を吸収したのだろう。
「……あなたね、ブレス吐く時くらい事前に言いなさいよ」
【む?そうか、それは失礼した】
「すごいすごい!不完全とはいえバベルのレプリカを一撃で消し去るなんて!」
「ウェイス、あなたはあれが何か知っているのね?」
「はい!あれはですね」
ウェイスはにこりと笑う。
「あなたがこの世界に持ってきたものですよ、ラピュセル」
「…………何?」
「積もる話はありますが、その前に」
ウェイスはそっとグラニュートの背を撫でる。
グラニュートの首は切断され、地面へと落ちていく。
それはあまりにもあっけない最期だった。
何だ
何が起きている
「貴様あああああああああああああああ!」
ラピュセルはウェイスに殴りかかる。
殺す事のみ考えた、殺意のこもった一撃だ。
しかし彼女はそれを容易く回避して見せる。
まるで初めから、全てわかっているかのような笑みを浮かべて。
「まさか――!」
「そのまさかですよ?おねえさま」
ウェイスの身体を黒い光が包み込む。
マスクやゴーグルも不要と言わんばかりに脱ぎ捨てていく。
その下から現れた素顔に、俺は見覚えがあった。
「ワルプルギス……!」
かくして終焉は、俺たちの前へと姿を現す。
それはあまりにもあっけない
俺たちの旅の終わりの始まり。
場所:レッドエリア
A級モンスター:砂虫(全域を駆除) 450000000G
B級モンスター:グリムジュ・イニエル 10400000G
C級モンスター:ワイバーン(10体につき) 1000000G




