第三十五話;赤い砂漠
そこは全てが赤かった。
空も雲も大地も川も
全てが真っ赤に染まっていた。
草木一本生えていない、砂漠だった。
目に突き刺さるような鮮烈な赤色は、全ての生物の侵入を拒んでいるかのようだ。
「ここが、レッドエリア……」
「ここからは防護服とマスクをつけなさい」
ラピュセルは俺とリリカに分厚い服を手渡してくる。
ウェイスはさすが学者といった感じで手早く自前の防護服に着替え始めた。
何か特殊な素材でできているのだろう、これまで感じたことのない着心地だった。
決して布のように柔らかくはない、ごわごわした感覚だ。
「お前もつけるレベルでやばいのかよ」
「いえ、私はそこまで必要ではないのだけれど。気分よ」
「気分か」
「グラニュートのやつがこっちを見つけるまで少し時間がありそうだけれど」
「ご主人!何かこっちに来てます」
リリカが空を指さす。
空が真っ赤なせいでひどく見えづらいが鳥だろうか?
小さな影がいくつかこちらに向かってきているようだった。
少なくともグラニュートではないだろう。
ウェイスは首から下げた双眼鏡でその方向を確認する。
「羽アリクイ!レッドエリアの固有種です」
近づくにつれ徐々にその姿がわかる、数は3体ほどだろうか。
体長はおよそ2mほどだろうか。
背中からは翼が生え、ホースのような口が頭についている。
その見た目は、翼の生えた白い象のようだった。
「気を付けてください!彼らの消化液を浴びると体が溶けます」
「都合がいいわね、少しこの地について勉強しましょう」
ラピュセルは一歩前に出る。
その動きに反応したのか羽アリクイはラピュセルに狙いを定めたようだった。
一切減速することなく、すれ違いざまにホース状の口をラピュセルに向ける。
「キュィィイイイイイイイ!」
「オーマイゴッド、ってところかしらね?」
そこからは一瞬だった。
ラピュセルは飛んでくる三体のうち二体の口を両手で掴み、片方を残り一体に叩きつけた。
叩きつけられた二体は粉微塵になり、左手に握られたままの一体はその衝撃で気絶する。
「ウェイス、羽アリクイとやらはいつから確認されてるのかしら?」
「え、ええと。確か二年前くらいに新種として少し騒がれたかと思います!」
「そう……いえ、今はそんなことどうでもいいわね。こいつをよく見ておきなさい」
ラピュセルは左手の羽アリクイを高く放り投げる。
気絶したままの羽アリクイはそのまま赤く染まった大地の上にどさりと落下した。
地面が意思を持っているかのようにざわざわと赤く盛り上がり始める。
それはあっという間に羽アリクイを包み込んでいった。
その地点を中心に、何度か血しぶきが舞い上がる。
「地面が羽アリクイを……食ってる!?」
「ええ」
そこから羽アリクイが骨だけになるまでに4秒とかからなかった。
骨だけになってもなおその捕食が止む気配はなく徐々に地下へと吸収されていく。
「砂虫……!いざ実物を目の当たりにすると凄まじいですね」
「ええ、レッドエリアの砂に見えるものはね。全部この虫なのよ」
「水平線まで広がってるけど……これ全部がかよ」
「砂虫は休眠状態だと砂と変わらなくて、振動を感知すると活動状態になるんです」
「そーっと歩けば感知されない程度なのだけれど、普通そのまま渡り切るのは無理ね」
「そりゃあなぁ……」
「魔力を吸収して増える性質を持つので根絶も難しく、このレッドエリア全体の砂虫はA級モンスターに指定されてます」
「まあ、だから空を飛んでいこうという話になるわけよ」
巨大な影が地面を覆う。
空を見ると巨大な赤い竜が羽ばたいていた。
【勉強は済んだか?】
「ええ。思ったより早かったじゃない、グラニュート」
…………
………………
ギルドマスターの部屋は静寂に包まれていた。
その部屋の隅、空間を斬り割くようにして二人が現れる。
「ただいま戻ったでござるよ」
「おかえりなさい、イグルー。叢雲」
侍風の男はキョロキョロと辺りを見渡す。
それを迎えるように一人の女性がお辞儀すると柔和にほほ笑んだ。
茶色の髪を背後でまとめてポニーテールに纏めている。
赤いメガネにスーツ姿、正装に見えるが世界の服装としてはかなり異常な部類だろう。
「この度の任務、お疲れさまでした」
「これはこれはベルゼラ殿、オーディン殿は不在でござるか」
「少し出かけてくるんですって、困ったものですねぇ」
「まあ雲のような掴みどころのない御方でござるからな」
「それで、ギルドマスターはどこに向かったのだ?」
「イグルーさん、良い質問ですねぇ」
ベルゼラは眼鏡をクイとあげる。
「あの人ならレッドエリアに向かいましたよ」
「そうか」
ラピュセルとワルプルギス。
彼女たちが再び出会うまでにそう時間はかからなさそうだった。
場所:レッドエリア
A級モンスター:砂虫(全域を駆除) 450000000G
B級モンスター:グリムジュ・イニエル 10400000G
C級モンスター:ワイバーン(10体につき) 1000000G




