第三十四話:地には虹、空には虹
むかしむかしそれは人がまだ魔法を使えなかった時代
あるところに一匹の竜と一人の女の子がいました
その竜は莫大な富と魔力を持っていました
その女の子は全てを叶える魔法を持っていました
「ここに町を作ろう」
それはどちらかという事もなく口に出た言葉でした
竜の持つ魔力と女の子の持つ魔法
それらを併せればみんな幸せに出来る
魔物に襲われることもなく、飢えることもない
そんな楽園を作ろう
そう考えた二人は町を作ると
恵まれない人々をその町に招待したのでした
しかしその幸せは長く続きませんでした
人は当たり前のことに幸福を感じられないようにできています
それは人間が持つ成長という名の罪
徐々に人は自らの暮らしに不満を持つようになりました
そんな人々の目についたものがあります。
それは竜が持つ莫大な富
それは女の子が持つ魔法
徐々に人々はそれを狙うようになります
全ては人の幸福のために
…………
………………
「ねぇグラニュート」
【どうした】
「私、ちゃんと人間っぽく振舞えているかしら?」
【お前はお前のままだよ。いつでも唯一で、孤独な存在だ】
「そう」
【なぁ巫女よ。力を捨てたとておぬしは決して人には近づけんぞ】
「別に好きで捨ててるわけじゃないわよ」
【今のお前を見ていると、お前が魔女と呼ばれるようになったあの日を思い出す】
「そういえばあの時も、全く同じことを聞いたかしらね」
【次は死ぬぞ】
「死ぬ、ねぇ」
【ゆめゆめ忘れるな、開闢されたこの世界はもう――お前を必要としていない】
ラピュセルを乗せ赤い竜は空高く昇る。
竜雲を跨いだはるか下に、燃え上がるかつての楽園の姿がある。
【よくもまあこんな失敗作に愛着が湧くものだ】
「あら?不出来な子ほど、可愛いものよ」
【ふん。少なくとも退屈ではないな】
「それじゃあ、終わらせましょうか」
【うっかり俺の寿命を全て吸わないようにな】
「あら……ちょっと若返った?」
【戯言だな】
「そういえば、ヤマトはあなたにとってどうだったのよ」
【あの小僧か、お前こそどう思う?】
「そうねぇ」
グラニュートは急加速すると勢いよく降下していく。
一筋の赤い稲妻のようなそれは竜雲を吹き飛ばし、町へと突き進む。
【お前によく似てると思うよ】
「貴方によく似てると思うわ」
…………
………………
町は炎に包まれていた
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「ぎゃああああああああああ!」
「オルガアーー!」
「誰かー!助けてー!」
「くっ!まだ逃げ遅れてる民間人が……ぐわあああああああ!」
「数が多すぎる!家か路地に入れ!囲まれるぞ!」
「熱いいいいいい!誰か、誰か助けてくれえええ!」
「ダメだ!狭い所に入るとブレスの餌食になる!」
「ゲホッ……!息が、苦し……!」
「地下でこれだけ火をつけられてるんだ、これ以上長引くと空気が持たねぇ!」
「破壊魔法でもとにかく消化できる奴は最優先で火を消せ!」
冒険者たちは押されていた。
それは当然だ、ワイバーン一体でもその戦闘力は人間をはるかに凌駕する。
誰もが絶望していた、その時だった。
突風が辺りを薙ぎ払う。
「うわああああああ!」
「おい……あれ!」
「嘘だろ……!」
「おお……あれは!」
町の上空にワイバーンとは比にならないほど赤く巨大な竜が羽ばたいていた。
「親玉のお出ましってわけかい」
「冗談じゃねぇぞ!俺は逃げる!」
「あれは……竜神様!竜神様じゃ!」
「わしらを裁きに来たのか……!」
「いやまて!背中に誰か乗ってるぞ!」
「まさか、そんなことが」
続けて川や湖、町のあちらこちらから水が轟音と共に竜の元へと立ち昇っていく
町を覆っていた煙と水塊が混ざり弾けて――
次の瞬間、町全体に雨が降り注いだ。
「グギャアアアア!?」
雨に濡れたワイバーンは虹色の光に包まれたかと思うと破裂し姿を失っていく。
灰色の地面がその光を吸ったかと思うと呼応するように光り輝いていく。
…………
………………
雨が降り注ぐ中で、町は虹色の光に包まれる。
一匹の竜と一人の女の子は呆然とする人々を眺めていた。
「輝きの町」
【それがお前と俺がつけた町の名前だったな】
「再構築は専門じゃないのだけれど……何とかなったわね」
【黒煙と水で雨雲を錬成したのか、無駄に器用な事をする】
「創造魔法は魔力を無駄に使う事くらい知ってるでしょう」
【それにしても、やはり水というのは苦手だ。もう帰って良いか?】
「我慢なさい。それにフケまみれになる前に、たまにはシャワーを浴びるべきよ」
光は徐々に弱まっていく。
ひどく一時的なものだ、あと数分もしないうちに元の灰色の町に戻るだろう
【この輝きをあの小僧に見せたいと思ってるな?】
「ふ、まさか」
ラピュセルは肩をすくめる。
「もうちょっと男前になったらこの景色を見せてあげても良いかもね、それに」
【?】
「雨が止めば、虹が出来るわ」
【…………フン】
「今回は、それで我慢してもらいましょう」
…………
………………
「うわぁすっげー虹!」
「キラキラ光って綺麗……!初めて見ました」
「……あなた達はもうちょっとまともな感想が抱けないのかしら」
俺たちは町中を歩く。
町中は色々な話でもちきりだった。
「巨大な竜が現れたかと思うとワイバーンを鎮めてどこかに飛んで行ったんだ!」
「その背中に誰かが乗ってたって話も聞くぞ」
「冒険者の館を爆破した犯人は無事に捕まったらしい」
「市長もどっか行っちまった、ワイバーンにやられたか、どこかに避難したか……」
「町が一瞬輝いて、あれは何だったんだろうな」
「冒険者の奴ら見直したよ、なんだかんだ勇敢な奴らだったんだな」
「いずれにせよ次にワイバーンが来る時に備えて対策を講じないと」
「冒険者ギルドから有力な人材が何人か派遣されてくるって話だ」
「竜の巫女が鎮めてくれたって噂もあるな」
「おいおい、何百年前の話だよ!もう生きてねぇっての!」
彼女はその噂について多くを語ろうとはしなかったが
いずれにせよ、ラピュセルとグラニュートが何とかしたのは確実だった。
「み、見つけたぜぇ!リリ!」
ぜえぜえと息を切らした大男が俺たちの前に立ちふさがる。
「あ、元ご主人」
「悪いけどよ、そいつ金貨三枚じゃ足りねぇんだわ!返してもらうぜぇ!」
リリカの元ご主人、ダストンだ。
その後ろからわらわらとゴロツキが出てくる。
五、六人はいるだろうか
「おら、大人しく差し出せよ?そしたら連れの女も無事に返してやるからよ」
「あら?私のこと?」
「ご主人、ご主人のご主人……ここは任せて欲しいです」
「お前ラピュセルの事すげぇ呼び方してんな……」
「で、どうするのヤマト?」
「分かってるよ」
俺は頷くと親指をぐっと立てる。
「いいよ、やっちまえ」
「――はい!」
「なんだとぉ!?てめぇ俺の拳の味を忘れたわけじゃねぇだろうな」
ダストンは思い切り殴りかかる。
しかしその拳がリリカに当たることはなかった。
リリカは凄まじい速度でダストンの背後へ回る。
「とても怖かったです」
「なっ……?」
「見え見えの攻撃に当たり続けるというのは」
「ぐべぁ!?」
リリカの鋭い拳がダストンの顔面にめりこむ。
「こ、こいつ……ぶげら!?」
「て、てめぇ!」
「かまうな!やっちまえ!」
六人がかりでもリリカを捉えることは出来なかった。
彼女は踊るように飛び交う拳を避け、同士討ちを誘い、しなやかな一撃を当てていく。
「くそっ」
「い、いでぇ!」
「てめぇ市長の息子である俺にこんなことしてただで済むとぐへぇ!?」
「……痛いんですか?それじゃあ」
リリカはにこりと笑う。
「治してあげますね」
「ぐぎゃあああああああああ!?」
「いでえええええええええ!?」
「……えげつねぇ」
男たちはたちまち地面に崩れ落ちるとゴロゴロと転がりまわる。
うん、あの回復魔法の苦痛は経験した者にしか分からない。
正直ダストンに同情しそうになった。
「ついでに色々なところを治してあげました」
「うわぁ……ラピュセルにやってもらった方がまだ楽だったんじゃないか?」
「ふふ、見くびられたものね」
「訂正だ、救いはなかった」
「ご主人」
「ん?」
「これからよろしくおねがいします」
「――ああ!」
「あ!おーい!」
町の出口に差し掛かろうという時、こちらに手を振る女性が一人。
「ウェイス!無事だったのか!」
「無事と言いますか……まあ、何とか。えへへ」
「シャルデンテは一緒じゃないのか?」
「シャルは別行動するそうです『一足先にアブユルグで待つ』と伝えておいてって」
「そう、それじゃあ私たちはもう行くわね。頑張って」
「え、そんな……」
「…………」
「…………」
「…………何本気で落ち込んでるのよ」
「うぅ……だって」
「ああもう……!やり辛いわね、ついてきなさい」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「ラピュセルお前……」
「うるさい」
そんなこんなで俺たちは虹の刺す灰色の町を後にする。
目指すはグラニュートの待つレッドエリア。
場所:龍鳴峡谷―グレイタウン
S級モンスター:開闢の魔女(特記) 討伐を試みたものは死刑とする
A級モンスター:覇翼のグラニュート 250000000G
B級モンスター:該当なし
C級モンスター:ワイバーン(10体につき) 1000000G




