第三十一話:覇翼のグラニュート
「う……ん」
「リリカ!」
リリカは目を覚ます。
下半身があられもない姿になってしまっていたので俺のズボンを吐かせている。
「ご主人……うちは……」
「決めた、お前は俺の奴隷にする」
「…………」
「お前の命は俺が持つ。元々そうだったし文句はないな」
「はい」
これでいい。
リリカが自分の命を粗末にするならば、今はこうしておくべきだろう。
彼女を奴隷じゃなくする時は、幸せという感情を知ってからでも遅くはない。
「終わったかしら?」
「ラピュセル、何から何までごめんな」
「別にいいわよ、引きずる事でもない」
涼しい顔で答えるラピュセルは下着姿になっていた。
自慢のドレスは糞尿塗れになったのだ、当たり前の措置ともいえる。
黒の上下は些か俺にとって刺激が強かったが、元はといえば俺のせいだ。
何も言うことは出来ない。
「なあラピュセル、良かったら俺の上着でも着るか?」
「…………は?」
「え?なんか変なこと言ったか俺」
「い、いえ。そうではなくて」
ラピュセルにしては珍しく慌てた表情を見せる。
「そ、そうね。ええ。確かに竜の親玉に会いに行く格好じゃないわね」
「そうだろ?」
「……仕方ないわね」
「ほら、サイズ合わないかもしれないけどさ」
「くっさ」
「ええい!わざわざ嗅ぐな!」
ラピュセルはぶつぶつ言いながらぶかぶかのシャツを被る。
……………………………
いや、下着だけというのは過激な恰好なのは間違いないのだが。
下着の上にぶかぶかのシャツ一枚ってのもこれはこれでなかなか……。
「……なあラピュセル」
「いいわよ、どうせ竜には分からないわよ」
「まあお前が良いならいいんだが」
「これが終わったら覚えておきなさい」
「命だけはお助けを!」
そんなやり取りをしつつ俺たちは洞窟の最奥部へと進んでいく。
リリカの自殺願望ない今、驚くほど順調だった。
俺たちは少し開けた場所に出る。
「着いたわよ」
「おま、着いたって……」
目の前には無数のワイバーンが積み重なった塊があった。
「邪魔よ」
ラピュセルは足元の手ごろな石を一つ掴むと塊の方へと投げ入れる。
蜘蛛の子を散らすように無数のワイバーンが縦横無尽に羽ばたいていく。
ワイバーンたちに覆われていた本体がその姿を現す。
「じじい、来てやったわよ」
【開闢の巫女か】
「その名で呼んだら殺すって念を押さなかったかしら」
【はて、言われたような。言われなかったような】
緑色のワイバーンとは対照的な深紅の鱗を纏った巨大な竜がそこに寝ていた。
泉から湧き出る水のようにその竜からワイバーンが次々と誕生していく。
しかしこの場のワイバーンは決して俺たちに向けて襲い掛かってくることはなかった。
「あの覇翼のグラニュートと謳われた貴方が老いぼれるなんてね、正直泣けるわ」
【キサマのように自然の理に逆らう意味を見出せないだけだ】
「さあね。恋でもすれば若返るんじゃない?」
【ふん、戯言を】
そういうや否やその巨大な竜は立ち上がる。
パラパラとその竜の身体から鱗の欠片が剥がれ落ちていく。
それが地面に落ちるや否や輝きを放ち、ワイバーンへと変化していく。
これまでのワイバーン達はもとはと言えばこの竜の一部だったのだ。
それはフケやアカと何ら変わらない、生命の搾りカスにすぎない。
その竜はこちらに顔を近づけると値踏みするようにその巨大な瞳を向ける。
【して、この者が我の背に乗りたいと申すものか……ふむ、悪くない】
感心したようにグラニュートは唸る。
リリカに向けて。
【ミアキスの古代種、潜在能力も申し分ない。確かにキサマが一目置くのも道理よな】
「あ、いえ。そちらではなくて」
【む?】
「こっちよ」
ラピュセルは俺を指さす。
グラニュートは一瞬こちらを見るがすぐに目を逸らす。
目を逸らすな。
そんなまさかみたいな顔するな。
【えっと……】
「流石に傷つくなぁ!」
【虫か何かかと思った……え?こいつ?】
「ええ。そうよ」
「いや人間とか奴隷とかそういうレベルですらないのかよ!」
【こんなん奴隷にして養うとかもはや慈善事業じゃろ】
「ええ、全くそう思うわ」
「お前は俺の味方じゃないのかよ!」
「ご、ご主人はそんなんじゃありません!」
「おう、言ってやれリリカ!」
「ご主人は人の心を覗いてじわじわと嫌らしく攻めるのはすごい得意なんですから!」
「ねえこれ馬鹿にされてない?」
「…………詳しく聞かせてもらう必要があるようね」
「違うラピュセル!誤解だ!」
【もう良い】
「――っ!」
俺はその瞬間、全てを捨て横に跳躍する。
直後、俺が立っていた地面が爆発した。
一瞬だけ、グラニュートの右目が光った気がした。
【ふむ、心を読むというのは本当らしいな】
「……あんたは心核があるんだな」
【当然だ、我は周囲のゴミ共と違って生きているのでな】
「そうかよ」
A級モンスター。覇翼のグラニュート。
煌々と心核が深紅に輝いてる。
そこに浮かぶのは俺への殺意。
――やる気か、こいつ。
【余興だ虫ケラよ、わが翼を欲するならば我に力を示して見せよ】
「――ヤマト」
「下がってろラピュセル。リリカもだ」
俺は飛び出そうとしたラピュセルとリリカを制する。
武器もない、防具もない、経験値もない。
それでもどのみちここでこいつを倒せないようじゃワルプルギスに勝つなど不可能だ。
俺は山のように巨大なグラニュートを正面から睨みつける。
ラピュセルの足手まといを続けるのはもう沢山だった。
場所:龍鳴峡谷―グレイタウン
S級モンスター:開闢の魔女(特記) 討伐を試みたものは死刑とする
A級モンスター:覇翼のグラニュート 250000000G
B級モンスター:該当なし
C級モンスター:ワイバーン(10体につき) 1000000G




