第三十話:魔女狩り
「殺したら元も子もない、ここは引くでござるよイグルー殿」
「……神理眼」
「イグルー殿?」
イグルーの両目に十字が刻まれる。
光に包まれたかと思うと彼女の背中に天使の羽のようなものが生えた。
「ああだめだ、こりゃ全く聞いてないでござるな」
「暴食の魔女、シャルデンテ……!」
「魔女狩りの一族か。随分とその名を気安く呼ぶのね」
「貴様らを滅ぼす事こそ我が一族の宿願だああああああああああああ!」
イグルーは飛び上がると両手に銃を構えシャルデンテに発砲する。
白い弾道を描いたそれは屋敷そのものを吹き飛ばした。
「あーあ、拙者もう知らん。提案はしたでござるからな」
侍風の男は空間を切り裂くとその中へと消えていった。
「立て!この程度でくたばるわけがないだろう!」
「うるさいわねぇ」
上空にシャルデンテは浮いていた。
本来彼女がいた建物の二階の床があった場所から微動だにしていない。
四銃士と七魔女はかくして相対する。
彼女は欠伸を一つすると心底退屈そうにイグルーを見る。
「目くらましかと思ったけど。まさか今の攻撃のつもりだったの?」
「整地だ、室内で戦うよりもここの方が」
イグルーは消える。
いや、シャルデンテの背後に移動したのだ。
「私の力を発揮できるからなぁ!」
「あはっ!」
「――天使爪」
「――魔女爪」
イグルーは両手の銃をトンファーのように持つと殴りかかる。
シャルデンテはそれをいなし受け止めていく。
「――発射!!」
しかしイグルーはただ殴りあうだけではなかった。
ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!
攻撃が受け止められるや否や弾丸を発射していく。
「へぇ、銃を発射した反動で打撃の威力を上げてるの。でも弾が勿体ないんじゃない?」
「生憎だったな、無駄遣いではない」
「――くふっ!」
弾丸が四発。十字型にシャルデンテの背後に着弾する。
「……魔弾か」
「放たれた弾丸は必ず標的に命中する。我が一族が代々念を込めた弾丸だ」
「ああ、忌々しい」
「魔女の力は使えまい――聖十字!」
直後、シャルデンテを中心に凄まじい爆発が巻き起こり十字型の光の柱が天へと立ち昇る。
その光はこの街全体を神々しく照らした。
イグルーは手早く弾丸を詰め替えると小さくつぶやく。
「……まずは一匹」
「どうして人間というのは、ここまで傲慢になれるのかしらね」
「な……!」
「やはりあなたたちに魔法は早すぎる」
シャルデンテは無傷だった。
「ねぇ魔女狩り?あの子を殺してまで手に入れた魔法はどんな使い心地かしら?」
「何を言っている……私たちはお前たちから人間を守るために」
「ああいいわ、もう大体わかったから」
「なっ……!」
「遅いのよ」
気がつけば、シャルデンテはイグルーの首元を掴んでいた。
軽々と彼女の身体は宙へと持ち上げられる。
「ぐっああ……!」
「何代に渡って力を込めた弾丸なのか知らないけれど、底が知れるわね」
「貴様……!私達を何だと思って……!」
「ごめんなさいね、長く生きているとあなたのような雑魚を覚える余裕はないの」
「…………っ!」
「そうね、チャンスをあげるわ」
「何を……!」
「撃ってみなさい」
「……馬鹿にしやがってえええええええええええ!」
イグルーは両手の銃口をシャルデンテの両目に押し付ける。
「あははっ……!」
「くたばれえええええええええええええええええええええ!」
ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!
一発、二発、三発、四発、五発。
眼球に向け続けざまに引き金が引かれていく。
ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!
六発、七発、八発、九発、十発。
静寂が辺りを包む。
それは沈黙より静かな無であった。
潰れた弾丸が軽い音を立てて地面に落ちる。
「……終わりかしら?」
「うあ、ああ……!」
「魔女に会わなければ、魔女狩りとして幸せに暮らせたのにね」
「う、うううううううう」
シャルデンテは曇りのない瞳で真っすぐイグルーを見据えていた
イグルーはそこで初めて挫折と真の恐怖を知る。
「……お」
「んん?」
「お願いします、殺さないで……」
彼女はボトリと銃を地面へ落とす。
はじめから勝負になっていなかったと悟った彼女が行ったことは命乞いであった。
「それじゃ簡単なクーイズ」
「え?」
「レッドエリアとは何でしょうか?」
「…………!」
「じゅーう、きゅー、はーち、なーな」
「じ、人類が生きていけない場所!……とか?」
「ピンポンピンポーン、大正解~~」
「そ、それじゃあ」
「ええ、生かしておいてあげるわね」
「……?」
「ウェイスに殺しちゃだめって言われてるし」
「そ、それじゃあ……!」
シャルデンテの膝がイグルーの腹を貫く。
灰色の地面を赤い液体が染めていく。
「なーんちゃって」
「…………は?」
「何、裏切られたみたいな顔してるのよ……ふふ、ふふふっ……!」
「ぎ、ざ……ま。……あぇ」
「あははははははははははははははは!」
しばらくびくびくと動いていたイグルーの身体は程なくして停止した。
シャルデンテは恍惚な表情で自分の顔を掻きむしる。
「楽しい、楽しい楽しい楽しい楽しい――楽しいわ!」
憎悪と快楽と少しの後悔を混ぜた心の中で
彼女はこの感情を楽しいと名付けた。
…………
………………
「はぁ、はぁ……ひとまずここまで走れば安全かな」
天井が爆発してからというもの、ウェイスは洞穴の一つに逃げ込んでいた。
遠くから銃声と竜の咆哮が響き渡る。
「シャル、ちゃんと約束守ってくれるといいけど……」
「ああ、全くでござるな」
気がつけば隣に侍みたいな恰好をした男が一人、
「あなたは……!まさか」
「痛み分け。でござるな」
「へっ……?」
ウェイスの上半身が宙を舞う。
残された下半身からは赤い液体が噴き出し灰色の地面を染めていく。
「いや……割に合わない。か」
「が……あ……?」
「感謝するでござるよ、あの女を始末してくれて」
その男はにこりと二つの死体に微笑みかける。
「拙者、開闢の天使共は好かんでござるからな」




