第二十九話:グレイタウンを覆う影
「ダストン……!」
「お、親父ぃ……ぐるじい」
室内は豪華な装飾品で埋め尽くされていた。
その装飾の一つ、肖像画と同じ姿をした初老の大男がダストンを締め上げていた。
その男の胸にはこの町の市長であることを表す金の竜のピンバッジが輝いていた。
「このバカ息子が!どこの馬の骨とも知れない男との喧嘩に負けたのはまだいい……だが奴隷までも手放すとはどういうことだ!」
「悪かったよ、そんな貴重な奴隷だとは知らなかったんだ!」
「いくら支払ったと思っている!丈夫な奴隷が欲しいといったからくれてやったというのに!あれを雑種だと!?」
「す、すぐに取り返してくる」
「当たり前だ!どんな手段をとってもさっさと取り返してこい!」
どさりと地面に投げ出されたダストンは這いずるように外へと出ていく。
「……会談の途中なのだが、バカラ市長。そろそろいいか?」
「ええ、会談の途中にバカ息子が失礼しましたな」
金色の竜の装飾が施された竜皮ソファーに腰掛けた純白の女性は半ば呆れ気味に問う。
イグルー・ミカエル
力の均衡を保つ四銃士である彼女は冒険者ギルドの遣いとしてやってきていた。
「この条約は些か不平等に感じますな」
「うむ、しかし結ばず帰るとオーディン殿に怒られてしまうので調印して欲しいのだ」
「お言葉ですが、ギルドマスター様はこれを結ばないほうが良いと思っているのでは?」
「なに!?」
「……そんなわけないでござろう」
その彼女の隣にもう一人男性が同席していた。
その男はやれやれといったふうに肩をすくめて見せる。
古風なちょんまげな侍風の男だ。
「ははは、冗談ですよ」
「何だ冗談か。人との会話というのは、何とも難しいものだな」
「イグルー殿、相変わらず神理眼は使わないのでござるか?」
「うむ。能力に頼ってばかりだと対人に支障をきたすのでな!」
「いや、すでに……」
「む?」
「いや、なんでもないでござる」
「それにしても冒険者ギルドが町を守るかわりに黄金石灰のうち八割を徴収する……いくらなんでも滅茶苦茶すぎて話になりませんな」
「そうでござるか?命には代えられないと思うのでござるが」
「第一ここは地下の洞窟の奥にある街です、ワイバーンなど月に一度出るかどうか……」
「まあ見た感じは平和で豊かで、良い町でござるな」
「冒険者などこの町に不要なんだ、町の防衛など警備兵で十分」
「そこをなんとか。拙者たちを助けると思って」
「論外ですよ、こっちも慈善事業じゃないんだ」
「そうでござるか」
「冒険者ギルドの遣いと聞いて話に応じてみたがどうやらギルドマスターとやらは若く政治の経験が足りないらしい。勉強するよう言っといてもらえますかな?」
「いや、誠に残念だ」
侍風の男はイグルーに目配せをする。
イグルーは頷くと上に向けて銃を放った。
無音で放たれた弾丸は天井をいともたやすく貫通していく。
「拙者たちもできれば穏便に済ませたかったのでござるが」
「貴様!市長であるこのわしを脅すつもりか!?」
「まさか、冒険者がこの町に不要というのならば」
少し経過したのち町の上空にて凄まじい爆発音が響き渡る。
頭上の岩石が崩れ、町のいくつかを押しつぶした。
「冒険者に頼らないといけないようにすればいいだけでござる」
イグルーの銃から放たれた弾丸は天井を貫き、洞窟に守られた町に風穴を開けた。
時刻は昼、空には青空がのぞいているはずである。
しかし空は雲に覆われて、どす黒く染まっていた。
地響きのような音が辺りに響く。
無数のワイバーンの群れが町の上空を覆い尽くしていた。
「貴様らぁ!鎧化!」
市長の身体が鎧に包まれる、その手には巨大な剣が握られていた。
「ほう、ボンボンかと思いきや。なかなか上位の魔法を使うのでござるな」
「ふはははは!大枚はたいて買った甲斐があったわ!この鎧こそかの鎧匠ボルグレンの作りし最高傑作のひとつ!《絹の鋼鎧》!弾丸を通さない防御力にしてまるで鎧を着けていないかのように動くことが出来る逸品!反逆者共よ!貴様ら冒険者ギルドの行いは世界に伝えてやるぞ!」
市長は剣を握りしめると二人へと斬りかかる。
「イグルー殿、後は銃声が出る弾でござろう。ここは拙者が」
侍風の男は振り下ろされた剣を回避すると三発ほど鎧を殴る。
「馬鹿が!その程度の打撃が通じるわ、け……?」
鎧を装着した市長は立ち上がろうとする、しかし立ち上がれない。
「ば、馬鹿な!?動かんだと!?」
「馬鹿はそちらでござるよ」
呆れかえったように侍風の男は呟く。
「動きを阻害しない繊細な鎧など、少し歪めば動かなくなるに決まっているでござろう」
「貴様らあああ……!おい!誰が……!?」
叫ぼうとした市長の首が飛ぶ。
侍風の男が軽く撫でただけで鎧兜ごと切断されたのだった。
「さて、我々も撤収を」
「あら、あらあらあら?」
侍風の男とイグルーが撤収しようとしたその時だった。
一人の女性が、部屋の入り口に立っていた。
「脅して手配をやめさせようとしたのだけれど、どうやら先客がいたようね」
「貴様は……!」
「爆破事件の犯人自らお出ましとは。これは都合が良いでござる」
「私に罪でも擦り付けるつもり?まあいいわよ、はなからそのつもりだし」
その女性――シャルデンテはくすくすと笑う
「ついでに死体も増やしときましょうか」
街中に無数の竜の咆哮が響き渡る。
この町の均衡は今まさに破壊されようとしていた。




