第二十八話:幸運との闘い
洞窟の中は純白の鍾乳洞であった。
石灰質の地層と陸珊瑚の死骸が絡み合った地層を長い年月掛けて水が削ったのだろう、
無数の複雑で狭い足場、それ以外は奈落に通じてそうな穴がぽっかりと開いている。
静かになった洞窟内で、水音がかすかに聞こえる。
「ゴアアギャッ!?」
「酷いリスキルだ」
暗闇の中、どこからともなくワイバーンの鳴き声が聞こえてきては断末魔が響く。
結論から言うと、無数にいるワイバーンなどまるでラピュセルの敵などではなかった。
彼女はアリの群れを潰すかのように容易く竜の群れを葬ってみせる。
「ふう、この辺にいたのはこれが最後かしら」
「竜に同情するよ」
「知性のない魔物の相手は疲れるわね、恐怖という感情を知らないんですもの」
「感情がないのによく生きれるな」
「生きているとはちょっと違うわね、魔物というのは究極的には術式だから……
生き物というより自然現象のほうが近いわ」
「術式ってことは、使い魔みたいなもんなのか?」
「理解が早いのね、こいつらの元になっている奴にこれから会いに行くの」
「元って……」
一昨日見た空を覆い尽くすような竜雲を思い出す。
あれでも全体から見ればごくごく一部なのだろう。
それを生み出し続ける存在がとてつもなく強大であろうことは容易に想像がつく。
「心配しなくていいわよ、自分が生んだワイバーンの操作もロクに効かないジジイだから」
「それは却って危険なんじゃないか?」
「ジジイの取り巻きのワイバーン共がどう動こうと関係ないわよ」
「凄い説得力だ……」
「あの、ご主人」
「ん?どうしたリリカ?」
「ラピュセルさんとは、その、長いんですか?」
「いや全然?なんなら三日くらい前に会ったばかりだぞ」
「え?」
リリカは本気で驚いたかのような表情をする。
「どうした?」
「いえ、ずっと一緒にいたような雰囲気だったので。つい」
「こいつが馴れ馴れしいだけよ」
「お前も一緒だろうが!」
「よいしょっと」
ラピュセルは小石を拾うと指でぴんと天井に向けて弾く。
俺の真後ろに頭がつぶれたワイバーンが落下してくる。
「手動レールガンってね」
「お前さ、実は魔法使えなくてもさほど不便じゃないだろ」
「そんなことないわよ、こうして取りこぼしが居たわけだし」
「そういうものか」
「そういうものよ」
「――きゃっ!」
リリカが突然倒れる。
派手に転んでしまったようだ。
「リリカ! 大丈夫か!?」
「はい。すいませんご主人、ここの起伏に躓いちゃったみたいです」
「謝る必要なんてないんだよ」
「え……?」
「怖いなら怖いでいいんだ、辛いなら歩く必要もない」
「ご主人……」
「平気か?歩けるか?」
「はい」
俺はリリカの頭を撫でてやる。
彼女は気持ちよさそうに目を細めた。
「とりあえず向こうまで一気に運ぶから二人とも捕まりなさい」
「ああ、ありがとうラピュセル。ほらリリカも」
「はい」
ラピュセルは俺とリリカを両脇に抱えると飛び上がる。
足場を破壊するほどの威力を秘めた跳躍。
その振動が洞窟全体に響いたその瞬間だった、
天井が崩落し俺たちの上に降り注いでくる。
「なっ――?」
ラピュセルの脇から滑り落ちるようにしてリリカが崖の下に落ちていく。
その下は何も見えない奈落の穴だ。
「おい!ラピュセル!」
「ちが、私は――」
「いいから!」
「チッ!」
ラピュセルは忌々しそうに舌打ちすると俺を崖の上に投げ飛ばす。
運がいいことに俺は間の岩に当たることなく無事着地することが出来た。
ラピュセルは自分に降り注ぐ岩盤を踏みしめて、再度リリカの方へ飛ぶ。
リリカに追いつくために、さらに深い奈落の下へ全速力で落ちていく。
『ゴアアアアアアアアアアア!』
その時、この広場に幾重にも重なった竜の咆哮が響き渡る。
崩落した天井の穴から無数のワイバーンがこちらを覗いていた。
嫌な予感は一瞬で確信に変わる。
そのワイバーンたちは一斉に俺の方へと飛び掛かってきた。
俺の周りには誰もいない。
その竜たちは一斉に口を開ける。
目を閉じる前に移ったのは剥き出しの牙。
「――――――っ!」
牙が肉を潰し、咀嚼し、かき混ぜる嫌な音が耳に聞こえる。
しかし体に痛みは感じなかった。
恐る恐る目を開ける。
「――え?」
俺の前には、リリカが立っていた。
ラピュセルが投げ飛ばしたであろう、リリカが俺の代わりに無数の牙に噛み切られていた。
「う……あぁ……っ」
「え……?」
「っ――!はああああああああああああ――!」
ラピュセルが戻り、我先にと肉の山分けを始めたワイバーンを瞬殺する。
だけどそれが何だっていうんだ?
リリカが、リリカが。
彼女は既に下半身を食いちぎられていた。
純白の地面に血だまりが広がっていく。
冷えた洞窟内に、広がる血液のかすかな温もりが伝わって。
「おい!ラピュセル!何ぼーっと見てんだ!」
「嫌よ」
「お前が招いたことだろうが!!さっさとリリカを助けろ!」
「嫌よ」
「おまえはリリカを殺す気なのかよ!」
「…………絶対幸運」
ラピュセルは淡々と言葉を紡ぐ。
血の通っている人間とは思えないほどこの状況で冷徹に言葉を紡ぐ。
「これは彼女が望んだことよ」
「何を、いってるんだよ……?」
「そしてあなたが招いたことよ」
「てめぇ言い訳も大概に――!」
ラピュセルに殴りかかろうとしたその時だった。
「ぅ……ご主人……?」
「…………リリカ!?」
「怖い……なぁ……やっぱり、怖いや……」
微かに彼女は息があった。
下半身のない身体で、うつろな瞳でこっちを見る。
それならば――まだ助かる。
チートギフトで彼女の再生能力を限界以上に引き出せば
彼女は助けられるはずだ。
「リリカ!生きたいって思え!お前が望めば俺は」
「いい……です。うちは」
しかしリリカは力なく首を振るだけだった。
何でだよ、何でだよ。
さっきまで何事もなく静かについてくるだけだったのに。
これじゃあまるで彼女が自ら死ぬことを選んだみたいじゃないか。
「何が良いんだよ!これからだろうが!」
「うちは……きっと今が……一番幸せで…………」
「そんなわけないだろうが!そんなんこれから俺がいくらでも……!」
「今死ねる……な、ら。それが一番いいんです」
「何を言ってるんだよ!おい!?」
「失うのは……もっと怖いから……」
何を言ってるんだ、こいつは
リリカの心核から次々と吹き出てくるのは
『一刻も早く死にたい』
そんな想いばかりで。
何で生きたいという望みが出てこないんだよ。
それはあまりにも唐突な事で。
全く理解が出来ない、意味が分からない。
「……彼女はとっくに心が壊れて、死んでるわ」
「生きてるだろうが!!こいつは生きて、幸せになろうとしてただろうが!」
「はじめから、未来を歩く力は奴隷には残っていやしないの」
「お前が勝手に決めるなよ……!リリカ、少し踏み出すだけでいい!それだけでお前は生きていける!そんでもって生きたら――俺が幸せにしてやる!」
「ああ、やっぱり。これが幸せだったんだ」
リリカはうつろな瞳を閉じる。
「こんな幸せなうちに死ねるなんて、なんてうちは幸せだったんだろう」
「馬鹿野郎おおおおおおおおおおお!」
憑き物が落ちたように彼女の身体から力がだらりと抜ける。
それ以降、いくら揺さぶっても彼女の返事はなかった。
…………
………………
「うぐっリリカ……幸せにするって言ったのに……!なんで俺を信じなかったんだよ!」
「いいえ、彼女はあなたを信じてたわ。心の底からね」
「……適当なこと言ってんじゃねぇぞ」
「あなたが下手に優しくしなければ、きっと死ぬことはなかった」
「てめえええええええええええええ!」
それは衝動的な行動だった。
俺はラピュセルに思いきり殴り掛かる。
しかしラピュセルは全く避けようとせず、顔面で俺の拳を受け止める。
彼女は微動だにせず、逆に俺の右手が悲鳴をあげて軋む。
「――――ぐっ!」
「ねぇヤマト。何で私が避けないと思う?」
「俺が……無力だからだろ」
「違うわよ、馬鹿」
「じゃあ何だって言うんだよ」
彼女は俺の方を真っすぐと見つめていた。
その瞳には何を見ているのか、俺に知る由はなかった。
「人に触れる事の痛みを知るべきだからよ」
「……どういうことだよ」
「あなたが今私にしたことと、リリカベルにしたことに何か違いがあって?」
「…………っ!」
勝手に正義ぶって、人の想いを知らないで。
認められた気でいて、自分の考えを押し付けて。
人の心を踏みにじる。
「俺は………俺は…………」
さっきまで振り回していた右手がやけに痛い。
ごめんなさい。
「ごめん、ごめん……!」
俺はリリカとラピュセルに向けて頭を地面に擦りつける。
「あの時、リリカを助けなきゃよかったのかな」
「こういうのもなんだけど、彼女は幸せだったと思うわよ」
「――なあ、ラピュセル」
「――なに、ヤマト」
「幸せってなんだろうな」
「その人にとって望みが叶った瞬間の事よ」
「でも……俺はやっぱりあいつの願いがあいつを幸せにしたと思いたくねぇよ」
「そう」
「死人であったとしても、俺はリリカの望みを認めたくない」
「リリカの意思を否定するの?」
「ああ」
「……ふ」
彼女はそこで初めて少し柔和な笑みを浮かべる。
「何がおかしい」
「少しは懲りたかと思えば……そこまで馬鹿だったことが予想外だっただけよ」
「分かってるよ」
「あなたはこれから自分が全く理解できない者達と沢山会うことになる
彼らなりの幸せを、あなたは否定するの?」
「認めねぇよ、認めてたまるか……!」
勝手に正義ぶって、人の想いを知らないで。
認められた気でいて、自分の考えを押し付けて。
人の心を踏みにじったとしても。
俺はリリカに生きていて欲しかった。
俺はリリカに俺が思う幸せを手に入れて欲しかった。
リリカは死んだ、そんな俺の浅はかな考えのせいで。
でも、俺はその浅はかな想いを否定したくはなかった。
「ふっ……くくっ!大した魔王様だこと」
ラピュセルは笑う。
「普通はね、自分の考えで人が死んだら《自分は間違っていた》と思うものなのよ?」
「ああ。でもそれは、リリカが一生奴隷で幸せを知らないほうが良いって事だろ」
「ええ、そうね」
「だったら……俺の考えは変えるつもりはない」
「リリカが間違っているって言うの?」
「ああ、リリカの死から何かを学ぶことを成長というのなら。俺はそれを否定してやる」
「あなたは狂ってるわ、魔女と同じくらいね」
「狂ってていい、異世界人だからな俺は」
「ええ、だからこそあなたは魔女と歩む資格がある」
彼女はリリカのあられもない死体を拾うと地面に転がした。
「さて、次はこいつに説教することにしましょうか」
「説教……?」
「私はね、あなたを傷つけたリリカベルも許すつもりはないの」
「まさか……!」
「あら?知らなかったの……」
ラピュセルは邪悪な笑みを浮かべる。
「私は魔女なのよ?魔王様」
ラピュセルは自分の胸の中に腕を突っ込む。
「死人に幸福という感情はない、今なら絶対幸運を無視できる」
「ラピュセル……!」
ラピュセルは自分の心核を取り出すと、リリカの中にその心核を移すと砕く。
リリカの亡骸を暴力的な光が包む。
それは彼女の意思を否定し、死を脅かす冒涜的な輝きだった。
ボコボコと肉体が泡立っていき。
彼女の欠けた下半身までも容赦なく再生させていく。
「生命開闢」
「う……ん?」
リリカがゆっくりと目を開ける。
「あれ……?私は、なんで?」
「気が付いたかリリカ!」
「待ちなさいヤマト」
ラピュセルは駆け寄ろうとする俺を制止する。
リリカは泣いていた、しかしそれは――喜びの涙ではなかった。
「なんでそんな余計な事をしたの?――折角、死んで幸せになれたのに!」
リリカが叫ぶと同時に洞窟に地響きが響く。
洞窟中から無数のワイバーンが再度現れ襲い掛かってくる。
地面が大きく揺れ始める。
天井を破壊し無数の隕石が降り注いでくる。
彼女の絶対幸運。
リリカの、もはや自殺することにのみ特化した能力。
しかしラピュセルは、それを見て不敵に笑ったのだった。
「力の使い方を教えてあげる。よく見ておきなさいヤマト」
彼女は絶対幸運を前に立ちふさがっていた。
運命を前にして、気高く立ち向かっていた。
それも自分の為ではない、俺のために彼女は戦っていた。
「理不尽な力というのはね、理不尽な運命を壊すためにあるのよ」
そう言うや否や彼女は飛び上がる。
無数のワイバーンを葬り。
地面を殴って地震を止め。
降り注ぐ隕石を蹴り飛ばしていく。
右手が滑って彼女を殴りそうになれば、左手をそれ以上の速度で動かし右手をはじく。
リリカに降りかかる不幸を全て力でねじ伏せ、薙ぎ倒していく。
「何で……?何で助けるの!?私は死にたいのに!」
「決まってるじゃない。あなたを不幸にするためよ」
ラピュセルは笑う。
「だって私。あなたの事が嫌いなんですもの」
「リリカ!リリカベル!」
俺は力いっぱい叫ぶ。
「お前を死なすわけにはいかない!生きる覚悟をしてもらうぞ!」
「ご主人!放っておいてください!私は今が一番幸せなんです!」
「そうかもな!お前の幸せを考えるならここで死なせるほうがいいかもしれない!」
「だったら!」
「だけどな!不幸じゃなくなることは、幸せじゃねぇ!!!」
「……!」
「それを知らないまま死ぬってのは不幸そのものなんだよ!」
「そんなの、そんなの……!ご主人がそう思ってるだけじゃないですか!」
「ああそうだ俺はお前の敵だ!お前が死ぬと俺が不幸になるからお前と戦ってる!」
「なんて勝手な……!」
「勝手なのはお互い様だ!似てるのかもな俺たちは」
「だったら……!」
「それでも、死ぬのは怖かっただろうが!」
「……!」
「これでいいか迷ってるのは、お前も同じだリリカベル!」
「くっ……!」
「死んでも――ちっとも幸せじゃなかったろう?」
「……!」
「でかしたわよヤマト、ほんの少しあいつの決意が揺らいだ」
「ラピュセル!」
「ええ」
ラピュセルは俺の襟を掴むと、リリカへ向けて俺をぶん投げる。
「行ってきなさい」
「うおおおおおおおおおおお!」
それは彼女の一瞬の心の隙を突く速度だった。
まるでブレーキの事を考えてない、容赦も躊躇もない亜音速。
俺はリリカをしっかりと見据える。
俺が正しいと思ったことが正しいんだ!
俺たちの前に立ち上がるフラグなんてものは全部へし折ってやる!
あいつをこんな暗闇の中に置いて行ってたまるか。
これは俺たちが光の中で歩んでいく物語だ――!
「高らかに唄え《チートギフト》!幸福な女神よ!《リリカベル》!」
彼女の心核を破壊する。
俺と共に歩んでみたいと、かすかに思ったリリカの願いを救いあげる。
心核から光が放たれ、リリカを包んでいく。
それは濁って黒く、決して綺麗な輝きではなかった。
しかしそれは確かに命の輝きを放っていた。
ラピュセルが俺たちを抱きとめようとする。
自分が投げた以上の速度で回りこんできたのだ。
しかし、勢いを殺すことが出来ず凄まじい速度で彼女も背後へ飛ばされる。
その背後は崖へとつながっていた、三人とも崖の外に投げ出される。
俺たちはそのまま崖の下へと落ちていった。
…………
………………
結論から言うと、俺たちは無事だった。
幸いにも地面はドロドロした液体なもので満ちておりクッションになったからだ。
「全く……手間のかかる奴らだわ」
「助かった、のか?」
「彼女の体を蘇らせたのは私だけど。彼女の心を蘇らせたのはあなたよヤマト。誇りなさい」
「……」
「っておい!リリカ!?リリカ!?」
「騒がないで、においがひどすぎて気絶してるだけよ」
「におい……?くっ!?」」
そこまでいって強烈な悪臭が立ち込めていることに気付く。
周囲を見ると黄金色に輝く液体のようなもので満ちていた。
だが鼻が曲がりそうだ、糞尿のような臭いで満ち溢れている。
「ここはワイバーンの肥溜めですもの」
「肥溜め……トイレって事か!?」
「ええ、これがグレイタウンの宝よ。ひと握りあれば作物が一瞬で育つ魔法の肥料。
ただ原液だと猛毒だから、あまり漬からないようにした方がいいわよ」
ラピュセルは俺たちを持ち上げ、この黄金の沼につからないようしていた。
自分の身を沈めながら、俺たちを守っていた。
「おまえ……!そんなこと言ってがっつり漬かってるじゃねぇか!」
「ええ、浮くために埃避けの魔法も使えなかったし最悪だわ」
ラピュセルは俺たちを崖の上に放り投げると自分も戻ってくる。
ラピュセルの身体中からぼたぼたと金色の液体がしたたり落ちてくる。
糞尿は彼女の服にすっかり染み込んでしまっていた。
「ま、あそこに飛ばすしかなかったから仕方なしね」
「だからって。ラピュセル、お前……なんでそこまで」
「あら?言わなかったかしら?」
ラピュセルは糞尿に塗れつつも笑顔を向けてみせた。
「何があっても、私はあなたを守るって」
それは黄金よりも眩しく、気高い笑顔だった。
場所:龍鳴峡谷―グレイタウン
S級モンスター:開闢の魔女(特記) 討伐を試みたものは死刑とする
A級モンスター:覇翼のグラニュート 250000000G
B級モンスター:該当なし
C級モンスター:ワイバーン(10体につき) 1000000G




