第二十二話:グレイタウンの人並み
洞窟内部にある街だけあって朝起きても空は暗いままだった。
俺は救民院と呼ばれる施設に並んでいた。
聞くところによると、ここは無料でご飯を食べさせてもらえるらしい。
普通にお金を払って適当なレストランに行くこともできそうなのだが……
別れ際のラピュセルの言葉がありありと思い浮かぶ。
「これからは金貨一枚減るごとにあなたの指を一本折るわ」
そんな短歌な啖呵を切ると、彼女は夜闇に消えたのだった。
これまで聞いてきた短歌の中ではダントツで一番物騒なものだ。
どうやら俺は彼女を闇金融にさせてしまったらしい。
金貨1枚1ギルにつき100セプトだった。
俺は3日滞在するために25日分の宿代を支払っていたことになる。
仕方なかったとはいえ、ラピュセルが怒るのもある意味当然ともいえよう。
全財産は金貨5枚のみ、つまり1円でも使おうものなら指が一本折れる。
うまい棒より安いな、俺の指。
今は財布に金貨3枚入れて持ち歩いているが、恐らく使うことはないだろう。
「お次の方、どうぞ」
「パンの耳とか泥水とかでも仕方ないよな……」
俺の番だ、食べ物が乗ったトレーを受け取る。
健康に悪いものが多少出たところで、指の骨が折れるよりかは健康的だろう。
トレーの上には真珠のように輝くミルク、虹色の葉で彩られたサラダ、
肉汁溢れるステーキや黄金の果実など様々なものが並べてあった。
「高級食材的な奴じゃないのか、これって……」
席に着き、周りを見渡す。
ぼろきれに身を包んでいる人もいれば、ドレスを着ている人もいる。
ただ皆は一様に同じものを食べ、分け隔てなく世間話に華を咲かせている。
そこに身分の違いはないように思えた。
ステーキを切り分けると、口の中に入れる。
塩や胡椒といった味付けはないものの、目の奥にジワリと浸み込む味だ。
虹色の葉は齧るだけで様々な野菜の味がした。
ニンジン、アスパラ、トマト、玉ねぎ、じゃがいも。
これだけでサラダが成り立つのも頷ける。
真珠のように輝くミルクは、ほのかに甘い中に塩の風味が微かにある。
それは決して濃厚すぎず、食事の邪魔になるようなことはない。
むしろこれ一つが料理そのものと言っても過言ではないくらい複雑で芳醇な味わいだった。
「美味いな……めちゃめちゃ美味い」
「お、あんちゃん。この町に来るのは初めてかい?」
向かいに座った頭頂部が眩しい大柄の男が話しかけてくる。
上半身裸の上にレザージャケットを羽織っている、体中に傷跡があり見るからに柄は悪い。
「ああ、この町はいつも無料でこんな豪華な飯が出てるのか?」
「そうともよ!幸福の町の異名は伊達じゃねぇだろう?」
「まあ、そうだな」
「なにか分からねぇことはないか?俺が教えてやるよ!」
「嘘だな、新入りを狙って金を巻き上げるなら相手を選ぶといい」
「……チッ!」
その革ジャケ野郎は露骨に舌打ちする。
結論から言うと、俺は途中から心核を覗いていた。
人の心を見て、悪意があると分かれば詐欺に引っかかるわけがない。
あの男の心核には、俺から無理やり金貨を奪い取っている光景が映っていた。
おおかた情報の対価とかいいつつ奪ってくるつもりだったのだろう。
すまないが今、俺が握る財布の紐は握っている指の骨より硬い。
「おめぇが陰気な面してるからバレたじゃねぇかよ!おら、行くぞ!」
革ジャケマンが席を立つと隣の席にある椅子を苛立たし気に蹴とばす。
そこに座っていたフードを被った女の子は地面に放り出される。
手に持っていたコップに入っている牛乳が床に散乱する。
「てめっ……!」
「すいません、ご主人」
彼女は何事もなかったかのように床から立ち上がると後に続いて出ていく。
二人組だったのか……黙々と食事をとっていただけだったので全く気付かなかった。
「それはそれとして、情報は集めないといけないんだよな」
今のやり取りで周辺では多少目立ってしまったが、逆にチャンスと言えるだろう。
さて、この食堂で俺に一番好意的なのはどいつだ。
ふむ。あそこのおっさんが一番か、次点で向こうのお姉さんだな。
「すいませんお姉さん、ちょっといいですか?」
俺は向かいの席まで歩き蹴倒された椅子を元に戻す。
床に落ちたコップを拾い元に戻すとそのお姉さんの元へ移動した。
「ちょっと町について色々教えてほしくて」
「うふ、いいわよ可愛くて勇敢なボク」
「…………ん?」
「アーシが何でも教えてあ・げ・る♥」
文面からは想像できないほど声が野太い。
何ということだ、お姉さんじゃなくてオネエな人だった。
…………
………………
「あいつのせいでこの町の印象がドンドン悪くなるのよ、ほんとうに清々したわぁ!」
「いつもあんな感じなんだな……」
「外のお金なんてみんな欲しがっているもの、坊やもレート通り支払っちゃだめよぉ?」
「あ、あのさ……参考までにどのくらい離れてるもんなんだ」
「そうねぇ、例えばギル金貨とかになると大体相場の20倍かしらぁ」
なんてことだ、俺は3日泊まるために500日分の宿泊代を払っていたのか。
この情報だけはラピュセルに悟られないようにしないといけない。
「き、気を付けないとな……そんなお金なくてもここで食べれるし必要なくないか」
「みんな暇を持て余しているし、娯楽を求めるとどうしても必要になるから仕方ないわよ」
「働かなくていいからって事か」
「ええ、まあ外貨が欲しいなら働かないといけないけどねぇ」
「……そりゃ宿屋がいっぱいあるわけだよ」
宿屋ほど外からきた人間向けの商売もないだろう。
いや、冒険者ギルドとかいう組織もあったな。吹き飛んじゃったけど。
「それじゃ冒険者ギルドみたいなのは大事にしないといけない感じか」
「あ、ちょっと。冒険者ギルドの話題は……」
「冒険者ギルドじゃとぉ!?」
隣で黙々と飯を食っていた初老くらいの男性が急に声を荒げる。
「大事にしないといけないわけないじゃろうが!奴らは悪魔じゃ!」
「そうだそうだ!」
それに呼応するかのように内部に怒声が広がっていく。
「俺たちが必至こいてトンネルを掘って!鉱山への道を作った!」
「昔の苦労があったから、今こうして暮らしていけるんだ!」
「それがどうだ!奴らは後からやってきて、この国の財産を盗んでいきやがるんだ!」
「何が依頼じゃ!ただの盗人が!!!」
「おまけに竜殺しまでやりやがる!」
「外貨目当てに連中に竜を殺す武器を売りつける奴も同罪だ!」
「石漏れ灯の館が吹き飛んだらしいじゃねぇか!清々したぜ俺はよ!」
悲報。冒険者ギルド、めちゃくちゃ嫌われていた。
だがもっと悲報なのは好き勝手に怒鳴っていた奴らの目が徐々に俺の方へ向いていく事だ。
「で、おまえは冒険者ギルドの人間なのか?」
「ちょっと、そんなことはどうでもいいでしょぉ!?」
どっちかというと冒険者ギルドを吹き飛ばした側だ。
そんなこと言ったら店から出た瞬間捕まりそうだな。
「どうでもいいことあるか!俺はダストンを応援してたんだぜぇ!」
「そうだそうだ、あいつはガラ悪いが結果として町を守ってる!」
ダストンとは、どうやらさっきの革ジャン男らしい。
身を守るためにも場を納めなければ。
「俺は冒険者ギルドの人間じゃねーよ」
「だったら何だって言うんだよ!」
「この町によった旅芸人だ」
「嘘つけ!だったら証拠を見せてみろ!」
「証拠? 仕方ないな……」
俺は立ち上がると襟元を但し、施設内の少し広い場所に移動する。
ただならぬ気配を察知したのか、店内が静まりかえる。
やれやれ、ここで前世の知識を使う時が来るとはな。
俺は大きく息を吸い込む。
「今から数字を数えて、3の倍数と3がつく数字の時だけアホになります」
場所:龍鳴峡谷―グレイタウン
S級モンスター:開闢の魔女(特記) 討伐を試みたものは死刑とする
A級モンスター:覇翼のグラニュート 250000000G
B級モンスター:該当なし
C級モンスター:ワイバーン(10体につき) 1000000G




