第十八話:雨が降る街
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外は豪雨だった、時折雷の音が鳴り響く。
ワルプルギスは冒険者ギルドに戻っていた。
自室に籠ると書類に目を通すと万年筆でサインをしていく。
ドカン!
それはひときわ大きい雷が鳴ったのと同時だった。
ワルプルギスが万年筆を置くと同時に窓が破壊され、異形の怪物が部屋の内部へと入ってくる。
「いい加減この部屋も変えようかなぁ、毎回こう壊されたんじゃ修理が面倒だよ」
「――ここが、人類の本拠地だな?」
頭蓋骨が四つ、菱形に並んだ頭部。その体に無理やりつなげたような龍の体。
そのあり様、存在そのものがこの世界に不幸を告げているようだった。
ワルプルギスはまるで分り切っていることを確認するかのように冷めた口調で尋ねる。
「――えっと、確かキミはA級で手配してた多次元のダルグベルグだったかな」
「――如何にも。我こそはダルグ・ベルグ、無限の時空の彼方より生まれいでしもの。
儂の能力は儂に対して敵意を持った相手を問答無用で殺す概念即殺
そして一切自分の身に不幸なことが起こらぬ絶対幸運
並行世界の儂全員を同時に殺さねば何度でも復活する無限存在
貴様がいかなる力を用いていたとしても我を倒すことは万が一にも不可能。
この世界をいただくために手始めに人類の拠点となるこのギルドを潰すことにした」
「遺言はそれで終わりかい?」
「……?」
ダルグベルグは自分で自分の心臓を抉り取っていた。
「がっ……!ああ……?しかし、これは……?馬鹿な、そんなことがあるか!」
「復活できないの?たまたま多次元にいる君が同時にみんな死んじゃったかな?」
「ば、ばかな……儂に敵意を……!」
「ごめんごめん、遊ぼうとしただけなのにうっかり殺しちゃった」
「そんな都合の良いことが……!」
「簡単なことだよね」
ワルプルギスは至極つまらなさそうに言葉を紡ぐ。
「どの能力も《死ぬのがラッキー》と君がそう思っただけで意味がなくなる能力じゃないか」
「……やっと死ねるというこの思いさえも、貴様の掌の上だというのか」
「あたりまえじゃないか、ボクの前に立ってる時点で君に意思なんてないんだよ」
程なくして、世界を簡単に滅ぼせたはずのその骸は静かにその場に横たわっていた。
雷鳴が二つほど鳴り終わったころに、ようやくバタバタと警備兵が駆け込んでくる。
「オーディン様、侵入者です!い、いいいい一説ではA級モンスターではないかと」
「ああ、ちょうど良かった。そこの死体片付けといてくれよ」
「ひっ…………!さ、さすがはギルドマスター殿!?しかし、こやつはまさか……?」
「A級なわけないだろ?そしたらボクはとっくに死んじゃってるよ」
「確かにそうですな!手配書と似ているだけの下級モンスターでしょう!いや紛らわしい」
「そうだ、それでいい」
オーディン、それがワルプルギスの表の名前だった。
警備兵が死体を片付けるための応援を呼びに駆け出していく。
「そもそもボクと戦ってる時点で……ボクの世界に邪魔だと判断されてるんだよ」
ワルプルギスは軽く伸びをすると再び作業に取り掛かる。
書類に書かれた新種のモンスターの生態報告書に目を通し、ペンを執る。
「さてとこいつは……まあA級ってことにしといてやるか。今さっき数減ったし」
彼女にとってはA級もB級もC級も、そのあたりにいる蟻と何ら変わらない存在だった。
冒険者をすべて束ねるギルドマスター、オーディン。
終焉の魔女、ワルプルギス。
彼女がこの地位にいるのは、ひとえに暇つぶしに他ならない。
しかし彼女が政治ごっこに夢中になりはじめてから、人類は確かに繁栄を始めていた。