第十六話:竜雲
荒野を走る大型のバイクが二台。
黒いほうをラピュセルが、赤いほうをシャルデンテが運転している。
ウェイスはシャルデンテに、俺はラピュセルに抱き着く形でバイクに乗っている。
当然のように整備されていないので大型バイクであるにもかかわらずとても揺れる。
しかし俺はバイクの振動が心臓の鼓動を消してくれるので助かった気さえしていた。
「あれだけいたメイドはどこ行ったのよ」
「片づけたわ。あれ全部、私の分身だから」
「そういやお前は何にでも化けられるんだったな」
「ええ、このくらい朝飯前よ。ラピュセルと違ってね」
「別にいいわよ、羨ましくもない」
そんな他愛もない会話をしつつバイクを走らせていく。
城を出てニ、三時間くらいは立った頃だろうか
突然、空が曇り始める。
周囲は青空が広がっているにもかかわらず頭上のみ雷雨を思わせるどす黒い雲が覆っていた。
ゴゴゴゴと、雷か地響きを思わせる音も聞こえてくる。
「雨でも降るのか……?」
「私たちを狙うなんて余程飢えてるのね。グランニュートの奴もいい加減寿命かしら」
「は?グラなんとかがどうしたって?」
「知り合いの竜よ……もっともこの様子だと先は長くなさそうだけれど」
「その竜がどうしたって言うんだよ」
ラピュセルは右上を空に向けて立てる。
「これ、全部竜だから」
「は?」
よくよく目を凝らすと上空の雲は無数の黒い粒の集合体であることが分かる。
聞こえてくる地響きのような音、これは全て竜たちが発している鳴き声だった。
「何だこの夥しい竜の群れはぁ!?」
「C級モンスターのワイバーンですねぇ」
「おい学者!?もうちょっと緊張感ないの!?」
「この規模の群れは竜雲と呼ばれ並みの軍隊では歯が立たない災害です、
竜鳴峡谷と呼ばれ人が寄り付かない理由ですね」
「それってやばいってことだろ!?」
「私もですね、最初の方は凄い怯えてたんですけど……」
バイクが停車し、砂を踏みしめる音がする。
俺たちの前にラピュセルとシャルデンテが並んで立っていた。
「もう慣れちゃいました」
「「じゃんけんぽん」」
「私の勝ちね、頼んだわよラピュセル」
「……はいはい」
そう言うと彼女はその場から消える。
数秒後、次々とワイバーンの死体が落下してきた。
それも一匹や二匹でなく数十匹単位で、さながら死体の雨だ。
「死体に埋もれそうなんだけど!ここ離れたほうが良くないか!?」
「150、220……。すごい、魔法も使わないでここまでの体術が……!」
「……チッ」
驚く俺とウェイス。
しかしシャルデンテは忌々しそうに顔をしかめただけだった。
「伏せてなさい……砕地爆発魔法」
「うわっ!」
「きゃあああ!?」
はるか上空で爆発した筈なのにこちらにまで凄まじい衝撃波が伝わってくる。
頭上を覆い尽くしていたワイバーンの群れは跡形もなく消し飛んでいた。
ワイバーンの大群で埋められた影がなくなり、再び日の光が大地を照らす。
少ししてからラピュセルが地面へと降り立った。
「危ないじゃないの」
「……ねぇラピュセル、何で最初からこうしないのかしら?」
「別にいいじゃない、あれで十分だったわ」
「バイクもガソリン使ってるしさっきから様子がおかしいわよ?もしかしてあなた――」
「うるさいわね」
「魔法が使えないの?」
「…………」
「さしずめ砕星魔法の反動ってとこかしら?
転移魔法も使わない理由もそれね?回復まで何日かかるのかしら」
「そ、そんな状態で他の魔女と戦う気なんですか!?無茶ですよ!」
「うるさいっつってんでしょ」
ラピュセルは忌々しそうに顔をしかめる。
「それは私があいつから逃げる理由にはならないのよ」
「……ま、それはそうね。だいたいあいつ相手に魔法が使えるかなんて誤差だし」
「そんなになのか」
「未来改変だもの。致命傷を与える魔法なんて《打たなかったことにされる》のがオチよ」
「……滅茶苦茶すぎる」
何て滅茶苦茶な能力をしているんだ。
能力を聞けば聞くほど絶望する。
「あいつの能力を喰らわない方法は一つだけ、《あいつの人生に関わらないこと》
それだけよ。あいつが変えられるのはあくまであいつ自身の未来だけだもの」
「……それは」
「簡単よ?ラピュセルに関わらなければいいの、あいつにはそれしか見えてないから」
「……手遅れじゃなかったとしても、それは出来ない相談だな」
きっと予言の中の俺は、最後までラピュセルの隣にいたのだろう。
待てよ?
「ということは、あいつの感じ取れる範囲内じゃないと改変は置きないのか?」
「まあ言い方を変えただけだけれど、そうなるわね」
それはつまり俺がラピュセルに殺される未来をあいつが作ったとするならば
その瞬間、確実にあいつは俺とラピュセルの目の前にいるということだ。
どっと肩の力が抜ける、どうやら知らない間にずっと力んでしまっていたらしい。
そりゃあっさりばれるわけだ。
じゅるじゅると音がする。
その方向を見るとシャルデンテが右手をかざしワイバーンの死体を吸い込んでいた。
「何やってんだ?猟奇的な食レポでも書くつもりか?」
「格納してるのよ、折角残ってる死体があるのだから。
20体くらい貰って次の街で売れば当面の生活資金にはなるでしょう?」
「全部持っていけばいいじゃないか」
「私はそれでもいいと思うけれどね」
「絶対ダメです」
「こんな感じでウェイスが目立つの嫌うから」
「ああ、これまでもウェイスが狩った体で売りさばいてるんだったっけか」
「ええ、その方が手続きが楽だから」
そんな他愛もない雑談をしつつ、再びバイクに乗り荒野を進んでいく。
「んでラピュセル、今俺たちはどこに向かってるんだ?」
「説明してもあなたにはあまり分からないでしょうけれど」
「分からないなりに教えてくれ」
「そうね、とりあえずワルプルギスがいる場所に行くには私たちはレッドベルトを超えないといけない
その準備をするためにこの一帯で大きめの町であるグレイタウンに向かってるわ」
「レッドベルトを超えるんですか?多少遠回りでも迂回したほうがいいんじゃ」
「それじゃ時間かかるでしょ」
「レッドベルってのはお前でも準備がいるクラスなのか」
「まさか、あなたを安全に送るのに必要なのよ」
「いいのラピュセル?あそこは…………」
「いいのよ」
ラピュセルは少し懐かしむような表情を見せる。
「そろそろ顔を出さなきゃって思ってたから」
その言葉の意味を知るにはもう少しかかりそうだった。
場所:龍鳴峡谷
S級モンスター:開闢の魔女(特記) 討伐を試みたものは死刑とする
A級モンスター:覇翼のグラニュート 250000000G
B級モンスター:該当なし
C級モンスター:ワイバーン(10体につき) 1000000G