第一話:異世界乙女に呼ばれたけれど
グリムゼニス・ラ・ピュセル。
彼女はこの世の全てを手に入れていた、何故なら彼女はこの世界そのものだったから。
彼女はこの世の全てを知っていた、この世のありとあらゆる感情も持っていた。
全てを知っていた彼女にとっては、そのうちの一つが致命的だった。
『退屈』
彼女はその身を三つに引き裂いた。片方は闇となり片方は光となった。
そしてそこには何もない抜け殻の少女だけが残された――――
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『この書き込みを見たあなたは10秒以内に「ラピュセルちゃん可愛い」と他の掲示板に書き込みなさい。さもなくばラピュセルちゃんがあなたを迎えに上がります』
「まじでええええええええええええええ!?」
部屋の天井を突き破ってきたトラックに押しつぶされたのは、俺がそう叫ぶのと同時だった。
…………
………………
どのくらいたったかもわからないが、どうやら俺は意識を取り戻したらしい。
痛みは感じなかった。
寝転がっているようだ、背中越しにふわふわした感触が伝わってくる。
空気がいやに澄んでいる。
身体の感覚があることを確かめると俺はゆっくりと目を開いた。
視界には一面の星空が広がってる。
少なくともここは俺の部屋の中ではない事だけは確かだった。
足元の方から何か眩しい光が差し込んでくる。
星の光とは明らかに異なるものだ。
俺は恐る恐る上体を起こした。
『目覚めになられましたか……?』
眩い光を放っている何かが俺の目の前に立っていた。
髪の長さ、声質から女性であることだけはわかる。
しかしそれ以外は光に包まれており何も分からない、服を着ているかさえも。
俺は起きて自分の体が五体満足であることを確認する。
現世の疲労でも残っているのか、体はやけに重かった。
「ここは……?」
『ここは天界、あの世と呼ばれている場所です』
「え?俺死んだの?」
あれで?
『どうなさいました?』
「いや、あまりに突然のことだったから」
『死んだ方はみんなそう仰ります』
「まあ、そういうものなんだろうな……」
死んでしまった以上、どう死んだかなんてあまり関係はないのだろう。
実際は心臓発作みたいなもので死んでいただけであれは走馬燈というか……
死に際の脳の異常が見せた、ただの幻覚だったのかもしれない。
というかそうでもないと部屋の中に突然トラックが降ってくるなんて説明できないし
『私の名はグリムゼニス、ありていにいうと女神様ですね』
「俺の名前はヤマト、よろしく女神様」
『ではあなたのこれまでの人生を見せてもらいます』
「天国行きか地獄行か決めるやつか……緊張するな」
『心配なさらずに、人でも殺してない限りは天国ですよ』
その光に包まれた女神はそっと俺の額に手を当てる。
『ふむ、まあざっと見た感じは平凡ですね』
「……そりゃどうも」
『ワンピースの最新刊はこういう展開で来ましたか』
「あの、女神様?」
俺の記憶を介してマンガを読むな。
『ああ失礼、長い間ここに一人でいると退屈なもので……』
「それは可哀そうだ、いいよ俺の記憶でよかったらいくらでも見て」
『ではお言葉に甘えて……えっ?』
どうしたのだろう
読んだ漫画の中に意外な展開でもあったのだろうか。
『そんな、これって……』
その女神は明らかに狼狽し始める。
『あなたは、生きたままここに――?』
「術式が不完全だったようね」
その直後だった。
凄まじい破裂音と共にその女神は吹き飛ばされる。
俺の背後に、一人の女性が立っていた。
漆黒の長い髪、漆黒の瞳、漆黒の日傘を手に携えて、
真っ黒なゴシックドレスを身にまとった魔女のような女性だった。
「取り込み中の所失礼するわ」
「なっーー!?」
その女性はにっこりと俺に微笑みかける。
「貴方を迎えに来たわ」
『――ラピュセル……!やはりこの人は』
「砕地爆破魔法」
その女性は軽く何やら呟く。
その直後凄まじい爆発が轟き、周辺の雲ごと女神は跡形もなく消滅した。
「本体ならいざ知らず、端末ごとき相手にならないわね」
「ちょ、ちょっと待て!」
「なぁに?」
その女性、ラピュセルといったか?
「お前だな!?あの時、俺を殺したのは」
「ええ、さて。逃げましょうか」
「ちょっと待てや!何で俺がお前について行かないといけないんだよ!」
「は?」
その女性は少し困惑した表情を見せる。
「それはまた、どうしてかしら?」
「決まってるだろ!天国に行けるってのに手放す奴がいるか!」
「天国なんて食い物と娯楽に困らないだけの場所じゃない」
「十分すぎる!」
「そう?そこによく似た場所であなたは暮らしていたはずだけど」
「……は?」
俺は自分の人生をざっと振り返る。
確かにネットを見れば娯楽に困らないし、ご飯に困るほど貧乏でもなかった。
「それで?あなたはそこで幸せを感じられたのかしら?」
「……それは」
「永遠にそこで暮らして、幸福だって言える?」
他人から見たら幸せだという人もいるのだろう。
しかし俺は幸せではなかった。
漠然とした不安を抱えて過ごす、娯楽に溺れながらも退屈な日々。
「私はあなたを救いに来たのよ」
「救いに来た?」
「ねぇ、一緒に幸せな世界で暮らしてみない?」
彼女はゆっくりとこちらを振り向くと微笑んだ。
その陶器のような美しい顔立ちに俺は息を呑む。
それは蠱惑的で、危険で、抗いがたい金色の誘惑。
「もうとっくにみんな分かってる、天国に行った程度で幸せになれないことくらい
――だから別の世界に憧れ、惹かれて、恋をする」
天にある星の光が徐々に強くなっていく。
天の光が空を覆い尽くす。
天が白く染まっていく。
「長話が過ぎたわね、さあ。選びなさい」
その女性は光の中でゆっくりとこちらに手を伸ばす。
「天国で一生暮らすか、別の世界で生きてみるか」
「俺は――!」
視界が白く握りつぶされていく。
咄嗟に俺が差し出された手をとったのは、
天国が嫌だとか、この女性の言うとおりにすればば幸せになれるとか
そういうことを考えたからではなかった。
ただ気になった、見えてしまったのだから。
世界が白く染まる直前に一瞬だけ彼女が見せた表情。
何故お前は、そんな寂しそうな顔をしたのだ。
ぐにゃりと、意識が捻じれる感覚がする。
「道標として、あなたに能力を渡しておくわ」
「そうかい、とびきりチート能力をくれ」
「ふっ」
何も見えない、聞こえない。
右手に感じる温もりも、徐々に感じなくなって――
「――ねぇヤマト」
「?お前、何で俺の名前を知って――」
「×××××」
聞き取れない。
それを最期に俺の意識は途切れて――
……
…………
辺りは一面の砂漠だった。
五台のバイクが砂煙を巻き上げ砂漠の中を突き進んでいく
「ヒャッハーーーーーーーーーーーーー!」
雄叫びを上げる無法者が五人。
モヒカンが二人、スキンヘッドが二人、帽子被った奴が一人。
そう考えてもまともな集団ではないだろう。
なんでこんなことを言ってるかって?
俺はそのうちの一台、モヒカンが運転してるバイクに磔にされてるからだ。
意識を取り戻したときには既にこれだった。
辺りを見渡しても砂漠が広がるばかりで、あの女性はどこにもいない。
「なあ……」
これのどこが幸せな世界だ。
とんだ世紀末じゃねぇか。
あの女、さては騙したな。
場所:ノドカラ砂漠
A級モンスター:荒れ地の魔女 120000000G(生死問わず)
B級モンスター:デザボーグ(変異種) 50000000G(完品のみ)
C級モンスター:デザボーグ(成体) 1500000G(完品のみ)