現実
「特訓…ですか?」
「そう。五歌君はもう戦い…殺し合いを経験したわね」
「はい…」
あのイノシシ。正確にはアイゼンエーバーと言うイノシシの牙が鋼の刃のように鋭くなったやつ…モンスターなのか動物なのか…
とりあえずこの世界に来て早々そいつに俺たちは殺されかけた。
「この世界にいるからにはあんなことはざらにあるわ。五歌君にはそれに慣れてもらいたいの」
「…また戦うんですか?」
「そんなわけないわ。今のあなたの力じゃ奴らのご飯になって終わりよ。だけど私も雪音ちゃんの魔法練習で忙しいの。だからね」
「?」
「助っ人を呼んだわ」
「助っ人?」
「あの子も時間にルーズなところあるからいつ来るかは知らないけど今日中に来ると思うわ。それだけ頭の隅にでも置いといてね」
「そうですか…」
まさかの異世界来て2人目の知らない人の登場。
まだシェルシーさんの周りとのつながりどころか、どんな人なのかも正直わかってない。
どんな人が来るのかワクワクもあり不安もある。
「んじゃ今日も練習開始ね」
「はい…」
「はーい!」
なんだか雪音は気合入ってる。むしろ楽しそうだ。
まぁそうだよなぁ…毎日毎日午後になると雪音の魔法が嫌でも目に入る。
それも日に日に魔法自体も派手になっていく始末だ。
昨日なんてちょっとした地響きしたからな。
何したらあんなの引き起こせるんだよ…
「どうしたの…?」
「あ、いや? なんでも」
「…?」
「今日こそ決着つけようぜ」
【っ!】
今日も今日とて大根との死闘だ。
喰うか蹴られるかの真剣勝負。
「ぬおっ!!!」
【とろいとろい!】
初日の追いかけっこの面影は何一つなかった。そこにあるのはただただ醜い争い。
大根相手に何日かけてるんだと自分でも嫌気がさしてる。
相変わらず俺の後ろに回り込むのは素早いし無駄のない動きだ。
正直これを防ぐことは出来ないだろうと実感している。
でも逆に考えれば後ろに必ずいることが確定してるんだ。
「くらえっ!」
ゲンコツのような攻撃を大根にくわらせるも、華麗に回避されて俺の視界から消える。
しかしこれはフェイク!
実際にはなんの力も入れてない見せかけの動作で、次の動作に移るのに最小限のロスで実行出来る。
「何十回も同じ手を食らうかっ!」
【!?】
大根はいつも通り、俺のケツ目掛けて蹴りを入れるために空中にジャンプした直後だった。上に飛んだらもう何も出来ないだろ! アニメで習ったぞ!
大根の茎に手を伸ばし…掴まれた!
「…ん? 掴まれた?」
【…!?】
大根の茎は人の手で掴まれて、大根はブランブランと揺れている。
しかし大根を掴んでいるのは俺ではない。
「おぉ〜やってるっすねぇ! あ、俺っちサイガって言うんすけど姉御…羊飼いの姉御の家はここであってるっすか?」
「あ、姉御…? …羊飼い…あ、そうですけど…」
「おぉ〜久しぶりに来たんであってるか不安だったんすよ」
大根を何気なく掴んでいるのは、どこからともなく現れた金髪の青年だった。20代とかそんな感じ。そんな結構チャラい見た目の人が立っていた。
「ちなみに君が噂の姉御の弟子っすか?」
「え、あ…はい…霧矢五歌って言います」
「ほぇ〜」
足先から頭のてっぺんまで品定めするように観察された。
「ま、いっか。それで姉御はいます?」
「あっちで魔法の練習してると思いますけど…」
「どもども〜」
終始軽い受け答えで去っていった金髪のチャラ男…サイガ?
ショットガンみたいな名前だな…
それにしても…姉御…?
シェルシーさんって外じゃそんな呼ばれ方してんの…?
(あれが姉御の弟子っすか…正直…)
「普通っすね、まさかあれを鍛えろって言われるんじゃ…」
「あ、サイガ君来たのね。じゃあこっち立て込んでるから早速あっちで大根と戦ってる子の面倒見てやってちょうだい」
(なぁぁにぃぃ!!!)
「まさか頼み事って…」
「そうよ? あの子、五歌君を1人前に鍛えるのを手伝って欲しいのよ。五歌君属性魔法使えないから私が教えようにも…魔法に知識はあるつもりだけど泥臭いのは専門外なの」
(魔法使えないんすかァァ!!!!?)
「それはいくらなんでも…」
「あの時の約束…ね?」
「…」
あの時のみんなの反応はこういう事だったのか…
普段必要以上に馴れ合わない羊飼いの姉御が頼んでくる程のことは大抵面倒事…
目をそらす訳か…
「はぁ…分かりましたよ。ただし…俺っちも仕事で寄ったってのもあるんで長期間は無理っす」
「それでいいわよ。それより仕事って?」
「ステルの姉さんからの命令っすけど、あの顔はきっとお嬢からの仕事っすね。なんでもこの辺りにダンジョンがあるはずだから探してこいって…無茶ぶりにも程があるって言うか…」
「ダンジョン? そんな話聞いたことないけど…」
「やっぱそうっすよねぇ〜。…ちなみにその子も弟子っすか?」
「そ、雪音ちゃん。私を超える力と才能を持ってるのよ〜」
「冗談キツいっすよ、姉御を超える魔法なんてお嬢達くらいっすよ」
そう返すとサイガは頭をボリボリ掻きながら(どうすっかなぁ…)と離れたところで大根と戦ってる五歌を眺めた。
「ってことで今日から数日か数週間か数ヶ月か…君に基本的な武器の扱いと格闘、体づくりを教えるサイガっす」
「よ、よろしくお願いします!」
「んで、いまさっきまで何やってたんすか?」
「大根を…捕まえるって言うのをシェルシーさん課されまして」
「このゴーレムをっすか?」
そんなマジかよみたいな顔されても、こっちはマジでやってました。てかもう少しで達成出来るところであなたが…
「それに何日かけてるんすか?」
「もう少しで…1週間…」
あちゃ〜って効果音がつきそうな困ったような顔をされても…
「姉御も適当っすねぇ〜。とりあえず君にはこれは早いっす。まぐれで捕まえられてもそれは意味無いことっすからね」
「それは…」
「君には決定的なことが足りないっす。それも致命的な…」
「っ!?」
その瞬間、俺の視界からサイガさんが消えてしまった。
なんの前触れもなく、元々いなかったかのようにあとかたもなく消えてしまった。
唐突な出来事に頭がと体が固まってしまう。人間って理解できないことが起こると硬直してしまう。
俺も同じだった。
一瞬たって、首筋にひんやりとした感触があった。
ゆっくりと視線だけ落とすと…
そこには鋭利な刃物が俺の首に触れるか触れないかで突きつけられていた。
「君に足りないのは敵意を感じ取る力っす。今俺っちはずっと短剣を突きつけてたんすけど、今頃ようやっと気づいたんすね。もう三、四回は死んでるっすよ」
サイガは短剣をしまいながら言葉を続ける。
一方の俺は心臓の鼓動が信じられいほど強く激しくなっていて、全身震えるような冷汗がじわっと出てくる。
「ってことで君には本当の実戦を体験してもらうっす。まぁ実戦と言うか殺し合いっすかね」
「殺し合い…」
まず日本ではほとんどないだろう本当の殺し合い。
「つっても、今日はもう遅いっすからね。明日朝からここを出発するっす。寝坊するんじゃないっすよ」
「わかり…ました…」
一気に体が強ばる。明日…殺し合う…? 体験する?
正直まだ全然実感すらわかない。でも今までの常識が崩れる一線を…軽く踏み越えた先の体験ということだけが分かる
「覚悟しといた方がいっすよ」
「っ…」
最後の忠告は今までの軽い声ではなく…もっと重くて冷たい…冷酷な声で、チャラ男から出る声とは思えないくらいゾワっとした。
ガラガラガタガタと黄土色の硬い土の道を進む数台の馬車が列を作って森と森の細い境目を通っていた。
車列の前後と側面。徒歩の重装備な傭兵に護衛をされながらの旅路だ。
「本当に大丈夫なんでしょうか…」
「同業者の話だと最近は魔物も減ってるという話だ。代わりに山賊が増えたと言う話もあるが…これだけ護衛を付けているのだ。そう深く考える必要もなかろう」
先頭車の荷馬車の中で硬いパンを食らう小太りの中年の男性と、小綺麗な格好で気の弱そうな痩せた男が会話していた。
「しっかし驚きましたぞ。運んで欲しいのは人、それも数百人…てっきり白昼堂々奴隷商売の話をもちかけられたのかとヒヤヒヤしましたぞ」
「その節は大変な失礼を…。同じ理由で断られ続けていたもので…お引き受け下さりどうお返しすればと…」
「ふっ、お返しなんていらん。貰った金額に相応しい仕事をするまでですからな」
落ち着かない様子で居るのはミハネ村と言う村の村長だった。
そして馬車の荷台に乗っているのはミハネ村の村民。
信じられないことに村全員の移住のために今まさに移動していたのだ。
「それにしてもミハネがあんなことになってるとは…」
「それはもう…一瞬でした」
悪夢を見た目覚めのように体が震え、発する声も震えていた。
あらがじめ概要を聞いていた小太りな男、この馬車の所有者も目を細めて食べるのをやめた。
「夜中のことです…突然…兵士の悲鳴が聞こえ様子を見に何人かの住民と私が行きました…しかし…そこに居たのは…」
「…ジャイアントオーガか」
悪夢が思い返されるように村長の震えが増して、悪寒でもしているのか自分の体を抱きしめる。
それほどの恐怖をこの村の生き残りは味わってきたのだ。
「ハンターは来なかったのか?」
「もちろん直ぐに依頼を出しましたし、実際に何十人も来てくれました。しかし…」
「手も足も出なかったか?」
「えぇ…帰ってきたものはほとんど居なく…命からがら逃げてきたハンターも治療の余地なく死んでしまいました…。その日から村の魔物対策で作られた防壁もジャイアントオーガによって毎日削られて…」
「そりゃ災難だな。そんで俺の商隊に駆け込んで、壁が壊される前に脱出できたって訳か」
「はい…と言っても…ジャイアントオーガが村の中に入る前に脱出は出来たのですが…他の小物の魔物に夜な夜な食われたものも多いのです」
「…噂にはジャイアントオーガの周りにはゴブリンとかの魔物がいるって聞いたことがあるな」
よくある事でもないが、珍しいことでもない話だ。
魔物で村が全滅、山賊で女子供は攫われ、男は殺される。
どちらも頻繁に起こるものでもないが、よく聞く話だ。
もっとも村人の被害がこれ以上拡大する前に脱出できたこの村は救われた方だ。
「もうすぐ森は抜ける。そうすれば魔物の出没もめっぽう減るから、そこで今夜は野営しよう」
「お任せします…」
「お母さん、もうとょっとで森を抜けるって」
「ミリア…こっちに来て…ちょうだい」
「うん…」
母の元へ擦り寄る娘のミリアナ。でも母に呼ばれたにしてはその顔は暗い。
「お母さん…」
ミリアナの母親は荷馬車の中で横たわってぐったりとしていた。
母の体は薄い布がかけられていて、腕にも包帯がみっちりと巻かれていた。
「体…大丈夫?」
「大丈夫よ…」
全然大丈夫なんかじゃない。まだ子供のミリアナでもその事は分かってしまう。
片腕がない。右腕の肘から先が無くなって包帯が巻かれていて、その包帯からも血が滴っていた。
「もっと大きい街に着いたらきっと大丈夫だからねっ!」
娘にこんな心配させてしまう母の身にしてみればこれ以上ないほど心苦しいことで、自分の身のことを一番よく知るが故に涙が止められない。
ポロポロと涙が溢れて娘の顔を歪ませる。
「泣かないでよ…私だって…」
同じ荷馬車に同乗する他の家族も、そんな親子の様子を見て我が子を手放さないようにぐっと抱きしめた。
しかしミリアナを抱きしめられる両親は居ない。
ミリアナの母はせめて娘の手だけでもと言う強い思いで、精一杯握りしめた。
(っ! 森の中に何かいるぞっ!)
(馬車は止まるなっ! 走り続けろ!)
急に外が騒がしくなった。薄い布だけの荷馬車の壁腰によく聞こえてくる。
男たちの怒気の入った緊張の声に、みな一斉に体を縮こませた。
(っ! 不味いぞ! ウルフの群れだ! 20匹以上は居るぞ!)
(奴らめ…匂いをたどってきたか!)
「ウルフ…面倒な相手に目が付けられた」
「大丈夫でしょうか…」
「これだけ…ならな」
車列を護衛していた傭兵たちの怒声のような声が行き交いする中、彼らに守られる馬車の中で怯え震える村の住民は身を寄せあっていた。
ただ、ミリアナだけは動くことの出来ない母親の体強くにしがみついて離れない。
(ハインドは必ず最後尾から襲う! 大半は後ろへ回れ!)
(死角を作るなっ! ウルフ種は素早いっ! 後ろを取られたらまず助からん!)
「怖いよぉ…」
ミリアナの怯えるような声を聞いても、抱きしめてあげることも出来ない母。無力感。娘を守ってあげられるのは私自身しかいないのに、今やそれも叶わない。
ただひたすら、動く右手で娘の手を握りしめて神に祈る。
ミリアナも母の手から伝わる無力感を嫌でも感じ取った。子供は何も考えてないように見えて、身近な母親や家族の不安は一番よく感じ取れてしまう。
【お母さんを守れるのは…私だけ…】
「お前、ウルフを殺ったことあるのか!?」
「あぁあるぞ! もっともこんな群れじゃなかったけどなっ!」
漆黒の狼。暗い森に溶け込むように動き回る無数の影が彼らを狙う。
右から、左から。そして上から。
獲物を狩るウルフ達の本能から来る連携力に、即席の傭兵達は防戦一方で決定打を与えることが出来ない。
「ふんっ!」
飛びかかってきた一頭のウルフにいち早く反応できた1人の傭兵が、手に持っていた槍を力いっぱい突き出して、漆黒のウルフを突き貫いた。
犬の悲鳴のような弱々しい声を発したあと、糸が切れたかのように事切れたのを見届ける。
矛先を地面に向けてウルフの死体を地面に置き、足で踏みつけて槍を引き抜く。
ドロっとした血液がだぁっと溢れ出ていき、矛先からも血が滴っていた。
やっと1匹倒せた。
エルフは集団意識が高い。
決して仲間の1人が犠牲になるような無理な攻撃はしないし、勝てないと悟った相手からは身を引くと言う知性的な側面も持つ。
だから打ち倒された仲間の死体を見たウルフたちの足が止まる。
群れの一頭がウォンっと短く吠えると、ウルフの群れは森の奥深くへと消えていった。
「助かった…のか」
「そうだと良いが…」
護衛の傭兵たちは大した犠牲もなく森の殺し屋と呼ばれるウルフの群れを退けられたという喜びと安堵を浮かべるものの、そのほとんどが諦めが早すぎるウルフに妙な違和感を感じてもいた。
その違和感はすぐに絶望となって体現するのである。
バキメキッ!と言う樹木がなぎ倒される音が必要以上に響き渡った。
「今度はなんだ!」
「あ…あれは…」
【オーガだ! ジャイアントオーガが現れたぞぉっ!!!】
「なっ!?」
車列全体に激震が走った。
村を襲ったジャイアントオーガが追ってきた。
その事実だけで気を失った村人も多い。
「っ! 馬車は全速力で森を抜けろ! 」
「あ、足止めだ! この人数じゃ倒しきれないっ!」
「でもどうするんだっ! あんな巨体を止めるなんてっ!」
「くっ!(魔法使いでもいれば…)」
剣と弓だけで倒しきれる相手ではないことだけは明らか。
「森を抜けるぞっ!」
(よしっ! これなら間に合う!)
と皆が希望を抱いた直後。
「う、ウルフだっ! ウルフが道を塞いでるっ!」
「なんだとっ!?」
状況的に見ればさっき逃げていったウルフの群れとみて間違いない。
こうなることを見越して先回りしていたのか…
どこまでも知恵深いやつらだ…
「もはやここまでか…」
唸りを上げながら、ウルフが馬目掛けて飛びかかった。
鋭い牙が強靭な顎によって、馬の首にめり込む。
【きゃぁぁぁぁ!!!】
馬が悲鳴をあげて暴れだし、当然馬車は激しく揺れて遂には横転。木製の車輪は車軸ごとバッキリとへし折れ走行は不可能。
馬もゴキッと言う鈍い音と共に首をへし折られた馬はピタリと動きをとめた。
直後、後続の馬車が止まりきれずに横転した馬車に追突。
荷馬車が大きく浮き上がって宙を舞うと、そのまま引いていた馬を下敷きにして落下。
ぐしゃっと潰れた荷台からは無数のうめき声や悲鳴。そして血が染み出していた。
さらに後続の馬車は寸前のところで横転した馬車をかわすも、ウルフに馬をやられて結局は同じ末路を辿ることになった。
荷馬車程度の速度では到底ウルフから逃れるなんて不可能。
「あぁ…なんてことだ…」
守るはずの馬車はウルフの群れによって全滅。
ジャイアントオーガも目と鼻の先…逃げようにも人の足ではウルフからは逃げきれない。
終わった…完全に終わってしまった…
ズシンと地が揺れる。
あぁ…きた。来てしまった…
見上げるように顔を上げると、そこには壁にも思えるほど巨大な…ジャイアントオーガが…
(あぁ神よ…どうかお助け…)【ズトンッ!】
一人の男が砂塵に消えた。
ジャイアントオーガの持つ鉄の棍棒が彼を叩き潰して、地面と同化させてしまった。
跡形もない。骨すら粉砕される衝撃が地面を割ったのだ。
我先にと逃げ惑う傭兵たち。誰しも死にたくないし、ここから離れたい。その一心だがウルフの群れがそれを阻む。
散り散りになった人間達を見て、待ってたと言わんばかりにウルフの群れが動く。
ウゥガウッ!
腹の底から捻り出される唸り声。
「嫌だっ! 嫌だァァ!!! あぁぁぁあ!!!!??」
飛びかかるウルフにパニックになって剣を振り回すも、でたらめな剣筋を完全に読み切ったウルフは華麗に回避して真っ直ぐと剣を握る右腕に噛み付く。
「いだァァァ!! はれっ、はなれろぉぉ!!! あぁぁあっ!!!!???」
腕に噛み付いたウルフを無理やり払いのけようとするも、くい込んだ牙は深く突き立てられていて尋常じゃない顎の力の前にはビクともしなかった。
どんどんとめり込んでいく牙。
【ゴキッ】
「あぁぁぁあ!!!!」
腕が折れ、悲痛な絶叫が断末魔へと変わる傭兵。すかさず2匹目がトドメと言わんばかりに首へと噛みつき息の根を止めて首をへし折る。
そして首に噛み付いたウルフはそのまま首を噛みちぎって、その肉を飲み込む。
そんなウルフの連携による狩りがそこら中で起きていた。
我を失わず冷静に物事を捉えようと生き残った仲間と固まり、ウルフに対抗しようとするも今度はジャイアントオーガが繰り出す台地を揺らす一撃がそれら全てを粉砕する。
「ぐぎぁぁ!!!」ゴキッ…
また1人。
【ズトンッ!】
また1人。
どんどんと人が噛み殺され、ゴミのように潰されていく。
「きゃぁぁぁぁ!! おかぁさァァん!!!」
「いやぁぁ!!! サーシャっ!!!!」
最後に残された傭兵は後ろから聞こえてくる悲鳴に振り返る。
言葉が出ない。
横転した荷馬車に群がるウルフの群れが物色するように子供を口に咥え…
「いだいよぉっ! 痛いよぉっ! おかぁっ…」
ぐしゃっと言う音が聞こえたような気がした。
頭を容赦なく噛み砕かれた少女はウルフの口からだらりと人形のように体が垂さがる。
「あぁ…あぁ!!!」
母親の悲鳴が森にこだまする。
ウルフによる村人の虐殺が始まった。
「お母さんっ…お母さんっ…」
「静かにっ…ミリア…毛布の中に…入って…」
馬がやられただけで奇跡的に横転もしなかった荷馬車に乗っていたミリアナとその母親は、外から聞こえてくる断末魔と悲鳴。ウルフの低い唸り声に状況を察する。
怯えきった娘を痛みを殺して、毛布の中へ潜らせて大き被さるように抱きしめる。
同乗している別の家族も荷馬車の隅で子供を守るように、怯えた目で荷馬車の後部を見つめていた。
声を押し殺してからしばらくして、当たりが静まりかえる。悲鳴も何も聞こえない。
…すた
すたすた…
四方八方から奴らの足音が聞こえてくる。
様子を伺うようにぐるぐると歩いているようだ。
木の壁の向こう側に気配を感じた。
フンッフンッ
匂いを嗅がれた。
気が遠くなるような静けさだった。
それが彼らの心の恐怖心が心臓の高鳴りと共に増大していく。
その時がきた。
音もなくジャンプしたウルフが帆を引きちぎって、強引に飛び乗ってきた。
「あなたっ!」
「きゃぁぁぁぁ!!!!」
まず目に飛び込んできたのは震える手で斧を構えた父親と泣き叫ぶ子供を抱える母親だった。
「このっ!!!!!!」
狭い馬車の中でパニックになっている父親が斧を振り回す。
「お前らなんかにっ! 家族を渡せるかあっ…あぁぁぁあ!!!」
しかし戦ったことも無い人間の攻撃がまぐれて当たるほど現実は優しくはない。
冷めた目をしているような表情のウルフはつまらなそうに、男の斧をかわしてその腕にかじりつく。
今度は一瞬だった。
ぐしゃっと潰れたようにへし折られた腕は、そのまま強引に切断。
「あがぁぁっ!!!!」
言葉にならない絶叫と血を吹き出しながら暴れ倒れた父親。
吹き出した血がそこら中に撒き散らされて、実の娘の顔を真っ赤に染め上げる。
そのままウルフは痛みに暴れる男の首を作業のように噛みちぎって、その血だらけの口を夫の無残な死を見せつけられた母と子へと向けた。
「きゃぁぁぁぁ!!!!…。」
毛布にの中で母に覆いかぶされるミリアナは、耳に入ってくるぐちゃぐちゃという咀嚼音と吐き気のするような酷い匂いに思わず母の手を固くにぎりしめる。
このまま…しのぎ切れれば…
そう思った矢先だった。
ぱっと明るくなる。
毛布が取られた。
「ミリア…絶対に動いちゃダメよ…泣いてもダメ。何があっても静かにしてるの…ミリア…愛してるわ」
それが母からの最後の言葉だった。
獣臭い匂いと血なまぐさい匂いが間近まで迫る。
ミリアの母は当然動くことは出来ない。ただ、ぐったりと横たわり…最後を迎えた。
容赦ないウルフの牙が母の首を…
「っ!?」
母の体がビクッと短い痙攣をしたのを感じ取って思わずミリアナの体に鳥肌が立った。
だぁっと流れ伝ってくる生暖かい何か…
それがなんなのか…理解したくはないが…嫌でも…分かってしまう。
母の重みと温かさ。
涙が溢れてくる。
それでも
”何があっても静かにしてるの”
母との最後の約束。最後の母との繋がりが今のミリアナを保たせていた。
溢れ出る感情を押し殺して、無残な死体となってしまった母の下で息を潜めた。
隙間から真っ黒な足が歩き回っているのが見えた。
骨が顕になってる別の家族の死体も見えた。
ミリアナと同じ歳くらいの子供の肉塊も…あった。
(嫌だよぉ…こんなの…やだよぉ…お母さん…)
もう抱き締め返してくれるお母さんは居ない…
母の血で全身が真っ赤になったミリアナが再び目を開けると…
(っ!?)
目の前にウルフの鼻があった。
執拗に匂いを嗅ぎ続けている。このキツい刺繍の中でも生きた人間の匂いを嗅ぎつけたのか、ミリアの周りを嗅ぎ回っていた。
(誰か…助けて…お願い…誰か…)
ミリアナの存在がバレたのか、ウルフがミリアナの母の死体を引っ張ろうとした時だった。
【ダァァァァン!】
突如森に轟いた爆音。雷鳴に似た音にミリアナもウルフたちも一斉に身をかがめる。
ミリアナを探していたウルフも突然の異常に慌てて荷馬車を飛び出していく。
ただ1人。生き残った…いや取り残されたミリアナは母の血の海の中で気を失ってしまった。
やっと主人公が…?