羊飼いの魔女
銃を早く出したいです
「異常な魔力ですか」
「そうなの、ここから北に60kmと言ったところ? それも地中奥深くにね」
「あなたが言うのだから疑いはしないわ。だけど相当な距離ね。それに地面の中なのに感じ取れたなんてね」
「だから異常な魔力なの。こんなの私たちと同格かそれ以上の力だよ」
「確かに…ねぇ」
「姉様はどうするの?」
暗がりの部屋に灯る淡いロウソクの光。
揺らめく淡い光に照らされた彼女の顔がうっすらと見えた。
「そうね。それだけの力…みすみす野放しにするのも考えものだものね」
「え! じゃあ! 私行っていい!? お外出て見ていい!?」
「ええいいわよ、でもあまり無茶してはダメよ」
「ふふーん、この日のために鍛え抜いた私の軍団の力は凄いんだよぉ? 十分私に着いてこれるくらいには強いんだから」
「ふふ、それは楽しみね。いい話を期待しているわね」
にしし…と笑う小柄な少女が心底楽しそうに心踊らせて小刻みに跳ねた。
まるで遠足に行く小学生のようだ。
「すてるふぃーーーん!」
「はい」
「おー早い早い! これでこそ私のお気に入りのステルフィンちゃんだよぉ! あ、この間の魔族の首おっきかったねぇ! ご苦労さまでーす!」
「大きいだけで大したことはありませんでしたが…」
「いいねぇいいねぇ! じゃあね今度は北へ向かってよ! 多分洞窟とかダンジョンとかあると思うんだけどさ。調べ物してきて欲しいんだ。とりあえずダンジョンっぽいのあったら私に教えてね」
「調査…ですか。分かりました。北…ですね」
「そそ北」
「…分かりました」
そして時は少し遡ってシェルシーさんの家に着いた…いや再開した俺達がいた。
雪音と2人でソファーに座っていたまままるでセーブポイントのように再開されるのだ。
「これた…ね。よし、荷物もちゃんとある」
「んんぅ…はぁ〜。やっぱりいい匂いだね」
「だね。あっちにいると気づかないんだけどこっちに来ると結構違うもんだよね」
部屋の中は薄暗いけどこれが普通らしい。もっとも現代の暮らしが明るすぎるんだよな。夜はこういうロウソクとか暖炉の火の灯りでちょうどいい
「でも時差ボケって言うのかな? こっちは朝起きたばかりなのにもう夜だよ」
「それな。また眠くなるね」
静かな夜。車もないし人もいない。完全なる静寂な夜だ。
「そうだ! シェルシーさんにご飯作らなきゃ」
「そう言えばこっちではまだ食べてないんだよね。気分的にはお昼ご飯だけど」
おもむろに持ってきた荷物を探り出した雪音だが、彼女が取りだしたのは…
「ってラーメンかよ! それもインスタント!」
「なに、悪いかな?」
インスタントラーメン…茹でればほぼ完成って言う簡単かつ美味しい。さらに失敗しても不味くわならないという万能料理…?
「いや…でもなんでラーメン?」
「シェルシーさんが食べたことない感じのものって考えてたら、お姉ちゃんがこれ食べてるとこ見てビビってきたの」
「…確かに剣と魔法の世界とラーメンは繋がりそうにないけど…まぁ美味しいしいいんじゃない?」
「あとジンギスカンも考えたけど…」
「やめとけって、仮にも羊飼いだぞ?」
「だからやめたの」
雪音なりに結構考えてきたらしい。雪音の根底にあるのはシェルシーさんへの恩返しという事だろうし、俺もそれについては同感。
「いつ帰ってくるかなぁ?」
「夜には帰るって言ってたっけ」
「じゃあすぐ食べれるように…ってインスタントだしすぐ作れちゃうか」
「温かい方が美味しいと思うし帰ってきてからでいいんじゃないかな」
ネギやらもやしやら卵やらが荷物から取り出されてテーブルの上に並べられていた。雪音…どんだけ食材持ってきたんだろ…まさかそのカバン全部とか言わないよな…?
シェルシーさんの家は基本的に1人暮しみたいな家具揃えだ。リビングで座るところといえばこの大きめのソファーぐらいしかない。
しかし、寝室は2つあったりとちぐはぐな感じもある。もしかしたらシェルシーさんの他にもいたんじゃないかっていう見立てをしている。
まぁ、今は関係ないけど。
何が言いたかったかって言うと、ソファーに俺と雪音が座ると…結構距離が近い。このソファー自体もそれほど大きいわけでもなく結構肩と肩が触れる時がある。
カチッカチッと言う静かな振り子時計が時を刻むのを感じれる薄暗い部屋に女の子と二人きり。しかも一方的に片思い中の雪音が…隣にいる。
…俺だって男だし…緊張しないはずがない。
そうと意識してから少し気まずくなってしまい、自然と会話も少なくなってしまう。
「…んぅ。私眠たくなって来ちゃった…」
「実は俺も…さすがにこの静けさとロウソクの灯りはキツイ」
もう十分夜だしそろそろ帰ってきても良い頃合いだけどまだシェルシーさんは戻っては来ない。
何処まで行ってるのか。そもそも何の仕事なのかが結構気になる。
「…うぅ眠い」
「仕方ないよ。俺は頑張って起きてるから少し寝たら?」
「ごめんね…ありがと…」
そう呟くように雪音が答えると、直ぐに静かな寝息が聞こえてきた。
もしかしてあんまり寝れてなかったのかなって思うほど寝入りが早い。
そんな事より…
「っ!!!!」
すやぁっと眠りに落ちた雪音が俺の肩に体を預けるどころか…俺が変に動いたせいで肩からずり落ちるようにぱたんと俺の膝の上に倒れ込んでしまった。
そう…
俗にいう膝枕状態である。初めて感じる雪音の重みだ。
微かに寝息を立てる目の前の雪音はまさに無防備そのもの…
「いやいや何考えてんだよ…」
ふと湧いて出てきてしまったことに全力でブレーキをかけた。
そんなことでそれから何時間か過ぎた。恐ろしいほどに俺の眠気は吹き飛んでしまっている。原因はお察しの通り俺の膝でスヤスヤ眠り続ける雪音のせいだ。
体も座りっぱなしで固まって気持ちが悪いので大きく背伸び。もちろん雪音を起こさないように上半身だけだけど、バキボキゴギャってすごい音したけど、おかげで結構楽になれた。
ふぅ…と一息ついたとき窓ガラスがガタガタと揺れた。
(風、出て来たんかな)
でもそれっきり窓ガラスはなることはなく静かな夜が戻ってきた。
たまたまか…と思った矢先、静まり返る部屋にコツンっと音が響いた。
その音は徐々に近づいてきて玄関に繋がる扉のすぐ裏にまで来ていた。
(か、帰ってきたのかな)
雪音を起こそうと肩に手を置いた俺だが、ゆっくりと開かれた扉を見て思わず手が止まってしまう。
「しぇ…シェルシーさん…?」
部屋に入ってきたのはシェルシーさんのトレンドマークともいえる奇麗な赤い髪には似つかないくすんだどす黒い赤い髪の女性。暖炉と魔法のランタンだけで照らされただけでもはっきり分かった。
何よりも全身が焼けただれたり切られた傷なのか少なくない血が流れた痕。
ぼろぼろのシェルシーさんが立っていた。
「どうしてそんな…」
何かが焼けたような香りが部屋に漂う。
シェルシーさんは何も言うことなく、のそのそっと自室に歩いて行った。
俺はその背中を黙ってみていることしかできなかった。シェルシーさんが仕事と言って出て行って向かったはどこなのか。
何をすればあそこまでボロボロになるのか。
思い当る節はやっぱり限られている。俺が身をもって体験しているあれだ。
俺はゆっくりと雪音の頭をどかしてゆっくりとソファーに置いた。
自由になった俺はシェルシーさんの様子を見るべく部屋に近づく。
「ん?」
ぬめっと足の裏に妙な感触を覚えた俺は恐る恐るしゃがんでみる。
「血…だ」
しかしぽたぽたとシェルシーさんの部屋まで続いている血は急速に乾燥していくように跡形もなく消えて行ってしまう。
一分もしないうちに奇麗なフローリングに戻ってしまった。
当然靴下に染み込んだはずの血痕もきれいさっぱり消えてしまっていた。
でも残されたものもあった。
「なんだこれ…カラスの羽?」
真っ黒な一枚の羽だった。
根元をもってくるっと指で回すと、真っ黒な羽は灰のように崩れて消えてしまった。
ますます深まっていくシェルシーさん。いや羊飼いの魔女の正体に隠し切れない不安感が増す。
俺は意を決してシェルシーさんが入っていった部屋の前に立ち、軽くノックした。
「シェルシーさん? 大丈夫ですか…?」
返事はなかった。
あんなにズタボロの体だ。大丈夫なはずがないだろっと自らに思うとゆっくりとドアを開けた。
「お~い! 五歌君~! いつまで寝てるのかなぁ!」
「ふぇ? あれ…俺…」
俺確か…雪音が寝た後…そうだ血だらけのシェルシーさんが…
「シェルシーさんは!?」
「私ならここだけど」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。前にも似たようなことがあったような気もしなくない…
しかし今回はなんだか口に入ってる声だった。
「って何ラーメンすすってるんですか…」
「あぁこれ、雪音ちゃんが作ってくれたのよ。ほんとおいしいわねこれ! パスタとは別次元だわ」
そこには出来立てのまだ湯気が上がる醤油ラーメンをすするシェルシーさんが居た。
「もぉ五歌君ったらシェルシーさんが帰ってきたら起こしてくれるって言ってたのに、寝ちゃってるんだもん」
「いいのいいの、私が帰ってきたの結構遅くなっちゃったから」
普通にフォークでラーメンをすするシェルシーさんの肌に血どこか傷一つなかった。
(夢…だった?)
夢落ちかよって徐々に思い始めたころ、スープまで飲み干したシェルシーさんが満面の笑みで満足そうに“ごちそう様”と言ってもういいやと考えるのをやめた。
「それで? 雪音ちゃんから大事な話があるって聞いたんだけど?」
ラーメンを食べ終わったシェルシーさんが口を拭きながら俺らに話しかけてきた。
俺が寝てる間にそんな話してたんだ…準備してなかった俺は雪音の顔を伺う。
「これからお世話になる人だし早い方が良いかなって思ったの」
「まぁそれもそうか」
「なになに? ぶっちゃけ2人がもう結婚してて夫婦だったって言われても驚かないわよ?」
「違います!」
何から話すべきかと悩む俺の顔を見たシェルシーさんが、空気を察したのかいつの間にかいつもよりは真面目な顔になっていた。
俺の口から出る言葉を待っているようだ。
「シェルシーさんに知っておいて欲しいことは、僕達の正体についてです」
「確かに私、あなた達の名前くらいしか知らないものね。聞ける時を待ってたわ」
「すみません。色々と雪音と相談してシェルシーさんには知っておいて欲しいって事になったので」
「…それは嬉しいわね」
少し間が空いてしまった。
これを伝えたらどんな反応をされるのだろうか…
バカにされたと思われるだろうか…
ふと雪音を見た。
「…そうだな」
雪音の顔は【言わないの? 言わないなら私が言うよ】って言う顔だった。
雪音のが言う通りクヨクヨするとこじゃないよな…
「俺たちは…この世界の人間じゃないんです」
「…? どういうことかしら」
「何言ってるか分からないと思いますが、本当にこの世界とは別の世界から来たんです。魔法なんて存在しない世界から来ました」
「…」
この言葉に流石のシェルシーさんも言葉がなかったようだ。
驚きを隠せていないレアなシェルシーさん。
「これは…さすがに驚かされたわ」
「信じてくれるんですか?」
「信じたくはないわよ。でも私も今まで考えてはいたけど…別の世界から来たってなら色々と説明つくのよ」
「それはどういう…」
シェルシーさんはまだ朝なのに疲れたように水を飲む。
「まずあなた達、ここがどこだか知ってる?」
「え、シェルシーさんの家ですよね」
不思議そうな顔で雪音が答えるとシェルシーさんが困ったような顔で話し始めた。
「いや、そうじゃなくて…まぁ簡単に言うとここは人里から軽く40kmは離れた場所にあって、その間には深い渓谷と森がある。当然魔物も沢山いて一流の冒険者でもおいそれと来られない場所なの。そんな場所でなんの装備も持たない丸腰の君たちが来れるはずがないのよ」
「なるほど…」
「だから初めてあった時信じられなかったの。でもまぁ…一応スッキリしたわ」
「…ってそれだけですか?」
「なんで?」
「いえ…違う世界から来たんですよ? …もっとこう…」
「何を期待してるのか知らないけどあなた達はあなた達よ。私の大切な2人の弟子だもの。どこから来たって構わないわよ」
何を今更という呆れた顔をしてまた水を1口飲む。なんだか…シェルシーさんって色々と…広い?
いやいやそれより…
「2人って…俺もですか?」
「そうよ?」
これまた当然のような顔をして真面目に答えてきた。
「雪音と違って俺は…」
「魔女弟子が必ず魔法が使えなきゃいけないなんて誰が言ったのよ」
「だって…魔法を使うのが魔法使いだろ?」
「そうね。でも私は魔女と魔法使いとは似て非なるものよ」
「え、そうだったんですか!?」
どうやら俺と雪音もどちらも魔法使いと魔女が別物だってこと知らなかったみたいだ。言われてみれば確かにシェルシーさんが魔法使いだと言ったことは無かった。いつも羊飼いの魔女。自らを魔女と言っていた。
「魔女は魔女。魔法使いは魔法使い。その違いは結構複雑だけどざっくり言うと王国に認められた魔法使いが魔女なの。私の場合はちょっと特殊だけどね」
「じゃあ偉い魔法使い?」
「あはは、偉くはないけどね」
改めて見ると国に認められるとかそんなに大層なことをしそうな女性には到底見えない。
日本にいたらきっと普通にOLとか普通に働いてそうな見かけだ。
「という事で正式に五歌君も私の弟子です。知らぬ世界から来たなんて関係なく2人とも弟子だからよろしくぅ!」
「よ…よろしくお願いします…」
「よろしくお願いしますシェルシーさん!」
「じゃあ師匠から五歌君と雪音ちゃんに最初の指南ね」
それから本格的な俺たちの異世界生活…いや異世界魔法修行が始まった。
うん…始まってしまった。
始まってから後悔することもあるよね…
だって…
「なんで走らされてんのぉ〜」
「もう無理ぃ〜」
シェルシーさんの土地というか家と羊小屋や危険な畑を含めると結構な広さになる。俺たちはその周囲をひたすら走らされていた。
なんだか帰宅部の俺が眺めてた部活で外周してる運動部と同じことをしてる。
魔法ってなんだっけ…
そんな俺たちの悲鳴を聞いたシェルシーさんが”上から”激を飛ばしてくる。
「無駄口叩けるくらいならまだ走れるわ! はいはい! 走る走る! 魔法だって体力無いと使えないわよ! もやし魔法使いが最近多いから剣士達にバカにされるんだから。はい、走れぇ!」
シェルシーさんは優雅に空飛ぶほうきに座ってゆらゆらと飛んでいた。
「私も…あんな…風に…なれるかなっ…」
「そりゃ…なれるだろ…」
「どうしたどうした〜? ペースが落ちてきたぞ〜」
「だって…もう…限界…」
普段走りなれてないどころか、体育の1500mすら平均記録に遠く及ばない俺がここまで走れたことに奇跡という言葉を飾りたいほどにもう限界だ…
「なら緊張感与えないとね」
「なっ!?」
「ひぃ!?」
ちょうど危険な畑に差し掛かったところで、シェルシーさんが指で空中に絵を書いたかと思った瞬間。
畑の土がモコモコと蠢き出した。
「大根が走ってるぅ!!!」
「顔怖いぃ!!!」
二股の奇形な大根が意志を持ったかのように俺たちを追ってきた。
普通に怖い。ホラーだ。
「追いつかれないように頑張って走りなさ〜い」
「鬼畜ぅ!!!」
「鬼ぃ!!!」
「鬼はこんなもんじゃないわよー」
シェルシーさんは楽しそうに笑ってた。いや…本当に楽しそうに笑ってたんだ…。
この人…俺たちで楽しんでないか…
それから数時間後。ついに力つきぶっ倒れた為す術もない俺を小さな大根の足で蹴られ続けられる俺の姿があった…らしい。
案の定…シェルシーさんの腹筋は崩壊したらしい
「やばい…シェルシーさんマジヤバい」
「帰りたい…おうち帰りたい…」
本格的な弟子入り初日で既にホームシックに陥っていた俺と雪音…。俺は床に大の字で死んだように脱力。
雪音は痛む体の節々を気遣いながら布団にくるまって体育座り。
まじで哀れな状況だと思う。
「五歌君…いつ帰れるの?」
「あと4日…規則性はないのかなこれ…ランダムっぽい」
「うぇえ…後4日…」
「なんだよあの大根…走って追ってくるとか常軌を逸してるどころの話じゃねぇよな」
「あれは怖かったよ…」
もう何もしたくない…その一言だった。
「何あれくらいでへばってるのよ。あれじゃあ全属性持ってても宝の持ち腐れになるわよ。大きな魔法を使うには精神力と体力が必要なんだからね。あと五歌君、あれじゃあ無属性魔法を使いこなすどころか剣も振れないじゃない。そんな事じゃ雪音ちゃんを守れないわよ」
「守る?」
「っ!!! なんでもない! なんでもないからっ!」
「はぁ…以外に手のかかる弟子だったかも」
「なにせ体動かす生活してませんでしたし」
「まぁ、それもそうね。とりあえず雪音ちゃんも五歌君も今日と同じランニングは毎日やること。雪音ちゃんはそれに加えて魔力制御の練習。五歌君には別メニュー用意してあるから安心してね」
「不安しかないんですが…」
ししょー、僕ネットで見ましたー、過度な走り込みは逆効果だってー…なんて言えるわけもなく別メニューと言われた内容に不安を覚えながら時間が過ぎていき、いつの間にか俺は寝ていたのだった。
冷たい床が気持ちよかったからかな…
それからというもの…怒涛の修行(筋トレ)が連日続いて、体にも余裕が出てきたなと思った矢先にさらにハードなメニューが課されるという鬼のような日々を送ってはや1週間。
1週間だ。
早く帰りたいなと言っていた雪音も俺も、洗脳とは違うがもう途中で家に帰る気さえなくなるほど汗水垂らして修行していた。
朝起きて朝食の前に大根に追われながらのランニング。それが終わるとやっと朝食を食べて、それから休憩も兼ねた雑学というかこの世界の勉強みたいな事をした。
もちろん魔法のことや地理とか歴史とか。結構ためになる話だった。
んでお昼ご飯を食べたあとは実践的な修行。
雪音はシェルシーさんとマンツーで魔法の練習。
俺は…またもや大根と訓練だ。
内容は…
「今日こそ味噌汁の具にしてやるからなっ!」
大根を捕まえること。判定はシェルシーさん曰く【どんな手を使ってもいいから頭の葉っぱの部分を千切れば合格】だそうだ。
しかし今日こそと言っている通り、全然捕まえられないのだ。
まず大根のくせにすばしっこい。
大根のくせに反撃してくる。
あったまくる大根だ。
更には
「っ!? このやろっ!!」
大根のくせに俺を挑発してくるんだ!
口がないのにまるで【のろまぁwww】【どんくさっwww】とか煽ってきているように感じるこのウザさ。
右へ左へ。俺も右へ左へ。と思ったら大根は嘲笑うかのように華麗にジャンプ。ついでに俺の頭を踏んずけてそのまま着地。なぞの踊りを見せつけられる…きっと煽りダンスだ。
嫌でも遊ばれてると自覚してしまう。
追い詰めたと思ったら近くの草村へ逃げて擬態し、草をかき分けて血眼で探している俺のケツを蹴り飛ばす始末。
てけてけと大根が走り周り、俺も必死で追っかけるが正直無理なんじゃないかと思いもしてきた。
「…畜生」
大根1つ捕まえられないなんてなんて情けないんだろう…
こんな事で雪音を守っていけるのか…?
少し離れたところでシェルシーさんと雪音が魔法の練習をしている姿が見え、目を凝らせばこの前見せてくれた魔法の光を灯らせているのが真昼間でも見て取れる。
なんだか…疎外感というか…
やっぱり魔女の弟子も魔法使いの弟子も、結局のところ魔法を使えなければ務まらないんじゃないか…
【…?】
大根のくせに俺の様子が変だと感じたのか、てけてけと俺の足元に近寄ってきて、顔もないのに覗き込むような仕草をしてきた。
「と見せかけての!!!! ぬわっ!?」
【あまいわ】
絶好の好機と近寄ってきた大根を捕まえようと予備動作なしに襲いかかるも、見透かされたように俺の腕をかいくぐり、わざわざ俺の後ろに回り込んでケツを一蹴り。
(だがここまでは予想できたっ!)
倒れる直前に腕を地面に立てて踏ん張る。
そのまま足を思いっきり振り回し、今度は俺が大根を蹴り飛ばす!
【っ!?】
一矢報いてやったと鼻を鳴らして立ち上がって蹴り飛ばされた大根が立て直す前に収穫してやろうと急いだ。
【良くもやりやがったなぁ!?】
「早すぎィ!?」
体操のオリンピック選手のように華麗に受身を取って地面に着地。
その着地の衝撃を大根のくせに足のバネを使って、俺めがけて大ジャンプ。
「ぐはっ!?」
猛烈なスピードの大根のヘッドアタックが俺の腹にくい込み、思わず昼ご飯を吐き出しそうになる。
大根の怒りが伝わる強烈な一撃だった。
よろめいて腹を抑えながら膝を着いてしまう。
「てめぇ…うぅ…いてぇ…」
会心の一撃が決まった大根は満足そうに俺のケツを蹴り飛ばしてくる。
「そっちがその気ならやってやるよ…っ!」
鬼ごっこは終わりだと言わんばかりに、立ち上がった俺は拳を構えた。
大根のくせにこれを理解したのか、一丁前にファイティングポーズをとって小刻みにジャンプしてる。
奇形な大根。
日本では規格外として売り物にすらならない大根がと今拳を交えようとしている。まさに異世界、規格外だ。
「いくぞっ!!!」
【っ!】
「あれ、五歌君…何してるの?」
「うわ、いつの間にか凄いことやってるわね…私はただ葉っぱを取ればいいって言っただけなのに…」
魔法の練習をしていた私達は、何やら奇声が聞こえてくることに気がついて後ろを振り返ってみれば、そこには大根と殴り合う…五歌君の姿があった。
体格差? …身長差から五歌の攻撃は蹴りかゲンコツみたいなことしか出来てないけど、大根も大根でシャンプして顔面に蹴りを食らわしたり、素早くかわして背後を取って蹴りを入れてた。
「そもそもあの大根…ってなんなんですか?」
「あれは土魔法の一種ね。岩とか土とかを素材にコアっていう魔法石を埋め込んで作るゴーレムの応用よ」
「私にもできたりしますか?」
「いずれはできるようになるわよ。何事も段階を踏めば雪音ちゃんの場合は出来ちゃうわよ」
「はぁ…」
「じゃあ今度は純粋な魔力の操作やってみるわよ」
「え? さっき光の魔法出来たのにですか?」
「あれは適正さえ持ってれば誰でも出来るの。だから入門編みたいなやつね。ここからは結構難しいから覚悟してね」
「はい!」
(それにしても魔法がないって世界から来たにしては…飲み込みが早いわね。何かあるのかしら)
「それじゃあオーソドックスな火属性魔法をやってくわ。火属性魔法は戦闘でも日常生活でも欠かせない魔法の1つなの」
「それは何となくイメージできます」
「よろしい、ならお手本見せるわね」
そう言うと微かに口元が動いたと思った矢先、シェルシーさんの周りに5つの火の玉が突如として現れて、シェルシーさんの周囲を規則正しく回り始めた。
「凄い…」
私も一般常識として持ち合わせている燃焼の仕組みを超越した魔法の炎…。
魔法だと分かってはいても不思議な感覚は消えない。
「このくらいなら無詠唱でもできるわ」
「詠唱? それってなんですか?」
「詠唱は必ずしも必要って訳じゃないの。魔法を使う上で一番大切なのは完成図をイメージできるかどうかなの。精神力とか体力とかはイメージするために必要なことで正直魔法を使う上では直接は関係ないわ」
「えぇ…じゃあなんで私達はあんなに走ってるんですか…?」
「言ったでしょ? 最近もやし魔法使いが増えてるって。さっきも言ったように魔法のイメージを”どんな状況であれ”描かなきゃならないの」
「どんな状況…でも」
シェルシーさんが妙に強調した【どんな状況であれ】と言う言葉が何故か心に刺さって印象に残った。
「んでね、詠唱の話に戻るけど、詠唱ってのは簡単に言うと魔法のイメージを連想させるための合言葉みたいなものなの。最初からイメージ出来てれば必要ないものって訳。最近のもやし魔法使いって言うのは体力もなくて敵と対峙した時に動じない精神力もない。パーティーメンバーの後方で長ったらしい詠唱をして即応性に欠ける魔法をぶっぱなすだけの魔法使いの事を指すの」
「私の中の魔法使いってそう言うサポート系の認識だったんですけど…違うんですね」
「なっ! そんな馬鹿なことあるわけないじゃない! むしろ雪音ちゃんはこれから色んな騒動の渦中になる存在なのよ? 自ら前に立ってよってくる虫を払い除ける力をつけなきゃダメなの!」
(つまり…初代のプリ〇ュアみたいになれってことかな…?)
「って言うことでやってみなさい」
「え…でも、そんないきなり…」
二言はないみたい。シェルシーさんの目は私を見定めるように真っ直ぐと私を見ていた。
期待に応えられるように精一杯頑張って集中する。
大事なのはイメージ。ライトの時だって電球をイメージしてできたんだし…炎だって…っ!
「驚いたわ」
「ふぇ?」
私の目の前に1つの火の玉が揺らめいていた。今にも消えそうなくらい弱々しい炎だったけどしっかり熱を帯びた暖かな炎だった。
「まさか1発で成功させるなんて…」
「できた…っ! できたできた! あ…」
喜んだのも束の間。喜びすぎたその瞬間に炎はぷつりと消えてしまった。
もともと弱々しい炎だったが故に、消える時も一瞬だった。
「分かったかしら? 精神力が必要な理由」
「はい…少しでも心が乱れちゃうとすぐ消えちゃいました…」
「そ。それが1番難しいところね。実際にすごい魔法が上手い人でもいざモンスターとかの敵を前にした時に、怯えちゃって全然魔法使えなくてダメな人も居るの。つねに平常心。普段から気をつけるといいわよ」
「分かりました…」
「そうね。やっぱり魔法の素質は十分あるみたいだし、今日は気持ちのコントロールをしながら炎を維持するってのをしてみたらどう?」
「やってみます!」
シェルシーさんはそんな私にそう言い残すと、今度は五歌君の方に体を向けて困ったように頭を掻きながら近寄って行った。
「それで? 君たちは一体何をしてるのかな?」
「シェルシーさん…今こいつと…もう少しで終わるんです…」
【…っ】
満身創痍の1人と1本。致命傷や大きな怪我は無いものの、どちらも体とあちこちが擦り傷や切り傷。主に打撲のアザが目立った。
大根のくせにアザができるのである。
本当に理解に苦しむ。
「はぁ…葉をむしるだけでここまでなるとは流石に思わないわよ…」
「大根のくせに…生意気なんだよっ…」
体が重くてまともに力が入らない蹴りが大根の脇腹にクリーンヒット。
さすがの大根もこれまでの死闘で相当体力を持ってかれたのか、小賢しく避けることもせず受け止める。
俺もそのままバランスを崩して店頭。目の前が芝生になる。
先に起き上がった大根がゆたゆたと俺のほうに歩いてきて、立ち上がろうと着いた腕に一蹴り。大根もバランスを崩して崩したのか再び倒れ込む。
【お前なんかに…食われてたまるか…】
地面に着いた腕が蹴られて、踏ん張りのなくなった俺の体は芝生の上にて叩きつけられて灰の空気が一気に押し出された。
倒れ込んだ大根に視線を向けると、手を伸ばせば届く所にやつの頭に生えてる葉が見えた。
(これを…血切れ…ば…)
必死に手を伸ばす。
(あと…もう…ちょっと…)
徐々に暗くなっていく視界の中…届きそうで届かない俺の腕を見ながら、俺の意識は深い沼の中へと引きずり込まれて行った。
「はあ…こっちはバカだわ…」
大根に手を伸ばしながら伸びてる俺を見て、呆れて笑う気も冷めたかのような顔のシェルシーさんのため息が響いたのだった。