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ステルア旅行記  作者: 芳賀勢斗
始まり?
4/16

不穏な兆し

「羊飼い、感じるか」


「そうね、言われなくても嫌なほど伝わってるわよ」


「にしても…今回はかなりの大物なことで」


台風の前触れのように冷たい風が吹き抜ける。

朱色の髪がそんな風に美しくなびく。


「来るわよ。今回は気を引き締めないと…死ぬわよ」


「おうよ、ここにいるやちゃあそんな覚悟なんぞとうにできとる。そうだろ!」


「もちろんだ」


男女共に皆がうなづく。

一致団結。高まる集団意識と高揚感。自然と士気は高まっていた。


ただ…10数人の剣士や魔法使いの先頭に経つ5人の中の一人だけその顔は少し暗い。


「どうした羊飼い」


「…いや、帰らなきゃ行けない理由ができちゃったもんで困ってるのさ」


「なんだそれ、…まさか男でもできたか?」


「あははは、シーヤに男なんて出来るわけないでしょwww」


甲高い笑い声が響く。


「そうね、ある意味そうかも」


「ぬわァァ!?!?!? シーヤに男ができたァ!!!!!?? 」


「落ち着けグランディーネ。耳が痛いぞ…」


「気を引き締めなさい。門が開きますよ」


この集団を束ねるキリッとした視線と声で場を制した女性。彼女こそこの最強精鋭集団。この国…いや世界を守護する”魔族狩り”のリーダー、ステルフィン。


鐘が鳴り響くような重い唸り声とともに”門が開く”。


「まあ…弟子”達”なんだけどね」


【弟子!?!?!?】


最後までシーヤに振り回されたが、当の本人は深い深呼吸の後杖を地面に突き立てた。

それを横目に見ていたステルフィンが100人の集団に対して凛々しい声を響かせた。


「羊飼いの範囲攻撃と同時に仕掛ける! 奴らを1匹たりとも侵入させてはならない! 総員武器を構えろっ!」


全員の視線がたった1人の魔法使いに集まった。

彼らの中に魔法使いが居ない訳では無い。むしろ金と権力でそこら中からかき集められた人数は相当なもの。

しかし、誰一人として”羊飼い”の右に出るものはいない。


「あ、サイガ君。近いうちに私の家に来てくれないかしら。ちょっと頼みたいことあって」


「お、俺っちですか? ま…まぁ姉御の頼みですし…分かりました」


サイガと呼ばれた金髪の青年が何頼まれるんだろう…と不安げな顔をメンバーに向ける。触らぬ神に祟りなしと面倒事の匂いを感じとった彼らは視線を合わせようとはしなかった。


そんな羊飼いはみなの視線をそよに、完全に自分ただ1人の世界に飲み込まれていた。


【慈悲深き守護神様に羊飼いの魔女が懇願する。我に仇なす愚者を滅する他を寄せつけない絶対的な力】


彼女の周りに術式が幾重にも重なり、現れては消え現れては重なり合って、物凄いプレッシャーが皆にのしかかる。


【天よ怒れ、地よ怒れ、炎よ踊れ! 来たれ灼熱の地獄に吹く暴風!】


大規模な魔法攻撃。

羊飼いの魔女。その真骨頂は殲滅。一瞬にして辺り一面を真っ赤な炎で埋め尽くす強力な魔法。


彼女は光る術式に照らされながら、杖の先を地面に向ける。


軽くコツンと杖が地面に触れた瞬間。触れた地面に花びらが咲くように術式が広がり、地面に溶け込むように吸い込まれて言った。


「っ! 門が開いたぞ!」


誰かの一言がやけに目立って聞こえたその瞬間。


ゴゴゴゴ!!!と言う地鳴りが羊飼い響き渡り、途方もない数の”何かが”門から湧いてでてきた。

百や千の数ではない。それ以上の何十、何百万と言う気が遠くなる数。そんな数が出てこれるほど門は巨大だった。


「毎回数が増えていくな…」


「学習しないだけマシさ」


「同感」


腕を組んで眺めていたもの達が口々に今回の”それを”また感想を話していた。

次に彼らは視線を赤毛の羊飼いに向けた。


凄い気迫を感じる。肌にビリビリくる膨大な力の塊。

それを発する彼女の体からは湯気が立っていて、とても人とは思えない高熱を帯び、陽炎の中に1人立つシーヤがいた。

ゆっくりとシーヤは目を開いた。


「総員っ! 突撃よぉい!」


【術式展開っ…三重魔法っ! インフェルノッ!】


大地が悲鳴を上げる軋み。大地が崩れ崩壊し、地面が蜘蛛の巣のように割れたのだ。

その亀裂から炎獄の炎が龍のように舞い上がると、そこはまさに地獄を体現した様な絶望しか許されない全てを無に返す空間。


亀裂に何千もの”何か”が落ちていき、途方もない放射熱がそれを焼き、吹き逸らす熱風が”灰”を飛ばしていく。

門から現れた何百万という数の”それ”は断末魔すら残すことなく焼失していった。


そんな地獄を前にしたステルフィンだが、彼女だけは顔色ひとつ変えず視線をそらさなかった。

火の粉が混ざる熱風に髪がなびき、直立不動で銀の西洋剣を突き立てている姿はなんとも美しい。戦場に咲く一輪の薔薇の言葉が相応しい。


【敵は壊滅状態! 本体が来る前に一気に殲滅しなさい!】


「突撃だっ!!」


『おおぉ!!!』


いくつもの宝石が埋め込まれた鎧、宝石が埋め込まれた剣や盾。怪しく光り輝く魔法使いの波動。

全員がそれぞれの想いを糧に1歩を踏み出した。


それを見届けたかのようにシーヤが糸が切れたように倒れ込んだ。

力を使い果たしてその場に蹲ってしまった。


それを見ていたステルフィンが、突撃していった彼らから目を離すさずにシーヤに呟いた。


「羊飼いシーヤ。貴女に(せがれ)が出来たようですね」


「え…えぇ。どうしたのかしら…戦いの途中に貴女がそんなことを話すなんて…」


「…興味がありましてね。シェルウォーコッド・シーヤ、羊飼いの魔女の弟子。貴女の素性を知ってる私として興味が湧かない訳ないのです」


小高い丘で二人きりになった少し静かな空間。


「うぐっ…ぁ…(苦しい…もう…1回しか使えないなんて…)」


「…私が言うのもおかしな話ですが弟子ができたのならもう身を引いてはいかがですか?」


「…私がやらなきゃ誰があの大群燃やすのよ」


「そうですね。燃やしてもらった方が捗るのは事実ですが…もう貴女の体は限界なのでしょ? 使用を重ねるごとに蝕まれている事くらい私でもわかりますよ」


「余計なお世話っよ!」


シーヤは無理を押し通すような気合いで立ち上がった。おぼつかない足だが構わない。

それを見たステルフィンが呆れたようにため息をついた。


「本当にどうなっても知りませんよ」


「あの子を1人前にするまでは死ねないわよ」


「そうですか」


シーヤは未だに絶えることの無い炎の地獄の中に飛び込んでいく。

ステルフィンは炎の壁にシーヤの姿が消えるまで目で追ったあとふと空を見上げた。


目を閉じる。


炎の燃え盛る音。肉を刃が引き裂く音。魔法が炸裂する音。

門の更に奥からもっと強大で凶悪な気配が近づいていることが肌にとるように感じとれた。


シーヤいた場所に視線を落とす。


「…」


そこには1枚の黒い羽が置いてあった。真っ黒な羽だ。


(シェルウォーコッド・シーヤ。羊飼いの魔女…そして人と魔族の血が流れる混血。いや魔族の体に人の血か…。どちらでもいい。人であるうちは…この剣はそなたの背中を守ると誓おう)


カチャっと言う金属音がしたあと、目を瞑ったステルフィンは左手に鞘を携え、右手を剣の柄にそっと添えた。


その時、暗く冷たそうな門の奥からズシン!っと重い足音が響き渡った。

姿を現せたのは本体と呼ばれる存在。

高さ50mはあろうかと言う超巨大な体だった。


「”魔族狩り”を始めましょう」


ステルフィンが軽く1歩を踏み込むと、ドンッ!という衝撃とともに地面にクレーターと砂塵を残し消えた。






















「ふぁあぁ……」


「俺の…部屋だよな」


修学旅行から帰ってきた…時のような不思議な感覚だ。


「なんだかすっごいだるいなぁ…」


ここで無意識にお腹をさすっていたことに気づいて、服をめくってみる。


「夢じゃないんだよなぁ…」


そこにはしっかりと傷が塞がったあとの薄い筋が残っていた。

あの…イノシシ。アイゼンエーバーにぱっくりと開かれた腹だ。

普通なら死んでるところを…助けて貰ったんだ。


平和すぎるこっちに帰ってきてから4日が経つ。あの体験が遠い過去のようにも思えてしまって、あれが夢だったのではと時より思う始末だ。


「あ…雪音からLINE…」


現代人の習性。起きたらスマホを開く。

俺も同じだ。


そうしていつも通り開いたら雪音からLINEが来てた。


【おはよう! 今日時間あるかな!】


「きょ…今日!?」


え、なにこれなにこれ…

雪音から休日に誘われた?

女の子から休日に誘われるなんて…なんだろう…


あれだけの時間を一緒に居たのに…今更…これくらいで…


「なに緊張してんだろ…」


意を決して返信を打ち込む。


【おはよう、今日は特に何も無いよ? どうかした?】


いいよな…これでいい筈だ。…送信


すぐに既読は付かなかったから、返信を待つ間に着替えとかを済ませる。

スマホをポケットに入れて部屋を出てリビングへ降りた。


「あ、いつにぃおはよ。お母さん出かけるって、朝ごはんテーブルの上ね」


「そっか、お前は? 今日なんかあんの?」


「なんで言わなきゃダメなの?」


「いや、俺今日出かけるかもしれないから鍵とかさ」


「へぇ…珍し。今日は私ずっと家にいるよ」


「おっけー」


廊下のすれ違いざまの10秒弱の会話。

仲悪いことは無いけど、まぁ女子中学生なんてこんなもんだろって事でムスッとした受け答えもスルーだ。


軽く受け流した俺はテーブルに置いてあると言われた朝食を食べ始めた。


LINEの通知が響く。


【明日のことで話したいと思ったんだけどいいかな?】


【そうだよね。今度はしっかりと準備していかなきゃと俺も思ってたから】


【じゃあお昼にバイト終わるから、そしたら連絡するね】


【おっけー、バイトがんば】


会話終了。

…緊張したな…。

そして一段落ついたように息を吐いてスマホを閉じるが、忍び寄る影の存在に全く気づかなかった。


「雪音さん…?」


「うぉっ!?」


「そんなに驚かなくてもいいでしょうに…」


「勝手に覗き見してんじょねぇよ」


「だって食事中にスマホガン見して何してるのかとか気になるでしょ? そしたらまぁ…雪音さんって人とLINEしてるじゃありませんか」


「なんだその妙に腹立つ口調…」


「それで? 明日の事って何? デート? でも今日出かけるんでしょ? まさか2連続デート?」


怒涛の質問攻めにさっきの不機嫌そうな妹はどこに行ったのかと顔を引きつらせるが、そんな俺の心をつゆ知らず妹からの視線は痛い。


「第1に雪音は彼女じゃないし、今日と明日もデートする訳じゃないぞ」


「え〜? だって普通に彼女が彼氏にする会話だったじゃん」


「そ…そうなの!? いや…だから違うって言ってるから」


「で、雪音さんって可愛いの?」


「…まぁそうなんじゃない?」


「はぁぁ〜!!! いつにぃに春が来たんだねぇ」


「だから何度言ったら…」


妹…これが妹の春香だ。俺と3歳違う中学二年生。

機嫌がいい時はとことん機嫌がいいが、悪い時は扱いがめんどくさい。関わらないのが今のところ最善だと俺は接してきているが…母さんは俺とは全く逆。


春香が機嫌悪くなっていると「どうしたの」「何かあったの」と俺が見ててもしつこいなぁっと言う程に構ってしまうものだから、母さんと春香はいつも口喧嘩だ。

あぁ…もう少しなぁ…お前穏やかになれれば良いのに…


「お前だって彼氏いるんだろ? 休日に寝腐ってて良いのか?」


「あぁ…この間別れた」


「またか…」


何度目かなぁ…別れたって言われるの。

もうこの気まずい雰囲気にも慣れたけど…まぁ、中学生の恋愛なんてそんなもんか…


「だってウザイんだもん! いちいち文句ばっか言って!」


「そうかいそうかい…」


多分お前だって結構めんどくさい性格してるぞっと言うとさらに機嫌が悪くなるので押しとどめる。触らぬ神になんとやらだ。


でもまぁ見た目だけは結構整ってるし…別れる原因はやっぱ性格以外ないんだよなぁ…


食事8割、会話2割で食べ進めているといつの間にか最後の一口だ。


食器を洗うべく席を立ち、台所に向かう。

春香はこてんっと体をソファーに倒してテレビをつけてぐーたらモード。


「もう私に釣り合う男はこの世界にはいないのかね」


「そんなこと言ってるうちは居ないと思うぞ」


「さいてー」


「なんでだよ」


母さんがいないこんな時だと春香の口も軽い。

それが休日の俺たちの会話だな。












目の前を車が横切る交差点。ポッポと音が合図したように、止まっていた人の足並みが進みだした。


「やっぱ街中は疲れる…」


雪音から連絡があり駅前で待ち合わせることになった。どうやらすぐ近くのコンビニがバイト先の様で、ついさっき終わったと連絡があったからちょうど良い時間に着けたみたいだ。


壁にもたれかかるもすることも無く、とりあえずスマホを開きステルアを起動する。


【14:48:30】


15時間か…今はちょうど昼の1時頃だから…明日の夕方にはあっちに行けるのか…


もうあんな思いはしたくないし…痛いのも嫌だ。

俺にはラノベ主人公のような特別な力はないし…ただの雑魚キャラ…いやそれ以下だ。魔法も使えない、身体能力も高くなければ知能も卓越したものは無い。


よくある転移勇者とか口にするのも恥ずかしいほどに何も無い。


そう言うのは…


「あ! いたいたあ! 五歌くーん!」


「ば…バイトお疲れ」


彼女こそ…勇者と言い張れるチート能力持ちの雪音だ。初めて見た私服だったものだから色々と口が詰まってしまった…。


「待たせてごめんね…ゴミ出しさせられちゃって」


「いいよいいよ、で…これからどうするの?」


「とりあえずお腹すいたよ…まだ食べてないの」


「じゃあ…そこで食べる?」


「いいよ、じゃ行こっか!」


学生の味方。ファミレス。ファミレスくらいだったら俺でもなんとか入れる。スタバ? 無理無理


普通に店内に入り席に案内されて注文する。

…親とか妹としか来たことなかったから…目の前に雪音が居るってことを意識しすぎて…色々と持たない…


「それで今日って具体的に何するの?」


「ん〜正直わかんない」


「なにそれ…」


「だって魔法使える別世界に行けるんだよ? そんな常識外れなことなんだから何すればいいのかなんてわかんないよ…だから一緒に話そうって思ったの」


「そうだよね…(話すだけならスマホじゃいかんかったのか…?)」


「まず持ってくものとか?」


持っていくもの…あの世界で足りないと思ったもの…か。


「薬とか非常食。火を起こせるもの」


「薬…消毒とか包帯とかやっぱり必要だよね…私じゃあ治癒の魔法まだ使えないから…」


「…あぁ、魔法に全て頼らなくていいような準備はすべきだと思う。何せあの世界はこの世界のどこよりも危険…危険だから。」


そう…本来はわざわざあんな危険地帯に行くなんて馬鹿げてると分かってる。なんの力もない俺と、力はあるが使い方がわからず持て余している彼女。

明らかな実力不足。

山を登るには装備と体力が必須だが…俺たちはそのどちらもない。


「…」


あの世界を考える度にあの時のイノシシの俺を殺す目がフラッシュバックしてしまう。ゾッとする…思わず後ずさりしてしまう恐怖。


「…やっぱり五歌君は…行くの嫌だ?」


「怯えて…無いとは言いきれないけど…俺自身もせっかくの異世界。世の中のオタクたちが夢見る異世界転移ができるんだから…もっと体験したい気持ちの方が強いな…例えそれが、ラノベストーリーの様な楽な世界じゃなくても」


「そっか…そうだよね…異世界…なんだもんね」


ストローをくわえてオレンジジュースを吸う姿を見て…ナーバス気味な俺の心に明るさが戻ってきた。


「あと…武器だな」


「ぶっ、ごふぇっ…ぶ、ぶき?」


「そんな吹くほど驚く? さすがに銃とかは無理だけど…ナイフとかスタンガン位だったら手に入るし熊撃退スプレーもポチッた。おかげで…俺の金はすっからかんだけどね…はは」


「ナイフ…スタン…って捕まんないの?」


「職質受けない限りだいじょぶやろ…持つことは違法じゃないし? ただ所持目的? がハッキリしてないと不味いみたいなこと書いてあったな」


「…絶対ここで出さないでね」


「なにその不審者見る目…俺なりに考えたんだよ…?」


「別に戦いに行くわけじゃないでしょ?」


「だってだ戦うつもり無かったのに俺殺されかけたし…」


「そうだけど…でも…」


返す言葉もないと言うような戸惑う顔。弱い俺は…雪音を守るどころか自分の身を守ることさえ危ういんだ。力のない俺は道具を頼るしかない。


「なくて困ることはあるけどあって困ることもないよね。だから最低限身を守る程度はあった方がいいと思う」


「…そうだね。もしもの時…なんにも出来ないからね…」


イノシシと対峙した時…まるで無力だった。我武者羅で何とか倒したけど…あれがそう何度も続くわけないし、治癒魔法が使える人が必ずいるとは限らないんだ。


「雪音は…魔法がある分俺より強いよ。これからシェルシーさんに教えて貰って沢山魔法を使えるようになるんだから将来的に見ても俺より…よっぽど強くなると思う。それでも当分身を守る程度の武器は持っといた方がいいかも」


「…例えば?」


「女性でも子供でも誰でも扱えて一定の強さを持てる武器って…やっぱり銃なんだよ。剣とか弓とかそう言う武器って経験がものを言うものだけど、銃なら狙って撃つだけである程度なら使える…けど」


「鉄砲なんて持ってないよ…」


「そうなんだよなぁ…そこがネック。いっそアメリカまで行って銃でも買う…か?」


「そんなお金ないよ…」


「知ってた」


となると行き着くのはナイフやナタ、斧とかの刃物系なんだが…振り回しただけで果たして意味があるのかって不安が拭えない。

剣道なんかやった事ないし、修学旅行で買った木刀にすら弄ばれる腕だ。


「…家の中少し探してみるね」


「俺の方でもいくつか買って今日届くはずなんだよ。明日には間に合うと思うよ。それで本題なんだけど」


「うん」


「今回は何日あっちに行く?」


「あぁ…そっか。あっちに行ってる時間って基本制限ないんだっけ」


「そうみたい。ただ、俺のスマホが使えなくなったら…大変なことになるからそこだけ注意かな」


「それは怖いよね…私のモバイルバッテリーも持ってくよ。1回ぐらいなら使えるはずだし」


「充電のことに関しては大丈夫だと思うんだ。貯金崩して買った中にソーラーパネルって言うのかな。USB充電できるやつ買ったから最悪あっちで発電できるはず。問題は…壊れたとか」


「それは…うーん…カバー付けるとか持ち歩かないで丈夫な箱に閉まっておくとかしか思い浮かばないよ」


「やっぱそうなるよね。でもスマホを手放すってのも怖いし…それこそあれだよね。戦いに行くわけじゃないからポケットに入れずにリュックとかカバンに入れとけば壊れはしないか」


「それで日数のことだけど…1週間、7日間くらいどうかな」


「どうせこっちの世界の時間は進まないから俺は良いよ。区切り良いしね」


「じゃあ決定」


喉が渇いてコーラを一口飲んで話を戻す。


「んで、シェルシーさんにこの事をなんて話すか…なんだけど」


「もう素直に話そうよ。今度は荷物いっぱい持ってくんだから誤魔化しようがないと思う」


「…そうだな。命の恩人に隠し事を続けるってのも辛いし…話すか」


「そうしよ」


話しているうちにいつの間にか料理もなくなっていて、俺たちは会計を済ませて店を出た。


「それでなんか行くとこあるの?」


「んー、とりあえず靴とか欲しいの。アウトドアなところ歩くような靴持ってないし」


「確かに。俺もスニーカーしかないわ」


この前雪音と行った時は上靴のままだったから、学校に帰ったあと少し困った事になったのを思い出した。


そういう事で靴屋に来てみた。駅前だと色んなとこがあるけど、おしゃれしたい訳では無いのでアウトドア専門店。結構有名ブランドのショップへ来てみた。


「すご…船まであるよ」


「カヌーかな。うぇ…40万…」


天井に吊り下げられたエアフレームのカヌーが想像以上に高くて思わず声に出る。しかし、流石は有名ブランド。シュラフからテントはもちろん、山岳ウェア、超軽くて小さいバーナーなんてのもあった。


「小さくなるほど高くなる…なんか不思議」


そんな中で靴コーナーにたどり着いてぱっと見渡してみる。


「うん…違がわかんない」


「ハイキングシューズ…トレッキングシューズ…マウンテニアリングシューズ…?」


「マウンテニアリングシューズってのが多分登山靴?」


「かな、でもハイキングとトレッキングって?」


「何かお困りでしょうか?」


俺達が俺やこれやと話していると、後ろから声をかけられた。

振り向けば女性のスタッフの方がここぞとばかりに登場。営業スマイルにこにこで立っていた。


「え…っと、靴を見に来たんですけどあんまり詳しくなくて…(頑張れ俺のコミュ力っ!)」


「はい、分かりました。それではどちらかお出かけの予定とかありますか?」


「えぇ…と」


異世界行くのでそれに合う靴…なんて口が裂けても言えないので困る。

普通に森とか山に行くでもいいのかな…


「森とかの散策…を、始めたいなって思いまして」


「なるほど! 靴選びは重要です! 特に山を歩き慣れてない人が足をくじいてしまうと思ったよりも大変なことになりますからね!」


(な、なんか変なスイッチ入れちゃった?)


どうやら靴選びを手伝ってくれるようでありがたいと思う反面…なんと言うかこの人の勢いに乗せられてしまいそうでなんだかなぁだ。だって目の前にお高い靴が並んでるからね…覚悟はしとこう


「では最近、カップルやご夫婦で人気があるこれですかね。おふたりならお揃いでいいと思うんですが」


「か、カップル…」


(き、気まずいっ!)


どうする!? ここで違うというのも…なんか残念な気分だし…でも…


「当店ではカップルで同シリーズ品をお買い上げいただくと10%引きをさせていただいてるのでぜひ!」


「10%…」


う…10%はでかいっ…何せ色々ポチってもう金が底をつきそうなのは事実…あまり靴にかけるお金もない…でも雪音に勝手にカップルと名乗るのもキチガイな話だし


「ゆ、雪音…?」


そこには顔真っ赤の雪音が立っていた。

視線はスタッフの方が出てきた色違いのお揃いの靴に釘付けになっていた。


「こ、これ! いいんじゃないかなぁっ! 履かせてもらおうよ!」


「雪音がそこまで言うなら…」


それから何回か履いたり抜いだりして、結局落ち着いたのが最初に持ってきてもらったお揃いのやつだった。

正直靴の善し悪しなんて分からないし、実際ブーツだろうとスニーカー履いてる感覚と何ら変わらない。


だけど、雪音がね


「これにしよ!」


の一言で決定だ。

それに値引きが俺にとっても嬉しかったから結果オーライだ。


お揃いの靴は俺のは茶色がメインでカジュアルって言うのかな…? 雪音のは色合いが違う青がベースの配色。

どちらも形は同じだけど色でこうも違うのかと結構パッと見は別物だ。


てか、雪音の靴…F-2の洋上迷彩みたいだなと思ったのはここだけの話。


靴が決まったあとは、最低限の道具を見て回った。

別にキャンプする訳でもないから最低限必要なもののみを予算に苦しみながら選定する。


シングルバーナー…は必要だろうね。あの世界そんな寒くなさそうだし安くて手に入りやすいCB(カセットボンベ)タイプで良いだろという事で2000円行かないくらいのバーナーを購入。

水とかを沸かす鍋とかはアウトドア用のクッカーになると高くつくから百均で揃える事にした。あんなの水沸かせればいいしね


非常食は…カップ麺で良いでしょ。あとカロリーメーカー持ってれば…大丈夫なはず。


テントは悩んだけど…しばらくシェルシーさんの家に置いてもらう予定…だし今回は見送る。ただいつまでも居候できる訳でもないので今後必要になる可能性は高いとは思うけど。

あと高い。


その他にも使えそうなものを選んでいくうちに6000円を超える。

さすがにこれ以上は破産するので…


「このくらいかな…」


「結構沢山だね」


「そりゃ…見方によってはエベレストより危険なところだし…少ないくらいじゃないかな」


「そっか…じゃあ私も半分払うよ。そこそこ持ってきてたし」


そんなこんなで割り勘で会計を済まし、なんだかホカホカした目であのスタッフに見送られ店を後にした。


「なんか…騙したみたいであんまり気分上がらないね」


「そうだよね…悪あことしちゃったかなぁ…」


俺らは全然付き合ってないしカップルでもない…まぁ…そう見えたならそれだけで俺的に嬉しいから今日はついてる日だ。

雪音と並んで歩いているこの道。駅の南口正面の大通り。片側4車線の広い道路沿いの歩道を歩いている。

もちろん休日のこの道なんて俺たちみたいな若い学生とかが多い。特にカップル。


不思議なことにそんな中…浮かないんだよなぁ…


なんでかなぁ…いつもならなんか感じる場違い感を受けながら通るこの道だけど…今は…普通だ。



「五歌くんはよくここ通るの?」


「まぁ…月一くらい? それがどうかした?」


「私あんまり街来ないからここら辺わかんないんだよねぇ…最近バイトここら辺で初めたんだけど…バイトの行き帰りの道しか知らなくて」


「俺もそんなに詳しいわけじゃないよ? それに行先も決まってないし…何となく歩いてるだけって言うか…」


「えっ!? そうだったの!?」


あはは…とその場を濁すが…これからどうすればいいんだろう…


「もう5時くらいか…」


「そんなに買い物してたんだね。あっという間だったよ」


「じゃあ…ここら辺で帰りますか?」


「そうだよねぇ〜もうやることないもんね」


そういう事になり楽しかった時間はお終い。明日の予定を決めて帰路に着いた。

途中までは一緒。しばらく真っ直ぐ見つめてくる雪音の瞳を交わしながら地下鉄に揺られていた。










「ただいまー…」


「あ、おかえり〜バイト遅くない? お昼に終わるんじゃなかったっけ?」


「え、いや…えぇっと…買い物してたの」


「悲しく1人で?」


「ひ! 1人じゃないよ!」


ソファーで横になってくつろいでいる茶髪の女性がリビングに入ってきた雪音を見てニヤニヤしだしていた。


うぅ…これ絶対いじられる…


「へぇ? 男の子? 女の子?」


「…お、【男か】」


「まだなんも言ってないし!」


アハハっと機嫌が良さそうな笑い声を上げて、面白そうに私を見つめて来た。

…この人は私のお姉ちゃん。4才歳は離れてるけどもう社会人で美容師の仕事もしてる。

でも私のお父さんとお母さんは最近はこの家にはいない。

お父さんは転勤で他の県に数年。たまに帰ってくるけどほとんど顔は見てない。

お母さんは祖母が体調を崩してから家をよく空けるようになって、最近では滅多にかえってこないかな。


だからお姉ちゃんと2人でこの家に住んでる。私は基本的に家事全般を頑張ってる。お姉ちゃんは働いてるからね…楽はさせてあげたい。


そんな優しいお姉ちゃんなんだけど…これだけは苦手…


「にはは! 言葉が詰まった時点で男決定でしょ! あ! この前愛を叫んでた五歌君かな?」


「ちがっ! 愛なんか…そんなこと言ってないもん!」


「否定はしないっと」


「あ…」


そう。言葉巧みに心を読まれる…そしてからかわれる…


「そっかそっかデートかぁ…いいなぁ…若いっていいなぁ…」


「違うって!」


私は逃げるように自分の部屋に駆け込んでしまった。

なんで…かな?

なんで逃げたくなったんだろ…


なんで…こんなにドキドキしてるの…


なんで…なんで…


自分がわからない…


「好き…なの?」


視界に偶然鏡が入り込んだので、おもむろに前に立って自分をの顔を見てみた。


「真っ赤…ずっとこんな感じだったのかな…」


考えれば考えるだけ赤みが増していく自分の顔に目を背けてしまう。


「なんで…五歌君のどこが…好きって言うの…?」


この気持ちが好きだっていう気持ちだとしても…なんで好きになったかって言うのがない…

なんでかな…


「っ…」


またあの光景…やっぱりあれが原因…

勝てない…絶対死ぬと分かりながら私を助けてくれた…五歌君の姿が…


「…まも…らなきゃ。今度は私が…五歌君を守る」


そうだ…五歌くんを守りたいんだ。今度は私が守りたい。

五歌君を失う思いなんてもうしたくない…だから私…強くならなきゃ



あの世界に行かなければ良い。そんなことはわかってる。だけど、行きたい。

わくわくする。この世界で私たちだけが行ける世界。

そのために強くならなきゃ




























「準備はいい? 忘れ物はない?」


「うん! 大丈夫! 行こう!」


近くの大きな森がある公園で落合う約束をしていた俺たちは時間通りに集まった。

公園に行くには似つかないキャリーバックと大きなリュックが異彩を放っているが、緊張のあまり周りの目を気にする余裕などなかった。


子供たちの遊ぶ元気な声が絶えない公園の中で俺はスマホを取りだし、例のアプリ。ステルアを起動した。


2人は手を繋いで画面を見つめる。

そこにはゼロカウントの表示とGOと言うアイコンがあり、俺の親指はゆっくりとそのアイコンへ近づいて行った。


「それじゃあ行くぞっ!」


雪音が俺と手を繋ぐ手に力を入れるのを感じた。雪音も緊張してる。

それはそうだ。あの世界は1歩間違えば簡単に死んでしまうところだ。

日本みたいな甘っちょろい環境では到底ない。


でもそれに優る何かがあるのは間違いない。死ぬ思いまでしても、またこうやって行こうとしているのがその証明だ。


これの親指がゆっくりとアイコンに触れる。


(雪音だけは…絶対に守り抜く)






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