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ステルア旅行記  作者: 芳賀勢斗
始まり?
2/16

異世界で弱すぎた俺

痛てぇ…

夢から覚めるような感覚の直後に襲ってきたのは全身の猛烈な痛みと倦怠感。


「うぅ…」


起き上がろうともうまく力が入れられない…

そして少しでも腹筋に力を入れようものなら


「あがぁあああっ!!!!!」


余りの痛さに絶叫してしまった。

痛すぎて全身が痙攣するように震えてそれがさらに痛みを増大させた。


「五歌君!?」


痛いっ!痛いっ!

あぁぁ!!!!!!


ドアが開く音と共に聞き覚えのある声が聞こえるも俺はそれどころではない。

痛いっ痛いっ!


「シェルシーさん! 五歌君が!」


「大変、傷が少し開いてるわね。待ってね今鎮痛草と回復薬持ってくるから」


「五歌君、頑張って!」


俺の手が包まれるように雪音に握りしめられる。

痛みで気が気でない俺でも心配そうな雪音の顔が印象に残った。


「少し苦いし痛むわよ。でも踏ん張りなさいっ!」


「ふっぐっううううううううぁぁぁぁ!!!!」


緑色の粉末を腹にまぶされた瞬間、傷口を消毒された時のジンジンとする痛みが加わりより一層苦しみが増した。


「飲みなさい」


今度は透明な瓶に入ったこれまた緑色の液体を口に注がれて、雑草を口にしたような苦さが口いっぱいに広がって思わず吹き出してしまう。


「あ、馬鹿っ! 飲めってぇの!」


「おkぐ…おぁあ」


無理やり口に突っ込まれ鼻をつままれて苦い液体を流し込まれる。


(殺される…)


痛みで呼吸すらままならないのに、鼻をつままれ呼吸を制限された挙句無理やり液体を流し込まれる。

どこの拷問だと全力で抵抗しようとするが、何分力が全く入らずほとんど何もできない。

視界がパチパチしてくる。


再び遠のいていく意識。


(五歌君!? 五歌君!?)


俺の視界は苦しみの中暗転した。










目が覚めた。

とてつもなく恐ろしい夢を見ていたような気がする。

起き上がろうとするが嫌な直観が俺を止める。


「包帯…あぁそうか…」


首だけを下に向けて今の俺の状況を確認する。取り合えず胴体は包帯でぐるぐる巻き。血が染みた跡がある…


包帯は胴体の他に両手も巻かれて某ネコ型ロボット状態。

完全に固定されて指は動きそうになかった。

これは無理に動くととんでもない恐ろしいことが起こると俺の体が警報を発していた。

なぜだろうな…


(凄いな…)


俺の人生でこんなに重症になった事なんてあっただろうか。

ないよなぁ。


(そしてここは…)


知らない天井。丸太が組み合わさってできたログハウス風の見た目。木の匂いが心地いい。


「あぁ…なんでお前がここに…」


どこからやってきたのか、犬のように俺の横たわるベットに前足をかけて頭をぴょこんと出してきたチビ羊が俺の頬を舐めてくる。


数回舐めた後、チビ羊はそそくさと器用にドアを開けてどっかに行ってしまった。


「一人…か」


「え、違うけど」


「ぬわっ!? う…いてぇ」


「全く…何度開けば気が済むのよ。手がかかる子ね」


どうやら俺の視界の外に人がいたらしい。

雪音じゃない知らない女性の声だ

でもなんでだ…この声を聴くと体が震えてくるんだが…


「初めましてね、五歌君っていうんだっけ」


「はい…あなたは…?」


「私はシェルシー。ただの羊飼いよ」


「シェルシーさんですか…」


シェルシーは木製の椅子に足を組み腰かけて、本か何かを片手で読んでいた。

どうやら俺を見ていてくれたみたいだ。


「あの…自分の他にもう一人いたと思うんですが…」


「雪音ちゃんなら私の部屋で寝てると思うわよ。二日も君の傍から離れないものだから無理やり寝かせたの」


「無事…なんですね…よかった」


肩の荷が下りたような気がした。

そして二日…も経ったのか…


「それにしてもアイゼンエーバーに丸腰で勝つなんて相当運がいいわね。なんであんなとこに居たのかってのも気になるけど、まぁそれは後にするわ」


「アイゼンエーバー…あぁイノシシの事ですか」


「そんなことも知らなかったのね…」


「無我夢中でしたから」


ぱたんと本を閉じたシェルシーさんがどこかで見たような緑色の液体の瓶をもってベットの傍らに座った。

初めてシェルシーさんを視界に収めて思ったのが…

奇麗な人だなという一言。

奇麗な赤毛のストレートの長い髪。日本ではまず見かけられない自然な奇麗な赤毛。

そして背が高めだ。俺よりも少し高いかもしれない。


「それは…?」


「ただの回復薬よ。これ結構高いのに君ったら吐き出すんだもの。内臓やってるんだから内側から治さないとだめなの。さぁ早く飲んで」


「は、はい」


手が包帯で塞がってるためシェルシーさんが瓶の飲み口を近づけてくる。

なんか嫌な夢の中でこんなシチュで死にかけたような気がするが回復薬っていうゲームみたいな代物に興味を惹かれて恐る恐る飲む。


「苦いです…」


「良薬口に苦しよ。傷口見せてもらうわね」


そういうとシェルシーさんはゆっくりと俺の体を起こすのを手伝ってくれて痛むことなく起き上がれた。

そして俺の腹に巻かれている包帯を手際よく解いていく。

血でくっついているのか時々痛むが我慢する。


「うん、血は止まってるみたいね。あとは絶対安静ってところかしら。じゃあ包帯取り換えるわ」


ガーゼのような布に先ほどの回復薬を染み込ませてそれを傷口を覆うように被せた。

その上から包帯を巻くようだ。飲んで良し、かけて良しの回復薬という事のなのだろうか…?


「それにしても細い体してるわね。そんなんじゃあの子守れないわよ。少し鍛えなきゃ剣もまともに振れないんじゃないかしら」


「体、鍛えたことありませんでしたから…」


「呆れた…」


「でもその通りですね…これじゃぁ守るなんて…できませんよね」


痛いほど思い知った。

この世界は常に目の前に鉞を担いだ死神がスタンバっているんだ。

力なきものは死ぬ。

それがこの世界のルール。


そんな世界に雪音を巻き込んでしまったと思うと悔やんでも悔やみきれない。


「いいのよ、生きてるんだから。彼女も生きてる。生きてれば何とでもなる。…はいできた。寝てなさい」


「ありがとうございます…こういうの慣れてるんですか?」


「まぁ…ね、私は羊たちの事見てくるからおとなしく寝てなさいね」


「何から何まですみません…」


「いいのよ、私も一人でいるよりは楽しいから」


ゆっくりとふかふかのベットに体を倒して脱力するように一息つく。

それを見届けたシェルシーさんは部屋を後にしてった。


静かな部屋だ。外からは一切の騒音がない。

車も飛行機も電車もない。

静かなところだ。


時折ヴェーーーっと羊の鳴き声が聞こえてくるがそれはそれで心が安らぐ。

張り詰めていた感情をクールダウンさせるように徐々に瞼が落ちていく。


気づけばぐっすり寝ていた。










そして何度目かわからない目覚め。


二度目か…三度目か?

不思議だ…思い出せない


「五歌君! やっと起きた!」


「雪音…」


喜びで目に涙をためる雪音の姿が今回の俺の目覚めだった。

…なんとかドキッとしたのを必死に悟られないように平常心。


「もうあんな無茶しないで! あんなに血が出て…お腹がぱっくり割れてて血だらけで倒れてたんだからっ! 私…五歌君が死んじゃうんじゃないかって…心配で心配で…」


「ごめん…」


謝ることしかできない。


「でも…良かった…生きててくれてよかった…」


「俺も雪音が無事で良かった」


雪音の涙なんて…初めて見た。俺のために泣いてくれてるのか…違うな…それは自惚れだ。

怖かったんだ。訳も分からない世界に飛ばされ帰れないと告げられて、そしてモンスターに出会い死を覚悟する。

そして俺と言う同じ境遇の顔見知りが死ぬところだった。

不安で怖かったんだろう…


「帰る…か」


「でも…その体じゃ…」


「そっか…」


実際どうなるのだろうか…来る前に考えていた意識だけなのか体事こっちに来てるのか…この状態で帰ればハッキリとするが…


「さすがにこの状態で学校行ったら…大変なことになるな」


「そうだよ、せめてちゃんと傷が治るまでは大人しくしてようよ」


「シェルシーさんに迷惑かけちゃうね」


「うん。それにお礼もしなきゃ失礼だよ」


「それはそうだ。命の恩人…だからね」


返しきれないだけの恩を受けてしまったからには…返せるだけの感謝は伝えなきゃいけない。

あの回復薬、聞く限りでは高価なものらしい。

そんなものを俺に何個も使ってくれたんだ。この世界のお金も何も持っていないけど、何かでお返しがしたい。


スマホを確認した。


当然2日も経っているからカウントダウンも終わってボタン一つで帰れるはず。


「あと、五歌君のスマホ渡されたってパスワードわかんないんだもん意味ないよ」


「あ…それもそっか」


思わぬ盲点で少し苦笑いして笑いあった。

一通り話し合って今後の事を決めた。


どうやら俺の体は思った以上に重傷でイノシシ…アイゼンエーバーだったか? あいつの牙に切り裂かれた腹は…自分でも顔がゆがむ程深い傷だ。


「内臓切られたんだよ。ってことは腹筋とかいろいろスパっといってるの」


「う、うわぁ…」


「だから一人で起き上がっちゃダメ。回復薬?って薬で少しずつくっ付けてるんだって。無理したらまた千切れちゃう」


「こ、こわ…」


想像しただけでなんか…大事なところが縮こまるようなおっそろしいことが思い描かれる。


「わ、わかったよ…それでどのくらいなんだろう…動けるようになるの」


「シェルシーさんは一週間は動いちゃダメって言ってたよ」


一週間で治るの…? スパンっと行っちゃって一週間で治るのか…回復薬すげぇ…


「一週間は寝たきりなんだね…なんだか申し訳ないな」


少し低いトーンで言ってしまったもんだから雪音が困ったような顔をして考え込んでしまった。


「私…シェルシーさんの手伝いとかできないかな…?」


「手伝い…?」


「うん。羊飼い? いっぱい羊飼ってるんだって、なのに私達がお世話になりっぱなしはそれこそ申し訳ないよ。動ける私が今度は頑張らなくちゃ」


「なんか…ごめんな」


「ううん、こんな事になっちゃったのは私がふざけちゃったからだし、それに私のためにそんな大怪我してまで戦ってくれたんだもん…このくらいしなきゃ…五歌君にも…申し訳ないよ」


「五歌君ありがとう…助けてくれてありがと」


「お、おぅ…」


なぜか恥ずかしくなって顔をそむけてしまった。顔が熱い…


「じゃシェルシーさんに相談してくる! 五歌君は寝ててね!」


そう言い残すと雪音は部屋を出ていきコンコンコンと木の温もりがある足音を遠ざけていく。

また静かな部屋に戻った。


(寝ててねって言われても…起きたばっかだしな…)


(あ、そういえばスマホ…)


雪音が枕元に置いていった俺のスマホを傷口を広げないように慎重に手繰り寄せて胸の上まで持ってきた。

そこからグルグル巻きの両手でなんとか挟み込んで…どうしようか


包帯だし操作できないし…


(お、タッチペン!)


そうだ。俺のスマホタッチペンが内蔵されてるんだった。

口にくわえれば何とか操作できるのでは!


頑張って舌でタッチペンをノックして歯で引っ掛けて引き出す。

そのまま口で銜えてスマホのロックを無事解除。起動後は自然に起動しっぱなしだったステルアの画面が表示された。


「ん?」


でも違う箇所があった。


数少ない操作個所の一つ。使い方が想像できなかった人マークのアイコン右上に赤文字で【1】と目立った表示があった。

まるで未読メッセージがあるかのような表示の仕方だ。


「…」


ポチッ。


銜えたタッチペンでタップ先を間違わないように慎重に押した。


「これは…」


世界が変わることはさすがになかった。画面の表示が普通に変わっただけだ。

やたら枠と文字が多そうな見た目の画面


「俺の名前…レベル3? スキル…フレイムソウル?」


何だこれ…

いや…わかるけど…

何だこれ…


いや…


「あんな死ぬ思いして3レベしか上がらないのかよっ!!!! どうなってんだぁぁああああぅ…」


大声出そうとして思わず腹筋を少し使ってしまって鋭い痛みが全身を突き抜けた。

幸いにもしばらく堪えてたら痛みも引いていき、傷が開いたわけではなかったようで一安心。


「ったく…冗談きついぞ…3レベって…」


この画面は俗にいうステータス画面そのものだ。

名前、レベル、その他筋力や知恵、俊敏と項目がそろっているが…そのどれもが一桁台なことにショックを受けながら一番下に魔力という欄を見つけてタップしてみた。


詳細表示みたいな感じで魔力の細かな属性ステータスが開かれた。

【火・0】

【水・0】

【風・0】

【土・0】

【雷・0】

【音・0】

【光・0】

【闇・0】

【無・10】


…なんだよこれ


「ほどんど0じゃねぇか…辛うじてお情けみたいな感じで【無・10】があるがそもそも無ってなんだよ」


こんな思いまでして得たものがこれだけかよと厳しすぎと絶望するがお情けでも無という謎ではあるけど魔力があるんだとポジティブに受け止める。


そうでもしないとやってけない。


次にスキル欄を開いてフレイムソウルをタップする。


「なにこれ…発動条件…空欄?」


はたまた何だこれはと頭を悩ませる。

項目には発動条件と書かれていて右上には【SP(スキルポイント)・50】とあるし、何らかの文字が書かれていてもおかしくないが…今のところ唯一のスキル、フレイムソウルの発動条件は謎だ。

ちなみにどんなスキルなのかもわかんない。


「ん、ページがある?」


俺の名前の欄の隣に【→】があることに気づいた俺は少し小さくて大変だが頑張ってタッチ。

画面を顔から離してようやく見えたのは…


「雪音のステータス…かっ!?!? なんだこれ!!」


名前の欄には高坂雪音の名前。表示構成も何ら変わらない。

ただ俺とは違う項目が多数…

信じられなくて何度も何度も目をかっぴらいて見返してしまう。

主に魔力ステータスだ。


【火・5】

【水・50】

【風・30】

【土・5】

【雷・10】

【音・10】

【光・50】

【闇・2】

【無・5】


「なにこれ…全属性にステータスが振られてるどころか…水と光が50? なんだよこれ…レベルは…0!? 初期値でこれなの!?」


しばらく思考停止だ。

雪音…雪音のページで間違いない…

バグ?

嫌でもこれは…


この水と光の50っていうステータスがどの程度の物なのかっていうのは…判断材料がないから正直分からないけど…一応死ぬ思いして3レベになった俺と0レベの初期値の雪音とでこうも差が出てるのは如何様なものか。


どっかの皇帝の「人は生まれた瞬間から平等ではない」というセリフが頭の中を何周も駆け抜ける中、果たして俺が見てもいいものなのかと言う背徳感に駆られながらも他の項目をチャックしていく。


全部が全部俺の上を行っているわけではないが、議論の余地なく0レベの雪音の方がステータス上で俺より上だ。

それに俺のよくわからないフレイムソウルとは違って雪音のスキル欄はすでにいくつかのスキルがある。


【スキル】料理・レベル1 SP0

     発動条件・調理道具 食材


スキルが…料理。それもスキルポイントはかからない…

スキルにもレベルがあるのか…それに発動条件が道具と食材…無意識のうちに料理スキルが発動するのか…


【スキル】理解・レベル1 SP0

発動条件・異種生命体


なにこれ…理解? 異種生命体? 人以外の何かと理解しあえるの? それにまたスキルポイント使わないでできるやつだし


雪音…異世界来た瞬間からこのスペックって…

思わず本質的な何かがステータスを決めているんじゃないかとさえ思えてきた。


雪音は学校でもスクールカーストだか何だか知らないが、意識しなくと目立ってしまう。容姿だけが原因じゃない。

くだらないがいつの間にか出来ていて、簡単には覆らないカーストの上に居られない。


みんなの信頼。空気の持たせ方。相手の持ち上げ方。


俺が欠けてるように感じることすべてを雪音は持ち合わせている。


あっちで成功できる彼女なら…この世界ではそれがステータスという形で反映されたとも言えなくもない。


思わぬところで【差】を突き付けられてしまう。


なんだか…複雑な気持ちだ。












「魔法? 私魔法使えるの?」


「みたいだな。見た感じ全属性に振られてるみたいだけど、秀でてるのは水と光の50、次に風の30みたいだね。この50って言うのがどの程度かって言うのは正直まだわからないけど」


「水と光かぁ…あんまりパッとしないね」


「…そんな事ないでしょ。水とか工夫次第で鉄だって切断できるし、光なんてそれこそチート並みの事ができるんじゃない?」


「ごめん、全然想像つかない」


「えぇ…」


しばらく考え込んでいた内に随分と時間が経っていたようで、雪音が帰ってきていた。

なんだか白い毛が全身に付いていて…随分と疲れたような様子だったもので、話を聞くと羊たちの毛刈りを早速手伝ってきたらしい。バリカンなんてものはなくデカいはさみでチョキチョキやったようだ。


「雪音ちゃん魔法使えるって?」


「シェルシーさん!」


雪音と同じく毛だらけで帰ってきたのは俺たちを助けてくれたこの家のシェルシーさん。


「私あんまりそういうのわかってなくて…適性がある? らしいです」


「ほぇ~。それは凄いじゃない」


「魔法が使える魔法使いってのは色んなところで必要とされてるからね。今は魔物の被害も多くてどこでも引っ張りだこって話だよ」


「へぇ…魔法って貴重なんですか?」


「…んぅ。どちらかと言えばそうだわ。魔法の才能がある奴とないやつが居るの。だから魔法を使えない側からすれば魔法使いは貴重な“戦力”。それに適性者って昔から少ないのよ。5人に1人とか、場所によっては10人に1人とかも聞いたことあるわ」


なるほど…魔法は存在こそすれど万人にいきわたってる訳ではないのか。

あくまで魔法は魔法使いの物。


「それで、属性は?」


「一応全属性?だったよね?」


「…え?」


あれ…まずった?

シェルシーさんが固まったんだけど?

それはもうぽかぁんと。


「…もう一度言ってくれる?」


「火水風土雷音光闇…無? 全属性です…?」


聞き間違いではなかったのかと真剣な顔になったシェルシーさんが無言で部屋を出ていく。

なんだか…雰囲気が違ったような気がした。


「シェルシーさん…どうしたのかな…」


「わかんない…」


足音が近づいてく。シェルシーさんが戻ってくる音だ。

でも…シェルシーさんの容姿というか服装が大きく変わっていた。


「シェルシーさん?」


戻ってきたシェルシーさんの格好は魔女そのものだった。

黒を基調としたロングマント。特徴的な魔女帽子。象徴ともいえるでっかい杖。首飾りや指輪の類も色とりどり煌びやかに輝いている。


「この姿では初めてね。私の名前はシェルウォーコッド・シーヤ。皆からは羊飼いの魔女って呼ばれてるわ」


「羊飼いの魔女…」


「初めからなんかおかしいと思っていたのよ。雪音ちゃん、この水晶に手を触れてくれるかしら?」


「これは…?」


「怪しいものじゃないわ。ただの属性判別するための術式が埋められた水晶よ。少しピリピリするかもしれないけど」


服装と雰囲気は変わっても会話から伝わってるものには嘘は含まれていないような気がした。

どうしていいかわからなくなった雪音が俺に助けを求めるように視線を送ってくるが、俺はゆっくり首を縦に振る。


緊張した恐る恐る指先を水晶に近づけた。


シェルシーさん…羊飼いの魔女は注意深く水晶を見つめ微動だにしない。


水晶まで数ミリのところで雪音の指先と水晶の間で青白いスパークが走った。

びっくりして思わず手をひっこめるが、羊飼いの魔女は大丈夫と声をかけて再開させる。

ベットで横たわる俺も目の前で行われる魔法のようなものにくぎ付けだ。


雪音は意を決したように今度は一思いにペタッと手のひらを水晶に置いた。


振れた瞬間やっぱりスパークが走るがそれも最初だけで今度は水晶が息を吹き返したように青白く光りだす。


「そのままよ」


水晶は輝きを増していき、それに合わせるように雪音の体も淡く光りだす。


「うぁ…」


「魔力を抜き取るから気持ち悪いと思うけど我慢して」


雪音の苦しそうな声が聞こえる。


水晶の色が変化し始める。赤からはじまり青、緑、茶、水色、紫、黄色、黒になり白。

最終的に全てが混ざって斑な不思議な模様になった。


「まさか本当に全属性適合者だなんて…」


「まだ…ですか? もう…」


「あぁ…あ、もういいわよ」


流石の羊飼いの魔女も驚きを隠せずに反応が遅れる。

雪音が水晶から手を離すときもパチッとスパークが走って、輝きを失っていく水晶が完全に透明な球体に戻ったところでどうやら終わりのようだった。


「本当に全属性に適性があるようね…これは大ごとよ…」


「いったい…」


「本当に何にも理解してないみたいね…全属性が使えるなんて…今までの歴史で誰も存在しないの。世界初、唯一全属性が使える存在が雪音ちゃん…魔法使いは引っ張りだこって言ったわね。でも…全属性持ちの魔法使いなんて…」


「ふぇ? あ、はい…」


そうとう堪えたのか上の空の雪音だったが真剣な魔女の顔に我に返るように向き直る。


「いい? 全属性持ちって言うのは公言しちゃダメ。絶対ダメ。雪音ちゃんを取り合って戦争さえ起こるわ」


「戦争って…そんな」


「大げさなんかじゃないわ。魔法にはね、複数の属性を混ぜて発動させる重複魔法っていうものがあるの」


「火と風とかですか?」


「そうね。それが一番簡単で一般的かしらね。でもこれ他人の魔法とは混ざらなくて、必ず2つないし3つの属性を持ってる魔法使いじゃないとできないの」


「つまり…雪音は全ての属性を混ぜた重複魔法ができちゃうってことですか?」


「そういう事よ。まぁ細かく言えば光と闇とかなんて互いに打ち消しあってしまって発動できるのかすら私も分からないし…そもそもこの2つを属性として持ってるなんて聞いたことがないんだけどね」


「つまりこの世界が知らない次元の魔法の可能性が雪音ちゃんには詰まってるの。どんな手を使っても手に入れたいでしょうよ」


まさにパンドラの箱だ。

目の前でキョトンと話を聞いている雪音だが…やっぱり俺とは違う。

完全に雪音のストーリの中に俺がいるみたいだ。


「雪音ちゃん」


「は、はい…?」













【私の弟子にならないかしら?】

現代武器まではもう少しかかります。もう少しお待ちください


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