矢霧家にて
「じゃあ俺は先に帰ってるぞ」
「はい…なのです」
俺が後から帰るってのもできるけど、知らない家で中はだいぶ良くなったとはいえ今日あったばかりの由良と居るのは落ち着かないだろう。
だから俺が先に帰る。
帰ったあと2回に上がってしまえばミリアナが由良の部屋に居ようと俺の部屋に居ようと怪しまれることは無い。母さんは掃除以外で2階には滅多に上がってこないからね。
「そういう事なら私も今日は帰るね〜。やっぱり疲れちゃうねぇこれ」
「そうだよなぁ…一日が伸びてるって事だもんな。今度からはあっちに行く時間と帰ってくる時間も考えてみようかな」
「それが良いと思う」
前回はあっちが夜の時に昼間のこっちに帰ってきてしまったものだから、もう…壮絶だった。
今回は数時間の違いだから前回よりは楽なものの疲れるものは疲れる。
考え無しに行き来してたらいつかきっと体が壊れてしまう。
朝行って朝帰ってくる。夜行って夜帰ってくる。それが1番体には負担がかからないだろう。
今どからはそうしよう。
「ミリアナもそんなに緊張するなよ? 普通にしてれば何ともないから」
「普通…ですか?」
「そう。いつも通りニコニコしてればOKだから」
「にこにこ…分かりました」
「じゃ由良も頼むぞ」
そんな事で「またねー」っと雪音と交わし、いつも通り玄関に手をかけた時だった。俺の開けるはずだった玄関の扉が何故か勝手に開き始めてしまい…
【あら? 五歌も由良も揃ってどうしたの?】
「母…さん」
出てきたのは俺の母さんだった。え…ぇ…なんで今出てくる?
「か、母さんこそ今からどっか行くの?」
「ユラの友達が来るってなったの。だから夕飯の買い足しにね。それでその子が今日泊まっていくこかしら?」
母の視線は真っ直ぐと状況を呑み込めてないキョトンとしたミリアナを指していた。
「そ、そうなの! み、ミリアナちゃんって言うの! ヨーロッパの人とのハーフ何度ってー! あはは、良いよねぇ〜憧れるよねぇ! ね!」
「ふぇ? あっ…はい! ミリアナって言います! よろしくお願いします!」
すかさず入る由良のフォロー。この状況だと由良とて無関係とは言えない。
設定通りにミリアナの紹介を始めてくれた。
「私ハーフの子なんて初めて見たわ。綺麗な髪と瞳ねぇ …うん。覚えたわ、ミリアナちゃんね、いらっしゃい」
ミリアナを案外すんなり受け入れた母さんが次に目をつけたのはやっぱり雪音だった。
もちろん俺の母さんと雪音なんて初対面だ。
なんか…なんかこそばゆい。
「彼女は? 歳的に五歌の知り合いだと思うけど?」
「は、初めまして! こ、こ、香坂雪音と申します!」
申します…申しますってなんだよ!
固くなりすぎだろ!?
「雪音さん? 五歌にもこんな可愛い彼女がいたんだねぇ〜私初めて知ったよ」
「か、彼女!?」
「母さんっ! 早とちり過ぎだろ!」
なんだよそれ! 女子と二人でいたら彼女確定みたいなそんな古い考え!
「違うの?」
じーーーーーっと顔真っ赤で目が泳いでる雪音を見つめ続ける母さんに、いい加減にしてくれぇ…と間に割って入った。
「雪音は仲のいい友達だよ。母さんの思ってるような感じじゃない。いいからとっとと買い物行ってくれよ…」
「そうなの?」
そう。雪音とはずっと一緒に暮らしてたりしてたけど、蓋を開けてみればそれだけなんだ。
一緒に異世界に行って、一緒に死にかけて、魔女に一緒に弟子入りして…
こんなにも濃い体験を一緒にしてきたけど、雪音と俺はそういう関係じゃない。
「…友達…そう…友達…だね…! 朝一緒に学校行ったり…五歌君にはいつもいつもお世話になってます!」
「…そっか。雪音ちゃんね、良ければいつでも遊びにおいでな。じゃあ私はかおものいってくるよ」
「いってら〜」
車を出さないあたり、多分近所のスーパーにでも行くんだろう。
由良が引きつった笑みで母さんを送り出した。
【頑張ってね】
「ふぇ?」
母さんが雪音の隣を過ぎ去る時に、何故か雪音がビクッと体を強ばらせた。
それから雪音は何事もなくさっていく母さんの後を目で追っていた。
「母さんになんか言われた?」
「えっ…う、ううん? なんでも…ない…よ?」
「なんで疑問形なんだよ」
だんだん赤く染まっていく雪音は再び母さんを追うように振り返る。しかし既に母さんは見えない。
だけど俺には何故か視線をそらされた…みたいに感じてますます何かあったのではないかと不安になってしまった。
ともあれ無事?に母さん出現イベントを乗り越えた俺たちは雪音が帰ったのを見送ったあとようやく帰宅した。
「ここが…五歌さんの…」
招き入れられたミリアナは初めて訪れた五歌の家にソワソワと視線が落ち着かない様子だった。
まるで臆病だが好奇心旺盛な小動物…のような感じがして少しにやけてしまう。
「うっわ。女の子見てニヤけるとか…キモすぎ」
由良にガチ引きされたけど…まぁしゃあない。
「とりあえず座りなよ。喉乾いてない?」
「だ、大丈夫です!」
まぁさっき散々飲み食べしてたもんね。一応麦茶をコップに注いでミリアナに差し出した。
「それで? この子どこで拾ってきたの?」
「…どう説明すればいいんだろうな」
拾ってきたって事に反論はできない…
実際そうなんだからな。
「まず生まれは?」
「シェルダーツ村です」
由良の質問にスラッとミリアナが答える。
「ん? しぇ…しぇる?」
ミリアナがどこまで話すのか俺は気が気出なかったが、そこら辺はミリアナだってわかっているはず。
ここはミリアナにとって異世界。恐らくこの世界においてミリアナが初の異世界人。
アインシュタインが未来から来た説とか、ピラミッドとか未知の技術とか言われてるけど、現実に実際に目の前にいるミリアナが1番信憑性が高い。
「よ、ヨーロッパの町の名前…かな?」
「よーろっぱって言うのは分かりませんが、私たちの村はどこの国にも属してませんでした。ですが私の故郷は母と共にもう滅んでしまって…そんな私を五歌さんが拾ってくれたのです」
「…」
「……」
「は?」
しばらく思考停止していた由良が息を吹き返したようにひと口お茶を飲むと、まず最初に発したのがその言葉だった。
「それどんなゲームの設定? 最近の異世界もののよくある序章じゃない?」
「げーむ? 確かに…よくある話ではあると思いますけど…」
どうする。
ミリアナが言ったことは由良は全然信じていないようだけど、ますます疑いが深まってる気がする。
ましてやこれじゃあミリアナが由良にくだらない嘘でからかってるみたいだ。
今日1日ミリアナが本当に楽しそうにしていたのは俺でもわかる。これも全部由良のおかげだ。
俺としては二人の関係がこんな形で拗れるのは…避けたい。
「由良もミリアナも少しいいか」
「なによ」
「?」
「ここじゃ母さんがいつ帰って来るかわからない。今から話す内容は本当に信じられないと思うけど重要な事なんだ。2階来てくれないか」
「…へ、へぇ! いいわよ! 今度嘘言ったら許さないからね! 約束したんだからね!」
「嘘なんて言ってないですよ!」
そんなこんなで3人で俺の部屋に移動した。
リビングじゃあ母さん帰ってきたら危険だからな。
「それで?」
「うん。今からやることは絶対他言無用な」
「しつこいわよ! 分かったから早く教えてよ!」
召喚、M14。
いつの間にかどのアプリよりも慣れた操作で呼び出せる俺の相棒的存在。
俺の手の上にズシッと現れた。
「へ…?」
何も無い空中から突如として現れた異物に目を点にして固まってしまった由良。
「そういう事だ。シェルダーツ村は確かに存在していた。ただしこの世界ではない違う世界にだけどな。由良も言ったろ」
「えっ…ぇ?」
「異世界もののよくある序章って。その通りだよ、俺と雪音は異世界に行ってそこでミリアナを助けた。手違いでミリアナもこっちに来ちゃった。今回の騒動はそれが全部」
「そ、そそ…それっておもちゃだよね…!?」
「モノホン」
「…」
流石に銃は刺激が強すぎたか。早いうちに消そう。
「まだ信じられないか?」
「あっ…当たり前でしょう!? だっだいたい手品かもしれないじゃない!」
「あのなぁ…そんなマジシャンいるかよ…。ならどうしたら信じてくれるんだよ 」
「い、異世界行ってたんなら…そ、そうよ! 魔法の1つくらい使えるでしょ!?」
「…すまん。俺は使えないんだ」
「やっぱり…」
「どうしても見たいなら今から雪音にお願いするけど」
「え?」
「あ…あはは…さっきぶりー…? (なんか由良ちゃんに睨まれてるぅ〜!?)」
あれっ私何もしてないよね!?
ミリアナちゃんの時もだけど、今回はしっかりと落ち着いて挨拶できたよね?
してたよね?
さっきだってバイバーイって言ってくれたよね!?
「ちょ…ちょっと五歌君? なんかあったの?」
「あーうん。まずいきなり呼び出してごめんね」
「それは良いよ。あの後本屋で時間潰してたから」
「そっか…まぁ端的に言うと何でもいいから魔法見せてくれないかな」
「え? 魔法を? ここで?」
まさか…
「由良ちゃんにもう話しちゃったの?」
「…やっぱり異世界に行った前提を話さなくちゃ説明出来なくて…」
「本当によかったの? 妹さんを巻き込んじゃって」
魔法を見てしまったらきっと元の生活に不満を感じてしまう。
それは私が1番知ってる。
今まで通りの目でこの世界を見れない。
「由良ちゃん、本当に見たい? 本当の魔法。きっと見ちゃったら後に戻れないよ?」
「お願いします」
まっ…こうなるよね。私だってそんな事突然言われても見たいって言う好奇心に負けちゃうもん。
「じゃあ教わったばかりの雷の魔法だけど」
雷魔法が1番イメージしやすくて見た目のインパクトもあって、魔力消費も少ないからピッタリかな?
指と指の間に雷を…
【バンッ!】
「ひっ!?」
その瞬間目を覆うほどのフラッシュが発せられた。
青白い一瞬の閃光。
「ごめんごめん! ちょっと加減間違えちゃった」
ダメダメ。ちょっと緊張して力んじゃった。あんな危険な雷じゃなくて…
もっとこう…
【ぶぉあん…ぶぉあん…】
そうそう。こんな綺麗な稲妻なら
「…すごい。これが本当の…魔法…」
指と指の間に稲妻をイメージする。ただ漠然とイメージするだけじゃダメで、電気の流れを意識する。流れる量と勢い。
今は少ない電気を勢いよく右手から左手に飛ばしてる感覚。
「こう手を開くと…」
今度は手を開いて両手の五本の指を向かい合わせるようにしてっと…
あれっ…稲妻が飛ばない…あ、そっか。もう少し量も勢いも底上げしないと
【バッ! バババっ! バチバチバチ】
もう少し調整しなきゃ。これは…勢いが足りないんだよね。
あっ…そうそう。いい子…落ち着いてきた
見せるための魔法って難しいな
でもこれで5本の稲妻…完璧じゃないかな!
「どう…かな」
怖がらせたりしてないかな…
「ビリビリしないんですか!?」
多少ピリっとはするけどね
「流石に自分の魔法で自爆はしないよ」
「すごい…どうなってるの…」
これが魔法なんだよ。練習してるしね
「これでも私達は魔女の弟子だからね!」
「私達…?」
「あれっ…そこまでは話してない感じ?」
余計な事言っちゃったかな…?
でも魔法を語る上であの人の存在は欠かせないよ?
私たちの命の恩人のあの魔女さん。
「シェルシーさんにはまだ触れてないよ。いきなり沢山言っても混乱させるだけだろうし、今はミリアナの正体を知ってもらってこの場が治まってもらえればそれでいいかなって」
「それ逆に収まるどころかヒートアップすると思うけど…」
「ミリアナちゃんは異世界の人…?」
「私にとってはここにいる人はみんな異世界の人です」
「…い」
「えっ?」
「凄いよ! こんなラノベみたいな展開を誰が信じるのよ!」
「ゆ…由良?」
なんか…変なスイッチ入っちゃった…?
でも由良ちゃんって以外にこう言う知識あるんだね
五歌君の妹さんだからかな?
私なんて異世界って言われてもピンと来なかったけど…
「兄さん、雪音さん、ミリアナちゃん!」
【?】
なんか凄い期待された顔で見られちゃってるけど…なんだろう
【異世界に白馬に乗った爽やかイケメン騎士は居ますか!?】
なんか一瞬時が止まったような気がした。
てっきり異世界連れてけと言われるかのと身構えてたけど、元気いっぽいの表情で発せられたのは【イケメン騎士は居ますか!?】
「ごめん、まだ見た事ない」
「私もそんなに村から出なかった身なので…」
「私も見たことないかも」
「なーんだ…騎士はいないかぁ…」
なんか夢を壊しちゃったかな…
でも本当に見た事ないしなぁ…筋肉ムキムキって人なら沢山見たけど…爽やかイケメン騎士は…
うん…見たことない。
「でも王都には騎士様はいると思います。王様に仕える宮廷騎士様や貴族様にお仕えになってる上級騎士様は有名ですから」
「イケメン?」
「女性の貴族様は騎士の容姿を重要視するようですので…それなりにイケメン…だと思います」
「ほほぉ…」
「何目を細めてるんだよ。お前みたいな出処不明の子供にそんな騎士が振り向くわけないだろ」
「なっ! このクソ兄! 私の夢を!」
「それに…先に言っとくけど今由良を異世界に連れてくことは出来ない。まだまだ俺たちはさっき話に出てきた魔女の弟子として勉強中で住むところだってその人の家に居候うしてるんだ。俺のわがままでミリアナだって受け入れてくれたシェル…魔女さんに負担はかけられない」
なんか五歌君の話を聞く度に私達に本当かどうか問うような視線を送ってくるの…少しゾクってするな…
でもやっぱり行きたくなるよね
「…むぅ。じゃあ兄さん達がその魔女さんから独り立ちしたら連れてってくれるの?」
「…まぁいつになるかわかんないけどな」
「じゃあ早く1人前になって私も連れてってよ。異世界旅行ってどんな旅行よりも楽しそうだから」
「楽しいって…」
シェルシーさんから独り立ち…
想像…したこと無かった。
そうだよね…いつまでもあの家にいるわけには行かないもんね。
師匠と弟子…
いつかは弟子の私達が師匠であるシェルシーさんを超えなきゃ行けない。
羊飼いの魔女を超えて恩返ししなきゃ行けない。
五歌君とあの世界を歩けるだけの強さを…頑張らなきゃ
「って事はさ、五歌君と雪音さんって同棲してるってこと?」
「…ん?」
「!?」
「なななっ! 何を言ってるのかな!? 確かに同じ朝食食べてるし…おやすみって寝るけど…ねっ…寝る部屋とか別だし!」
「でも同じ屋根の下で暮らしてるって事になるんじゃ…」
「はうっ…でもでも!」
なんだろ…指摘されて初めて実感した…
どれどけ言葉を繕っても…そうだよ…同棲だよ…シェルシーさんやミリアナちゃんが居るとしても、同棲だよ!
ミリアナちゃんに至っては…その…ライバルだし
「まさかミリアナちゃん…」
「私もたまにしか五歌さんと寝ないです」
「たまに!?」
「おい、ミリアナが勝手に潜り込んでるだけだろ」
「えへへ…五歌さんの隣はいつも暖かくて…とても落ち着くのです…。それに雪音さんはいつも布団を取ってしまうので寒くて仕方なく…なのです」
「雪音…?」
なっ…何言ってるのぉ〜!?
そりゃ多少寝相…悪いとは自覚ある…けど!
布団取ったりとかしてないよ!?
あぁっ…そんなめで見ないでぇ…
「ミリアナも苦労してたのか…」
「やめてぇぇ!!!!」
もうダメ…寝相悪いなんて…そんな事知られなくなかったのに…
もうお嫁に行けない…
「兄さん大丈夫なの?【雪音さんのライフはもうゼロよ】みたいになってるけど」
なんか…相当ダメージを受けたのかげんなりしてる雪音をよそに、未だ興奮冷めきらない由良が尋ねてくる。
まぁ…うん。
大丈夫だと思う。
「まぁ…そうだな。これでミリアナのことは充分知れた?」
「…うん。兄さん達が異世界いったってのも信じるし、ミリアナちゃんがそっちの世界の人ってのも理解したよ。…でもさ」
「ん?」
付け加えるように由良は俺の目を見てきた。こうして由良と正面切って目を合わせるのはいつぶりだったろう…
「兄さんは異世界から帰ってきたんだよね? ってことはさ、ラスボス的なやつを倒してきたの? もしくは世界救ってきたとか」
「んなわけねぇよ。そんな力あるなら弟子入りして居候なんかしてねぇよ。あっちの世界にはある程度の制限はあるけど基本的に行き来できるようになってる。流石に片道切符な所へ雪音を連れては行けないよ」
「何そのヌルゲー。本当に異世界旅行じゃん」
「まぁ…命張ることもあるけど…そうだな。確かにそういう感じに近いかな」
「えっ…? 命…張る?」
「あっ…」
「どういうこと!?」
バッと詰め寄られて由良の顔が近づく。
余計な事言っちゃった…
「いや…今のはなんでもない」
今までの明るい雰囲気ではない。そりゃそうか。
さっきの一言は死ぬかもしれない…って言っちまったのと何ら変わらない。
あのイノシシとオーガには本当に殺されかけた…いや本来俺はあそこで死んでた。
偶然に偶然が重なって今ここに居れる訳だ。
「なんでもなくないし! …ってそのて…何してんの?」
「ん?」
ふと由良の視線が下がった時にたまたま俺の左手が無意識に腹をさすってるのを視界に収めた由良に、有無を言わさず服をめくり上げられた。
「ちょっ!?」
「…なにこれ」
そっか…。イノシシやオーガを思い出した時に無意識に傷跡に触っていたのか。
この傷は…一生残りそうだし…
こんな傷そうそう出来ないし…
「こんな傷跡いつ付けたの!?」
「いや…なんて言うか…」
「ちゃんと言って」
なんだか恍ける…ことは出来ない見たい。由良…怒ってる…のか?
「…この腹の傷は初めて雪音と異世界に行った時のやつだよ。いわゆる魔物にリスキル、初見殺し見たいな事されて…ね」
「っ…」
言葉が出ない…そんな感じなのか。
由良が心配してくれてる。その事がヒシヒシと伝わってきた。
「由良…さん?」
ミリアナも急に静かになってしまった由良を心配そうに見上げている。
そうだよ…そうだよな。仮にも家族の一人が明らかな重傷を負った跡を見せられて気が動転しないはずがない。
(趣味で作る…傷じゃ…ないよな…)
「騎士長殿! 街の見回り滞りなく完了致しましたっ!」
若い青年の声が白いレンガでできた壁の狭間の中で透き通るように響いた。
その声と共に複数の銀の甲冑を身にまとった集団がガシャンと足並みを揃える。
「うむ。明日は周知の通り戦勝パレードがある。国王様が参列なされる重要な祭典である。王都並びに辺境の街含めてより一層治安維持を心がけよ」
銀色の甲冑の集団の前で、たった1人紅色の甲冑を着た男が威厳ある態度で激を飛ばす。
彼らはこのレストヴァーン王国の王都シュツルナートの治安を担う【警備騎士隊】。貴族や上級騎士からは【下級騎士】や【見習い騎士】とも言われてる。
一方で彼らの仕事の中で1番関わりのある街の民からは【警備隊】とも呼ばれていたり、時々自分がなんなのかと混乱する隊員もいると聞くそんな集団だ。
しかし下級騎士と少々馬鹿にされた言い方をされては居るが、入隊するには狭き門である訓練を通らなければ騎士の称号は貰えない。そのためには少なくない資金も必要。
それゆえ彼らはれっきとした実力保有者で、副業の許されないし訓練中は賃金も発生しない。その間食いつなげるだけの資金を用意できる。
そういう前提があって初めて騎士になれる。
彼らの中から極極少数ではあるが上級騎士入りする実力者も含まれている。
そんな彼らにとって周りからどう言われようと、騎士としての誇りが今の彼らを支えている。
そんな堅苦しいが気合いの入った空間に突然異物が混ざりこんだ。
「おっ…遅れて申し訳ございませんっ!」
「ん? また貴様か。定時報告の時間は遠に過ぎているぞ。騎士たるもの規則は命。何上遅れた」
全員の鋭い視線が、唐突に現れた彼に突き刺さる。
まるで汚物を見るような冷たい視線を感じ取った彼は深々と下げた頭を上げることは出来ずに、体を僅かに震わせながら答えた。
「ひったくりの男を偶然見かけまして…追っていたら遅れてしまいました…」
「…その男にいったいどれほどの時間をかけた?」
「30分程追いかけたのですが…」
【馬鹿者!!!】
「っ…」
「その30分ずっと男の背中をおっていたのか!? 違うであろう! 見失って探しておったのだろ!? そのひったくりとやらをどうしても捕まえたいのならなぜ報告に来んのだ!」
「しかしっ…」
「口答えはいらん! 貴様がひったくりの男を追って無様に巻かれ、無闇矢鱈に奔走する姿が周りからどういう目で見られているか想像したことはあるか! 貴様のような恥晒しが居るから我々は下級騎士、最近では三流騎士とまで呼ばれるのだ!」
「っ…申し訳…ございませんでした…」
「そうだ、ここにいる全員に詫びるのだ。”私の行いで皆さんのホコリに泥を塗ってしまって申し訳ない”と」
返す言葉もなかった。
彼を罵る罵声には一切の誤りがなく、弁解のしようがなかった。
偶然目の前で若い女性の袋を力ずくで奪い去る男を目撃し、追ったまでは良かった。しかし動きにくい甲冑と、土地勘の差で直ぐに巻かれてしまったが奪い去られた時の女性の気持ちを思うと諦めきれずに探し続けてしまった。
もちろん定時報告の時間も頭に入っていたし、盗まれた袋は見つからないと思ったがそれでも止めなかった責任は全て自分にある。
「私の身勝手な行いで、皆様の騎士たる誇りを汚してしまい申し訳ありませんでした…」
彼らも上官の前だから罵声はない。
何も無い。
ただ冷たい視線が全てを語っていた。
「私が覚えているだけで今回同様の定時報告の遅刻は5回。もう皆も疲れているのだ」
「…申し訳ありませんでした」
「ふん。貴様のような隊の輪を乱す騎士など不要としか言えん。しかし貴様の騎士の称号は国王陛下から給われたものだ。私にその称号を奪う権利はない。よって貴様の処分はおって伝える。恐らくは配置転換になるだろう。今日はもう荷物をまとめて出て行く準備をしたまえ」
王都の警備から飛ばされる。
その事実を突きつけられた彼は驚くことも無く”ついにか…”と半ば納得している様な顔だった。
悲しむわけでもなく後悔する訳でもなく、ただただ淡々と事を受けいれていく彼を見た他の騎士たちは互いに顔を見合わせて不思議そうな顔をしていた。
「その程度の覚悟で騎士が務まるものか。…他のものは解散だ」
騎士長は大きなため息を吐きながら彼の隣を通り過ぎてゆく。
そのあとを追うようにして騎士達が各々の予定に基づき移動を開始。これから訓練するものや引き継ぎを行うもの。馬の世話や武器の手入れや昼寝などの休憩など様々だ。
「せいぜい辺境の地で人助けを頑張りたまえ〜」
バシッと背中を叩かれるのと同時にかけられた言葉は小馬鹿にしたような…煽っているような口調だが言い返す言葉もない。
その後も彼に対して嫌味や罵声を飛ばす騎士や、思い切り肩を当てられてバランスを崩しかけること数回。
でも返す口は無い
【間違ったことはしてないはずだ】
その想いがまだ彼の中にはあったからだ。正しいはずの行いをしてきたはずの結果がこれか…と言う思いは確かにある。
騎士の掟と民の平穏はどちらが重いのか。
謝罪してしまって自分の非を認めてしまったが、根本は間違ったことを自分はしていない。それが今の彼の気持ち。
そんな風に思うところは彼にも沢山あったのだ。
俯いていた彼の司会が若干薄暗くなる。彼の前で誰かが立ち止まっていた。
全員が同じ甲冑をみにつけているため誰なのかは分からない。
でも全体的にサイズが小さく見えた。恐らくは女性用の甲冑か。
「あなたのその姿勢だけは評価していたのだけど、その程度だったようね」
「っ…あなたは…」
「もういいわ。民を思う気持ちこそ理解できるし評価してた時もあった。だけど反論もせずにただただ配置転換を受け入れるなんてね。その程度の志…ということだったのでしょう。逃げたければどこへでも逃げなさいな」
「ちがっ…」
それだけ言うと彼女もこの広場を後にした。
俺が見上げた頃には彼女の背中は人混みに消えかけるところで、声をかけるまもなく俺は1人になった。
2日後。私は騎士長の部屋で立たされていた。
「呼び出したのは他でもない。マルク・ユーネハイト。貴様の配属先についてだ。」
「…はい」
「喜べ。配属地は仕事に溢れるエストラーニャに正式に決まった。知っての通りエストラーニャは人界の境界に最も近い町だ。さぞ困っている民も多い事だろう。貴様が最も重要視する民を存分に救ってきたまえ。以上だ」
「エスト…ラーニャ」
「ただいま…」
「あら? 居ないと思ったらまた3人で一緒だったの?」
「…兄さんが外国人美少女に興味津々でねー」
「…へぇ?」
母の視線は今まさに玄関から入ってきた俺達に向けられる訳で。
「…何?」
「ミリアナちゃんと随分仲良くなったのねぇ〜」
「…気のせいじゃね?」
そうだった。設定ではミリアナは由良の友達で、俺がこうも仲良くしているのは…少々不味いというか、危険な香りがしてくる。
その危険な香りを母さんに勘づかせてはならないと…誤魔化してみるが…
うわっ…こんな早々に疑われたか…?
由良のフォロー…は特にないようだ。冷蔵庫開けてお茶飲んでる。
「ミリアナちゃん、お茶飲む?」
「はっはい!」
来客用のコップを取りだした由良が手招きするようにミリアナを呼ぶと、お茶を手渡す。
何故かコップを受け取る事に躊躇したのか手が迷っていたけど、「はいどーぞ」って押し付けるように由良に渡されてようやく受け取る。
手…震えてないか…?
「ミリ…」
どうしたんだ? とここで俺が聞くのは母さんの目が怖い。高校生の俺が中学生の女の子にいいよってる姿とか…想像しただけでまずい。
しばらくコップを覗くように見つめていたミリアナだが意を決した様にゆっくりと飲み始めた。
「っ…美味しいです!」
「そお? 普通のお茶だけどねぇ。やっぱり”そっち”だとお茶って言うと紅茶とかなの?」
「紅茶ですね。私の村では色んなハーブを使った特性の紅茶もあったりしましたね」
「ふーん。あ、お母さん、このお菓子もらっていい?」
「良いけどもうすぐ夕ご飯よ? 食べすぎるんでないよ」
「わかってるよ。じゃあミリアナちゃん、私の部屋行こ」
「えっ…ぁ…」
困ったような顔で俺に助けを求められても…俺には何も出んぞ…
とりあえずアイコンタクト…
「どうしたの? そんなに兄さんと離れたくないの?」
今さっき買ってきたばかりの袋をガサゴソと漁ってポテチを取り出した由良は扉の前で振り返ってミリアナを伺っていた。
「ちっ…違います!」
その瞬間、ミリアナが顔真っ赤にしなが由良の元に駆け寄って行ってしまった。
前にも思ったけど白人って紅潮すると凄いよねぇ
ミリアナはそのまま由良に連れられて階段を上がっていった。
「ねぇ五歌」
「ん?」
「ミリアナちゃん可愛いわねぇ」
「…そうだな」
「雪音さん美人だったわねぇ」
「なっ…なんで今雪音が出てくるんだよ!」
(本命はそっちか)
盛り付けしながらした数少ない息子との会話に少し面白くなって、息子の恋事情に興味が湧いてしまったもうすぐ40になる母であった。




