閑話〜子爵令息は王女の招待を受ける(後編)〜
連日投稿になります。
前話をお読みでない方は、先にそちらをご覧ください。
「………すごく心地よくて安心する」
「あの……………一体何のお話ですか?」
少なくとも自分の容姿に対しての評価ではなさそうだと慎重に尋ねたイレーヌに、リュックはキョトンと首を傾げた。
「何って、イレーヌのオーラの話だけど」
「私の、オーラ……」
「うん、そう」
(そういえば、リュックって"視える"人だった……)
前世で"オーラが視える"といえば、テレビに出ている有名なあのオジサマみたいな人達になるのだろうが、この世界では"視える"といえば魔力のこと。《幻覚魔法》の使い手であるファーブル家の血を引くリュックは、魔力を視覚として捉えることができるのだった。
(私のことを綺麗だって褒めてくれたのかと一瞬期待しちゃったけど、やっぱりそれはないよね)
そもそも天然マイペースなリュックにそんなことを期待していないのでガッカリすることもないが、でも褒めてもらったことには変わりないし、会話の取っ掛かりとしては悪くない気がする。
「私のオーラが綺麗だと言ってくださってありがとうございます」
「別にお礼を言われるようなことじゃないと思うんだけど。僕は見たままを言っただけだから」
「どう見えているかは私には分かりませんが、綺麗というのはリュック様の感想ですよね?」
「……そうだね」
「それが嬉しいんです」
「ふうん…」
ちょっと照れたように横を向いたリュックの耳が赤くなっているのを見て、イレーヌは不覚にも胸を撃ち抜かれてしまった。
(なにこれ……可愛すぎるんだけど……!!)
元々特にショタ好きというわけではなかったが、新たな性癖に目覚めてしまいそうだ。
「…………あのさ」
「はい、何でしょう?」
横を向いたままボソッと呼びかけられて返事をすると、リュックがイレーヌの方に向き直りジッと見つめてきた。その真剣な眼差しに思わずドキリとする。
「僕達、婚約するんだよね?」
「はい……そうですね」
「じゃあ、その喋り方やめて普通に話してよ。その方がいい」
「あ……」
王宮の侍女になってから敬語で話すのが当たり前になっていて、リュックに言われるまで全く気づかなかった。ファーブル家とヴァリエ家はどちらも子爵で家格は同じ、しかも同い年なのだからタメ口でも不自然ではない。ましてやこれから婚約者になるのだから、いつまでも他人行儀な話し方をするのも変だ。
「言われてみればそうですね、じゃなくて……そうね、これからは普通に話すことにするわ。これでいい?」
「うん。…あと名前、呼び捨てでいいから」
「分かったわ」
リュックと少し距離が近くなったような気がして思わず口元が緩んでしまう。ニマニマしているイレーヌを気にするでもなく目の前のお菓子をパクパクと口に運ぶリュックに、イレーヌがずいっと身を乗り出した。
「ね、リュックってどんな人のオーラも見ることができるの?」
「うん」
もぐもぐと頬張ったお菓子を咀嚼しながら、リュックが頷く。
「平民の中には魔力が少なくてほとんど見えない人もいるけど、貴族はみんな見えるよ」
「じゃあ、ルイーズ様やジェラール様はどんな感じに見えるの?」
「うーん…」
小首を傾げしばし考えるように視線を上にやったリュックが、目の前のカップをソーサーから持ち上げた。それからお世辞にもお行儀が良いとは言えない仕草でゴクゴクと紅茶を飲み干し、カップを戻して口を開いた。
「ジェラールは水の魔力だから青くて冷たい感じ。ルイーズ様はいろんな色か混ざってるんだけど……とにかくオーラが強くて眩しい。……多分今まで見た人の中で一番」
「そう……」
(ルイーズ様、さすがの全魔力持ちだわ。ジェラール様の冷たい感じっていうのもわかる気がする)
ルイーズについて言及する時にリュックが躊躇うような素振りを見せたのを見て、イレーヌは一つの可能性に思い当たった。
「もしかして…」
「…なに?」
「リュックがあまりルイーズ様の方を見ようとしないのって、オーラが眩しいからだったりする?」
イレーヌの言葉に驚いたように何度か瞬きをしたリュックが小さく頷いた。
「…うん。あと……父上が怖い顔をしてたから」
「怖い顔…?ファーブル子爵が?」
「そう。ルイーズ様の護衛に決まってからずっと機嫌悪いし」
「そうなのね…」
夏にルイーズがロッシュブール公爵領へ行く際には、王国騎士団、近衛騎士団、そして魔導士団からそれぞれ護衛がつくことになっている。魔導士団からはファーブル子爵ただ一人の参加だが、そもそも魔道士の数が少ないこと、ルイーズ自身がかなりの魔法の腕前であることが主な理由らしい。イレーヌにはさっぱり分からないが、わざわざ《幻覚魔法》の使い手であるファーブル子爵が選ばれたことについて、ルイーズには何か思うところがあるようだ。
(それにしても、王女殿下の護衛に選ばれるなんて名誉なことのはずなのに、機嫌が悪いって一体どういうこと…?)
リュックの父親なだけに、ファーブル子爵も変わり者なのだろうか?同僚である父は家で仕事の話をすることがないので分からないが、魔導士団で事務の仕事をしている真ん中の姉が何か言っていたような気がする。
(……そうだ、確か過去に身内が不祥事を起こしたとかで、名門の出で実力者でもあるのに要職についていないとか何とか……)
そのことと今回の話が関係あるかどうかは分からないが、イレーヌとしては自分も含めた旅の一行が無事に戻って来られるよう祈るばかりだ。
「僕も行きたいって言ったらめちゃくちゃ怒られたしさ…」
「……え?」
考え事をしていたイレーヌは、唇を尖らせて不満げな表情をしているリュックを見て、パチパチと目を瞬いた。
「行くって…まさか公爵領に?」
「うん。だってイレーヌも行くんでしょ?」
「まあ、そうだけど…」
「なら僕が一緒でもおかしくないよね。婚約者なんだから。なのに父上ったら『俺は王命に従っているんだ。遊びで行くのではないんだぞ』とか言ってさ」
「………」
(じ、自由すぎる……さすがだわリュック……)
さも当然かのように言い切ったリュックを見て、イレーヌはなんだか可笑しくなってきてしまった。
「ふ、ふふ…」
「…なに?なんで笑ってるの?」
「ううん。リュックらしいなと思って」
(ちょっと…いやかなり変わってるけど、この子といると退屈しなさそう)
急に笑い出したイレーヌを不思議そうに見ながらも相変わらずハイペースでお菓子を口に運ぶリュックに向かってにっこりと笑いかける。
「公爵領に行ったらしばらく会えなくなるから、それまでにデートしない?」
「デート?ダブルじゃないやつ?」
「うん。ダブルじゃなくて、リュックと私の2人で。………ダメかな?」
「ううん、全然」
屈託のない様子で答えられると、なんだか自分が邪な気持ちを抱いているような気分になってくる。
(いやいや、これは婚約者同士の交流を深めるのに必要なことなのよ!子供時代のリュックとデートできるとか役得だなんて、決して考えてないんだから……!!)
「…じゃあ魔法具の店に行きたいんだけど、いい?」
「ええ、もちろん」
イレーヌが笑顔で頷くと、リュックも嬉しそうに笑ってくれた。
(リュックって全く裏がなさそうだし、ホント可愛いなぁ)
何だか胸がほっこりするのを感じながら、イレーヌも目の前のお菓子を口に入れる。その後いきなりリュックから食べかけのマフィンを口に入れられて驚いているところをバラ園から戻ってきたルイーズとジェラールに見られて、2人からひとしきり揶揄われたのだった。
これにて第3章完結となります。
第4章公爵領編(仮)の連載開始まで少しお時間をいただきます。
開始時期が決まりましたら活動報告でお知らせいたしますので、どうぞよろしくおねがいします。
この後も引き続きお付き合いいただければ幸いです。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。




