プロローグ
ここはグランシェール王国南東部に位置するカルキューレ。学園都市と呼ばれるこの街の中心にある歴史ある王立学園に、自らの運命に翻弄される1人の少女がいた。
この年は王立学園に数十年ぶりとなる隣国ファールシュタッド皇国からの皇族の留学生を迎えるとあって、街全体が歓迎ムードに包まれていた。
学園内にもなんとなく浮ついた空気が流れる中、周りとは明らかに違う雰囲気の少女。輝くようなプラチナブロンドの髪に濃いサファイア・ブルーの瞳を持つ彼女は、緊張感の滲む表情で学園の門の前に立っていた。
「……大丈夫ですよ、ルイーズ様。私達に出来ることはやってきたんですから」
「ええ…そうよね」
隣に立つ同じ制服姿の女子生徒に声をかけられて、ルイーズと呼ばれた少女の表情が少し緩む。しかし、門の向こうに現れた皇国の紋章入りの自動車と呼ばれる乗り物を見て、すぐにまた顔を引き締めた。
「おお!これが皇国の発明した自動車か…!!」
「馬なしでどうやって動いているんだ?」
自動車を初めて見る生徒達の間にどよめきが起こる。校舎の窓から覗く生徒達も含めて全校生徒の殆どが注目する中、1人の少年が自動車から颯爽と降り立った。
煌めく銀髪に"皇帝の緑"と呼ばれる深い緑色の瞳、10人中10人が口を揃えて美形だというであろう文句のつけようがない整った顔立ち、細身のようでいて程よく筋肉がついた引き締まった体型、そして近い将来皇帝としてファールシュタッド皇国を治めることを当然と思わせるほどのカリスマ性を備えたその姿に、その場の誰もが目を奪われた。───ただ1人を除いては。
(クラウド皇子……画面で見たよりイケメンに成長してるみたい)
冷静に隣国の皇子を観察していたルイーズの視界の端に、見慣れたピンク色の髪が映る。出会いイベントのタイミングとしてはバッチリだ。迷子の猫を追いかけている彼女がこのままクラウド皇子の前で転んでくれれば、それに気づいた皇子が手を差し伸べるはず。
(あぁ……派手に転んで痛そう……………って、ちょっと……なんでこっちに来るの……!?)
ところがルイーズの期待に反して、クラウド皇子は目の前で盛大に転けているヒロインには目もくれず、あろうことか真っ直ぐにルイーズの方へと向かって歩いて来た。そして、予想外の出来事に頭が真っ白になっているルイーズに向かって恭しく頭を下げた。
「ご無沙汰しております、姫君。貴女にお会いできるこの日を、どれだけ待ち侘びたことか。こうして同じ学園に通うことができる幸運を神に感謝いたします」
クラウド皇子の背後で、彼の護衛騎士がヒロインに手を貸しているのが見える。内心ではパニックに陥っていたものの厳しい王女教育のおかげで何とか顔には出すことなく、ルイーズは制服のスカートを摘んで腰を落とした。
「こちらこそ久しぶりにお会いできて光栄ですわ、皇太子殿下。ご縁続きの王太后陛下も居られますし、どうぞご自分の国だと思ってお過ごしくださいませ」
「ありがとうございます。以前も申し上げましたが、どうか私のことはクラウドとお呼びください。…もし差し支えなければ、姫のこともお名前でお呼びしても?」
「……わたくしには婚約者がおりますので、誤解を防ぐためにも、お互いに名前で呼ぶのは遠慮させていただきたく────こっ、皇太子殿下!?」
数年前に会った時にも同じことを言われたことを思い出しつつ、今回も同じように断りの文句を口にする。するとルイーズの言葉の途中で身を乗り出してきたクラウド皇子が、目にも止まらぬ早業でルイーズの手を取ってキスを落とした。
(ちょっと、いきなり何するの!?……しかも離してくれないし!!)
唇が触れたままの手をすぐにでも引っ込めたいが、思ったよりもしっかり握られていてびくともしない。無理矢理抜くわけにもいかず困り果てたルイーズに向かって、クラウド皇子が甘く蕩けるような笑みを浮かべた。
「ええ、もちろん存じ上げております。……ですが、私はあの時から貴女をずっと想い続けてきたのです。どうかこの哀れな男に、貴女をお慕いする権利をくださいませんか?」
「……はい?今、なんと……?」
聞き違いかと目を瞬かせたルイーズに、クラウド皇子は目も眩むような笑顔でにっこりと笑いかけた。
「ルイーズ様……初めてお会いした時から、私は貴女に恋しているのです」
「…………」
決してクラウド皇子のことが嫌いなわけではない。ただ、自分にはずっと前から心に決めた人がいるだけ。
(ウソでしょ……ちゃんと外堀は埋めたはずなのに、どうして……?)
本来ヒロインこそが皇子と結ばれるべきなのだ。そうなるように、ここまでいろいろ頑張ってきたというのに。
いったい自分は何処で間違ってしまったんだろう?
目の前で繰り広げられている光景が信じられず、ルイーズは隣国の皇子に手を取られたまま呆然と立ち尽くしていたのだった。
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