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淡とした空き箱  作者: 羽葉世縋
8/8

人参

実はだいぶ前に書いたもの

特にこれといった不思議は無かった。生まれて、生きて、60になればエネルギー源となる。

それが人生だった。


いつからだろうか、60になれば機械の燃料になるために死ぬことになったのは。


いつからだろうか、それまでは必ず幸せに過ごせるようになったのは。


島崎秀一は漫画家だった。何もかもを機械がこなすため、人間には作家になる道しか残されなかった。才のない者の行方は知らない。彼は程よく生き残った。

コンピュータに定められた数だけ、定められた妻と共に子供を作る。妻は顔も性格も良く、特に不満はなかった。妻からしても、秀一に不満はなかった。

朝昼晩の三回届けられる配給制の食事。各家庭ごとに異なるものが届く。[あれるぎー]というもので死に至ることを避けるためだった。

秀一のお気に入りは温かなシチューだった。ゴロッとした人参が好きらしい。


秀一の家の裏にある大農園でその人参は作られていた。機械が寝ずに丹精込めて作ったものであることを秀一はよく知っていた。


ある日一通のメールが届いた。文面はというと、『人参は美味しかったかい?』という一言のみ。昨夜は確かにシチューだった。秀一は不気味に思ったんだろう、不安そうな顔をした。恐らく、この幸福な人生で初めて体感した不安だったのだろう。すぐに妻を呼んだ。

「これ、何だと思う?」

「さぁ…。変なメールね。」

妻も不安げに顔をしかめた。

その後2人は散々迷った挙句、『美味しかったです。』と短く返した。

『それは良かった』と返事が届いた。


それからはシチューが出るたびにメールが届いた。秀一も妻も慣れてきたらしく、改善案も提示するようになった。『もっと甘くしてみてはどうだろうか?』と返した次のシチューの人参はとても甘く、双子の子供達にも好評だった。


この国では、6歳になると子供を育児施設へ送り出すことが法律で定められている。そしてそこで学や才を磨いていくのだ。秀一と妻も子供達を送り出した。子供達は立派な人参好きになって出て行った。この親子が言葉を交わすことはもう二度とない。顔を見ることもない。それが普通なのだ。秀一も妻もそうだった。

これから2人は60まで幸せを保証される。あと30年といったところか。


子供達を送り出した夜、2人のもとには夕食と注文しておいたワインが届けられた。ワインとは名ばかりで、実際はただのワイン味のジュースだ。2人はそれをワインと呼ぶ。

キンッとグラスをあわせて乾杯をした時、メールが届いた。


『二日酔いを知らないなんて。』

2人は首を傾げた。

『二日酔いとはなんですか?』

返信。

『二日酔いにはワインを飲みすぎるとなるのさ。頭がガンガンして痛くて辛いもんだ。』

2人は怯えた様子を見せた。

『そんなことになるのですか。それならばもうワインを飲むのはやめますね。』

また返信。

『いいや、そのワインはいくら飲んでも平気だよ。夫婦水入らずのとこ、邪魔してごめんよ。では。』

そこで通信は終わった。


2人にしてみれば奇妙な話である。[さけ]、[あるこーる]というものは400年前に姿を消したのだ。しかし、誰も知らない本物のワインを、送り主は知っていた。送り主は誰なのかと、秀一は考え込んでしまった。


それからは毎日不思議なメールが届くようになった。わざわざ名前まで添えて。


『こんにちは。私は遠藤純介といいます。100年前からメールを送ります。』

『100年前、私たちはお隣さんの顔を知っていました。』

『お隣さんは怒りっぽい人で、私と妻はよく迷惑を被っていました。』

『政府は全国で確認されるご近所とのトラブルをなくすべく、[隣人干渉禁止法]を作りました。』

『迷惑は無くなりましたが、それはどうも寂しいものでした。』

『だって妻以外に関われる人間は子供を送り出せばいなくなりますからね。』

『裏には人参の大農園がありました。』


「…妙なメールだ。」

秀一はまた不安げな顔をしていた。


『今は朝ですか?昼ですか?夜ですか?私は佐藤百花です。50年前からメールを送ります。』

『50年前、政治はすべてコンピュータが行うことになりました。』

『完全な平等が生まれ、お金にも困ることは無くなりました。』

『私は人間ってダメだなあと思いました。すぐにお金に困っていましたから。』

『あなたたちが生まれる20年前のお話です。』

『そうだ、100年前のものが先に届いたでしょう。手違いです。ごめんなさいね。』

『裏には人参の大農園がありました。』


次の日もこんな調子だった。秀一も妻も困り顔だった。しかし、興味深い内容でもあるためか、2人は少しワクワクしているようにも見えた。この夜はシチューだった。


『人参は美味しかったでしょう?僕は浅間耕太です。200年前からメールを送ります。』

『200年前、政府は他人と関わるのは隣人までと定めました。』

『細々としたトラブルは絶えず、選び抜かれたはずの人々であっても殺人は起きていましたから。』

『政府からすると苦肉の策だったんだろうと思います。』

『寂しくなりましたね、と隣人と慰め合いました。』

『仲のいい隣の地区の知り合いとお茶をすることもできなくなりました。』

『引き換えに、殺人は激減したそうです。』

『裏には人参の大農園がありました。』


「メールの送り主たちはきっとかつてこの辺りに住んでいたんだ。」

秀一はそんな推理を妻と繰り広げたりしていた。


ここから先は届いたメールを羅列しようと思う。秀一たちに関してはいつもだいたい同じことしかできなかったからである。


『どうも良いお日柄で。私は桑原友美です。300年前からメールを送ります。』

『300年前、人々は自分で料理を作っていました。』

『材料は配給制で、小麦アレルギーの私は毎日小麦粉を捨てていました。』

『しかし、ある時料理が配給制になり、料理の必要はなくなりました。』

『私の家には小麦を使った料理は運ばれてきませんでした。』

『私の知らないお米料理が届くのは嬉しいですが、美味しいといえどもの足りません。』

『自分で作ってこその美味しさを知りました。』

『包丁の音が懐かしく思えます。』

『裏には人参の大農園がありました。』


『はじめまして、俺は大野哲也といいます。400年前からメールを送ります。』

『400年前、お酒というそれはとても美味しく歴史も深い飲み物がありました。』

『俺も妻もお酒が好きで、よく2人で晩酌をしていました。』

『しかし、政府は飲酒、お酒の製造を禁止しました。』

『猛烈な反対があったそうですが、泥酔や死亡事故もありますし、仕方ないでしょう。』

『話の通じない者は60になる前にエネルギー送りにされたとか。』

『これも一種の自業自得かもしれませんね。』

『裏には人参の大農園がありました。』


『こんばんは。僕は新島広則です。500年前からメールを送ります。』

『500年前、タバコというものがこの国にはありました。』

『タバコとは、小さなスティック状のもので、火をつけて煙を吸ったり吐いたりして楽しむものです。』

『僕は吸いませんでしたけど。』

『タバコは昔から社会問題とされていましたが、喫煙者は何かと理由をつけてやめようとしませんでした。』

『なので、政府が全面的に禁止してくれたため、国民のほとんどが喜んだそうです。』

『火傷や火事も減りました。』

『なぜ、タバコは存在したのでしょう?』

『裏には人参の大農園がありました。』


『おはようございます。木下春奈です。600年前からメールを送ります。』

『600年前、人々はSNSというもので世界中と繋がっていました。』

『利点もあるといえばありますが悪い点もたくさんありました。』

『簡単に言うと、馬鹿が多かったのです。』

『大切なところで余計なことを言ったり、文を誤解して騒いだり。』

『私の作った音楽にも何かにつけ顔も知らない他人から悪口を言われました。』

『SNSが全面的に禁止となり、嬉しい限りです。』

『政府に作品を提出すると、ランダムでどこかの誰かに送られます。』

『文句も言われないし、比較をされることもないので楽しかったです。』

『これこそ自由というのでしょうね!』

『裏には人参の大農園がありました。』


『まだ寒い日が続きますね。私は清水元気と申します。700年前からメールを送ります。』

『700年前、人々には様々な顔がありました。』

『いくら完璧な性格や学力に育て上げたとしても最後にどうしようもないのは容姿でした。』

『私は子供の選別員でした。』

『見た目の悪い子供、障害のある子供、性格のよくなる見込みのない子供。』

『全員、エネルギー送りになりました。』

『容姿や障害で人を馬鹿にする人間方が多いですから仕方ありません。』

『ある程度続けていると、心が痛むこともなくなりました。』

『醜いまま育つよりもその方がいいでしょう。』

『裏には人参の大農園がありました。』


『今日は少し暖かいですね。僕は谷口恵です。800年前からメールを送ります。』

『800年前、人々は親の手で育てられました。』

『大切にされ、成人すれば誰かと結ばれる。』

『しかし政府は、ある年齢になった子供を政府が預かることに決めました。』

『学力や性格の良し悪しで問題が起きることが多かったからです。』

『また、結婚相手、子供の数も定められました。』

『僕も2人娘を預けることになってとても悲しかったです。』

『でもどうにか別れが早まっただけだ、と割り切ることができました。』

『裏には人参の大農園がありました。』


『今日は。私は北原雪乃です。900年前からメールを送ります。』

『900年前、人々は仕事というものをしていました。』

『仕事とは、野菜を育てたり、それを配ったりして、人々を人々自身の手で支えることです。』

『ですが、全て機械が行うようになり、人々が働く必要はなくなりました。』

『人々は仕事によって奪われた時間を取り戻しました。』

『そのため、創作分野が急速に発展していきました。』

『私も何枚もの絵画を完成させました。』

『ただ、比べたがり屋がいることだけは不満でした。』

『裏には機械がおばあちゃんから継いだ人参の大農園がありました。』



ここ数日届き続けたメールも次が最後だろうと察した。とうとう次が1000年前。

秀一と妻はそんなことは知らずに続きが気になると話していた。


そしてその時はきた。



『初めまして。橋本健太郎です。1000年前からメールを送ります。』

『1000年前、人類は深刻なエネルギー問題に直面しました。』

『石油、天然ガス、ほぼ全てがなくなりました。』

『そんな危機の中、ある研究チームがこんな発表をしました。』

『人間をエネルギーに変換する方法です。』

『そして、そのための機械もすでに完成していました。』

『人口は常に飽和状態でしたから、ちょうどいいといえばちょうどいい話でした。』

『ですが問題はあります。』

『倫理や人権の問題です。』

『普通死ぬのは怖いことです。その上多少の痛みを伴うとなれば人々が猛反対するのも当然でした。』

『倫理や人権をとって人類を滅ぼすか、倫理や人権を棄て人類の存続を図るか。』

『政府は後者を取ることに決定しました。』

『人々を説得する演説の後すでに60を超えていた当時の首相が最初にエネルギーになると宣言しました。』

『首相が機械に入ると、タンクに液状のものが溜まりました。』

『首相の勇姿に感動した人々がどんどん続きました。』

『裏には何も無い、荒れた土地がありました。』


メールを読み終えると、外からサイレンが聞こえてきた。

「異端者発見!異端者発見!」

とか言って。どういうわけかこの国の秘密を知ってしまったのだから、仕方がないと言えば仕方がない。赤いサイレンを光らせながら直方体のような機械が部屋に押し入ってきた。そして秀一と妻を連れ去る。行き先は恐らく裏の人参の大農園だろう。ちょっとした都市伝説だが、エネルギーに変換される際、死ぬのが一瞬すぎて、意識が機械に乗り移るらしい

100年後、秀一はどんなメールを送るのだろう。

子供を産み、独立させてしまえば親というものは必要ないのだ。人間だったから違っていただけで、他の生物は大抵そうなのだ。


次の入居者が現れるまで、この家の機能は停止させていただく。

___とあるAIの観察記録より引用


なお、この家、及び人参の大農園を危険であると判断。

人参の大農園一帯を簡易原子爆弾により排除。

その後跡地は大根の巨大農園として開拓を進める。

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