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淡とした空き箱  作者: 羽葉世縋
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天国ループ

端的にまずは事実を述べる。


天国は存在した。いや、存在していたと言おうか。僕には現在観察不可能なのだから。

なぜ僕が天国の存在を知っているのか。それは、つい先日までそこにいたからだ。


前世のことも覚えている。僕は絵描きだった。売れない絵描き。なけなしの金で買ったパンを黒い野良猫に分けていたら、あっけなく餓死をした。

その後、天国に着いた。

天国は幸福だった。どんな望みだって叶う。

だから、大事にしていた黒猫にまた会いたいと思っていたら、猫はすぐにやってきた。

要は死んだということ。

僕が

殺した

ということ

だ。


膝から崩れ落ちた時、足元から聞こえたのは、僕の絵に対する称賛の声。

「あまり上手な絵とは言い難いが、歴史的な建造物の描写がある貴重な絵だ。あまり上手とは言えないが、これでようやく例の文献からあの時代の風景を再現できるようになるのだ。」

声高らか。

朗らか。

イライラ。


下手だと言われることが一番嫌いだった。

自覚があったから。

なのに上達しないから。

上達とはなんだ?

他人の懐に収まって金貨を数枚得ることか?

違うと言いたい。でもそれが事実だということも知っている。

あまり上手な絵とは言えないが、言い難いが、カタコトカタコト


トタントタン、淡々淡々

トントントントン


「あなた、もうすぐ夕飯の準備ができそうだけどイツホの様子はどう?相変わらず可愛い?」

「あぁ、イツホはきっと天才的な絵描きになるぞ。見ろよ、こんなに上手いんだぜ?」

「あらぁ、イっくん上手ねぇ。お父さんとお母さん?」


喋れない。ほんの数ヶ月の赤子。最近クレヨンを手に取れた。


「ミィ。」

「お、ミィ子、お前も上手いって言ってるんだな?」

「この黒いのは…ミィ子ね!お耳があって可愛いわ。」


ある絵描きにあやかってイツホ、五歩と名付けたんだそう。そいつのせいで僕の名は売れなかったんだが。

しかしまぁ、今度こそは上手い絵描きになってやろう、とは思わない。上手だとしか言われないうちに描くのはやめてしまおう。天国は天国のまま、それが良い。


数年たって驚いた。父親は筆を折った絵描きだった。

「なぁ、イツホ。俺の代わりに絵の世界で輝いてくれないか?母さんもそうして欲しいって言ってるぞ?なぁ、どうだ?」

やれ、と言っているんだろう。足し算を始めたばかりの子供にそれを言うか。


あぁ、なんならもう遅い。天才は筆を持ったその日からずっとずっと筆を手放さないんだ。


死ぬまで。

この人生、僕が初めて持った筆はクレヨンだ。

そして次の日には手放した。

つまり、僕は天才じゃあないんだ。


「父さん、それより僕ね、塾に行きたいんだ。大きくなったら動物のお医者さんになって、ちゃんとお金を稼いで、みんながお腹いっぱいになるまでご飯を食べられるような生活がしたいんだ。」


そう言うと、父親は僕の頰を叩いた。

「イツホ、医者なんて一握りしかなれやしない。お前には無理だ。さぁ、絵を描きなさい。お前は絵を描くために生まれてきたんだ。」



かくして僕はどうなったか。臭いゴミ屋敷で餓死寸前だ。大きくはなった。なるにはなったがやはり絵で食っていくなんて無理なんだ。次があるのなら、金が手に入る仕事がしたい。

僕は絵を描きたくない。


また天国だ。溜息を吐けば、天使が話しかけてくる。

「あなたの魂には、どうしたって若くして死ぬ呪いがかかっています。仮に医者になっていたとしたら、今日この日にガンで死ぬ手筈でした。しかしあなたは絵描きを選ばされた。だから今日餓死をしました。」

「僕は何年、何日生きた?」

「28年と3ヶ月と5日です。」

「じゃあ次は、ただの会社員になろう。」

「良いかもしれないですね。」

「それじゃまた。」

地に足を付く。地から手を離す。頭をほどほどの知識で埋める。更に学ぶ。程よい金が書いてある薄い紙の束を眺めて笑う。


僕は、お金が欲しかっただけ。

28年3ヶ月5日、全財産を口座から引き出し、会社の屋上からばら撒く。これ程の贅沢があるだろうか。

次は何者にもなりたくはないので天国へは行きません。

カラカラと笑って仰向けに屋上から直通で地上へ。

星が見えた。

天文学も面白そうだ。

うっかりそう考えてしまった瞬間に僕は地面に溶けた。


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