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レインフィア学園へ


 シンディーが学園へ行った後、師匠とカミツミは師匠の部屋にいた。よくわからない物で溢れかえった師匠の部屋の中、中央に置かれた四人掛けのテーブルの上には昨日まで無かったチェス盤があった。

 テーブルの上に乗っている師匠と、チェス盤を挟み、向かい合うように椅子に座るカミツミ。二人で部屋に入った後、その状況になってから、二人は互いに見つめ合ったまま視線をそらさない。


「さて、カミツミちゃん。言い訳を聞かせてもらうからね……どうして、私とシン君の素敵な朝食を邪魔したのかな!」


 沈黙に耐えかねたように、会話の師匠が口火(くちび)を切った。カミツミはそれでも口を開くことはない。カミツミが言葉を発することはない。滅多にないのではなく、本当にないのだ。強大な悪魔であるカミツミは言葉を発するだけで魔法となるほどの力がある。そのため、無暗に喋ることができない。

 しかし、口から声を発さなければ、魔法の力が宿ることもない。


『そんなことはどうでもいい。ネコ、ご主人が行ってしまった。もうここに用はない。ご主人が帰ってきたら呼んで』


 師匠にだけ聞こえる、鈴の音のような綺麗な声。それは、カミツミの念話だった。カミツミは念話を使うことで会話することができる。それでも、シンディーのような学生レベルの精神力では危険なほど、魔力がこもっている。


「どうでもいい……それにさっきから、ご主人、ご主人って! シン君はカミツミちゃんの主人じゃないからね! カミツミちゃんのご主人はわたし!」

『ネコのことはどうでもいい。ご主人が成長するまでの間、契約して()()()()だけ。ご主人に関係する命令以外は聞かない契約だったはず。つまり、私はもう帰ってもいい』

「偉そうに言ってるけど、誰のおかげでシン君のそばに居られてると思ってるの!」

『私が貧弱な猫の代わりにご主人を守ってる。感謝してほしいくらい。今日だって、ネコはご主人を傷つけた。私はまだ許してない』


 今朝の突進したときに切った指の傷のことだろう。しかし、カミツミに一歩的に言われて黙っている程、師匠はよくできた人間ネコではなかった。


「それを言うならカミツミちゃんだって、一番シン君を困らせてたよね!」

『今日、ご主人が遅刻した元々の原因は、ネコがご主人を攻撃したから。それに、ネコはご主人に怒られてたし……ぷっ』


 師匠の苦し紛れの反撃もカミツミに一蹴(いっしゅう)される。さらに鼻で笑うように追撃までされる始末。無表情のまま鼻で笑う行動がさらに師匠の怒りの炎に油を注いだ。師匠の怒りの炎は静かに、だが激しく燃え盛っていた。


「カミツミちゃん……そのケンカ、買うよ」

『売った覚えはない。……でも、勝負なら負けない』

「カミツミちゃーん、忘れてない? 前の勝負は私が勝ってるからね?」

『忘れてない。でも、総合はネコの負け越し』


 互いの視線がぶつかり合い、火花を散らす。1460回目となる二人の勝負が今日も始まる。血で血を洗うかのような雰囲気で始まった二人の戦い。

その、勝負の内容は――



§


魔王伝説・第一章

 今から3000年以上前、大陸北部にとある帝国があった。小さかった帝国だったが、北部に存在した数々の国を併呑し、いつしか北部全土を呑み込み、大陸最大の国家となった。帝国の侵攻は、大陸全土を統一するに至るかと思われた。しかし、その野望が遂げられることはなかった。

 北部の統一を終えた帝国軍は、大陸全土の統一を目指し南へ軍隊を送り込もうとしていた。

そんな時、『魔王』は現れた。何の前触れもなく現れた魔王は、強力な魔物を従え、帝国を襲った。魔王は、圧倒的な力で帝国を襲い、一夜にして帝国のすべてを滅ぼした。それは人間に限らず、動植物のすべてが死に絶えた。しかし、魔王は帝国を滅ぼすだけでは終わらなかった。

 

§


 40人弱の生徒がいる教室の教壇に白衣を着た男、リオン・ファーレンハイトは立っていた。リオンは端正な顔立ちで、はよく見ればまだ若いのだが、無精髭を蓄えているせいで、中年くらいに見える。

リオンはレインフィア学園で世界の歴史を教えている教師の一人で、授業では有名な物語を用いることが多い。そのため、先生、生徒共に貴族が多いレインフィア学園においては珍しい、庶民派の先生として人気だった。誰に対しても平等に接する態度には、一般市民だけでなく、貴族からも信頼される先生だ。


「これがこの大陸に伝わる『魔王伝説』だ。まぁ有名な話だから知らない人のほうが少ないとは思うがな。もう時間がないから続きは次回にするが、質問はあるか?」


 教室は、40弱の人数にもかかわらず静まり返っていた。リオンの話に集中していた生徒達に私語はなかった。真剣に質問を考える者、興味をなくしたように本を取り出す者、ひそひそと周囲の人と会話する者など、先生の言葉に対する反応は様々だった。しかし、何の質問も出ないままに時間が過ぎる。

 すると、教卓に一番近い席に座っている少女が手を挙げる。少女はオレンジ色の髪を短く切りそろえ、溌溂はつらつとした印象の可愛らしい顔立ちをしている。真剣に何かを考えていた生徒の一人だった。


「はいはーい。リオン先生、質問でーす。魔王って実在したんですか? 正直、ただのおとぎ話にしか思えないんですよー。だって、ドラゴンでも国を堕すなんて無理なんですよ?」

「たしかに、おとぎ話にしか聞こえないわな。たぶん、シャル以外にも、そう思ってるやつはいるだろうな。正直、俺もすべてが本当だとは思っていない。だが、実際に魔王がいたことは事実だ」


 リオンが魔王の存在を認めたことで生徒達は騒がしくなる。質問をした女子生徒のシャル以外の生徒達も口々に質問をぶつけだした。魔王の正体や、魔王が存在した証拠などの質問が教室中から沸き上がる。

 生徒達の剣幕に圧倒されたリオンは困り顔で、生徒達をなだめる。


「まぁまぁ、落ち着けお前ら。せめて、質問するなら手を挙げろよ。帝国を滅ぼした者の正体は未だ判明していないし、人なのか、魔物なのかさえわかっていない、ということだ。あと、魔王が存在した証拠は、魔王の封印が実際に存在するからだ。まぁ、正確には『封印の鍵』、だけどな」


 リオンの言葉に耳を傾け、一時は静まった生徒達だが、先生が話し終えると、また騒がしさを取り戻した。

 リオンの言葉に反し、自由に発言する生徒達の中で、手を挙げる者が二人いた。一人は先程質問をした女子生徒のシャルだ。もう一人は、一番後ろの席から、黒板を睨みつけるようにして授業を聞いている少年、ティルだった。ティルは先程まで読んでいた本を隠すこともなく机の上に置いたまま、堂々と手を挙げる。


「はぁ、お前ら人の言うことは聞けよ……おい、静かにしろー。ったく、ちょっとは二人を見習え。さっきはシャルを当てたからな。次はティルに聞こうか。言ってみろ」

「はい、リオン先生。魔王封印の鍵と言いましたが、それは確かなのでしょうか? 先程の口ぶりからすると、魔王の封印自体は見つかっていないように聞こえるのですが」

「よく聞いてやがんなぁ。ティルの言う通り、俺は封印自体を知っているわけではない。だが、封印の鍵を見たことがある。膨大な魔力が込められていたことから、本物であると判断した。封印の場所さえわかれば、さらに確証を得られたんだがな。もっとも、この国の上層部の人間は封印の場所も知っているらしいがな。とまぁ、こんな感じで質問の答えになったか?」

「はい、ありがとうございます。ですが……封印の鍵なんていう国家規模の秘密を知っている先生の方が気になりますね。というか、鍵の存在を言ってしまって良かったのですか?」

「まぁ、口止めされてないし、大丈夫だろ。知ってるからってそんな簡単に盗めるもんでもねぇしな。あと、俺が何者かは秘密だ」


 リオンは、にやりと笑う。意味深げな笑みを浮かべたリオンにその先を聞くことができる者はいなかった。生徒達は何か、触れてはいけないものを感じていた。

 リオンはおもむろにズボンのポケットから懐中時計を取り出した。懐中時計で時間を確認した後、またズボンのポケットにしまうと、生徒達に目を向ける。


「では、今回の話に出てきた帝国を滅ぼした奴の正体について調べてレポートにまとめて次回の授業までに提出するように。今回の授業はここまで。休憩していいぞ」


 リオンが言い終えた時、狙いすましたかのようなタイミングでチャイムが鳴った。



 レインフィア学園において、休み時間になると大多数の生徒達は、体の大きな召喚獣を除き、自らの召喚獣とコミュニケーションを取る。これは初等教育の段階で教えられる。

授業中は、召喚士が召喚獣を入れておくための空間である『ポケット』から、召喚獣を出すことが許可されていない。そのため、隙間時間を利用して、しっかりと召喚獣との信頼関係を深めようとするのだ。


リオンはそんな生徒達の様子を見てから、教室を出た。教室の扉を閉め、職員室へ戻ろうと廊下に視線を移した時、(まば)らに行き交う生徒達の間を縫うようにして走ってくる、一人の男子生徒が見えた。リオンはその男子生徒が誰なのか、すぐに見当がついた。

中等部の教師たちだけでなく、レインフィアの教師、全体で有名な生徒だった。遅刻、無断欠席の常習犯なのに、授業態度はいたって真面目で、成績は学年トップという、問題児。しかし、その生徒が有名なのは、普段の態度だけが理由ではない。

その生徒は、召喚術をメインに教えるレインフィア学園で唯一、召喚獣を持たない生徒として、名が知られている。


「シンディー、またか……」

「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ、リオン先生、おはようございます」


リオンは近くまで来たシンディーに向かって、ため息交じりに話しかける。シンディーはすぐに返事をすることなく、走って乱れた呼吸を整えてから応えた。


「おはようございますじゃねぇよ……お前、今月何回目だ? お前いい加減にしないと、単位が大変なことになるぞ。テストだけで評価する先生ばかりじゃないからな」

「あはは……すみません。なるべく遅刻はしないように心掛けてはいるんですけどね?」

「まぁいい。とりあえず、今回の授業で課題を出してるから、誰かに授業内容を聞いてやってこい。お前だけちょっと厳しく添削するからな。んじゃ、がんばれよー」


 リオンはシンディーの返事も聞かず、職員室に帰っていった。一人廊下に残されたシンディーは、肩を落としながら教室に入った。



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