悪魔カミツミ登場
シンディーの眠るベッドに朝日が当たる。シンディーは窓から射し込む朝日の眩しさに目を覚ました。
「ん……まぶしい……」
目を開けると見知った天井が見える。シンディーは眩しい陽射しから逃れるように寝返りを打とうと、体に力を入れた時、動かしづらさを感じた。上にかかっていた布団を捲ってみると、気持ち良さそうに眠っている白いネコがいた。
「すにゃー……んう……」
「師匠……」
師匠は顔をシンディーの胸に押し付けるようにして眠っている。あまりにも無防備な寝姿に思わず、手が伸びる。耳の後ろを指で引っ掻くようにして撫でる。ここは師匠のお気に入りのポイントで反応が一番いい。
「んー……んー……」
師匠は眠ったまま、気持ち良さそうに声を上げる。シンディーはネコらしい師匠のかわいい姿に、時間を忘れていつまでも撫でていた。頭や耳、おでこ、首までを丁寧に撫でていく。
しばらく、なで続けていた
「師匠、そろそろ起きてください。朝ですよ」
「んー?……ふぁぁ……おはよう〜」
そう言うと、師匠は眠そうに目を数回ぱちぱちとさせる。口を大きく開けながら、シンディーの胸の上で前脚を前に出して伸びをした。その後、師匠は何かを思い出したようにシンディーに話しかけた。
「あ、そうだ。ねぇねぇ、シン君」
「何ですか?」
「わたしを見て何か思うことはない?」
シンディーは最初はどういう意図で聞かれたのか分からなかったが、昨日の黒い斑点がまだ残っていないかの確認だと思って、納得した。そこで、シンディーは改めて師匠を見た。
シンディーは汚れや異常がないかしっかりと師匠を見る。結果、何も変わった所は見つからなかった。師匠は、新雪のように綺麗な毛並みに朝日が射し幻想的な美しさを見せている。
「何も異常は無いですよ。汚れも一切ないですし、いつも通り綺麗ですよ」
「んー、そっかぁー……うん、ありがと! ……また失敗かぁ……」
シンディーの言葉に一瞬顔を暗くさせるが、また明るくお礼を言った。シンディーには聞こえない程小さい声で呟く。
「うーん……今回も記憶が無くなってるし……また、惚れ薬作戦失敗だったか……」
「どうしたんですか? また失敗かって……まさか、また失敗したんですか? 確かに……昨日、ご飯の後の記憶が無いですね……」
「え あ、うん。今回は身体能力を上昇させる薬を作ったんだけどダメだったみたい……すぐに気絶しちゃった」
「またですか……はぁ……」
シンディーは呆れたようにため息を吐く。
「でもでも、おかげでしっかり完成したよ! ほら!」
師匠が慌てたようにどこからか取り出したのはピンク色の液体が入った小瓶だった。しかし、いくら師匠が作ったとはいえ、昨日の今日で作られた薬なんてシンディーは信用ができなかった。
「何だか、うさんくさいですね……」
「ひどいよ、シン君! 師匠に対してなんて事言うの!? 苦労して作ったのに……ぐすん……」
師匠の大きな目は今にも涙がこぼれそうな程潤んでいた。そんな師匠の様子を見たシンディーは慌てて慰める。
「じょ、冗談ですよ! ほら、泣き止んでください、ね? この薬も僕が使いますから!」
「本当?」
本当は薬なんて使いたくはなかったが、師匠を慰めるためだと思い、必死に嘘をつく。
「本当ですから。ほら、もう泣き止んでください。朝ごはんにしましょう! 何か食べたい物ありますか?」
シンディーの露骨な話題の変更に師匠の目から光が消えていく。感情の見えない空虚な瞳でシンディーの目をのぞき込む。
「……シン君……」
「っ…………」
暖かな朝日さえも凍り付くような師匠の視線に、シンディーは恐怖に言葉を失う。緊迫した空気が室内を満たす。沈黙がしばらく続いた後、師匠はさらに言葉を続けた。
「の作った物なら何でも良いよ!」
「……ですよね。すぐに用意するので降りてください」
「はーい!」
「ふぅ……冗談か……」
シンディーは師匠のいつも通り明るい様子に安堵した。師匠はぴょんとシンディーの胸を飛び降り、床に4本の足で着地する。
シンディーもベッドから出ようと体を動かした時、また、体に違和感を覚えた。今度は脚だけが重くなったような動かしづらさを感じた。
「ん?」
「どうしたの?」
「いえ、脚に何か……」
脚にかかっていた毛布を捲捲り、全身を外に出した。
「「!?」」
晒された脚には7、8歳くらいに見える女の子がしがみつく様にして眠っていた。すやすやと寝息を立てて眠る少女のシンプルな白いワンピースから伸びる手脚は絹のように白く美しい。しかし、肩甲骨の辺りからはコウモリのような、禍々しさを感じる深紅の翼が飛び出している。
「カミツミちゃん!? いつの間にそこに!?」
「師匠……召喚獣の居場所くらい把握しててくださいよ。カミツミさんだから良いものの……他の方だったら危険でしたよ……」
「てへぺろにゃん☆」
「…………」
深紅の翼からもわかるように彼女、カミツミはただの人間ではなく、魔物だ。魔物の中でも悪魔と呼ばれる種族で、その中でもカミツミはかなり高位の存在らしい。
悪魔も契約ができる魔物として、一般的に知られている。悪魔の特徴は魔法適性が高く非常に強力な力を持っている反面、知能も高いため契約が難しいことが挙げられる。
同じ悪魔族のポーとルーのような下位悪魔は会話できるが、見た目は人間とは異なっている。特に、カミツミのようにほとんど人間と変わらない姿の悪魔は上位のドラゴンと同じくらいの力を持つといわれている。
「カミツミさん、起きてください。このままだと動けません」
すると、シンディーの脚元で動きがあった。ふわふわの白い髪を揺らすように少女が起き上がった。 開かれた少女の目は吸い込まれるような深い紅で、妖しげな輝きを写している。
カミツミは人形のように感情の読めない表情でシンディーの脚の間で座り込む。ゆっくりと周囲を見渡し、師匠を一瞥した後、シンディーをじっと見つめる。
「カミツミちゃん、起きたならはやくそこを退きなさい」
「カミツミさん、起きました?」
カミツミは小さく1度頷いたが、シンディーからは離れようとしない。眠そうにあくびをしたカミツミはもう一度寝転ぶと、またシンディーの脚にしがみつき、深紅の瞳を瞼で隠した。
「にゃー! はやく退きなさい! 怒るよ!」
師匠が、無視して寝ようとするカミツミに怒りの声をあげる。しかし、カミツミは何も聞こえないかのように眠り続けた。
「ぐぬぬ……わたしの召喚獣なのに……シン君も何か言ってよ!」
「そうですね……もう時間が無いですしね……」
「ほら、カミツミちゃん! シン君が困ってるよ!」
師匠の言葉を聞き、カミツミは問いかけるような目でシンディーを見つめた。
表情の変化が乏しいカミツミだが、その深紅の瞳の無垢な視線に、シンディーは思わず、困ってないと言いたくなる。
「シン君、ちゃんと言わないと!」
「そ、そうですね……」
吸い込まれるような深紅の瞳に上目遣いで見つめられると、どこまでも甘やかしてしまいそうになる。しかし、シンディーは鋼の意思でその誘惑を跳ね除ける。決して、師匠に言われたから仕方なくというわけではない。
「ここで眠っていても構わないので、離してくれますか? ご飯ができたら呼びに来るので」
すると、カミツミは1度ぎゅっとシンディーの脚を抱いたあと、ゆっくりと起き上がりベッドから出た。
「まだ寝ててもいいんですよ?」
シンディーは動けるようになった脚をベッドから出ながら問いかける。しかし、カミツミは柔らかな髪を揺らし、首を横に振る。
「では、すぐに支度するので先に部屋に行っててください」
カミツミはまたも首を横に振る。両方の腕を前に伸ばし、シンディーに何かを訴えかけるように見つめる。
シンディーにはそれが何を示すのかすぐにわかった。
「おんぶで良いですか?」
カミツミは少し悩んでから大きく頷いた。シンディーはカミツミに背を向けてしゃがみこんだ。カミツミは首に手を回し、脚でシンディーの腰をしっかりとホールドする。
「じゃ、行きましょうか」
「いやいや、シン君。何か、カミツミちゃんに甘過ぎない? カミツミちゃんも、シン君に甘え過ぎじゃない?」
「そうですか?」
師匠の指摘に、シンディーとカミツミは顔を見合わせると心底不思議そうに首を傾げる。
「ぬぬぬぬぬ……」
「ほら、師匠、唸ってないで早く行きますよ」
2人の態度に不満気な師匠を置いてシンディーは部屋を出ていく。その時、師匠にはカミツミの勝ち誇った顔が見えた。
「うにゃー! 待てー! シン君はわたしのものだー!」
早々と部屋を出ていったシンディーを追って師匠は駆けていく。