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師匠の薬

「ただいま戻りましたー」

「おかえりなさーい。シン君、お腹すいたよぉ……」


 夕食の買い物を終えて、シンディーは家に帰ってきた。


「すぐ作るので変な薬でも作って待っていてください。あ、臭いが強くないやつでお願いします」

「変な薬じゃないしぃ! たまに失敗して変な効果が出るだけ!」

「はいはい。とにかく、他の人の迷惑にならない程度にお願いしますね」


 そう言って台所へ向かったシンディーは、数分で夕食を用意し終えると、先程よりは多少ましな臭いを放つ部屋にいる師匠を呼んだ。


「シン君、新しい薬出来たから後で飲んでー!」

「またですか……今度は何の薬ですか?」


 シンディーはたまに師匠の作った薬を飲んでその効果を確かめている。先程の臭いもこの薬を調合するために必要な薬草を煎じた際に出る臭いのようだ。


「今度のはね〜、すごいよ! 飲むだけで運動能力が3倍! さらに、魔力量も増えちゃうのです!」

「へー……」

「あ、信じてない!今度は本当に効くよ!」

「まぁ、飲めばわかりますね。とりあえず、ご飯にしましょうか」

「ごはんだー!」


 ギシギシと軋む廊下を一目散に駆けて行った師匠を追うように部屋を出る。


§


 シンディーが、扉を開けてダイニングに入ると、中央に置かれた大きなテーブルにはもう師匠が乗っていた。

 ダイニングは、師匠の部屋と違ってよく片付いている。というより、師匠の部屋以外はいつもシンディーが片付けているので、片付いている。

 出来上がったばかりの料理を配膳する。見た目がネコの師匠も食べるものはシンディーと同じように魚やお肉はもちろん、パンやスープ、サラダなど、人間と同じものを食べる。しかし、師匠は見た目のとおり、ネコ舌なので適度に冷ましてから出す。


 師匠は軽々と飛び上がり、テーブルの上に着地する。目の前に広がる料理にお腹を鳴らす。シンディーが料理を運び終えた。師匠と向き合うように椅子に座るや否や、大きく口を開け、巨大な肉の塊に飛びかかった。


「いただきますっ……熱い! けど、美味しいー!」

「いただきます。師匠、召喚獣用のご飯もすぐに用意できますけど、どうします?」

「あー、あの子達にはさっき魔物のお肉をあげたからしばらくは大丈夫! 家の前にあったあの骨、あれをあげたんだー」

「あんなのどこにいたんですか……師匠、危険なことばかりしないでくださいよ」

「なになに? 心配してくれるの? むふふ! でも、大丈夫! わたしの召喚獣達は強いからね。シン君も早く契約する魔物決めないと!」

「ええ……まぁ、そうですね」

「まぁ、シン君は『ポケット』が狭いからね。難しいよねー」


『ポケット』とは、契約した召喚獣を入れることが出来る空間のことである。契約した召喚獣は『ポケット』からならいつでも呼び出すことが出来る。召喚士としての才能の有無がはっきりと分かれる。


「『ポケット』に入れなくても大丈夫な魔物を探して契約するつもりなので、あまり見た目が怖いのはダメですね。街の人が怯えるので」


 召喚獣は必ずしも『ポケット』に入れておく必要はない。しかし、強い魔物ほど体が大きくなる傾向があるので、街中で常に出しておくと騒ぎになることもある。だから、召喚士は『ポケット』の広さに合わせて魔物と契約をする。


「だよねー。わたしの召喚獣たちを街中で出したら討伐隊が組まれるし!」

「まぁ、そういう訳なので、まだ先ですかね」

「うふふ、そんなシン君に朗報です!」

「いきなり何ですか?」

「うふふ、今回の依頼が終わったら、『ある魔物』と契約する権利をあげます! シン君もそろそろ自分の召喚獣を持たないとね!」

「ある魔物?」


 シンディーは魔物に関して、師匠からの教えもあり、かなりの知識を持っている。魔物を理解していない召喚士が魔物と上手くやっていける訳が無いと師匠はよく言っている。そんなシンディーにも、師匠のいう『ある魔物』が何なのか検討もつかない。


「まだひみつ! 楽しみに待ってて。とりあえず、依頼に集中しなくちゃ! 明後日にはこの街を出るから、明日は学園で手続きしてきてね」

「わかりました。ところで、今回の依頼は何をするんですか? いつもの採取系ですか?」


 依頼には様々な種類が存在する。薬草などの採取を主とする採取系、魔物の討伐を主とする討伐系、清掃など街のお手伝いをするお使い系など、多岐にわたり寄せられる。


「今回の依頼は調査系の依頼だよ。魔力の乱れがあったらしくて、一応調査しようって感じらしいよ」


 調査系とはその名の通り、指定された地域の調査を行う。今回の場合、魔力の乱れによって、危険な魔物が発生していないか、魔物の数の変化などを調査し、報告することになる。


「調査ですか……師匠、調査系の依頼は初めてですけど、何か注意することはありますか?」

「んー……ちょっと強い魔物が出るかもしれないから気を抜いちゃダメだよ、ってことくらいかな〜」

「なるほど……もしかしたら、僕に合った魔物が出るかもしれないですね」

「帰ってきたら魔物と契約できるって言ってるでしょ! 気にしないで仕事しなさい! まったくもう!」

「そうでしたね……わかりました。まぁ……頑張ります」


 シンディーは正直師匠のいう魔物にはそれほど期待していなかった。シンディーが契約できるような魔物に強力な魔物はいない。ほとんど力のない、召喚士以外でも契約できるような、小さな魔物くらいしか思いつかない。


「うん、よろしい」


 シンディーと師匠はそんな会話をしながら、料理を口に運ぶ。間もなく、テーブルの上に並んでいた料理はきれいに無くなっていた。


§§


「「ごちそうさまでしたー!!」」

「さぁ、シン君! 待ちに待った試薬の時間だよ!」


 師匠は期待で輝く瞳をシンディーに向けて声をかける。師匠が開発した薬は、シンディーや師匠の召喚獣が、最近ではほとんどシンディーだが、テスターとなるのが習慣となっている。しかし、その薬がまともに効果を発揮したことは少ない。


「あ〜、はい。今回こそは成功させてくださいね……」


 シンディーの目は期待も希望も写していない。また失敗する予感しかしない。そんなシンディーの思いとは裏腹に、師匠は効果が出ることを微塵も疑っていないようだ。何度も失敗しているにもかかわらず、これだけの自信がどこから生まれてくるのか。


「任せて☆」


 師匠の目からは期待の色が見て取れた。

 師匠がどこからか取り出したのはピンク色の液体が入った小瓶だった。見るからに口に入れるものではないという雰囲気を放っている。天然の素材だけで、こんなにきれいな色をどうやって出したのか。

 シンディーの震える手がゆっくりと小瓶を掴む。ドラゴンに出会ってしまった新人冒険者のように、震えが止まらない手を意志でねじ伏せて、ゆっくりと瓶の栓を抜いた。


「っ……」


 強烈な臭いがシンディーの鼻に飛び込んできた。学園から帰った時に家の中に充満していた臭いを、ぎゅっと凝縮したような臭い。師匠はシンディーよりも嗅覚が良いはずだが、何事もないかのように、綺麗な瞳でシンディーとピンク液体を見つめていた。

その臭いを引き金に、いやな記憶が思い出された。

前回、同じような激臭だったこと、液体が黒味がかった青だったこと、飲んだ直後の焼けるような喉の痛みを感じたことを思い出してしまった。

シンディーはしばらく瓶を見つめた後、意を決してピンク色の液体を喉に流し込んだ。


「うっ……」


 喉を下る時、チクチクとさすような刺激が液体の存在を知らせる。急に、師匠がぼやけはじめた。平衡感覚が無くなったようで、座った姿勢を維持することができない。椅子から滑り落ちるようにして床に倒れこんだ。師匠も椅子から降り、僕の目の前に来たようで、ゆがんだ白いネコの姿を最後に、シンディーは意識を手放した。


「くふふふ! シン君、おやすみなさい」

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