江戸、異世界転生をちょっと知る
やぁ、皆様ご機嫌麗しゅう。江戸です。ついこの前、私はとある友人立也氏にこんなことを命じられた。
「なぁ、江戸。」
「何でしょう立也氏?」
「異世界転生ってどうやったらできるんだろうな。」
突拍子もなく我が友人立也氏がブックカバーのかかったラノベを読みながら、一瞥もくれずに私にそういったのです。
「異世界転生、というと?」
「というとも何も言わずもがなだろ?どうやったら、こんな感じに異世界でチート無双できるんだって聞いてるんだよ。」
「いや、そんなこと言われても私はラノベとかあんまり読まないし。」
「ラノベを読まないィ?江戸くぅ〜ん、何ですかぁ?純文学者気取りですかぁ?差別発言ですかぁ?ラノベ読めよ、そして異世界転生のメカニズムを爪先から頭のてっぺんまで理解してこい!」
本をバックグラウンドに放り投げ、わざわざ椅子から降りて自分の机に踏ん反り返る姿は暴君そのものです。ねっとりボイスといきなりの変容の仕方は冗談なのか、本気なのかは定かではありませんが取り敢えず穏便に済ませたい。
「いや、別に何となく嫌いとかそういうわけじゃないんですよ?私だって面白そうなラノベは読んでみてるんですよ、某絶対孤独人とか。でもほら、他のラノベってタイトルがあらすじレベルにあるじゃないですか。それってもうタイトルで選ぶときパスしたくなっちゃうんですよ。」
「お前はタイトルで選んでるからダメなんだよ。孤独人の人の書いてるサオ読んだことあるのかよ?」
「妹がアニメにはまっててたまに見ますけど、じっくりと見たことないですかね。」
「妹の方が話わかりそうだな。タイトルが長すぎて読むのがめんどくさいのはわかる。が、しかしだ長ければ長いほどどんな内容かわかるだろ?芥川龍之介の鼻より内容がわかりやすいだろ?」
「それをだからあらすじっていうんだと思うんですが……」
「黙れゴミ!お前は粗悪なマグロの筋でも噛んでろ!何でもいいからラノベを読め!」
「えぇ……なんのために。」
「異世界転生のメカニズムを調べるためだよ。それ以外に他意はない!行け!勇ましくもなければカッコよくもない財力もなければ話も通じない勇者、江戸!お前は世界の命運を握ってると思え!」
「えぇ……じゃあ、安堂氏に聞いてみますね。異世界転生のメカニズム。」
安堂氏とは私よりラノベ等の知識に秀でている人物。なので、こういうことは私よりもそっちを頼って欲しいのだが立也氏はいかんせんこういう性格なのであまり安堂氏とは仲がよくないのです。そういうわけで私が時折両者間の伝書鳩やらスパイやらに使われます。
「……誰に何を聞こうとお前の勝手だ。好きにしろ。」
「はいはい、好きにさせてもらいますよーだ。」
「さっさと行くが良いぞ!勇ましくない勇者、江戸!」
へっぴり腰で悪うございましたね。そそくさと今いた教室を出て行き隣の教室に行くと、やはり最前列の一番右側に安堂氏がいました。私がはやぶさより速い目にも留まらぬ速さで安堂氏の机の前に座り込むと、安堂氏はラノベに落としていた目を驚いたような顔とともにこちらに向けました。
「えっと、なんのようかな?」
「異世界転生の方法を教えてください。」
「は?」
「異世界転生の方法を教えてください。」
「どうしたの?自殺でもするの?」
「どこをどう見たら私がそんなに思い詰めてるように見えるんですか!ただ方法が知りたいだけですよ!」
「普通に異世界転生系の本を読めばいいんじゃないのかな?」
「いちいち読んでられないんです!お金もないし!」
「小説家になろうとかで無料で読めるよ?」
「そうじゃないんです、こういうのはやっぱり専門家に聞くのが一番でしょう?」
「あぁ、そう。そうだね、自動車事故にあってみたり殺されてみたりする方法が多いんじゃない?」
「自動車事故に?!殺害される!?なんですかそれ、どんだけ物騒なんですか。」
「嫌だって【転生】だし。一回死なないと無理でしょ。」
「確かに、そうですね。………そ、そういうことだったのか!!」
「そういうことでしょ、知らんけど。」
転生は一回死ななくては転生にならない。確かに道理の通った言い分です。よく知りませんでしたが、あの本屋でよく見るずらっと並べられた目を刺すようで、可愛らしくもカッコイイたくさんの1巻目の表紙の裏にはそんな残酷なファンタジーらしからぬ事故死が待っていたようです。
「轢き殺されなければ、異世界転生チートハーレム勧善懲悪できないということなんですね……勉強になりました!ありがとうございましたー!それでは〜!」
「いや、別に死ななきゃいけないわけじゃないんだけど……」
あとは結果報告をするだけです。衝撃の事実でしたが、これにて立也氏の問題も解決です。立也氏は何かと目に入ったものや疑問に思ったものを私に調べさせようとしてくるのですが、その疑問の答えを自分で知っていたりします。もちろん答えがない問題もありますがそれに対するベストアンサーを持ってることがたまにあるのです。それでも、どんな時も理に適うもとい、立也氏のお眼鏡に適うような答えであれば大抵はお許しが出ます。今回の答えはそれなりに良かったのではないでしょうか?
走って隣の教室に入ると、立也氏は席に座ってさっきの続きを読んでいました。
「わかりましたよー、立也氏!」
立也氏の机の角を両手で掴みかかりながら、走ったのと興奮したので絶えかけてる息を切らさないようやせ我慢しながらも笑顔でそう言うと、またしても立也氏は一瞥もくれずに縦書きの文字を目で追い続けます。数秒謎の無音の空間が続いたかと思えば、立也氏は突然話し出したのです。
「もうわかったのか、速いな。案外簡単な問いだったか?」
「そうです、割と簡単でしたよ。安堂氏が1発で答えてくれました。答えは死ぬことだそうです!」
「……は?」
「私も最初はそんな反応をしましたが、異世界転生物には最初に死ぬことがよくあるんですよね?それに転生なんだから死ななくてはいけないんですよ。そのための自動車事故なんかだったりするんですよ。」
「……そうか。確かに死んだりすることもあるかもしれないな。しかしだ、本当にその方法でいけるのか?」
「行けると思いますよ!」
「例えば、今ここで俺がお前を殺したら100パーセント異世界に転生させることができるのか?」
「いやぁ〜、でも結局は異世界転生って現実じゃ不可能じゃないですか。」
「だとしてもだ、そんなありふれた答えじゃなくてもっともっといい答えを出せよ。俺がなんでこんな問題出してるかの意図を汲みやがれ。」
我関せず、空気を読むとは?、王道を征くの三拍子が整ってる人にまさか意図を汲めなんて命令される日が来ようとは、夢にも思わなかった。さて、今回の答えではまだ立也氏は満足していないらしい。今の死ぬということが異世界転生においてありふれた行為、または前提レベルなのであればどのような手段を模索すればいいというのだろうか。
この時、私は知らなかった。立也氏はただ単にラノベを読んで知識を深めて欲しかっただけだということを。そのまま複雑怪奇になっていく異世界転生へのメカニズム考察。今はまだその深遠の淵に気づいたばかりといったところでしょう。
これ書く時、安堂氏にモデルに使っていいですか?と聞いたらやめてくれよ(懇願)と言われたのでモデルにさせていただきました。安堂氏曰く、異世界転生のイケメン主人公なんて亀とか猫とかの性格を人間に当てはめたほうがいいと言われたのですが、それって電車の車内で足元にある隙間に入るような人間を主人公にしろということなのでしょうか?
これは違う、なんだこれは、みたいなことが多々というか砂漠の砂のようにあるでしょうがご容赦お願いします。